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遠いメロディ
エステル
<ネタバレ注意>FCED直後。城の一室、エステルはハーモニカを見つめていた...
日記でのキリ番リクエストに応えてみました。
「ED後でエステルとヨシュア」・・・のはずが、エステルオンリー。
2NDの冒頭でどれくらいの事が語られるかわからない上に、EDムービーがあれでしたから、どこら辺まで書いていいのか判らなかった一品。具体的なお話期待されてたかな・・・と思ったのですが・・・力不足でごめんなさい(^^;
しかも、書いてると自分の意見とエステルの感情がごっちゃになっていくという・・・シンクロしすぎです自分。
時期は、さよならの直後。まだお城にいるんじゃないかな、くらいの時期です。
なお、書きながら、「なんでこんなにおとめちっくなんだーーーー」と叫びそうになったのは秘密という方向で。
でもこれって、ED直後じゃないとかけない文章だよな・・・。
『・・・さよなら、エステル。』
意識を無くす前、最後に聞いたヨシュアの声が頭にまだ残ってた。
らしくないのは判ってる。
だけど、目が覚めてから一日・・・私はずっと泣いていた。
「らしくないとか思わないで、こういう時くらい泣きなさい。」
そう言うシェラ姉に抱きしめられて、まるで子供みたいに。
おかげで泣きつかれて寝てからは、非常に目覚めが良かったりした。
毎朝のように顔あわせる相手が居なくて、・・・やっぱり寂しいんだけど。
多分、初恋とかいう・・・ものだと思う。
弟だと思ってたのに、実はお兄さんみたいにいつも見守ってもらっていた。
ひょんなことで意識し始めたら、一緒に居るのが当たり前だったのに、なんだか気恥ずかしくなった。
どうすればいいのかわからなくて、だけど必死で想いを伝えた。
初めてキスされた時は、心の底から嬉しかったのに。
・・・ヨシュアの奴っ・・・・!!!!
キスついでに睡眠薬。何時の間に用意していたんだか。
一緒に行くって言ったのに。
置いてけぼりは許さないって言ったのに。
手段を選ばないくらいだし、よっぽど私について来て欲しくなかったんだろう。
色々あったのは聞いたけど、具体的なことは何一つ言わないで行っちゃったのも、巻き込まないために、ってことなんだろう。
だけど。
そんなのってあんまりだと思う。
ずっと一緒に居たいって言ってたのはどこの誰!?
私だって同じ気持ちだったわよ!!
ずっと一緒にいて、結婚したら子育てもしなきゃなーとか、普通に想像してたわよ!!
なんで、いきなりさよならなの?
この行き場の無い想い、どーしてくれるのっ!!!?
寂しさは悲しみに。悲しみは怒りに、怒りは寂しさに。
そして、それを追い抜いてしまうような、「好き」。
やり場の無い想いは、まだ・・・・胸の中で大混乱中だ。
今だって・・・一人でハーモニカを見ていると、涙があふれてくる。
渡されたハーモニカを抱きしめて泣く姿は、とてもじゃないけど人には見せられたもんじゃない。
このハーモニカの使い道はこんなものじゃない事だけは確かなんだけど。
・・・これは、あの綺麗な曲を奏でるためにあるのに。
出会ってちょっとした頃。
なぜか器用にハーモニカを吹きこなすヨシュアが羨ましくて、自分もやりたいとねだったっけ。
貸してもらったけど、やっぱり上手に吹けなくて、聞く専門でいい!って言ったんだっけ。
でも、・・・今、もう一度チャレンジしてみよう、と思った。
・・・もしかしたら・・・この音色に釣られて、ヨシュアが戻ってきたり・・・。
ベッドに腰掛けて・・・あらぬ夢に釣られて、ハーモニカを口に近づける。
一瞬、間接キス?とか思ったけど、・・・なんとなく、このハーモニカが呼んでいる気がして、そのまま口に当てた。
ためしに吹いてみる。
やっぱり、いつも聞いていたのとは少し違う音がした。
少し荒っぽくて・・・やっぱりヨシュアは器用だったんだって実感する。
『息の使い方も気をつけないといけないよ。』
『やさしくやれば、やさしい音がするんだ。』
ヨシュアに教わった演奏知識を総動員して・・・聴きたいのはあのメロディ。
・・・♪・・・・♪♪・・・
たどたどしいけど、記憶にある旋律が流れてきた。
あの夜聞いた曲には遠く及ばないけど、それでもあの曲。
『なんだ、エステルでもやれば出来るんじゃないか。』
一瞬、居ないはずのヨシュアが傍に居たような気がして、ふと振り返った。
・・・・・もちろん気のせいだったけど。
寂しいため息一つ。
だけど、もう一度。さっきの続きを吹いてみる。
思ったようには音が出ないけど、それでも、幸せなことは思い出されて。
やっぱり、目に涙が滲んできた。
『・・・食事も取らず、ただハーモニカを吹き続ける日々・・・男の子は日増しにやせ衰えていきました・・・』
ヨシュアの昔の話を思い出す。
今なら、多分その頃のヨシュアの気持ちが少しはわかる。
きっと、このハーモニカは、あの曲は、ヨシュアの幸せだった頃の思い出なんだ。
ハーモニカを吹く事で、幸せな思い出に掴まろうとしてたんだ。
だけど。
私のこの想い、思い出にするには早過ぎる。
ハーモニカを口から離してじっと見つめた。
・・・この曲は、大好きだけど。
自分が吹いていると・・・どこかでヨシュアに甘えそうになるから。
また戻ってくるのを待ってしまいそうになるから。
だから、もう、甘えない。
私は自分で立ち上がるんだ。
『初めて会ったときから、大好きだったよ。』
記憶に残るその言葉と、このハーモニカに込められた想いを信じて。
・・・絶対に連れ戻す。
置いてけぼりにしたら許さない、って私は言ったはず。
だけど。・・・だから。
置いてけぼりにしたって無駄だって事、思い知らせてやる。
ハーモニカを握り締めて、涙を拭いて。
お城の一室、鏡に映った自分の顔は酷い顔だったけど、いい表情してるな、と思った。
待ってなさいヨシュア。
私を泣かせた罪は償ってもらうわよ!!
さあ、顔を上げよう。
お城の窓から、あの日以来久々に見た景色は、生気に満ち溢れているように見えた。
> 設定が食い違ったもの > 〜空の軌跡〜 > Together
Together
ヨシュア&エステル
軌跡終了後。今日もコンビで依頼を解決していた二人だったが...
一生やってろ。(←心の底からの叫び)
5555のキリ企画のリクエストにお応えして書いてみました。「軌跡終了後で甘くて幸せなヨシュエス」のつもりです。気持ちだけは精一杯込めてみました。
2ND出てない状態でこんな先走ったもの書いちゃっていいのだろうかとは今でも思ってますけど・・・捏造全開です、多分。そして、気がついたら二人とも別人28号でごめんなさい(汗)
なんというか、いろんな意味で自分の限界に挑戦した気分です。多分私にはいろんな意味でこれ以上のものもこれ以下のものもかけないような気がします。とりあえず、キーボード打ちながら指が固まったのは初体験でした。
読んでくださってありがとうございました。
荒い息が洞窟の中に響く。
「はぁ、はぁ・・・・さあ・・・観念しなさい!」
男の喉元に棒を突きつけたエステルが、息を切らせて最後通牒を下した。
「これ以上の抵抗は、あなた達の罪を重くするだけですよ。」
同じく、抜き身の双剣を突きつけたヨシュアが厳しい声を出す。
「盗品は全てもとの持ち主に返し、わからないものは国庫の足しになるでしょう。
あなたたちには、事情聴取の後、速やかに牢屋に行ってもらうことになります。」
エステルが、片手で棒をもったままポケットから細いロープを取り出して、男の手首を縛る。
「エステル、そっち見てて。他は僕がやっておくから。」
「了解。」
ヨシュアは、気絶している男達を手際よく縛っていく。
「畜生!何でこんな事になるんだよ!!」
手首を縛られた男が吠えた。
「あんた達のお陰で、徒歩でリベール半周させられたんだからね!?
ちょっと痛めつけられたくらいで吠えてんじゃないわよ!」
エステルが怒鳴りつけると、男も怒鳴り返す。
「リベール半周やったのは俺達だって一緒だっ!しつこく追いかけてきやがって!」
「あんた達がしつこく逃げるからでしょうが!」
「追いかけられて逃げない奴があるか!」
男はそういうと天井を仰いだ。
「俺にはこいつらの命運が掛かってたんだ!!それだってーのになんで・・・コレじゃ破滅じゃねーか!!」
「私たちにだって一般人の平安を守るという使命があるのよ!
大体盗賊団なんかやらかすからこうなるんでしょうが!!」
「くそっ!お前ら血も涙もないのかよ!」
その言葉に、ヨシュアの手が一瞬だけ止まった。
「何が血も涙も無いですって?!それこそ『盗人猛々しい』ってやつじゃないの!?」
エステルが即座に怒鳴り返す。ヨシュアの小さな異変には気づいていないようである。
少しほっとしつつ最後の一人を縛り終えると、ヨシュアは怒鳴りあう二人の間に割り入った。
「エステル、漫才もほどほどにして。ほら、こっちは終わったよ。」
そう言って、今しがた縛り上げてきた男達の方を指差す。倒れている男達は一箇所に集められていた。
「5,6,7・・・この場にいたのはコレで全員ね。さ、きりきり歩いてもらうわよ。」
「くそっ、覚えてやがれ!!」
エステルが確認している間、ヨシュアは用心深くあたりの気配を窺いながら手帳を記入していく。
「・・・盗賊団7名、ルーアンの洞窟内で身柄を確保・拘束。」
「軍に引き渡せば任務完了ね。」
ヨシュアの手帳を覗き込むと、エステルはぱっと笑った。
その笑顔に微笑み返すと、ヨシュアは先ほどまでエステルと怒鳴りあっていた盗賊の首領を見やる。
『血も涙も無いのかよ!』
負け犬の遠吠えなのは間違いないのだが、その言葉が少しだけ心に引っかかっていた。
盗賊団を軍に引き渡し、ようやくルーアンに戻ってきた時には既に夕刻になっていた。
ルーアンの遊撃士協会で手続きを済ませ、ホテルの部屋で荷物を置いた頃には、あたりはもう夜である。
「うー・・・つっかれたー・・・。」
旅の埃と幾許かの疲れを流して風呂から上がると、エステルはベッドに倒れこんだ。
「確かに、長旅になっちゃったね。」
先に上がって本を読んでいたヨシュアが、苦笑いしながらエステルの方を向く。
「今夜はさっさと寝たほうがよさそうだ。」
「全くよ。」
言いながらエステルはもぞもぞと自分のベッドの中に身体をもぐりこませた。
「ヨシュアも本読むよりさっさと寝たほうがいいんじゃない?」
ころりと寝返りを打って、ヨシュアのほうに顔を向ける。
「うん、そうだね。
部屋の明かり消していい?」
エステルが頷くのをみて、ヨシュアは導力灯のスイッチを切る。
暗くなった部屋の中、あいた方のベッドにもぐりこむ。
「それじゃ、おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
寝転んだまま眠りの挨拶を交わすと、それきり、部屋の中は静まる。
もう何度も繰り返された光景。
ヨシュアは一つ寝返りを打って目を閉じた。
そのまま、ほとんどいつもどおりに眠りに落ちる・・・予定だった。
・・・・・・・・。
身体は疲れきっている。徒歩でリベール半周旅行をやらかした後なのだから当然のこと。
それなのに、眠れない。
目を閉じて、一つ息を吸い込んで、息を吐くのと一緒に体中の力を抜く。
やはり、眠れない。
頭だけが冴えてしまっている。
・・・身体だけでも休ませないと。
自分に言い聞かせて、全身の力を抜いて目を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・。
チクタクと部屋に備え付けの時計の音が響く。
耳障りな事この上ないが、無視しようと努めれば努めるほど余計に響いてくる。
・・・どうしたものかなあ。
隣からは既に寝息が聞こえてきている。こういうとき、エステルならなんと言うだろう、とふと思った。
『羊でも数えてればいいんじゃない?』
一瞬で台詞が浮かんで、ふと表情を崩す。
・・・・・・・・
羊が一匹羊が二匹・・・
理性はあっさりと、ばかばかしいと判断を下した。
『あとは、今日一日を振り返ってみるとか?』
・・・・・・・・
今日は・・・ツァイスから隧道経由で鍾乳洞まで盗賊団のアジトを探しに行って逃げられてでも間抜けにも足跡残していってたからそのままルーアンまで追いかけていって学園裏の山の方まで行ったら盗賊が居てエステルと二人で8人ほどのしてそしたら首領に・・・
・・・ああ、・・・・そうか。
眠れない理由がなんとなくわかった。
息をついて、上体を起こす。
暗闇に慣れた瞳には、月明かりに照らされた部屋はそれなりに明るく映った。
隣のベッドでは、エステルが寝息を立てている。
その天使のような寝顔を見ながら、起こさないように、こそりとベッドを降りる。
窓の外を見ると、明るい月の光と、それにかすむような星の明かりが目に入った。
光を浴びていて良いものか、と、ふと体が止まった。
『血も涙も無い』
あの盗賊の首領が悔し紛れに叫んだ言葉は、自分にとっては今でも掛け値なしの事実だった。
呪縛から開放されたと・・・そう言われた所で、作られたという事実は厳然として存在する。
血も涙も無い殺人人形。
壊れた心。血まみれの手。ずっと大切な人を騙し続けた口。
挙句、大切な女の子を傷つけるだけ傷つけてしまった自分。
そんな自分が太陽のようなエステルの傍に居る資格など・・・
「ヨシュア・・・?!」
怯えを含んだいきなりの声に驚いて振り向く。
「どうしたの?」
声を掛けると、エステルは顔を上げてこちらを向いた。
「あ、・・・」
泣きそうなほどにホッとした表情が突き刺さる。
そんな表情をさせているのは、他でもない自分だった。
エステルを怖がらせているのは、いつかの別れ。別れの傷は再会で癒えても、跡は消えない。
でも、エステルのその表情は一瞬だけだった。
「ううん、なんでもないわ。」
すぐ苦笑いしながらベッドを降りる。
「ヨシュア、まだ起きてたのね。」
そう言って、窓辺に歩いてくる。
「ちょっと眠れなくて。」
なるべく平静に、いつもと同じように。自分の心を悟られないように・・・話す。
「エステルも、起きてないで寝た方が良いよ。」
これ以上心配を掛けたくなかった。
しかし、エステルは軽く背を伸ばしながら窓辺にたつ。
「ヨシュア、まーたなんか考え込んでなかった?」
目線の高さはあまり変わらない。真正面からの視線が少し辛くて目線を下げた。
「ちょっとね。だけど大した事じゃないから。」
軽く笑ってごまかす。
しかし、エステルの表情は少し厳しくなった。
「目をそらしてる時のヨシュアって、大抵余裕が無いのよね。」
「そうかな。」
とりあえず微笑む。それと同時に、その情報を心に刻む。そう、『今度から気をつけよう』と。
「あのね、何年付き合ってると思ってるのよ。大体、前もこんな事あったわよ?」
「・・・・・・。」
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、私でよければいつだって相談に乗るから。
だから、あんまり・・・その、思いつめないでね。」
そのフレーズが少しだけ心を軽くした。
「なんか、それ前に聞いたような気がする。」
いつだったか、エステルは同じ事を言っていたはずだ。
「私も前に聞いたような気がする。」
エステルはそういって微笑んだ。もしかしたら、自分も同じような事を言ったのかもしれない。
「・・・もう寝る?」
ちょっとの沈黙の後にエステルが言う。
「そう、だね。明日も一応あるし。」
これ以上起きていてもエステルが心配するだろう、と踏んで一応微笑む。
エステルはその答えに満足したらしい。
「明日はロレントに戻れるわね。」
にこりと笑って自分のベッドに戻る。
「うん、そうだね。それじゃあ、お休み。」
ヨシュアもベッドに戻ると、布団とシーツの間に身体を滑り込ませた。
エステルはそれを転がったまま眺めている。
「・・・ね、そっちいっていい?」
その申し出に全身が固まった。
「え・・・。
狭くなるよ?それに自分のあるじゃないか。」
「ちょっとくらいいいじゃない。けちけちしないの。」
そういって布団の中にもぐりこんでくる。
ヨシュアはエステルに背を向けると、慌てて場所を空けた。
首に腕が回されて、抱きしめられる。
「んー、ヨシュアあったかい。」
「あのねえ・・・」
文句を言おうと顔をそちらに向けたところで、・・・当たり前の事だが、間近で目が合ってまた固まってしまう。
一瞬後、やわらかいものが唇に触れた。
「!」
唇から、顔が、そして体が火照る。
エステルは、ヨシュアの胸に顔を埋めてこちらを見ようとしない。
「な、何を・・・!」
「何って・・・その、・・・。
だって、ヨシュアが好きなんだもん。
たまには・・・・やりたくなることくらいあるわよ。」
上目遣いに見やる瞳。何かを言い返そうとして、それでも言えなかった。
「もう、恥ずかしいなあ!
