HAPPY HAPPY WEDDING! INDEX

ツァイス七耀教会前 14:00頃

「待って、レンちゃん!」
《パテル=マテル》の上。死神の娘のようなレンに、ティータが飛びつく。背筋を冷たいものが走るより前に、アガットは駆け出していた。
しかし、あわや落ちるかと思われた二人は、ドレス姿にも関わらず安定を保てていたらしい。
「ティータ。なんで止めるの?」
「お願い、アガットさんに手を出さないで。怪我をしたら悲しいよ。私の大事な人だから。」
必死の頼みにも、レンは軽くため息をついただけだった。
「でも、あんなのにティータは勿体無いわ。きっと、いつか捨てられる。」
「誰が捨てるか!」
反射的に怒鳴る。
「アガットさんは、そんなことしないよ。」
反して、ティータの声は凛と聞こえた。
レンはすまして肩をすくめる。
「そうかしら?
 レンは知ってるのよ。ティータとアレがいつだって離れ離れだった事。いつだってティータが待ってた事。」
その言葉は、いつものように仕方ないと切り捨てるには、・・・今は痛かった。
「・・・レンちゃん、知ってたんだ。」
「捨てられないにしたって、いつも寂しい思いしなきゃいけないんじゃない。今みたいに。違うの?」
それも、ずっと引っかかっていた事だ。ティータもあっさり首を振る。
「違わない。いつだって寂しいよ。出来るなら一緒にいてほしいって、いつだって思ってる。」
ティータがそう思っている事くらいは知っていた。滅多に口にしないが、さすがに判る。
しかし、判っていてもいざ声で聞くと、・・・正直胸にぐさりと来た。
「それなら」
「でもね」
レンが言い終わらないうちに、ティータがさえぎる。
「どんなところに行っても、必ず私のところに帰ってくるって、約束してくれたの。」
周囲がどよめいた。それは、・・・つまりは、プロポーズの時の言葉だ。
顔に血が上った此方にはもちろん構わず、ティータは、幸せそうに微笑む。
「アガットさんは、約束は守る人だから、私は待っていられるの。」
「・・・騙されてない?言うだけ言ってそのまま」
「ふふ、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。今までだって帰ってきてくれたから。」
それとも、レンちゃんは私を疑うの?と。そう、悪戯坊主のように笑う。その瞬間、どうやらティータの勝利は確定したようだった。
「ば、馬鹿みたい!なんで、どうしてそんなに他人を信じられるわけ。」
ティータが、レンをそのまま抱きしめる。
「だって、アガットさんは私を信じてくれてるもの。いつだって私が待ってるって。
 それにね、レンちゃん。私はレンちゃんをずーっと信じてる。いつか絶対また会えるって。」
だから、レンちゃんも私を信じてよ。いつだってレンちゃんと逢いたいって思ってる私を信じてよ。
震えているような二言三言。それはドレスと風に吸われたようだった。
「ティータ。そこまで言うならもうレンは何も言わない。勝手にすればいいんだわ。」
レンが、ふいと顔を背けて身体を離す。
「レンちゃん。」
その瞬間、ティータがこちらを見た。一瞬で理解し、覚悟を決めて、一歩踏み出す。
「え、・・・!?」
ティータがいきなりレンの手を引き、レンのバランスが崩れた。ほとんど力任せだ。普通絶対に成功しないはずの不意打ちが簡単に決まったのは、レンに動揺があったせいだろう。
そのまま、二人で《パテル=マテル》の上から身を躍らせる。周囲から悲鳴が上がった。
そして、着地点。どさどさ、と二つの音。そして重量。
受け止める方は決まっていた。
「な、なんで!ティータでしょう!?どうしてレンなの!?」
腕の中で騒ぐレンに肩をすくめて見せる。
「そりゃ、ティータに頼まれたからな。」
「いつの間に!?それに、だって、なんで、なんで・・・!」
理解不能、理解不能。全身で混乱しているレンを、宥めるように地に下ろす。ただし、手は離さない。
すぐ隣から、ため息が聞こえてきた。
「・・・アガットくん。それでもやっぱり私としては、ティータの方を受け止めて欲しかったんだけれどね?」
ティータを受け止めたのは、ダンだった。正直に言わなくても笑顔が怖い。が、過ぎた事は仕方がない。
「すまねえ。ティータ、大丈夫か?」
抱かれたままのティータに声を掛けると、ティータは笑った。
「はい、大丈」
「君が受け止めるよりは安全だったと自負しているよ。」
言葉がとても、痛かった。
「レンっ!!」
後ろから、二つの声が同時にして、レンが身を竦ませる。
逃げそうなそぶりを見せたレンの手をしっかり握る。もう片側は、下ろされたティータが握っているようだった。
大丈夫、と、ティータの囁く声がする。
駆けてきたのは、エステルとヨシュアだった。
「よかった、逢えて!・・・もう、もう・・・!」
「ずっと、探してたんだよ。」
息を切らして、口々にそう言う。
「レンは、・・・別に、会いたくなんて」
言葉の最後は小さく聞き取れなかった。
手から伝わってくる震え。これは、意地というより心底『会いたいが会いたくなかった』が正しい。
「エステル、ヨシュア。」
声を掛けると、エステルとヨシュアとレン、三人の視線がこちらに向いた。
「レンは今日はティータに譲ってやってくれ。」
「お願い、エステルお姉ちゃん。ヨシュアお兄ちゃん。」
ウェディングドレスの花嫁に頭を下げられて、二人が顔を見合わせる。
「でも・・・ううん、そうだね。」
そう、肩をすくめて、小さく笑う。
