『依頼:花婿の捜索
依頼者:親族一同
内容:
行方をくらました花婿の捜索をお願いします。
昼から式の予定なので急いでください。
※気が荒く、腕に覚えがありますので、確保の際は気をつけてください。』
「・・・俺が現役だったら飛びつくんだがなあ。何で俺はこんな面白い時に軍属なんだ。」
ギルドに顔を出していた招待客の一人は、張り出された依頼を見ると、そう言ってため息をついた。
「だが、なんでこんな依頼を出した?あいつはいきなり逃げ出すような奴じゃない。」
「そんな事は解ってます。いきなり逃げ出すような人間に私の娘は渡しません。
大方、独身生活と最後の別れを惜しみに行ったとか、そんな所だと思いますよ。時間もまだ余裕はありましたしね。
しかし、黙って出て行った上、娘が少し寂しそうにしていたので、懲らしめてやろうかと思いまして。
・・・それでは理由になりませんか?カシウスさん。」
依頼主であるところの花嫁の父はそう言ってにっこりと笑う。
「なるほど、お気持ちお察しします、と。
・・・ああ、聞けば聞くほど面白そうなんだがなあ。」
カシウスのそんな嘆きにダンは笑う。・・・と、扉が開いた。
「こんにちは・・・あら、カシウス先生。」
入ってきた銀髪の女は、カシウスのほうを向くなり表情を明るくした。
「おお、シェラザードか。久しぶりだな。」
ダンとシェラザードもお互いに挨拶を交わす。
「仕事は大丈夫だったのか?」
カシウスが訊ねると、シェラザードは嫣然と笑って見せた。
「ええ。せっかくのティータちゃんの晴れの日ですからね。槍が降ったってお祝いに駆けつけますよ。それとは別に、新郎のひきつった顔が今から楽しみなんですけどね、ふふふふふ。」
「お前も大概意地が悪いなあ・・・まあ、私も同感なんだが。ははははは。
ところでシェラザード、この依頼、どう思う?」
ニヤリ。そう笑って、カシウスは掲示板を指差す。
掲示板を確認したシェラザードは目を丸くした。
「ふーん・・・当日に花嫁置いて逃げるなんて、今になって怖気付いたのかしら。らしくないけど・・・。
でも、理由はどうあれ、これは懲らしめてやらないといけませんね。私、受けようかしら。」
口元は三日月の形。
「銀閃のシェラザードに受けてもらえるとは、光栄だね。」
はっはっは、と笑う依頼者に頷き、シェラザードは嫣然と笑ってカウンターへ向かう。
と、ドタバタと音がして、ギルドの扉がまた開いた。
「やっと追いついたよ、シェラ君。」
コート姿の青年が慌てた様子で入ってくる。
「・・・あなたどれだけ暇人なのよ、皇子様。」
シェラザードはそれを見ながら呆れたように息をついた。
「せっかく面白い話を聞いたんだ、来ない訳には行かないだろう?・・・おや、カシウス殿もいるとは。」
「お久しぶりです、オリヴァルト皇子。どうしてこんなところに?」
おどけた様に訊ねると、彼は明るく笑っていった。
「クローディア殿下経由で、本日の華燭の宴の事を聞きましてね。コレは見ないといけないと、はるばる帝国から駆けつけて来ました。いやー、あの小さかった」
「見つけたぞ!」
バタン!と勢いよく扉が開き、今度は黒髪の青年が飛び込んできた。
他には目もくれず、オリヴァルトのみ目指して突き進み、堂に入った手つきでそれを捕獲する。
「こんなところまでよく来れたものだ。さあ、帰るぞ。」
「待ってくれミュラー、今日はお祝いなんだ。ボクには花嫁さんを奪う義務が」
「何を世迷言を言っている。」
ごす、と。鮮やかな手つきで金色の頭に拳という名のツッコミが入る。
「待ってミュラー。今日はティータの結婚式なのよ。どうせここまで来たなら見ていってもいいんじゃないかしら。式まであと1時間くらいだし。」
シェラザードの制止に、ミュラーはしばし動きを止める。
「・・・お願いだよミュラー。」
祈るように手を組み、ウルウルとした目でミュラーを見上げる。それを見たミュラーは心底気持ち悪そうな顔をしたが、・・・眉間に皺をよせ、深々とため息をついた。
「・・・わかった。ただ、式が終わったら即帰るぞ。」
「ありがとう、やっぱり君は僕の親友だよっ!」
抱きつこうとするオリヴァルト皇子に、今度こそ容赦なしのミュラーの鉄拳が飛んだ。
その様子をくすくすと見ていたダンが二人に呼びかける。
「・・・それでですね、ぜひ皆様にも協力していただきたいのですが。」
「今、その結婚式の事でちょっと面白い事になっていてな。」
カシウスが指差した、掲示板に張られた依頼は、乱入者たちを唖然とさせた。しかし、その真意を聞かされると笑いがギルドを満たす。
「喜んで。むしろ協力させてくれたまえ。さあ行こうか。花嫁を奪いに!」
「奪ってどうする。」
そんな漫才なやり取りで、二人は事への協力を快諾したのだった。