今日は疲れたし寝るわ!お休み!」
口をパクパクさせているうちに、エステルはまた胸元に顔を埋めてしまった。
「(・・・・・・なんて無防備なんだ・・・)」
それとも、相手が自分だったからだとうぬぼれていいのだろうか。
抱きしめようと手を回す。
『そんな血まみれの腕で?』
自分の心のどこかで、そんな声が聞こえた。
体が固まる。
「・・・おやすみ、エステル。」
まわしかけた腕を下ろして、そう呟いた。
やわらかな髪や腕の感触、あたたかな体温を感じながら目を閉じる。
・・・やっぱり、僕なんかには手が届かないのか。
こんなことなら、生まれ変わってきれいなままで出逢えて居ればよかったのに。
そんな想いと共に、意識は闇へと沈んでいった。
翌朝は、快晴だった。
ホテルをチェックアウトしてジャンに挨拶すると、その足で飛行場に向かう。
目指すはロレント。なつかしの故郷。事件の報告はもう行っているだろうが、あちらで受けた依頼なので、アイナにも会っておきたかったのだ。
依頼で二人で飛行艇に乗るのも慣れてきた。
乗っている間、のんびりと旅の疲れを癒すことにする。
以前は、エステルがはしゃいで甲板の方に行っていたり、ヨシュアがため息をつきながら付き合っていたりしたものなのだが、今は二人とも落ち着いたものだった。
お互いに寄りかかって、ウトウトとまどろむ。
周囲からの微笑ましげな目線にも気づかずにのんびりと。そこだけ時間が止まったようだった。
「ロレント、ロレントに到着しまーす。」
その声で二人はばっと身を起こす。
「うー・・・よく寝たぁ・・・・。」
エステルが思い切り背を伸ばす。
「・・・・ん、着いたみたいだね。」
ヨシュアも首をゆっくりとまわした。
「エステル、よだれ。」
「へぁっ、いけないいけない。」
エステルが慌てて口元を拭う。
窓の外を見ると、丁度空港に着陸したところだった。
タラップを降りると、ロレントのおだやかな風が吹き抜けていく。
「やーッと戻って来れたわね。」
そのままの足で協会に向かいながら、エステルがまた背を伸ばした。
「この間の事件に結構掛かったからね。」
そう言って息をつくと、頭に軽い衝撃が走った。
「ったぁ・・・何?」
隣を振り向くと、エステルが顔を覗き込んできた。
「折角事件も片付いたっていうのに、浮かない顔してどーするのよ。
今のはもっとこう、爽やかに喜ぶべきところじゃない?」
「別に浮かない顔なんか」
「してる。そう見えるもん。」
エステルはそう断言する。
「悪かったね、暗くて。」
そういってむくれてみせる。
本当のところ、自分の意識の範疇外のことだった。
昨日の事をまだ引きずっているのか・・・と、ある種冷静に自己判断する。
「ほら、また考え込んでる。」
「少しくらい考える事だって必要だよ。」
そう言い返したところで、協会につく。話はそこであっさりと終わってしまったのだった。
遊撃士協会から出ると、あとは家の方に行くだけだった。
エリーズ街道ぞいの原っぱがのんびり揺れている。
「やーっと我が家ね。『おお、わがロレントよ!私はまたここに帰ってきたぞ!!』」
エステルは大仰に言うと、原っぱの方に駆け込んだ。
それを目で追うのは習慣だった。
そして、すっと視線をそらして空を見上げる。空は蒼くて、明るくて、・・・少し自分には不釣合いだった。
「ヨーシュアー、気持ちいいわよー」
声に呼ばれてそちらを向く。
エステルは・・・居ない。
「エステル?どこ?」
原っぱの上に視線をさまよわせると、見慣れた栗色の頭が少し背の高い草の間から出てきた。
赤味掛かった瞳と目があうと、エステルの姿がまた消える。
そちらの方に歩いていくと、案の定エステルは大の字になって原っぱに寝そべっていた。
「相変わらず豪快だね。」
「それ嫌味?」
「いや、別に。」
傍に腰を下ろして、遠くの空を眺める。風が後ろから吹いてきてなかなか快適だった。
「ねえ、ヨシュア。」
隣から声が掛けられる。
「何?」
「今日・・・っていうか昨日からノリ悪くない?」
少し心配そうな声。
「僕はいつもどおりだよ。」
別に何も無いよ、と首を振る。しかし、エステルの声はさらに不機嫌になった。
「嘘ね。昨日の夜辺りからずーっと考え込んでるじゃない。」
それは、確かに当たっていた。まだ、引っかかっている、あの言葉、あの事実。
「そうかな。」
当たっていてもとりあえず誤魔化す。コレは自分の問題だと。
エステルは深々とため息をついた。
「誤魔化してばっかりなのもらしくないわよ。いつもだったらもっとスマートに避けるでしょ。」
何でそういうところに聡いんだ、と思いながら、ヨシュアも原っぱに身を投げ出した。
「・・・・・・・・。」
ゆっくりした風が吹き抜けていく。
エステルは耳を傾けているらしい。ヨシュアは観念して一つ息をついた。
「たまに、思うんだ。
生まれ変わって君の傍に居られたら良いのにって。
結社なんかと関わり無く生きて、君に出会えていたらよかったのに、って。
・・・なんだか逃げてて・・・情けない事だけど。」
エステルは、きょとん、とヨシュアの方をむいた。
「そんなことを考えてたの?」
「・・・うん。」
素直に頷くと、エステルはふーっと息を吐いた。細い体が少し上下する。
「そっか。
私は別に生まれ変わってくれなくて良いんだけどなあ。今のままのヨシュアが一番好きだもん。」
「だけど。」
僕の手は血まみれだ。
そんな手で君に触れたくない。
嘘を吐き続けた口でキスをしたくない。
誰よりも大切だから、汚すのは嫌なんだ。
そういおうと思った。それは、以前から思っていたこと。別れの後の再会から、よりいっそう強くなった想い。
「だってね」
しかし、言葉にする前に遮られた。
何もいえなくなって押し黙る。
「そんなの全部あわせてヨシュアだと思うもん。」
エステルはそのまま続けた。
「それに。もしも、まっすぐに育ったヨシュアだったら、爽やかに厳しいツッコミが入らなくなっちゃうでしょ。
なんかねー、私どうもあれが無いと調子でないのよ。」
幼い頃からずっと見てきた表情と言い方。
「昨日もそう、今日もそう。なんか切れが悪いと判っちゃうくらい。なくてはならない、って奴なのかも。」
「あ・・・あはははは・・・」
そのあまりの言い様に、笑いがこぼれた。
確かにそれは、途中経過があってこその自分だった。
「それは笑うとこ?」
エステルが少しむくれた。
「うん。」
それに爽やかな笑顔で応える。
「・・・やっぱり君にはかなわないな・・・」
視線は空。わだかまっていた心が解けていく。そう、こんなにも簡単に。
昨日から考えていたことなど、エステルの前には何の意味も成さなかった・・・という事らしい。
少し心地よい空気が流れていった。
ややあって、エステルが口を開いた。
「ねえ。
ずっと・・・うちに来る前のこと、気にしてたの?
その、結社にいた頃の事とか。」
少し言いづらそうなのは、それを確信しているからだろう。
「・・・うん。」
「そっか。」
素直に頷くと、エステルはすこし寝返りを打ってこちらを向いた。
「・・・・辛かった?」
「そんなこと考えもしなかった。」
そう、当時は何も考えていなかった。
辛いのは、今。
「でも、数え切れないほどの罪を犯した。最低なことをやってたのは間違いない。」
視線は空をさまよったまま・・・でも、言葉は自然につむがれる。
「だけど、もうやらないんでしょ?」
意外な言葉だった。
「え・・・うん。」
少し言葉に詰まって、それから迷い無く答える。
隣の空気が、少し崩れた。
「ならいいんじゃない?」
「えっ?」
そちらの方に身体を向けると、エステルはいたずらっぽく笑った。
「もうしないんだったらいいじゃない。それに、悪い事したときは、『もうしません』っていえば大体許してもらえるわよ?」
むっとして、身を起こす。
「そういう問題じゃ」
「あのね。」
少し静かで少し強い声が遮った。
「罪とか罰とか、そんなのよりも幸せになる方がよっぽどいいと思うわ。」
そう言って、エステルも身を起こす。
「そりゃ、やったことの大きさも過去とかいうのも消えないわよ。
・・・でも、だからといって一生浮かない顔をしとかなきゃなんないわけじゃないわ。」
ふわり、と自分の頭が包み込まれた。
「ヨシュアはもう十分に苦しんだじゃない。一番近くで見てたわたしが言うんだから間違いないわ。」
言葉は、素直に直接心に入ってきた。
「これ以上に気に病む必要なんてどこにも無いわよ。」
ふと見れば、エステルは穏やかにこちらを見つめていた。
浮かされるように・・・おずおずと腕を回して、エステルを引き寄せる。
引き締まっていて、少しやわらかい。
「もういいの。」
その一言で、糸が切れた。
腕の中のエステルを折れそうなほどにきつく抱きしめる。
顔の傍で風に揺れる栗色の髪は、日向の匂いがした。
かすかに触れる頬は、マシュマロのような感触がした。
ずっとずっと欲しかった・・・でも、とうの昔にあきらめていた暖かさだった。
それは、今自分の腕の中にある。
目を閉じて、愛しい存在を思い切り感じて、ただ、抱きしめる。
気がつくと、エステルの手が、ヨシュアの背中をまるであやすかのように優しく叩いていた。
少し息をついて身体を離すと、視界がぼやけた。
それでも、面と向かって何を言えばいいのか・・・言葉が出てこなかった。
「落ち着いた?」
掛けられた言葉は意外なものだった。
「え?」
きょとん、と見やると、エステルの手がヨシュアの目元に伸びてきた。
その手は、目元と頬を伝う何かを拭う。
・・・涙だ。
「・・・僕、もしかして・・・泣いてた?」
たずねると、エステルは目を見開いた。
「気づいてなかったの?」
「・・・うん。」
こくり、と頷くと、エステルはくしゃ、と笑った。
「ヨシュアでもそんなボケかたするのね。」
「そう・・・かな。」
半ばぼんやりとしたままで言葉をつむぐ。
「だって普通気づくわよ。」
「そっか。」
そう、それは確かに・・・当たり前の事だった。
エステルが明るく笑う。
「でも、レアなもの見たわー。今まで暮らしてきて一度も見た事無かったもの。」
その笑顔を見ていると、また視界がかすんできた。
「うん・・・僕も。
まだ、涙なんてものが・・・あったなんて・・・おもわなか・・・った・・から。」
今度はわかる。
頬を伝う水滴。声が詰まる感覚。自分は今、涙を流している。泣いている。
「僕は・・・、何で泣いてるんだろう・・・。」
エステルの腕が自分を包み込んだ。
先ほどと同じ、背中を軽く叩かれる優しい感覚。
「人間だもん。嬉しかったりほっとしたりで泣く事くらいあるわよ。」
「そっ・・・か・・・。」
人間だから。
言葉は涙とともに心にしみこんでいく。
「僕は、人間だったんだ・・・。」
こぼれる言葉。
その事実が、涙が、どうしようもなく嬉しかった。
「何当然のこと言ってるのよ。」
エステルの腕に力がこもる。
「ヨシュアは人間よ。私がこの世で一番大好きな人。」
声は出なかった。
そのかわりに、もう一度腕を回して、抱きしめた。
「ありがとう・・・。
・・・愛してる。これからもずっと。」
囁いて、エステルの唇に触れる。
エステルは目を見開いて、そして、一つ頷いた。
片腕でエステルを抱き、その小さなあごを持ち上げて、唇と唇を合わせる。
一瞬とも永遠ともつかない幸せな時間。
生きてきてよかったと、心から思えた。
過去は消えない。それでも未来をみて歩いていこうと思った。
今そこにある幸せ・・・やっと抱きしめる事の出来た愛する存在とともに。
> 設定が食い違ったもの > 〜空の軌跡〜 > 背比べ
背比べ
ヨシュア・エステル(断片)
きっと再会後。
「・・・・ほんっと長かったわ・・・
手配もしたのに全然捕まらないし、足取りもわからないし!」
もう逃がさない、とばかり、むき出しの腕を掴んでエステルが思い切りぼやいた。
「それは・・・・一応、見つからないようにはしてたし・・・」
自分としては甘かった部分も残ってはいたとは思うが、それでも気をつけられる部分は気をつけていた、と思う。
自分に関する情報は、それなりに収集していた。エステルがどこにいるのか、どこに行ったら捕まるか、どういう手配が出されていたか、などはポイントである。
「それに、エステル。」
「あによ?」
「手配内容、あれはあんまりだと思う。」
そう、ギルドに出されていた手配の内容は、ヨシュアにとっては顔を引きつらせたあとに頭痛を催しても全然おかしくない内容だった。
「アレ以上の手配なんて無いはずよ?」
エステルは、むっとした顔でヨシュアをみる。
「『黒髪で短髪、琥珀の瞳、細身。武器はツインエッジ。時属性アーツを得意とする・・・』」
それにかぶせてヨシュアが続ける。
「『小柄で、身長は163でエステルと同じくらい、女装が特技で、女姿でまぎれている可能性もある』で、旅に出る前の写真つき。」
「私としては、『薄情者』とかも入れたかったんだけど、主観だっていってはねられちゃったのよね。」
「あ、あのねえ・・・」
その言葉による頭痛をこらえつつ、ヨシュアはエステルを見やった。
「『女装が特技で女姿でまぎれている可能性も』って?」
「事実でしょ。似合ってたわよ、セシリア姫。」
その言葉にヨシュアはぐっとつまった。しかし、気を取り直してエステルを睨む。
「背だって、僕のほうが高いだろ。」
「変わらないでしょ。」
相変わらず、何を当然、といった雰囲気でエステルはヨシュアを見上げる。
「じゃ、今僕が君を見下ろしてる気がするのは?」
今度はエステルが詰まる番だった。
「・・・・・・・・お・・・大きくなったわねぇ、ヨシュア。
お姉さんびっくりしちゃうわ。」
目をそらすエステルにぼそりとつぶやく。
「旅に出る前から僕のほうが高かったんだけど。」
「低かったわよ。」
憮然としてエステルが言う。
「高かった。」
事実は事実、とばかりにヨシュアが言い切る。
「私が低かったって言ってるんだから低かったのよ。」
「それこそエステルの主観だろ。事実は事実、僕のほうが高かった。」
ヨシュアの視線がエステルの瞳に行く。
「それはヨシュアの思い込みでしょ。ぜーったい低かった。」
エステルも同じく睨み返した。
「高かった。」
「低かった。」
「高かった。」
「低かった。」
しばしお互いにむくれて・・・さらににらみ合う。
「どう考えても僕のほうが高かった。」
「私の方が高かったわよ。」
そしてまた口論は繰り返される。
「・・・・何時まで続けるのかなあ、あの二人・・・」
「さぁ・・・・気が済むまでやらせておけばいいんじゃないか?」
「そうだねぇ。」
離れたところから観察していた仲間の声は、もちろんエステルたちに届く事はなかったのだった。
> 設定が食い違ったもの > 〜空の軌跡〜 > 再会前
再会前
アガット&エステル(断片)
2ND中、アガットさんは封印区画調査の護衛担当の仕事してて、その関係の必要物資取りにどっかの遊撃士協会(グランセルに有らず)に来てて、エステルはヨシュア探して三千里中で、仕事請負に遊撃士協会に顔出してて、ばったり出くわしたとか言う設定で。
「アガット、ティータは元気にしてる?」
お互い用事を済ませてエステルがたずねると、アガットは「あぁ」と、一つ頷いた。
「元気そうだったぞ。相変わらずじーさんと夢中になって遺跡調査中だ。
ああ、お前の事も気にしてたな。」
「なんて?」
エステルは身を乗り出す。
「『無理してないか』、だと。」
「そっか。心配かけちゃってるかなあ。」
少し耳が痛い。苦笑いすると、アガットはにやりと笑った。
「頼りない姉だからな。」
「るっさいわね。」
その態度にエステルは頬を膨らませる。
しかし、すぐに表情を戻すと、一つ手を打った。
「あ。・・・アガットはまた遺跡に戻るのよね?」
「あぁ、仕事だからな。何かあるのか?」
「ティータに言っといて。『私は大丈夫。』って。『遺跡は危ないから、ティータも気をつけて』って。
あーもう、ヨシュアさえ見つかれば、私もそっちの仕事がやりたいんだけど。」
そういって一つ息をつくと、アガットの拳がどん、と頭にのった。
「あにすんのよ。」
「お前にはお前のやることがあるだろ。
さっさとあいつを連れ戻してやれ。話はそれからだ。」
半分仏頂面のその言葉は、遠まわしなエール。
「うん、モチのロンよ。」
素直に頷いて、顔を見上げて笑う。
「アガットも気をつけてね。遺跡はまだ機械人形残ってるんでしょ?