「・・・今日の主役のお願いなら仕方ないか。」
二人は頷いて一歩下がる。また後で、と踵を返されたところで、レンの震えが止まった。
「・・・やっとティータをレンに渡す気になったの?」
止まったと思ったらこれだ。
「誰がやるか。お前な、俺がここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってんだ。」
「苦労したのは私のほうですよ、アガットさん。」
さらっとティータがそう言う。
「幾ら言っても気づいてくれないし、遠出したら戻ってこないし、会えなくて寂しかったこともいっぱいあったんですからね。」
判っているだけに耳が痛い。レンがほら見ろとばかりに肩をすくめる。
「やっとここまで来れたって、私だって思ってます。」
そう、つん、と拗ねてみせる。
何事にも健気に耐えてきて、泣き言一つ言わなかった頃からすると、それはかなりの『進歩』だった。健気な笑顔に隠れていたそんな本音の山に気づいたのはいつだったか。
「・・・悪かった。」
以前、レンと居た時に偶に見せていた表情は、今では自分の前でも見る事が出来た。
いつものように頭を撫でようとして、ティアラとヴェールの存在に気づく。
「ティータ。」
ちょっとこっち来い、と空いている手を引っ張る。ヒールに一瞬転げかけながらティータがこちらにくっつく。
「わぁ!」
それを、片手で抱えあげた。
「あのな、・・・そりゃまあ、遠出はするだろうが・・・今日からは、俺の帰るところはお前のいる場所だ。」
「・・・アガットさん。」
驚いたように、それでも嬉しそうに微笑むティータは、真実何より綺麗にいとおしく思えた。
目をそらしたくなるのを必死に堪えて、真っ直ぐ見つめる。
「・・・その、なんだ。また苦労掛けるが、これからもよろしくな。」
「・・・はい、あなた。」
そう言って、ティータがこちらに抱きついた。
辺りに白い花びらが舞う。
「綺麗・・・」
・・・心象風景でもなんでもなく、現実に。
「・・・って、え、なんで?」
「・・・何だ?」
それで一気に現実に引き戻された。周囲がやかましい。何かの駆動音もする。
レンのほうを見れば、レンも目を見開いて上を見ていた。ということは、駆動音は《パテル=マテル》ではない。
見上げれば、風も届かぬくらいの高さで小型の飛空挺が花びらを撒き散らしていた。
「おーい、お二人さーん。今日はおめでとさん!」
高度を下げたのか、風圧が上がる。聞き覚えのある声。見れば、青い髪が3人と他大勢、こちらを覗き込んでいる。
山猫号だった。
「エリカ・ラッセル様より、クロスナー夫妻に花吹雪のお届けだ!」
「え。お母さんっ!?」
「マジか!?」
差出人を探すが、人ごみとパテル=マテルでさっぱり見えない。
一番頑強に結婚に反対し、納得してからもなんやかんやとアガットをいびってきたあのエリカ・ラッセルが。ティータのことは祝っても、こちらを祝う気はかけらもなかったような、そんなエリカ・ラッセルが。
ティータと顔を見合わせると、さすがに驚いたような表情が見えた。
しかし、それはすぐお互いに緩む。肩を震わせて笑っていると、
「それと、こっちもだな。」
一瞬の後、金属音がして頭部に手痛い衝撃があった。
倒れそうになるのを、ティータを抱えているという現実が押しとどめる。
「大丈夫ですか!?」
「・・・ああ・・・。」
後ろに落ちたそれは、何かタライのようなものだった。というか、そのまま小ぶりなタライである。
「キール兄、ナイスショット。」
「悪いな、しかし、こう届けろって言われててね。」
「ふふっ、なかなかいいセンスね。」
レンが可笑しそうに笑う。
「・・・あのな。」
ティータを下ろし、拾い上げてみる。
「・・・これ、赤ちゃん用のタライ?」
「・・・だな。」
やはり、エリカ・ラッセルはエリカ・ラッセルだった。ふふん、と得意げに笑っている顔が脳裏をよぎる。
「お母さん流のお祝い・・・なの・・・かな。」
くすくすと笑いが漏れる。
「違いねえ。」
ここまでくると、もう笑うしかなかった。
「しかし、ツァイスらしく大分変則的な式だったんだなー!教会かと思ったら広場に居るもんだから探したぞ!おまけにまだ余裕があると思ってたんで慌てたぞ!」
ドルンの野太い声に、そばに立っていたダンが応じた。
「いや、式はまだ始まっていないんだ。」
「ええ!?わ、待って待って、今すぐ花びらやめ!やめ!!」
慌てたような声が上からして、花びらの雨が止む。上はしばらくわいわい騒いでいたが。
「悪い!出番が来るまで待ってるから!」
そういい残し、旋回して教会の方に飛んでいった。
「全く、騒々しいのね。」
首をすくめるレンに、ティータが笑いかける。
「今日はお祭りみたいなものだもの。」
「お祭り?結婚式でしょ。」
「それはそうだけど、今日はたくさんの人とまた会える日だから。」
かつての仲間に連絡が行くようにしたら、それだけで盛大になると話していたのは数ヶ月前の話だった。それでも、こんな機会でもないと会うことは出来ないだろう、と、連絡が行く人間には大方連絡したのだ。
辺りを見れば、エステルやヨシュアはじめ、先ほど殴りかかられたシェラザードたちや工房の人間、遊撃士の面々、他にも見える。
「・・・ここまで大事になったのは、アガットさんのせいだけど。」
一言で現実に引き戻された。
「・・・悪かった。」
「ううん、いいです。おかげでレンちゃんと会えたから。《パテル=マテル》にも乗れたし。」
そう言って、ティータは満足げに笑う。