ティータをお願いね。私の可愛い妹なんだから。」
肩を叩くと、アガットはうるさそうにそれを払った。
「けっ、誰に口きいてやがる。」
「照れない照れない。」
にや、と笑うとアガットの顔つきがさらに険しくなった。
「誰が照れるか!ったく・・・もういくぞ。」
そう言うと、アガットは協会のドアをくぐって出て行ってしまったのだった。
> 設定が食い違ったもの > 〜零の軌跡〜
〜零の軌跡〜
> 設定が食い違ったもの > 〜零の軌跡〜 > うらぎりもの
うらぎりもの
レン
<EDネタバレ>ED後。レンは池をぼんやり眺めていた。
まさかの設定読み違いに碧でびっくりしたなんていえない(苦笑)
これは正直 クリアした直後から書きたいとおもってた話だったりします。
もうね、なんというかね、レン良かったなお前・・・!!!とそればっかり。
なんだかんだでレンの軌跡だよね、零って。とりあえず、無いに等しかった人生取り戻して欲しいです。
幸せになってくれ・・・!
ぽちゃり。
小さな音は石が水に落ちた音。水面は小さな雫を跳ねさせ、次いで波紋が広がる。
町外れの家だった。
広い庭がついている。その一角には池まであった。池の対岸は小さな林になっていて、時折鳥の声が聞えてくる。
少し前まで居た場所とは比べ物にならないくらい、のどかな場所だった。
ぽちゃり。
また、小石が水におちる。石はまた水面を波立たせて沈んでいく。
ガサガサと木々が揺れた。
風ではない。何か大きなものが動くような音。・・・そして、とても慣れ親しんだその気配。
顔は上げない。ただ、揺れる水面を見つめる。やがて波紋の収まった池に、巨大なロボットの姿が現れていた。
どうやって身を隠していたのか不思議になるとはよく言われるが、特に難しいことでもないのだ。自分たちにとっては普通の事。
何か言いたそうに、それは水面越しにこちらを見つめる。
ぽちゃり。
石を投げた波紋は、水に映るその姿をかき消した。
その名は《パテル=マテル》。
レンが今ここに居る原因だった。
ウィーン、と微かに駆動音をさせて、パテル=マテルはこちらを伺う。
自律運動が出来るようになってから・・・そしてこちらに来てから、パテル=マテルは随分と表情豊かになった。ローゼンベルク老人の腕の良さだろうか。無言の仕草は、パテル=マテルの意思が十分に汲み取れるくらいの饒舌さをもっている。
「・・・返事なんてしてあげないわ。」
落ち着いてきた水面に、また石を投げ入れた。映っていたパテル=マテルの姿が散る。
「・・・うらぎりもの。」
自律運動ができるようになって真っ先にパテル=マテルがやった事。それは、レンの意思とは違う事だった。
「何で、レンの言う事を聞かなかったの?」
水面に映るパテル=マテルは、困ったようにそこに在るだけだ。
「パテル=マテルは、私の言う事を聞いてくれるんじゃなかったの?」
風が木の葉を揺らす。それと同時に低い駆動音。そして、地響き。体勢を変え、パテル=マテルはそこにうずくまる。
「答えなさい、パテル=マテル。」
微かに駆動音がした。その腕と手が動き、レンの傍に着地する。
その巨大な見た目似合わず、動きは優しかった。巨大な金属で出来た指はそっと動いてレンの体に触れる。
わかるだろう。そう言っていた。
・・・わかる。・・・わかってる。わからないわけがない。
「・・・パテル=マテル。あなたはどういう基準で動いているの?」
聞くだけ馬鹿馬鹿しいが、それでも聞きたかった。
ウィーン、と小さく駆動音が応える。
答えは、出逢った時から決まっていた。わかりきっている。『レンのために動く。』それ以外の何もない。
「ここに来ることが、レンのためだとでも思ったの?」
駆動音。そして、優しく動く指がレンをそっと突付く。
そのとおりだ。そう、・・・会話は通じていた。
「・・・レンはそんなこと頼まなかったのに。」
でも、望んでいた。
水面に映るパテル=マテルになんだか苦笑いされたような気がして、小石でまたそれを散らす。
本物の・・・生みの両親は、レンの意思なんて関係なく、レンを置いて出て行ってしまった。それは、両親なりにレンのことを考えての結果なのだと、・・・そう、知った。
パテル=マテルも名前の通り『パパとママ』だ。レンの、大事な。・・・だから、レンの事を考えて動くのだろう。それがたとえ、レンの意思と違っていても。
・・・わかってる。
そういうのを「想われている」というのだ。「愛されている」とか、そんな言い方もあるらしい。
だけれども、そんなものはないと思っていた。こんなに、自分まで泣き出したくなるほどの想いなんて、あるわけがないと。だから、自分の周りにもそんな感情があるのだと気づいたのはつい最近のこと。
ざわりと風が木の葉を揺らす。
「レンー!!ごはんよー!どこ居るのー!?」
家のほうから、高い声が聞えてきた。
・・・エステルの声。・・・今の、レンの家族の声。
「・・・行かなきゃね。」
そう言って、パテル=マテルの指に手をついた。見上げたパテル=マテルはこちらを静かに見つめている。
「わかってるわよ。・・・あなたも、私のことを『想っている』んでしょう?」
ウィィン、と駆動音が嬉しそうに応じた。
「・・・全く。」
そう、肩をすくめて見せる。自分の見せ掛けの動きなど、パテル=マテルにはきっと意味を成さない。だが、それが精一杯の強がりだった。
「・・・ありがとう、パテル=マテル。礼を言っておくわ。」
これでも感謝してるのよ?
そう言って、その指にこつんと額をつける。金属質な感触なのに、どこか暖かい。パテル=マテルはただ黙って、そこに在る。いつだってレンと共に。レンのために。それが、真実。
「レン!はやくおいで!」
ヨシュアの声も聞えてきた。ヨシュアも、こっちに来てからというもの・・・全くにぎやかな事だ。でも、それだって悪くない。優しく笑ってくれるヨシュアはそれはそれでいいものだ。
「今行くわ。」
そう答えて家へ向かう。
「今日もまたお魚のフライかしらね。」
そんな事をつぶやきながら。
・・・ありがとう。ここにつれて来てくれて。
パテル=マテルに。あの特務支援課とやらに。もしかしたら、工房の老人にも。
そして、エステルとヨシュアに。
優しい風が吹いていた。
ここはブライト家。
レンと、レンの新しい家族の住む場所。
> 設定が食い違ったもの > 〜零の軌跡〜 > HAPPY HAPPY WEDDING!
HAPPY HAPPY WEDDING!
アガッティで結婚式!(この時点で既にアレ)
6周年か7周年くらいで書いてたものです。妄想もかなり酷いもんで、どこに置くべきか散々迷った末にここに持ってきました。
まず零の軌跡出る前に書いたので、ヨシュエスレンの設定が追いかけっこ中になっております。他も色々アイタタタで(汗)・・・それでもよろしければどうぞ。
ブログ始めて気がつけば6年経過してました。
ほとんど同時期に軌跡が発売されたので、私の日記は軌跡と共にあったようです。
というわけで、ちょっとはっちゃけた話を記念公開。
あまりに恥ずかしい話なんで、後で片隅にいく予定。
未来妄想です。アガットさんとティータさんの結婚式の話です。
とりあえず、ドラマCDは聴いてません。
色々設定無視してます。ギルドの仕組みとか正直覚えてない(汗)
まあ、花畑だから!と開き直って。
立場上どう考えたってこれないメンバーたくさんいるんだ。それじゃつまらないし。
数年後、みんな色々変わってそうな気はするけど、その辺も無視で!
・・・とやった結果、なんとかFCメインキャラは全員出てます。
痛恨なのは、じーさまを出せなかった事だろうか・・・メインなのに。メインなのに(・・・)
グランセル城 10:00
ツァイス七耀教会 12:40
ツァイス七耀教会前 12:55
遊撃士協会ツァイス支部 13:00
ツァイス近辺 13:30
居酒屋フォーゲル 13:30
ツァイス七耀教会 13:50頃
ツァイス七耀教会前 14:00頃
あとがきと言い訳
> 妄想がそのええっと、なもの。
妄想がそのええっと、なもの。
> 妄想がそのええっと、なもの。 > 空の軌跡
空の軌跡
> 妄想がそのええっと、なもの。 > 空の軌跡 > ケチャップの赤にまで、微笑みかけたくなるみたい
ケチャップの赤にまで、微笑みかけたくなるみたい
アガット&ティータ。
お題『でかけよう』で書いてた未来妄想、きっとSC*年後の新婚さん(笑)
ここまで未来妄想が広がるとさすがに表には置きがたいので、別置。
BGMは「キッチンから愛をこめて」。実は結構前からあっためてたネタだったんですが、ちょっとこれは恥ずかしいよ、ねえ(苦笑)
なんかもう色々とすっとばして新婚さんです。新婚さんでも、これくらいラブラブでほのぼのーっとしてたらいいなあと。あと、アガットさんが照れてるのもいいよね!何て思ってたりします。
実はこのお題にとっかかって一番最初に埋めたのがコレでした。最初から螺子が飛んでたみたいです、ね(苦笑
夕暮れ時。どこの家からも美味しそうなにおいが漂ってくる時間。
その中一軒・・・夕日の差し込んでいるであろう窓から、幸せそうな歌声が聞こえてくる。
「あなたと わたしと そして笑顔たちが・・・」
歌声に合わせて、窓に掛かったカーテンもゆれていた。
歌声の主は金髪の娘。自分の歌に合わせて、慣れた手つきで鍋をかき回している。
「・・・・・・こんなとこかな?」
少し手を止めて、真剣な顔で鍋の中身をひとすくい。小皿に移されたスープは、朱金の色をしていた。こく、と一口飲んで、また真剣な顔で鍋の中身を見る。
「・・・もうちょっと辛い方が好きかなあ?」
胡椒のビンを一振り、二振り。そしてもう一度鍋の中身を味見してみる。
「ん、上出来。」
会心の笑顔で火を止める。振り返った先には、たくさんの料理が並んでいた。
買ってきたばかりのパン、サラダ、煮物、揚げ物、焼き物。今作ったばかりのスープと、棚にあるオレンジでデザートまで完璧に揃っている。作成者の気合を感じる料理だった。
「早く帰ってこないかな。」
戸口の方をそわそわと見やって、彼女・・・ティータは嬉しそうにつぶやいた。
待ち人は、うれしはずかし旦那さまだった。鮮やかな赤い髪で、長身で無愛想なようで優しくてかっこよくて、不器用なとこもあるけどとっても頼りになる・・・。
「アガットさん。もう帰ってくるんですよね?」
視線は料理経由でまた戸口に戻る。嬉しそうな笑顔は抑えようとしてもこぼれるばかりで困ってしまう。
遊撃士の仕事で一週間ほど家を空けていた彼が、本日帰宅予定なのだ。
がたん。
戸口の方で音がした。
「はいっ」
続くノックの音。ティータはウサギもびっくりするほど敏捷に走っていく。
鍵を開けると、大好きな彼が少しびっくりしたように立っていた。思い切り見上げないと視線が合わないほどの長身のアガットに、ティータは思い切り飛びつく。
「おう、なんだ、早かったな。」
動じもせず慣れた感じで受け止めてくれる。相変わらずがっしりした腕のなかは安心できた。
「えへへ。おかえりなさい、アガットさん。」
ぎゅっと抱きしめて見上げると、前よりかなり穏やかになった声が降ってくる。
「ただいま、ティータ。」
軽く頭の上を跳ねる大きな手が気持ちよかった。
「ご飯できてますよ。それともお風呂先にしますか?」
「そーだな・・・」
声と共に、アガットの目線はテーブルの上に行く。
「おー・・・豪勢だな。」
びっくりしたような声に嬉しくなった。
「えへへ、ちょっとがんばっちゃいました。」
抱きしめっぱなしの手を緩めて、ティータの目線もテーブルの上に行く。
自信作だった。1週間ぶりだから、思い切り気合が入ったのだ。
「なら、まずは飯からにするか。見てたら腹減ってきた。」
「はいっ。」
ティータはぱたぱたとテーブルの仕上げにかかる。
「おいおい、そんな慌てるなっての」
やれやれ、と苦笑いしながら、アガットはもっていた荷物を下ろしたのだった。
そして翌朝。
「あなたと わたしと そして笑顔たちが・・・」
ひそやかな歌声に合わせて、窓に掛かったカーテンもゆれていた。朝日もちらちらと踊っている。
歌声の主はティータ。自分の歌に合わせて、慣れた手つきでスープをかき回しているその姿は、昨日の夕刻と余り変わらない。
しかし、本日の彼女は昨日以上にご機嫌だった。
「今日はー、昨日のスープと、パンとコーヒーと・・・サラダとオムレツ・・・くらいでいいかな?」
まだ寝こけているアガットのことを思うと、なんだかにやけてしまう。
昨日の夜、料理を嬉しそうに食べていて。スープ美味しいってほめてくれたっけ。お風呂に入る前にうとうとしだしてて、慌てて起こしたっけ。疲れてたんだよね。お風呂入ったら少し目さめたみたいだったけど、結局すぐにベッドで転がっちゃったの、なんか子供みたいで可愛かったかも。でも、ベッドに転がり込んだら、ぎゅってしてくれて、そして・・・
思い出すだけで幸せいっぱい夢いっぱいである。自分でもおかしいくらいだが、それでも笑顔は止まらない。
きゃーっ、とじたばたしながら塩を振って・・・はた、と気がつく。
なぜ自分は暖めなおしのスープに塩をふっていたのか。笑顔が凍りついた。
おそるおそるスープを味見してみると、はたして。ティータの予想通りの味がした。
・・・・・・・・・・塩、入れすぎちゃった・・・・・・。昨日、ほめてくれてたスープなのに。
捨てるのは忍びない。でも塩辛い。
思考10秒、目に入ったのは、アガットの髪と同じ色の缶詰だった。すなわちトマト缶である。
30分後。
「おはよーございます。朝ごはんできてますよ。」
「ん・・・ああ、おはよう」
家だからなのか、半寝ぼけのアガットに声を掛けると、ティータはテーブルの上に朝食を並べ始めた。
顔を洗ってきたアガットが席に着くと、短い挨拶と共に朝食が始まる。
「・・・そういえば、昨日のあのうまいスープ、残ってるから朝出すとか言ってなかったか?」
パンをかじりながら、アガットがふと思い出したように言った。
「ごめんなさい。・・・ええ、と。残ってたんですけど、ちょっと・・・暖める時に失敗しちゃって。」
ティータの指はオムレツの上に掛かった、朝食の割りに手の込んだソースを指差す。
「ソースにしちゃいました。」
トマト風味の真っ赤なソース。味は先程見たところによれば、少なくともスープよりははるかにマシだった。
「へえ、器用だな。・・・・うん、うまい。」
オムレツを齧ってそう言う。
「だが・・・スープ温めるのに失敗なんてあるのか?お前にしちゃ珍しいな。」
アガットの表情は間違っても責めては居ない。純粋に疑問なだけである。それは見れば判る。
「間違えてお塩いれちゃったんです。」
「?」
ティータは自分のフォークに刺したトマトを、いぶかしげに開いたアガットの口に放り込んだ。
「・・・!?」
「昨日のキスが甘すぎたから、ってことにしといてくれませんか?」
「!!」
盛大にトマトをのどに詰まらせそうになったアガットに、心の中でごめんなさい、と思いつつ、ティータはアガットの広い背中をさすりに駆け寄った。
やっと落ち着いたアガットの顔は赤い。
「ったく・・・いきなり何てこと言いやがる・・・・」
「えへへ。」
照れた笑顔を見られるのがちょっと恥ずかしくて、ティータはアガットの背中に背を向けた。
「こら。」
横頭に軽い裏拳が飛んでくる。
「さっさと朝食終わらせるぞ。冷えるだろが。」
まだ少し赤みの残った耳が見えた。
「あ、はい。」
くすくすとした笑いをかみ殺して、席に戻る。
幸せな日々は、まだ始まったばかりだった。
> 妄想がそのええっと、なもの。 > 空の軌跡 > また明日って手を振るときには
また明日って手を振るときには
アガット&ティータ(断片)
月末のお食事会な話。乙女な曲と少女漫画読みながら話を書くと酷いことになる典型例。
「じゃあな。」
そう言って、アガットは振り返りもせずにラッセル家を出て行こうとした。
「あ、アガットさん、あの、その、また来てくださいね!」
呼びかけると、アガットが振り返って立ち止まる。
「あ、・・・ああ。・・・またな。」
そう言ってこちらを見たアガットの表情がこわばった。
「あ、あのな。何泣きそうな顔してんだ。別に今生の別れってわけじゃねえだろが。」
「あ、・・・すみませんっ。えと、また・・・」
本当のところはもっと居て欲しいし、寂しい。そんな気持ちは簡単に声色に出てしまったらしい。
「・・・ったく。」
アガットはこちらに戻ってきて、ティータの目線の高さまで屈んだ。ぽん、とティータの頭に手を置くその仕草は小さい子ども向けのそれでしかなくて、なぜだかさらに寂しくなる。
「お前がそんな顔してたら、出て行けないだろうが」
「・・・・・・。」
「また来る。だからそんな顔すんな。」
そう言うアガットの顔には子どもをあやしてるみたいな表情と、本気で困っている表情が同居していた。いつものように「はい、まってます」というつもりだったのに、実際に出てきたのは釣られたのか我ながら子どもっぽい言葉だった。
「・・・・絶対ですよ?」
その言葉にアガットが軽くため息をついた。今、確実に子どもだと思われた・・・と思った。自分の表情が少し歪む。だれのせいでもなくて、自分のせいのに、なんだかつらい。
それでも。
「ああ、約束する。」
そう言って、こっちを見てくれたその人の表情は本当に優しかった。
「アガットさん・・・・!」
目の前のアガットに抱きつくと、一つ間をおいて、たくましい腕が肩を抱えてくれた。軽く、ぽんぽん、と肩と頭をたたかれる。それだけで、なんだかおちついた。
「・・・・・もういいな?」
そんな言葉が耳のそばで聞こえる。
「あ、はい。すみませんでした。」
こんどは、いつもみたいに返事ができた。
すっと体を離される。
「それなら、もう行くぞ。」
「はい。」
その返事を聞いて、アガットが立ち上がる。
「またな。」
そう言って踵を返す。
ティータも思い切り手を振った。
「はい、まってますから!」
もう一度振り返ったアガットは、少しだけ笑う。
「おう、楽しみにしてるからな。」
そう言って手を振りかえすと、そのまま出て行った。
もう一度呼び止めたいような、後姿を追いかけてずっとついて行きたいような、そんな気がする。
それでも、それはきっとまだ迷惑なのだ。
だから、遠くなっていく背中にむかって一つ呟いた。
「はやく、次の月末になりますように・・・まってますから」
一人前になって、お料理も上手になって、そうしたら、いつも一緒にいられるだろうか。たまに見せる子ども扱いもなくなるだろうか。迷惑、と思われたりしないんだろうか。
そんなことは、きっと試してみないと判らないのだろう。
「お料理、がんばろっと。」
そして、はやく一人前になろう。きっとそれが彼に近づける第一歩だから。
> 妄想がそのええっと、なもの。 > Star Ocean3
Star Ocean3
> 妄想がそのええっと、なもの。 > Star Ocean3 > Protector
Protector
アルベル&ネル
出発準備中、ネルは自分の防具が無い事に気付くが...
うまくおちなかったー。めざせかっこいいネルさん、だったけど玉砕しました。そして見るに耐えなくなってこっちに移動。難しいなあ。
「買出しするものはリストにして持ってきてください。」
「売りに行くものは今のうちに言ってくれよ。」
ここはシランド。
明日の出発に備えて、一行は装備品や消耗品の準備に余念が無かった。
そんな中。
「ねえ、私の防具知らないかい?そこに置いてたんだけど。」
ネルは、買出しに出て行こうとするフェイトを呼び止めた。
「え?・・・売りに行くものの中に女物は入ってませんでしたよ?」
フェイトはリストと袋の中を見ながらそう答える。
「そうかい。・・・どこに行ったんだろうね・・・。」
ネルが首を傾げれば、フェイトは思案するように中空を見て、一つ手を打った。
「マリアが知ってるかもしれませんよ。同じの使ってるでしょう?」
言われてみれば確かにそうだ。
「そうだね。探してみる事にするよ。」
笑顔のフェイトを見送って、ネルはマリアを探した。
彼女は程なく見つかった。
「マリア!」
クリエーションで作ったものを袋詰にしているマリアに声をかける。
「ん、何かしら?」
振り返るマリアに同じ質問を投げかける。
「すまないけど、私の防具知らないかい?目を離してたら何時の間にか無くなってて。」
「ネルの防具って、軽装鎧よね?・・・ちょっと待って。」
がさがさ、と袋を退けると、マリアは自分の領域に向う。少しして戻ってきたマリアは、肩をすくめて首を横に振った。
「間違えたかと思ったけど、私の分しかなかったわ。他に心当たりはないの?」
「あのあたりに置いてたのは確かなんだけどね。でも、私は動かしてないから・・・誰かが片付けたか、間違って持っていったかだと思うんだけど・・・すまなかったね。また探してみるよ。」
言えば、マリアは再度首を横に振った。
「いいえ。早く見つかるといいわね。」
「本当にね。」
軽く手を振って、次へ向う。あと心当たりは・・・といえば、同じモノを装備しているのは一人しか居ないのだが。
・・・間違う訳ないんだけどね・・・サイズが違うし。
それでも、万一が無きにしも非ず。何しろアレの行動はたまにどころじゃなくさっぱり解らないのだ。ネルは、部屋のドアを手荒に叩いた。
「入るよ。」
「勝手にしろ。」
なんとなくな読みどおり、アレもといアルベルは部屋に居た。椅子に腰掛けて、・・・文字通り爪を研いでいる。
「何の用だ?」
顔も上げないアルベルに、ネルは三回目の質問を投げかける。
「アンタ、私の防具知らないかい?」
「知らん。」
即答。まあ、予想の範囲内だ。
「そうかい、邪魔したね。」
あとは、どこにあるのだろうか。息をついて、なんとなく視線を彷徨わせる。
・・・と、見慣れた防具が目に入った。あのライン、・・・・どう考えても自分のものだった。知らん、とはよく言ったものだと感心できる。
「・・・・・・・ねえアンタ。ありゃなんだい?」
「ああ?」
アルベルは不機嫌そうにこちらを見上げ・・・・そして、指差している方をちらりと見てまた作業に戻った。
「俺のだ。見りゃ解るだろうが阿呆。」
よく見なよ!とか、ふざけるんじゃないよ!!とか、叫びたいのをぐっとこらえる。ここで怒鳴ったら大人気ないことこの上ない。一つ呼吸して、もう一度聞く。
「質問を変えるよ。アレ持ってきたのはだれだい?」
アルベルは面倒そうに顔をあげ、・・・・あちらを眺めてまた作業に戻った。
「・・・・・・・・忘れた。」
「・・・・・・アンタじゃないのかい?」
返事は無い。黙秘は肯定か否定か。考えるとなんだか無駄に腹立たしさがこみ上げてくる。それはもちろん相手の態度によるものも大きいのだが、そもそも自分が相手のことを嫌っている、というのがある。
何にせよ不毛だ。相手にするのをさくっと放棄して、ネルは防具を手に取った。
「とりあえず、これは返してもらうよ。・・・邪魔したね。」
踵を返せば、後ろから声が掛かった。
「待て。」
「なんだい?」
振り返れば、手が伸びる。
「それは俺のだと言っただろ。」
「これは女物だよ。」
広げて見せる。アルベルはそれをじっと眺めて・・・そして言った。
「なら・・・・俺の防具はどこだ?」
なぜそうなるのだろうか。
「はあ?・・・部屋においてたんじゃないのかい?」
聞けば、アルベルは首を振った。
「そこにあった分しか俺は知らん。それがお前のなら、俺のはここには無い。」
そういわれても、ネルには首を振るしか出来なかった。
「知らないよ。マリアも自分の分しか持っていないって言ってたし。他を当たるんだね。
・・・・まあ、見かけたら持ってくるよ。」
「ああ。」
返事を聞き流しながらドアに手を掛けると、扉が勝手に開いた。
「おい、・・・・って、何だ、どういう風の吹き回しだ?」
入ってきたクリフが、こちらと奥を交互に見て目を丸くする。
「探し物に来てたのさ。」
ほら、と片手の防具を見せる。
「何でこんなところにあったのかはわからないけど。・・・で、今度はアイツの防具が行方不明なんだそうでね。」
少し振り返ってアルベルを指せば、アルベルは不機嫌そうに顔を上げた。
「・・・・・・・思い出した。それを持ってきたのはテメエだったな。」
それ、とは、片手に引っ掛けた防具らしい。
「ん?ああ・・・なんだ、間違ってたのか。すまねぇ。」
クリフは悪びれるでもなく肩をすくめる。
「・・・荷物と一緒においてたのを、わざわざここまで運んだってのかい?」
呆れ半分、責め半分で言えば、クリフは軽く頷いた。