その時、時を知らせる鐘が鳴った。

何事もなければ、式はこの鐘と同時に始まる予定だったのだが。
見事に予定をオーバーした事態に、思わず二人で顔を見合わせる。
「時間だな。遅れちまったが、戻るか。」
言うと、ティータも頷いた。
「レンちゃん、行こう。今日は一緒にいてね。」
そう言って、ティータはレンの手を取る。
「《パテル=マテル》も一緒でいいのね?」
「もちろんだよ!」
くす、と笑うレンに、ティータは最上級の笑顔で抱きついた。

『《パテル=マテル》!!!』
二人でその名を呼び、花嫁とその友人は一足先に巨大なロボットで教会に飛んでいく。
残された自分はと言えば、・・・経緯が経緯だけに若干気恥ずかしいのを堪え、招待客に仕切りなおしの旨を伝えていた。
それは、招待した者として、この事態を起こしてしまった人間としての責務だった。
ひと段落付いて、教会に向かおうとしたその時。
「お前も大変だなあ。」
聞き覚えのある声に思わず振り返る。そこには、ジンとキリカが肩をすくめて立っていた。
「・・・来てくれたのか。」
「来ない訳がないだろう?」
俺たちは仲間だ。そう笑うジン。
「後で街の人にはしっかり謝っておきなさい。・・・まあ、見せ物としては面白かったけれど。」
こういうところまでどうにもしっかりしているキリカ。それは本当に昔のままだった。
「わかってる。」
ふう、と息が漏れる。疲れた、というよりも、色々ありすぎて妙に清清しい。
「・・・全く、まさかこんな事になるとはな。」
それは、何よりも正直な今の気持ちだ。しかし、返って来たのは容赦ない一言だった。
「自業自得ね。」
ジンも頷く。
「まあ、ティータに謝っておくんだな。」
後々まで根にもたれる可能性もゼロじゃないぞ?
・・・一応重々しく言ってはいるが、隠れていない笑いがそこにあった。
「ああ、わかって」
二度目の言葉。
「こんなところにいたのね、アガット・クロスナー!」
先を続けようとすると、現況あまり聞きたくない声が飛んできた。
「エリカ・・・ラッセル・・・。」
ティータと同じ金色の髪。年を経てもちっとも変わらない、妙な若々しさを誇るその人。
・・・未だ、義母とは呼べなかった。・・・ちなみにそれは、ダンに関しても同じである。
「さっさと教会に戻りなさい!アンタまさか、そのみすぼらしい格好で天使みたいなティータの隣に立つ気じゃないでしょうね!?」
「わかって」
「判ってるならさっさと戻る!さもなくば、今からでも潰すわよ!」
何を。式を。ひいては自分を、である。
「わ・・・・」
口を開こうとすると、物理的な力でもあるのではないかというほどに睨まれた。
「すまねえ、また後でな!」
結局、ジンとキリカにそう言い残して、教会に向かって駆け出す。
「ありゃ大変だな。」
後ろから、そんなジンの声が聞こえた・・・気がした。


白い花の舞う中、祝福の鐘が鳴り響く。
彼らは女神に未来を誓い、多くの人々の祝福を受けた。
かつての仲間も混じって盛大に行われた華燭の宴は、客の豪華すぎる顔ぶれや式前の騒動もあわせ、後々まで語り草になったという。

そして、当の本人達は。
「アガットさん、行ってらっしゃーい!」
「おう、今日は早く戻るからな。」
「はいっ、待ってます!」
・・・とても、幸せに暮らしているということだ。



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