「てっきりアルベルの奴が置きっぱなしにしてるのかと思ってな。」
その読みはあながち外れてはいないのだろう。が。
「女物と男物くらい見分けて欲しいもんだね。」
「悪かったな。どっちも細っこくて解らなかったんだよ。」
そう言ってがしがしと頭を掻く大男は、図体と同様とんでもなく大雑把なのだった。
「・・・あー、しかし、それなら急いだ方がいいかもしんねえな。」
言葉に首を傾げると、クリフは参ったな、という風に目をそらす。
「さっきフェイトたちがあの辺り片付けてたから、下手すると売りに出てるかもしんねえぞ。」
「な。」
何か言う前に、背後で盛大に椅子が蹴飛ばされた音がした。振り向く前にアルベルが隣まで来ている。
「そういうことは早く言え阿呆!」
今にも斬り付けそうなアルベルの髪を引っ張る。こちらにまで飛び散る殺気には、ある意味もう慣れていた。
「ダメだ。クリフを殴る前にやる事があるだろ。」
肩をすくめるクリフに盛大に舌打ちして、アルベルは部屋を飛び出していく。行き先は武器屋か工房だろうか。あの剣幕のアルベルに一人で行かせるのも何だった。きっと話が通じないだろう。ネルも後を追う。
「おい、ネルっ!?」
後ろのクリフの声も今は知らないことにした。
足の速さには自信がある。何せこれでも隠密のトップだ。
あっさりと先を行くアルベルに追いつくと、アルベルはこちらを向きもせずに言った。
「何しにきた。」
「付き合うよ。」
目もあわせずに答えれば、あちらも前方を向いたままで返事をする。
「いらん。」
答えは毎度の如く予想どおりにそっけない。
「そういうわけにもいかない。」
言えば、揶揄するように笑われた。
「監視か?」
「違う。」
即答。
それきり、2人は無言になった。早足でロビーを出て石畳のシランドの町に出る。生まれ育ち、勝手知ったるこの町だが、・・・今はなにやら居心地の悪い視線がちくちくと刺さってくる。
「武器屋に行くかい?」
声を掛ければ、言葉少なく返事が返って来た。
「ああ。」
徒歩数秒の武器屋には、しかしてフェイトの姿は無かった。店主に尋ねても、来ていないらしい。
「ちっ・・・どこ行きやがった。」
「・・・買出しなら道具屋だろうね。」
武器屋から出ると同時に、また視線が突き刺さるのを感じる。理由はわからなくもない。というより、当然だと思うのだが。周りに厳しく視線をやれば、ちくちく刺さるそれはさあっと引いていった。
「・・・・何意味ねえことしてんだ。」
ぼそりと上から声が降ってくる。
「別に。私がああいうのが嫌いなだけさ。」
そっけなく言えば、またしても鼻で笑われた。
「シーハーツの隠密の言葉とは思えねえな。
今までやった事がやった事だ。あの反応は当り前だろう。」
「そうだね。でもお互い様だ。」
視線は前方。早足は崩さない。
悪意とも憎しみとも悲しみともわからない、昏い視線にさらされながら進む。敵地で出歩くというのはそういう事だ。手を血に染めている以上、当然の事でもある。
二度目、周囲の視線を黙らせたところで、アルベルが不機嫌そうに言った。
「俺がどう見られようがテメエには関係ねえはずだ。
何故そんな真似をする?大体テメエは俺を嫌ってたんじゃなかったのか。」
「嫌いだよ。でも、それとこれとは話が別だ。」
突き刺さる視線というのは、解っていても気持ちのいいものではない。当人はどうだか知らないが、傍目に見ている自分は・・・仕方ない、当然だとは思っていても醜さを感じてしまう。
大好きな町の人たちの、そんな姿を見たくはなかった。・・・もしかしたらその中の0.0001%くらいは、アルベルをこの視線の中で一人にするのは悪い、と思っていたのかもしれない。どちらにしろ・・・これは単なるエゴで自己満足だ。
「フン・・・くだらねえ。」
盛大に蔑まれたのが解った。アルベルが何をどう理解したかなんてわからない。そんなことはどうでもいいし興味もない。
「アンタがどう思おうが、私には関係の無い事だ。」
冷淡に言って先を急ぐ。
角を曲がれば、大荷物を抱えたフェイトの姿が見えた。
見えた瞬間。
「おい!!」
どう考えても多すぎる殺気を纏って、アルベルはフェイトに向けて駆け出した。
「うわ!?」
「待ちなっ!」
「ぐぁっ!?」
飛び掛りそうなところを、思い切り後ろ髪を引っ張って止める。
「テメエ・・・ふざけんじゃねえ!」
乱暴に髪を取り返された。飛び散ってくる殺気にも、もういい加減耐性がついている。その様子を見ながら、フェイトは困ったようにこちらを見上げた。
「どうしたんですか?」
「おいこら聞いてんのかっ!」
大声の文句は壮大に無視してフェイトに向く。
「その中にこいつの防具が入ってないかってさ。」
言えばフェイトは、ああ、と手を打った。
「いきなり飛び掛ってくるからどうしたかと思いましたよ。ネルさんがいてくれてよかったな。」
「まあ、アレよりは話が通じる自信はあるけど。」
というより、そのためについてきたんだ・・・というのは、どうやらフェイトも解ったようで、苦笑いしながら頷く。
その間、アレ、はなにやらぎゃあぎゃあと騒いでいたが、気にしない。
あははは、と笑うフェイトの荷物の中からは、探し物の軽装鎧があっさり出てきた。
「他人の装備を勝手に売るんじゃねえ阿呆!」
「置きっぱなしにしてる方が悪いんじゃないか。」
なんとも平和に子どもレベルの言い合いをしている2人を見ながら、ネルは息をつく。
「やれやれ、だね。」
太陽の光には、いつか橙が混じり始めていた。
> 妄想がそのええっと、なもの。 > Star Ocean3 > Melody
Melody
アルベル&ネル
アンインストール後のディプロにて。
毎度のことですが、なかなか納得できるものができません。何か悔しい。
敗因は色々いっぱい詰め込んじゃったからだと思うんですが。
入り口に立つと、白いドアが開いた。
中に入ると勝手に閉まる。
ドアのそばに立てば、また開く。
・・・わからない。
はたしてこれは、鍵が掛かっているのだろうか。以前に基本操作を聞いたときは、なんとかなっていたのだが、今やってみてもうまく作動していないような気がする。
解らないなら、自分で何とかするのが彼女の基本である。しかし、ここは何か色々と理解の範疇を超えた世界だった。何せ、これは星の中を飛ぶ船だ。現に窓の外は闇と光点で彩られている。
ため息を一つ。
わからない事があったら、下手に操作する前に聞けと。そう前々からマリアたちに念を押されていた事もあり、ネルはひとまず部屋の外に出ることにした。
ここは、ディプロ。マリアたちの「船」であるこれは、星の海を抜け、惑星ストリームからエリクールへと戻るところだった。
適当に人を捕まえて聞こうにも、間が悪かったのか廊下には人が見当たらない。ブリッジの方を見ても、おぺれーたのマリエッタが居るだけだ。ブリッジに一人、ということは、席ははずせないだろう。
他のメンバーは自室だろうか。
そんな事を思いつつ、また個室のある通路に出る。やはり人は居ない。しばし考えた挙句、ネルは、手近にあったドアの呼び鈴を押す。
「ソフィア?」
「はーい、今あけますっ!」
扉の隣から不思議な声がして、数秒後に扉が開く。
「ネルさん。どうかされたんですか?」
ソフィアが姿を現すと同時に、中から聞き覚えのある音が一緒に零れてきた。
ピアノの音だ。それと一緒に歌声もする。どうやら誰か来ていたらしい。
ネルは、用事を引っ込めると、ドアから一歩下がった。
「いや・・・邪魔したかな。誰か来ているんだね?」
言えば、ソフィアはきょとん、とした表情でこちらを見上げる。
「え?部屋は私一人ですよ?」
しかし、ソフィアのものではない声は、止まらず聞こえてきている。
「なら、その歌は誰が歌ってるんだい?」
「え?・・・あ、ああ!」
ソフィアは一瞬固まって、そして何か思いあたったように一つ手を打った。
「オーディオのことですね。そっか、ネルさんのとこにはまだ無いんでしたっけ。」
またしても聞き慣れない言葉だ。
「おーでぃお?」
「えーっと・・・CD・・・じゃなくて、えーと・・・レコード、・・・あー、蓄音機・・・」
あー、とか、うーとか。可愛らしく悩みつつ、ソフィアは言葉を捜しているようだった。
「こう、音楽を録音して、いつでも聞けるようにしたシステム・・・ええと、機械です。」
「ろくおん?」
解るような解らないような。そんなネルを見ながらソフィアは少し唸って、それから一つ手を打った。
「オルゴールとか近いかもしれないです。どんな歌も音も鳴りますけど。なんていうのかなあ、自動演奏装置、とか・・・でしょうか。」
「ああ。なるほど。・・・すごいもんだね。」
それならばわからなくはない。なんとなく、だが。
「えへへ、重宝してるんです。好きな音楽聞いてると、無駄な緊張が少し和らぐ気がして。」
ソフィアはそう言って笑う。部屋の中から零れてくるピアノの音と歌、そして笑い声。確かに、悪くない。ネルも表情がほころぶ。
「聞き慣れた音は心を落ち着かせるからね。
この音、ピアノの音だろう?私もなんだか懐かしい気がするよ。」
アリアスの領主屋敷で、たまに領主の忘れ形見の男の子が弾いていた。今流れてくる曲ほどに滑らかではなかったけれど、それがまた微笑ましくて和んでいた事を思い出す。
「シンプルなとこが良いんですよね。こう、ちょっとじーんと来る感じがして。」
ぽろぽろと流れるピアノの音は、どうやら山場に入ったらしい。
「・・・ちょっと、しんみりするね。いい曲だ。」
切なく、甘く歌う声、流れる旋律。ちょっと身を浸しかけて、ソフィアがこちらを眺めているのに気付く。
「ふふ、似合わないかな。」
苦笑交じりで言えば、ソフィアはふるふると首を振った。
「そんなことないですよ!私も気に入ってるんです。えへへ、なんか嬉しいな。
そうだ、ネルさんも何か聞いてみますか?色々ありますし、部屋でも聞けますし。」
そう言ってソフィアは、返事を聞く前にぱたぱたっと部屋の中に入っていってしまう。
「え、あ・・・」
呼び止めようとして、それから少し思い直した。
ここは、好意を受け取っておこう。興味もあるし、『こっちの世界』と少し近づけた気がするし、ソフィアはなんだか嬉しそうにしているし。
力を抜いて待つ事数十秒、部屋から流れていた音が止まる。それからすぐにソフィアは戻ってきた。
「お待たせしました。さ、行きましょう。」
「ああ。ありがとう。」
どういたしまして、と笑って、ソフィアが部屋から出てくる。まるで習慣のように扉脇の装置をピピピ、と言わせているのを見て、ネルはここに来た本題を思い出した。
「そうだ、ソフィア。鍵の掛け方がわからなかったから教えて欲しいと思ってたんだけど。いいかい?」
ソフィアは、装置をいじるのをやめてこちらを振り返る。
「え?はい、いいですよ。」
「すまないね。」
言えば、ソフィアは軽く胸を叩いた。
「それくらい、全然構わないです。どんどん聞いてください。」
そして、すぐにいたずらっぽい笑顔になる。
「・・・って、私もここの船はマリアさんやクリフさんほどにはわからないんですけどね。」
クルクルと変わる表情は、一つ一つが可愛らしい。嫌味も無く、作っている感じもせず、自然体で可愛いらしいのだ。自分は当の昔に無くしたものだな、などと、ふと思う。
「ネルさん?」
と、ソフィアに下から覗き込まれていた。少しぼーっとしていたらしい。
「あ、なんでもないよ。いこうか。」
「はい。」
軽く笑って、2人は部屋を後にした。
「・・・・この大きいボタンを押して、画面が出てきたら左下の青い三角を1回、真ん中の赤い四角の順。開ける時も大きいボタンをまず押して、左下の青い三角を1回、真ん中が青い四角に変わるからそれを押して・・・。」
言いながらソフィアがボタンを操作すると、ドアは一度閉まり、また開いた。
「鍵が掛からなかったのは設定がちょっと変わってたからみたいです。・・・けど、多分これで大丈夫だと思います。中からも同じ操作で大丈夫です。パネル・・・えと、ボタンの位置は大丈夫ですよね。」
「ああ、それは大丈夫。すまないね、ありがとう。」
言えば、ソフィアは困ったように首を振った。
「いえ。・・・・でも・・・おかしいな。ネルさん、誰かと一緒の部屋じゃなかったですよね?」
首を傾げながら、ソフィアはパネルを覗き込む。
「え?ああ、そうだけど。」
いきなりの問いに目を瞬けば、ソフィアはうーん、と考え込む仕草をした。
「・・・・・これ、ちょっとクリフさんかマリアさんに聞いておきます。まあ、大丈夫だとは思うんですけど・・・。」
「?何か不具合でもあるのかい?」
聞けば、ソフィアは少し困ったようにこちらを見上げた。
「・・・なんか、ここの部屋もう一人使えるようになってるんですよね。まあ、船の中に居る人わかってるから、泥棒騒ぎとかにはならないと思うんですけど。誰のIDだろ、マリアさんかなあ・・・」
うーん・・・とソフィアはまた首を傾げている。何に悩んでいるのか良くは解らないが。
「マリアは、この船の持ち主なんだろう?なら、使えるようになっていてもおかしくはないんじゃないかい?」
言えば、ソフィアも曖昧に頷いた。
「うーん・・・でも、そうですね。・・・うん、そうかも。まあ、とりあえずは、後で聞いてみます。」
最後は一つ自分に頷いたようだった。すぐに、表情は懐こく可愛い笑顔になる。
「さ、音楽聞けるようにしちゃいましょう。」
片手に持ってきていた小さな機械をひらひらとさせる。
「ああ、ありがとう。」
「いえいえ。じゃあ、おじゃましまーっす。」
ソフィアは明るくそう言って、部屋の中に入っていく。ネルもついて中に入った。
部屋に初めて入ったときに、『これはきっとわからない』と直感した机の装置に、先ほどの機械を入れて、手馴れた様子で操作していく。程なく、先ほどソフィアの部屋で聞いた音楽が聞こえてきた。人間の声はまるでそこに誰かが居るような感覚すら覚える。しかし、誰も居ないのだ。気配はないのに声はする。不思議な感覚だった。
「凄いもんだね。」
感心して言えば、ソフィアは一瞬きょとんとした表情を見せた。
「そうですか?」
そして、一呼吸。
「・・・・でも、・・・そうですね。自分の近くに無いもの見ると凄いって感じますもんね。」
私も、初めてシランドのお城見たときは凄いって思ったし・・・と、ソフィアは笑う。自分の好きな場所を誉められるのは素直に嬉しかった。自然、表情もほころぶ。
「ありがとう。でも、そういうものなのかい?」
「きっとそういうものなんですよ。」
ソフィアは、また可愛らしく微笑んだ。
「ええっと。この四角を押したら音が止まります。で、この大きな三角を押したら音が鳴ります。これが次の曲。一時停止が・・・」
説明しながら操作しながら、ネルにも触らせる。彼女なりの気遣いなのだろう。
操作は単純でもあり、なんとなくだが覚えられた。
「曲名を押して三角、で、好きな曲を流せるんだね。で、こっちで止める、と。」
ぴ、ぴっと操作すれば、音楽が始まり、音楽が止まる。ソフィアが嬉しそうに頷いた。
「ええ、そうです。大丈夫そうですね?」
「ああ、なんとかなりそうだよ。すまないね。」
礼を言えば、ソフィアは首を横に振った。
「いえ、お安い御用です。どの曲が好きだったか後で教えてくださいね。」
「そうするよ。」
頷く。ソフィアは、それじゃあ、と踵を返した。
「ちょっとマリアさんたちに鍵の事聞いてきます。ネルさんはゆっくりしててください。」
言い置いて、ソフィアは出口へ向う。
そして、ドアをあけたところで、振り返った。
「そうだ、鍵かけるの試してみてくださいね。」
「そうするよ。ありがとう。」
ネルが頷けば、ソフィアは今度こそ廊下の外に出て行った。ドアが閉まる。
嵐のような?いや、春風のような?よくわからない。ただ、ちょっとにぎやかな空気は部屋の外に出て行ってしまったらしい。ネルは一つ息をついて、ドアのパネルを操作した。
鍵はきちんとかかった、・・・ようだった。もう一度操作して、鍵を開ける。大丈夫だ。
「さて、と・・・」
机の上の装置に戻る。曲名を押して、三角。・・・曲名と曲が一致していない、というより曲名がさっぱり読めないので、とりあえず頭から聞いてみる事にした。
ピ、ピ、と音を立てたのち、なんだか懐かしいピアノの音と、歌声が聞こえてくる。ソフィアが設定していてくれたのか、ネルにもわかる言葉だった。
少しずつ聞いてみれば、ピアノだけではなく、弦や笛の音が混ざったものもコーラスが混じったものもあった。とはいえ、ソフィアの趣味なのだろうか、なにやら可愛らしい曲や恋愛の歌が多い。彼女の雰囲気とよく合うな、と不思議なところに感心しながら、次、次と聞いていく。
恋とか愛とか好きとか嫌いとか、最初はくすぐったく感じたのだが、数曲聞くうちに慣れてきた。覚え易いものは、少し口ずさんでみたりしていると、少し楽しくなってくる。
歌は、緊張を和らげる。心を落ち着かせる。そして、気分を上向きにさせるのだ。
とはいえ、装置の前で手を遊ばせるのが勿体無いと思ってしまうのは性格というものだろう。
とりあえず目に付いたところで、ネルは荷物整理にかかることにした。
「恋したみたい 夢いっぱい・・・」
明るい恋の歌を口ずさんでやれば、手もなんだかてきぱき動くような気がしてくる。
ベンチの上、荷物をほどいて整頓して、また仕舞って。武器も手入れしなくては、と片付いた荷物から短剣を一組引っ張り出す。なんだか、気分がいい。上機嫌のまま、念入りに手入れしていく。
「時々は愛してね 腕いっぱい・・・」
と、何の前触れも無くドアが開いた。ソフィアが戻ってきたのだろうか。
「ああ、ソフィア?」
上機嫌のままドアの方に目をやる。
瞬間、いい音を立てて短剣が床に落ちた。
「なんだ、死神でも見たような顔しやがって。」
ソフィアではなかった。それは・・・アルベルは、底意地の悪い表情でこちらを見やる。
「な・・・なんでっ・・・」
そこまで口走って、上ずった自分の声に気がついた。慌てて声のトーンを下げる。
「・・・・何の用だい?」
「さあな。とりあえず俺の部屋はここだそうだが。」
ふてぶてしい態度のまま、それはとんでもない事を言う。
「冗談は顔だけにしな。私はそんな話聞いてないよ。」
落とした短剣を拾ってそう言えば、アルベルの方も眉間にしわを寄せる。
「俺だって聞いてねぇよ。テメェ以外に先客が居るなんてな。」
「先客?何言って」
と、言いかけたところでまたドアが開いた。
「ネルさんっ!・・・あ、アルベルさん・・・」
今度はソフィアだった。こちらとアルベルを見比べた後、困ったようにこちらを向く。
「ええと、鍵のことマリアさんに聞いてきたんですけど、・・・アルベルさん居るってことは、話聞かれたんですね?」
「・・・話ってのは?」
自分の中で答えは出ているが、あまり信じたくなくて先を促す。
ソフィアは言いにくそうにこちらを見上げた。
「アルベルさんと相部屋にするから、鍵を2人で使えるようにしたって話です。」
予想どおり、嬉しくない答えが返って来た。
「・・・・・・・・・・・・冗談かと思ったんだけど、本当だったんだね・・・ありがとう。」
「いえっ。その、マリアさんたちが来るって言ってました。詳しくはそっちに聞いてください、って」
ソフィアが言い終わるか言い終わらないかの内に、廊下側がまた騒がしくなった。
「・・・・来たようだな。」
今まで黙っていたアルベルが、ふい、と後ろを振り向いた。
「おい、話はついてたんじゃなかったのか?」
廊下のほうから、クリフとマリアが顔を出す。こちらを眺めてから、2人は顔を見合わせた。
「・・・お前が言ったんじゃなかったのか。」
「クリフが言ったと思ってたわ・・・。」
マリアがため息をつけば、クリフも頭を掻いた。
「設定は変えてたんだがな。こりゃうっかりしちまったな。」
「どういうことなんだい?」
努めて平静に問えば、マリアは一つ息をついて言った。
「部屋がもう無いのよ。それで、ディプロに居る間、アルベルと相部屋でお願いしたいの。」
その言葉は、最後通告のようにきこえた。その様子に気付いたのか、クリフがこちらに向き直る。
「あー、まあ、こういう場所はお前ら不慣れだろう?それなら同郷の人間同士のほうがいいと思ってだな。部屋もねぇし。」
それは、いつぞやアリアスで自分たちが言った事だった。あの時は気遣ったつもりだったのだが、まさかこんなところで同じような台詞が聞けるとは。・・・・しかし、それにしたって状況は大分違う気がしてならないのだが。
「・・・なるほどね。」
・・・・乗せて貰っている身分で我侭はいえなかった。絶対嫌だっ!と叫びたい気持ちをぐっとこらえて、了承の言葉を引っ張り出す。
「・・・わかった。それなら仕方ないさ。」
「悪いわね。ちょっとの間だけど、我慢してちょうだい。
それじゃあ、ちょっとやる事がたまってたからこれで失礼するわ。ごめんなさい。」
マリアはそう言って軽く礼をすると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「あー・・・ま、お前なら大丈夫だろ。それに、いい加減アイツにも慣れてやれ。じゃぁな。」
クリフも言うだけ言うと、ソフィアをついでに促すようにして、部屋を出て行く。
ドアが自動で閉まった。部屋には2人取り残される。
『まだ怒ってるの そんな顔して いつもみたいに笑って・・・』
居たたまれないくらいに、おーでぃおの音が響いて聞こえた。止めようと立ち上がると、アルベルから声が掛かる。
「おい、さっきから聴こえてるこれはなんだ?」
「おーでぃお、ってソフィアは言ってたよ。音楽の自動演奏装置なんだそうだ。」
空気を読まないその機械は、今ものんきに恋の歌を歌っている。
「声もか?」
「ああ。」
返事だけして、顔もあわせないように装置の方に足を向ける。
『嫌いだよといった時も そっぽ向いたときも』
間隙に、絶妙のタイミングでそんな歌詞が流れてきた。一瞬体がこわばる。
『君の事ばっかり 気になる』
ただの歌詞だ。こんなのに動揺してどうする、と自分に突っ込む。
『誰が一番なのかって 本当は知ってるよ』
それにしても、何でこのタイミングでこうも恥ずかしい歌詞が流れるのか。はっきりきっぱりそんな気分じゃない。居たたまれなくて、顔が赤くなる。
『やっぱり君の近くがいい』
・・・よくないっ!!
ずかずかと早足で装置に寄ると、ネルは思い切り四角のパネルを押した。音が止まる。甘ったるい歌はもう聞こえない。確認して、一つ息をつく。
「なんだ、止めるのか?」
面白がるような声音に、顔がまた赤くなった。
「・・・・・風呂トイレはそっちで、ベッドはそこだ。さっさと寝ちまいな。」
質問には答えず、すたすたとベンチに戻って荷物を手にとる。
「・・・一つしかないぞ。」
入れ違いの方にベッドの方に行ったらしい。ネルは手早く荷物をまとめながら返事をした。
「元々一人用なんだよ。私はこっちで休むから勝手に使うんだね。」
荷物を枕のように抱きしめて、壁に身を預ける。こっちで寝る、とは言ったものの、これでは一睡もする気になれなかった。頭も心も警戒で張り詰めきっている。
「おい。」
上から声が降って来た。
「なんだい?」
目線を上げると、面白くもなさそうな顔でこちらを見下ろしているアルベルが目に入った。
「殺気ばらまくのやめろ。気になって休めん。」
「気にしなきゃいいだろ。」
言うだけ言って、目線を荷物の方に落とす。
「テメェはそうやってこの船に居る間中突っ張る気か?」
ベンチが少しゆれた。隣に座ったらしい。
「休める時に消耗してどうするんだ、阿呆。さっさと寝ちまえ。」
目の前を男の手が横切って、ベッドの方を指した。
いちいち正論なのが腹立たしい。・・・が、コイツはいつだってそうだ。意見は格好と言動の割に正論が多いし、別に悪い奴というわけでもない。ただそう思う度に、アリアスの惨憺たる様子を思い出すようにしていたから、悪印象が消えないだけなのだ。クリムゾンブレイドである手前、シーハーツ人である手前、アペリス教を信じている手前、馴れ合うことは出来なかったから、そう心に念じていた。
付き合いが長くなるほどに、・・・それは正直疲れることになってはいたのだが。
「・・・ま、それもそうだね。」
息をついて立ち上がる。警戒を意識して解いて、ネルはアルベルを見下ろした。
「アンタたちを許す気は無い。
でも、この件が終わるまでは、シーハーツもアーリグリフもナシにしておくよ。無駄な疲れは旅に差し障るしね。」
そう言えば、少し整理がついた。肩の力も抜けて、少し楽になった気がする。
フン、とアルベル鼻を鳴らすのを聞きながらネルは踵を返した。
「どこに行く?」
後ろから声がかかる。
「お風呂だよ。使うんだったら私が上がるまで待つんだね。それじゃなかったら寝てな。ベッドは譲ってやるからさ。」
言うだけ言うと、傍に備え付けてあったバスタオルと寝巻きを片手に、ネルは浴室のドアに鍵をかけたのだった。
> 妄想がそのええっと、なもの。 > Star Ocean3 > メルト
メルト
アルベル&ネル
おそらくきっとED後。ボカロで有名なアレをクールな若き死神に適用してみました。
起きる。
出かける用事があった。
顔を洗ってから、クローゼットから服を引っ張り出す。なんとなく気が向いて、いつもとちがう服を手に取った。久々に着たそれは、いつもとは大分違う気がするが、悪くはない。
昨日解いたままだった髪を結う。服同様、なんとなく気が向いていつもと違うようにしてみた。格好なぞ動きやすければどうでもいいというのが身上のはずなのに、珍しい事もあるものだと、我ながら思う。
装備品を一通り身につけて、財布を片手に町へ出る。
日はなぜか高かった。待たせるとうるさそうな気がして、早足で待ち合わせ場所に向う。
「こっちだよ。」
呼ぶ声のする方を向けば、珍しい格好をしたネルが手を振っていた。
淡い色のシンプルな上着に、スラリとした形のスカート。いつもの格好からは偉く印象の違う格好に、一瞬目を疑う。・・・似合ってはいるのだが。
「あんまり珍しい格好してたから、一瞬わからなかったよ。どうしたんだい?」
軽く驚いたように言われると、どこか心が浮き立った。それを表に出さないようにして、息をつく。
「・・・そりゃ俺の台詞だ。そんな格好もできたんだな。」
言うと、ネルは嬉しそうに笑った。
「まあ、気分って奴さ。今日は買出しだけだしね。アンタだってそうなんだろ?」
似合ってるよ、と簡単に言って、ネルは先に歩き出す。追いついて、並んで歩く。目的地は同じだった
。
「近いほうからでいいか?」
「うん。道具屋の方が先だね。」
ネルがひっぱりだした買い物用のメモを覗き込む。ベリィ系20個ずつ、素材20個ずつ、薬草が・・・と、そのメモには購入予定のものがずらりと並んでいた。
「・・・・えらく多いな。」
「だからアンタを呼んだんだろ?頼りにしてるからね。」
軽く肩をたたかれる。・・・つまり、荷物持ちをしろという事のようだった。
「・・・持てる分は持てよ。」
「そのつもりだよ。」
そんな事を言っている間に、目的地についてしまう。店内を出る頃には予想どおりの大量の荷物を抱えることになっていた。そして、次の目的地は武器屋だ。
「持てそうかい?」
ネルが手を差し出してきた。
「これくらいならなんとかなる。」
首を振ってその申し出を断る。
「でも、まだ武器屋まで回るんだよ?」
「テメェは買物に専念してろ。」
まだ、バランスを取らないといけないほどの量ではない。さっさと先に歩き出す。少しして、ネルも追いついてきた。
言葉も少なく次の目的地に着く。
荷物片手に自分の武器を見ていると、ネルが横からひょっこり顔を出した。
「何かいいのあったかい?」
「いや、見たところどれも一長一短だな。お前の方は決まったのか?」
「今買ってきたところだよ。」
嬉しそうに新品の武器を見せる。綺麗な形のそれは、実用一辺倒で軽そうに見えた。聞けば、見た目に反して重さは丁度いいらしく、武器を手にしたネルは上機嫌である。
「そうか。・・・もういくか?」
なんとなく直視できなくて、店の外をさす。ネルが首を傾げた。
「アンタはいいのかい?」
「ああ。」
言葉少なく肯定して、店を出る。一歩外に出たところで、水滴が顔に落ちてきた。
雨の匂い。・・・これは、酷い降りになりそうな気がする。
「おい、」
急ぐぞ、という言葉は、あっさりさえぎられた。
「待って。」
言って、持っていた武器をこちらに預けると、カバンの中から携帯用の傘を引っ張り出す。ぱんっ、と気持ちのいい音を立てて傘を開くと、武器を取り返してネルはこちらを見上げた。
「狭いけど、宿までなら我慢できるだろ?」
ひょい、とこちらに傘をさしかける。照れを思い切り押し隠そうとして失敗しているのがよくわかるその表情に、思わず息を飲む。・・・正直なところ、非常に可愛かった。思わず視線をそらす。
「・・・しょうがねぇな。貸せ。」
傘を取り上げて自分でさすと、右手にネルが入ったのを確認して歩き出す。
ふと、右手を握られた。ぎょっとして隣を見れば、自分の手を握ったネルがふい、と目をそらしたところだった。
「・・・・こっちの方が安定するから。」
「・・・そうか。」
それきり、目を合わせる事はできなかった。左半身は雨に濡れていたりするのだが、それより傘を握る自分の手が妙に汗ばんでいるような気がしてそればかり気に掛かる。原因は不明だ。
宿まではあまり距離はなかったはずなのだが、永く感じる。そして、それが続いて欲しい、とも・・・なぜか。
そう思ったところで、唐突に宿についてしまった。荷物をロビーまで運ぶと、今日の予定はお終いである。・・・そして、この時間も。
「今日はありがとう。世話かけたね。」
「全くだ。」
即答でそんな言葉が出てくる自分が憎らしかった。すたすたと宿の入り口まで戻ると、後ろから声がかかる。
「それじゃ、ね。」
振り返った先には、赤毛の女。
「もう会う事もないだろうけど。」
そう言うなら、きっとそうなのだろう。一つ頷いて、踵を返す。
踵を返して、・・・自分がとても焦っている事に気付いた。何に焦っているのか。多分背後の女にだ。
『もう会う事もない』
それはゴメンだと、感じた。
いやな予感に負けてもう一度振り返ると、ネルは既にいなくなり掛けていた。
何かにせっつかれるようにして、背を向けた彼女に手を伸ばす。届かない。もう片方の手も。赤い髪に指先が触れた。ネルがこちらを振り向く。
一瞬の後、彼女はこちらの腕の中に収まっていた。最初は恐る恐る・・・そして、力一杯抱きしめる。
もう、いなくならないように。
少しして、ネルの腕が自分の体に回ったのがわかった。
軽く背を叩くそれは、なんだか妙に心地よくて眠気を誘う。このまま時間が止まってもいいのに、そんな事すら思う。
唐突に目がさめた。あたりはまだ暗い。
腕の中には、ネルを抱きしめたままで、背中には確かに彼女の手が回っていて、ここはベッドの中だ。
・・・夢か・・・・。
盛大に脱力する。何だったんだアレは。
「・・・起きた?何か変な夢でも見てたのかい?」
今度こそ間違いなく本物のネルが、そう声を掛ける。
「・・・ああ・・・・。」
生返事だけして、目を閉じる。意識は覚醒しているのに妙に疲れていた。
夢の内容を妙に覚えている。それはいつもの悪夢ではない。・・・悪夢ではないが、ある意味悪夢の方がマシだった。
手を握っただけで照れるような次元は当の昔に飛び越している。というか、そんな記憶はない。
一緒になって買出しというのも、旅している間に慣れた日常茶飯事だし、そんなのに動揺するほうがどうかしている。
照れたように笑った顔は、・・・確かに可愛いが、自分が惚れたのはそんな事ではない。断じて。
それに、時間なんて止まらなくていい。時間が流れた先に、今の・・・夢より甘い現実がある。
夢の全てに内心でツッコミを入れる。色々なものが陳腐な事項に纏められた様で、気分が悪い。恥と自己嫌悪で頭痛すらする。何が自分にあんな訳のわからない夢を見せたのやら。もしも見せた奴がいるのなら、今すぐ叩き斬ってやりたいくらいだった。
・・・そんなものがいないということは、百も承知なのだが。
「・・・大丈夫かい?」
「・・・ああ。気にするな。」
息をつくと、少し落ち着く。
「それならいいんだけど。」
言いながら緩めた腕から抜け出そうとするのを抱きよせる。
「・・・あんまり大丈夫じゃなかったみたいだね?」
呆れ半分の目線に、小さく笑って答える。
「いや?」
単純に抱き枕に丁度良かっただけだ。そう言うと、ネルは小さく苦笑いして大人しく腕の中に戻ってきた。
敵だったはずが、いつ何がどうなってこうなったのか、細かい事はすっぱり忘れた。
ただ、一番最初だけはわかる。
格下だと思っていた相手が、追いすがるように強さを見せたあの時。彼女の身体全体から巻き起こる闘気は、まさしく戦場の華だった。他の誰にもない、あの気迫。その時の昂揚感。今でも思い出せる。
あの強さも、性格も、容姿も、時折みせる優しさも、今では全てが気に入っている。それも事実だ。
それでも、一番最初・・・間違いなく自分はアレに惚れたのだ。
もう一度、温かい“抱き枕”を抱きしめる。少しすると、ネルの腕がおずおずと回って、こちらの身体を包み込んだ。
鼓動を感じる。自分のものかそうでないのか、今ひとつ判然としない。でも、それが心地よかった。
目を閉じると、意識が落ちていくのを感じる。
今度は、深く眠れそうだった。
> 未完や断片。
未完や断片。
> 未完や断片。 > アーシェさんと天使さんの話。
アーシェさんと天使さんの話。
Favorite Dearより。
天使はウィーラさん。アーシェやリュンちゃんと仲良し設定。
きりよく切れてるけど結末が無い話。
・・・今日も、もうおしまいね・・・。
夕暮れ時の街中は、どこか急ぎ足で、どこか暖かい。
城にいた頃は、これぐらいの時間になると気が急いていたものだったのだが。
今は気ままな旅の身の上・・・かなりゆっくりしたものである。
だから、街中の雰囲気をしみじみ感じながら歩くこともできるわけだ。
宿への帰りみち。
小路を曲がろうとすると、後ろの方からパタパタと足音が聞こえてきた。
・・・?
なんとなく振り向く・・・と、どこかで見たような緑の髪。
「アーシェ!待ってですっ!」
声もしぐさも胸に抱えた包みも、自分の知り合いであることは間違いない。
「ウィーラ!?」
息を切らして走ってきたのは、普段窓から出入りしている天使。
ただし、羽は見当たらない・・・人の多い街中だから当たり前なのだが。
「どーしたの?そんなに慌てて。」
「宿屋まで行こうと思ったのですけどっ、
アーシェが見えたので追っかけてきたのですっ。」
少し息を切らせて、それでも包みだけは後生大事に抱えてウィーラは答える。
「はー・・・それは、お疲れサマね。
で?なんかあったの・・・って、さすがにここじゃマズいわね。」
周りにはまだ人が残っている。
こんな所で、任務だ事件だというのは・・・さすがにイヤだった。
「とりあえず、宿に戻りましょ。話はそれからでもいいわよね?」
嫌といわせる気はなかった。
そして、それは天使も分かったらしい。
「はいっ、りょーかいなのですっ。」
おとなしく頷いて隣につく。
それを確認して、アーシェは宿に続く道を曲がったのだった。
「で。何の用だったの?また事件?」
部屋のソファに腰を下ろして、改めてウィーラに向き直る。
「いえっ、今日はお土産持ってきたのですっ♪」
本来の羽付き姿に戻った天使は、そういって包みからケーキ箱を引っ張り出した。
「アーシェ、確か甘いの好きでしたよねっ?
美味しい内にって思ったのですっ♪」
好物のケーキを持って笑みこぼれるその姿は、いろんな意味でまさしく天使だった。
「うん、そこに置いといてくれる♪」
夜に食べるのは気がひける・・・のだけど、誘惑にはかなわない。
くるりと棚にむかって、お皿を持ち出す。
「ウィーラも食べてくよね?」
「アーシェさえよければ喜んでっ♪ありがとなのですっ♪」
「それじゃ、二つずつ・・・っと。」
テーブルの上のケーキを器用に切り分けて、お皿に移して。
『いただきます』と声を合わせた。
「最近、お変わりありませんっ?」
ケーキを食べながら、天使が口を開く。
「ん?特に何もないわ。ホント平和なものよ。」
こくん、とケーキをのみこんで。
「ウィーラの方は?相変わらず忙しそうだけど。」
「えっと・・・」
天使は少し首をかしげた。
「・・・とりあえず、事件が1つですねっ。
それと、後は・・・」
と、何か思い出したのだろうか、天使の頬がすっと赤くなった。
「・・・後は、・・・その。
えっと・・・そうっ、私事、一つ・・・なのですっ。」
照れている。あの何も考えていなさそうな天使が。
・・・これはつつき甲斐がありそうね。
「何があったの?アーシェ様に話してみなさいっ。」
はぐらかすことも断ることも許さない。
そんな意思は態度で伝える。
「えと・・・あのそのっ・・・」
「私に隠し事は許さないわよ。」
視線の泳ぐ新緑の瞳を見据える。
・・・・・と、観念したらしい。
「・・・・・・・えとですね。
・・・地上にっ、そのっ・・・残るって・・・約束してきたのですっ・・・」
・・・・・・・
カラン。
手に持ったフォークが落ちた。
「・・・・・・今、なんて言ったの?」
思考はこの世界よりも混乱している。
「・・・・・・・インフォスに、任務終わっても残るってっ・・・
その・・・約束、してきたのですっ・・・いつまでも、あなたの所にいますって・・・」
どういうことなのか。
・・・つまり、ウィーラは任務終わっても天界に帰らないって。
・・・約束・・・って事は相手がいるってことで。
あの照れよう・・・ってことは・・・
もはや、どこから驚けばいいのか分からなかった。
「・・・い、いつの間にそんなことになってたの?」
いつも任務一直線で忙しそうに飛び回っていて。
さらに、そんな気配はかけらも見せていなかった・・・少なくとも自分の前では。
「えと、・・・おととい、その・・・」
「そうじゃなくって!いつの間にそんな相手作ってたのって言ってるのよ!
大体、何で黙ってたの!?」
思わず、声が大きくなった。
「だって・・・アーシェとも任務とも関係ありませんしっ、話すほどのことじゃ・・・」
「あるわよ!!何、あなたは友達にそういう大切なことも黙っとくような薄情者だったの!?」
ダンッ!とテーブルをたたきつける。
ウィーラが迫力に押されてのけぞった。
「・・・・そのっ・・・・私、そんなつもりじゃ・・・」
「なかったんでしょうね、ウィーラってそういう事できないし。
でもね・・・」
「でも・・・?」
天使は、恐る恐る聞いてくる。
「少しは浮かれてみるとか、それなりの反応して見せなさい!
話も態度もいきなりすぎるのよ!!
全く・・・どこから驚いていいのか分からなかったじゃないッ。」
「・・・・えと、その・・・おどろかせてごめんなさいでしたっ・・・」
ウィーラは、しゅんと黙ってしまった。
謝るポイントが本当に分かっているのかどうかは、よく分からないのだが。
ただ、本当にすまなく思っているらしいことは分かる。
「・・・・まあ、いいわ。このことについては許してあげる。
そのかわり、質問に答えてちょうだい。」
「え、はいっ、それぐらいでしたらっ・・・」
天使が顔を上げる。
「よろしい。
じゃ、手始めに・・・相手は誰なの?」
とりあえず、自分以外の5人とも・・・顔だけは合わせたことがある。
内、男4人・・・多分、この中の一人。
「・・・・・・答えなきゃだめですっ?」
「だめよ。さあ、白状しなさい。」
ささやかな抵抗をはねつける。
「・・・・・・・・・・リュドラルさん・・・」
蚊のなく声より小さな声。
「誰ですって?はっきり言いなさい。この期に及んで往生際が悪いわよ!」
「・・・デュミナスの勇者さんですっ・・・!」
耳まで赤くして、そのままテーブルに突っ伏してしまう。
よっぽど恥ずかしいらしい。・・・当たり前といえば当たり前だが。
・・・デュミナス・・・?
確か、竜族に育てられたという勇者がそこの出身だった。
担当地域が近かったせいか、2,3回会っているおかげでなんとなく分かる。
・・・今時信じられないぐらい純粋な。
しっかりしてそうで抜けてそうな。
誰がどう見ても良い人そうな。
そして、とっても爽やかな。
浮かんでくる印象の数々。
・・・すごい組み合わせね・・・
目の前で突っ伏している天使と、その彼の印象と。
あの純粋培養っぷりで、どうやってこの天使を口説いたのかは想像がつかないのだが。
この天使がその彼を口説いている所も・・・想像がつかないのだが。
ただ、・・・・・妙にはまっている気は、する。
「アーシェ、どうしたのですっ・・・?」
思考に、ウィーラの声が割り込んでくる。
「!・・・あ、その、ちょっと考え事・・・
それより、・・・いつから付き合ってたの?」
けほん、と咳払い。
天使の顔に疑問符が浮かぶ。
「?・・・いつって・・・8年ぐらい前なのですっ。」
「8年ッ!?・・・そんな前・・・って、
・・・・聞いてるのはスカウトした時期じゃないわよ?」
よく考えなくても、この天使に勇者になれと持ちかけられたのが8年ぐらい前。
「・・・付き合うって、そんなことじゃないのですっ?
私、誰とでも平等に付き合ってるつもりなのですけどっ・・・」
・・・そのまま聞いた私がバカだったわ。
意味もさっぱり分かっていないようである。
「・・・いや、そうね、・・・やっぱりいいわ。」
そして、説明してもわからなさそうな気が・・・ひしひしとする。
・・・この線で質問しても・・・
多分、無駄。天使のボケ具合ではきっと理解できないと思われる。
「・・・なんで、地上に残ろうって思ったの?」
「なんでって・・・残ってくれって言われたからですっ。」
何を当たり前のことを、といわぬばかりの即答。
何か、引っかかった。
「それだけなの?」
天使は首を横に振る。、目が、少し伏せられた。
「・・・・・・任務終わって天界に帰ったら、ここの人達と二度と会えないのは目に見えてます・・・
もう会えないのは嫌でしたし・・・・」
「ということは、もしも私が地上に残れって言ったら、あなた地上に残った?」
少しの反応・・・そして、静止。
「・・・・・・・・・」
「どうなの?」
もうひとつ、聞く。
激しく、首が振られた。
「・・・・・・ごめんなさい、わからないのですっ・・・・
ただ、もし残るのならあの人のそばに居たいって思うのですっ・・・」
「迷惑だって言われても?」
畳み掛けるように、聞く。
とたんに、天使が、しゅんと黙る。
「・・・・・やっぱり、迷惑なんでしょうかっ・・・?」
初めて見る、不安そうな顔。
それなのに、驚きよりも・・・なぜか安心してしまった。
「さあね。それぐらい自分で聞いて御覧なさい。
で、どうなの?」
「・・・・・・迷惑なら・・・私は天界に帰るのですっ。
不快な思いさせたいとは思いませんしっ・・・
私がそばに居たいって勝手にそう思ってるだけ・・・なんですから・・・」
言葉の最後の方は、どんどん自信なく、小さくなっていく。
「勝手に?・・・・まさか、その人に『そばに居たい』って一言も言ってないとか・・・」
「もちろん。・・・迷惑だったら、困らせるだけですしっ・・・・」
即答するようなことではない、絶対に。
・・・・不憫だわ。その彼。
きっと、この天使が何を思って地上に残ることにしたのか、
・・・疑問やら不安やらたっぷりあることだろう。
たとえ、『残る』と言ったにしても。
「・・・・行って来なさい。」
きっぱりと言い渡す。
「え?どこにです?」
ウィーラはきょん、とした顔で聞き返した。
「その彼の所にきまってるでしょ!」
なんでこんなに鈍いのか。
話し方から察するに、今に始まったことではないようなのだが。
「・・・・行ってどうするのですっ?」
・・・ほら、やっぱり分かってない・・・
「自分もそばに居たいって思ってるって事、ちゃんと言って来なさい。
ウィーラって、なに思ってるのか肝心な所が態度に出てないのよ。
きっと言わないと伝わらないわ。」
自分がいきなりの告白に驚かされたように。
表情はくるくる変わる・・・割に、自分の内面はなかなか出てこないのだ、この天使は。
そんなことに、付き合って何年もたつ・・・・今になって気づいた。
「・・・・そうでしょうかっ?」
しかも自覚症状はないらしい。
「そうなの!私が言うんだから間違いはないわ。
ほらほら、さっさと行ってらっしゃい。」
強く言って、窓際に天使をせきたてる。
「・・・・わかりましたっ・・・・でも」
「でもも何もないわっ!ほら、さっさと行って彼を安心させてらっしゃい!
あとでちゃんと報告しなさいよ!」
ほとんど宿屋の窓から押し出すようにして、外に出す。
「じゃあねっ!」
ばたん!
窓を閉める。
と、天使は観念したかのように飛び立って行った。
・・・全く、変な所で世話の焼ける・・・
時間はもうそろそろ夜8時になろうとしていた。
> 未完や断片。 > ナーサと天使さんの話
ナーサと天使さんの話
Favorite Dearより。
天使はウィルさん。インフォス終わってアルカヤ前くらい。
死んだ天使が輪廻の輪に加わることはない、てのを聞いた時に思いついた話。
ナーサって大人だと思う。
「あなたが来てくれたのね・・・
久しぶり、全然変わってないのね。元気そうで何よりだわ。」
私は、こんなおばあさんになってしまったけれど・・・
そんな事を言いながら、彼女は笑った。
「・・・幸せ、だった?」
「ん・・・それなり、ね。
こんな波乱万丈の一生もいいものよ。最後は好きな事してゆっくり過ごせたし・・・」
「・・・そう。良かった。」
「それに、・・・ラスエルにもまた逢えるかもしれないし、ね。」
その、楽しそうな、何気ない一言に、心が、固まった。
天使の死は魂の消滅・・・輪廻の輪に加わる事は二度とない。
言うべきか、言わざるべきか・・・
言う必要はなかった。
「どうしたの?」
でも。嘘もつけなかった。ごまかしたくなかった。
大切な勇者だから。大好きな人だから。
「・・・・・・」
言おうとして・・・やっぱり思い直した。
・・・わざわざ悲しませる事はないんだ。こんな最期に。
少し笑って、大丈夫、と言おうとした。
でも、それだけでも彼女には判ってしまった。
「・・・・もう、逢えないのね?」
責めるような口調ではない。こちらを労わる様に、言葉がつむがれる。
泣いちゃ駄目だ、と思った。
気持ちよく、天界に連れて行かないと・・・悲しませてもどうしようもない。
それが、自分の使命。
でも、涙が出てきた。
そして、この人にはかなわない、と思った。
・・・ごめんなさい・・・
涙のまま、彼女の魂を抱きしめた。
せめて、少しでも悲しみを癒せるように。
でも、癒されていたのは、自分だったのかもしれない・・・そう、感じた。
> 未完や断片。 > 魔法使いの子守り
魔法使いの子守り
ハウルの動く城より。
原作ベースで、2巻終了後。
よって、子供居ます。モーガン君だっけか。
マイケル君(マルクル君にあらず)とマーサちゃんは一応恋仲ってことで。
「それじゃ、いってくるわね。
帰りは夕方になると思うけど、モーガンのことお願い。」
ソフィーは、玄関の戸に手をかけて、心配そうにお城の中を振り返りました。
「大丈夫だよ、ソフィー。
モーガンがいかに僕になついているか、知らないわけじゃないだろう?」
ハウルは不安そうなソフィーを宥めるように、彼女の頭をなでます。
「・・・そうね。」とソフィー。
「それにあなただって、可愛い坊やの泣き声がうるさいからってじゅうたんに変えたりはしないわよね。」
「もちろん。そんなことするような人間に見えるかい?」
まだ不安そうな表情でこちらをみるソフィーに、ハウルは笑顔で手を振ります。
「いってらっしゃい。大船に乗ったつもりで任せてくれ。」
「泥舟じゃないことを祈るわ。
カルシファー、あなたの親友が余計なことしないように見ておいてね。」
そう言い置いて、ソフィーは玄関から出て行きました。
魔法使いのところにお嫁にいった妹のレティーのお見舞いに行くのです。
「さて、と。」
ハウルはゆりかごの中を覗き込みました。
赤ん坊はゆりかごの中ですやすやと寝息を立てています。
「このまま、静かにしていてくれよ。」
ハウルはそう言って、モーガンの髪を優しくなでて自室に戻ろうとしました。
ひまつぶしよう、の本を取ってくるつもりです。
ところが。
「ぅ・・・あ?」
そのおかげで赤ん坊は目を覚ましてしまいました。
「おや、起きたのかい?
僕としてはもっとゆっくり」
「ふぅ・・ぁ?ぅぅ・・・」
モーガンは、きょろきょろ、とあたりを見回します。
そして。
「ぅう・・・あぁあぁあん!」
火がついたように泣き出しました。
「うわっとと。
全く人生ってままならないものだなぁ。どれどれ。」
ハウルは、慣れた手つきでモーガンを抱き上げました。
「別におもらししたとかそういうわけじゃないみたいだな。
何か悲しいことでもあったのかい?」
ゆらゆらとゆらしてあやしてみますが、一向に泣き止みません。
「お腹でもすいたのかな?」
言いながら、赤ん坊片手に整頓された食器棚を開けて、ミルクと哺乳瓶を取り出します。
「カルシファー、ちょっとこれあっためて。」
お鍋にミルクを入れて、カルシファーの上にかざします。
「すっかり所帯じみたね。」
「これだって幸せのうちさ。
さ、町の人に騒音で訴えられる前におとなしく言うことを聞いておくれ。」
「しかも惚気てるし・・・」
もうやってられない、という風に、カルシファーは身をかがめました。
おいら、一応火の悪魔名乗ってるのに・・・なんで赤ん坊のミルクなんてあっためてるんだろう・・・などとカルシファーはぶつぶつとつぶやきます。しかし、赤ん坊の泣き声にかき消されて、ハウルには届いていないようでした。
少し暖めてミルクの温度を確認すると、ハウルは鍋をどけました。
「よしよし、ありがとう。
さーてモーガン、ミルクだよ。」
ミルク入りの哺乳瓶を口元に近づけると、モーガンは更に泣き叫びました。
どうやら、お腹が空いていたわけでもないようです。
「おや、違ったのかい?」
片手に持ったミルクをため息と一緒に放ると、哺乳瓶はお行儀良くテーブルの上に着地しました。
「参ったなぁ。どうやったら君は泣き止んでくれるのかな?」
聞いても、返ってくるのは泣き声ばかり。声の大きさは、最初よりも増しているような気すらします。
「このままだと、本当に町の人に騒音で訴えられてしまうな。」
もしくは、『あの花屋はとんでもない家だ』等という根も葉もないうわさが立つか。
どちらにしろ、あまり歓迎できることではありません。
ハウルは、モーガンを片手に抱えて、お城のドアの板を替えました。花畑への出口につなげると、外に出て扉を閉めます。
「ほら、花畑だよ。
こんな綺麗な花に囲まれて泣いてばかりというのはもったいないと思わないかい?」
高い高い、とモーガンを差し上げますが、泣き声は・・・やみません。
「うーん・・・何が気に食わないのかな。」
参ったなぁ、とハウルは指を一振りしました。
指先から光がこぼれます。それは蝶の形になって、ハウルとモーガンの周りを飛び回りました。
「ほら、蝶々だよ。」
赤や黄色や白の色とりどりの蝶々が花畑を舞いました。
それはとても幻想的な光景です。
しかし、どうやら赤ん坊には通じなかったようでした。
「これもだめか・・・。」
声の限り泣くばかりのモーガンを抱えて、ハウルはガックリと肩を落としました。
それと共に、舞い踊っていた蝶々も、黒く色を変え、塵になって消えてしまいました。
「ねぇ、モーガン?そんなに泣いていたら、そのうち声も枯れてしまうよ?」
ティッシュでモーガンの涙と鼻水を拭きながら、ハウルは深々とため息をつきます。
ぽん、とティッシュくずを投げると、それは鮮やかな炎に包まれて消えてしまいました。
「ねぇ。どうやったら機嫌を直してくれるんだい?」
空を仰いで、お城への入り口を振り返って、またため息。
赤ん坊の声は長い時間泣いていたお陰で枯れそうで、それが気持ち悪いのかさらに泣き叫びます。
「このままじゃ、君のためにも僕のためにもならないぞ。」
ハウルは、モーガンをしっかりと抱くと、今度は一つ地面を蹴りました。
二人の体が一気に上空に浮かびます。
「ほら、モーガン。雲が目の前に見えるよ。
下は綺麗な花畑だし。こんな素敵なところってないんじゃない?」
今度はさすがにモーガンも、ひく、と泣きやみました。
「やれやれ・・・やっと機嫌を直してくれたか・・・君の機嫌を直すのはソフィーの機嫌を直すのと同じくらい難しいんだね。
まぁいい。どれ、ちょっと空のお散歩でもしようか。」
下は一面の花畑。
ハウルはモーガンを抱いて、ぽーん、ぽーんと空を蹴ります。すっかりご機嫌になったモーガンは、声を上げて楽しそうに周りを見回しました。
雲を3回ほど蹴って、森の一番高い木のこずえを蹴って、雁の群れと並びます。
目の前を飛ぶ鳥が珍しいのか、モーガンは鳥達のほうに手を伸ばしました。驚いた鳥達が、大きな音を立てていっせいに方向を変えます。
それに驚いたのか悲しんだのか、モーガンはまた泣き出しました。
「よしよし、ビックリしたんだね。
だけど、彼らは手を出されるのは好きじゃないんだよ。」
ぎゅっと抱きしめて、また雲を蹴ります。
しかし、再び泣き出した赤ん坊はやっぱり泣きやんでくれません。
先ほどの事がショックだったのか、じたばたと手足を動かして・・どうやら、完全に癇癪を起こしたようでした。
「うわわわ。頼むからこんな所で暴れないで。落ちたら大変だ。」
抱きしめる腕に力をこめると、ハウルは急いで高度を下げます。
町の高い塔を蹴って時計守の腰を抜かした後、屋根を蹴って猫を驚かせたところで、モーガンの不機嫌は最高潮に達しました。
赤ん坊とは思えないくらいの力でばたばたと暴れると、ハウルの腕を抜けてしまったのです。
「モーガン!!」
一瞬で魔法をかけると、赤ん坊は真っ黒な仔猫になって、ひらりと身を翻しました。
屋根の上に降り立つと、ハウルは慌てて辺りを見回しました。
「モーガン!どこだい!?」
屋根の上の鳥達が、声に驚いたのかいっせいに逃げていきます。
その中を悠々と横切る、真っ黒な仔猫が一匹見えました。
「モーガン、こっちだ!」
慌てて追いかけて名前を呼びます。
しかし、仔猫はハウルの声なぞどこ吹く風で、悠々と大通りの方に飛び降りてしまいました。
「モーガン!!
・・・くっそー、よっぽど迷子になりたいらしいな。」
仕方なしに、ハウルも大通りの方に飛び降りました。
大通りは、いつものように人でごった返していました。
その間をすり抜けながら、ハウルは黒い子猫姿の息子を追いかけます。
「と、すまないね。
モーガン!こら、どこまで行くんだっ!」
いつものような優雅さはなく、人ごみを掻き分けてすり抜けてぶつかって、目線はずっとモーガンを追いかけます。
そして、大通りを一つ抜け二つ抜け、小さな小道に来たところで、黒猫はひょい、と飛び上がりました。
視線を黒猫に合わせてハウルが顔を上げると、黒猫は女性の胸で丸くなっています。
「すまない、うちの・・・」
目線を上に上げて、その女性の顔を見た瞬間。彼の言葉がとまりました。
「ハウル、これは一体どうしたの?」
黒猫を抱えてこちらを見るのは、目を見開いたあかがね色の髪の奥さんでした。
「そ、ソフィー・・・。今帰りかい?」
「ええ。
でも、それよりこの子はどうしたの?」
「あー、これはえーっと・・・少し長い話になるんだけど、取り合えずその仔猫を返してくれる?」
「えぇ、構わないけど。」
言いながら、ソフィーは黒猫をハウルに渡しました。ハウルは、「その荷物も持つよ」と手を差し出します。
「あなた、この子を追いかけてたわよね。」
手荷物をハウルに預けながら、ソフィーが言いました。
「あぁ、そうなんだ。・・・こら、暴れるなってば。」
微妙に暴れる仔猫を抱き上げながらハウルは答えました。
その様子を見ながら、ソフィーは言葉を続けます。
「しかも、『モーガン』って呼んでなかった?」
それは、ちょっとだけ冷たく響きました。
「・・・・呼んでた。」
一瞬だけ視線をずらして、ハウルは頷きました。
しかし、ソフィーはじっとハウルの瞳を見つめます。
「で、かわいそうなうちの坊やは一人ぼっちでお城に居るの?」
「・・・一応、家にはカルシファーが留守番してるけど・・・・・・。
わかってるならはっきり言ってよ。多分君が思ってる通りさ。」
いたずらのばれた子供のように、ハウルはそっぽを向きました。
「その仔猫。うちの坊やなのね。」
「ご明察。」
ハウルが仔猫の背を軽くなでると、それは、ぽん、と赤ん坊になりました。
人間に戻るとモーガンはしばらく手足を動かしていましたが、自分が動けない人間に戻ってしまったことを悟り、また涙目になりました。
「あわわわ。お願いだから泣かないでくれよ。今日は君の泣き顔しか見てない気がするぞ。」
慌てて腕を揺らそうとするハウルに、ソフィーは「貸して」と手を差し出しました。
ハウルは、大人しくそれに従います。
ソフィーはモーガンを危なげなく抱え上げると、トントン、と背中を叩きました。
「モーガン、あなたは人間なのよ?」
くしゃ、と顔をゆがめるモーガンの頬に、ソフィーはそっと口付けて、そしてしっかりと抱きかかえました。
「ねんねんころり、ねんころり。
今日はずいぶん泣いたみたいね。疲れてるでしょう?
猫になるのは夢の中。さ、おやすみなさい。」
ソフィーはゆっくりと腕を揺らして、少し節をつけてゆったりと呟きます。
そうやって少しすると、モーガンはすやすやと寝息を立て始めました。
「・・・ふぅ・・・。」
ハウルとソフィーは、一緒にため息をつきました。
「凄いな、ソフィーは。僕が散々苦労した癇癪をあっという間に静めちゃった。」
「そうでもないわ。」と、ソフィー。
「あなたに出来ない事ならきっと私に出来ることなのよ。
反対に、私に出来ない事があったら、それはきっとあなたに出来ることなの。」
ソフィーはそう言って、ゆったりと微笑みました。
「そういうものなのかな。」と、ハウル。
「そうでもなきゃやってられないわ。」と、ソフィー。
「そっか。」
「そうよ。」
そして、二人は家に向かって歩き出しました。
「それで」
ソフィーは、すっかり寝入ってしまったモーガンを抱きなおしながら切り出しました。
「何で、モーガンは仔猫になっていたの?」
「えーっと・・・どこから話せばいいのかな。」と、ハウルは困ったように鼻の頭をかきました。
「一切合財。大丈夫、ゆっくりと時間はあるわ。」と、ソフィー。
「じゃぁ、話すけど。・・・」
そう言って、ハウルは決まり悪そうにそれまでの経緯を話し出しました。ソフィーは、あるときは驚いたように、あるときは呆れたように相槌を打ちます。
「で、追いかけていったら君が居たってワケさ。モーガンのやつ、やっぱり僕よりソフィーの方が好きみたいだ。」
言い終わるとハウルは、ショックだ、という風に赤みがかってきた空を仰いだのでした。
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