部屋には、大きな鏡が掛けられていた。
鏡に映った自分を見てみる。
白い礼服、きちんと締めたタイ、適当にいじられた髪。
・・・・・・・・・どうにも自分のような気がしない。
これは誰だ。何で俺はここにいるんだ、そんな事にまで思考が飛ぶ。
答えは明快かつ単純。街の人は皆知っているし、彼自身もわかっていた。
彼・・・アガット・クロスナーは、今日、ティータ・ラッセルと結婚式を挙げることになっていたのだ。
ケジメはつけるにしても、あまり派手な事にしたくはなかったのが本音だった。
・・・しかし、世の中自分の都合のいいようには出来ていないものである。相手が中央工房のアイドルだった事もあり、本日の式はそれはもう立派になる予定だった。
考えれば考えるほどに増える招待客。どんな見世物だと思いはしても、嬉しそうなティータを見ていると、何ともいえなくなってしまい、・・・そして、今のこの状態に至る。
花嫁の支度に時間が掛かるから、と早々に放り込まれた小部屋だが、着替えてしまっても時間はまだまだあまっていた。昼過ぎからだから、あと1時間以上。
ここで一時間。この格好で一時間。・・・気が遠くなりそうだった。
窓の外を眺めてみる。いつもと変わらない・・・いや、いつもより少し騒々しい街。ただ、そこには日常の匂いがしていた。重剣片手に依頼をこなして街を飛び回る、そんな日常。そして自由。
時計を見る。式まであと1時間ちょっと。少し空気を吸いに行くくらいは許される、多分。
着替えたばかりの礼服を脱ぎ捨て、いつもの格好に戻る。一気に落ち着いた。部屋の扉から外を・・・教会の中を覗き見る。関係者がいる。今出て行けば、確実に見咎められるだろう。部屋で待っていろ、といわれるのはなんとなく予想が付いた。
窓の外を見る。こちらには関係者の姿は見えない。
装備片手に窓から抜け出す。足音を潜ませ、人のいない方向へ飛び降りる。
そしてアガットは、足早に人ごみに紛れると、そのまま教会を後にしたのだった。
10分後、彼の不在は人の知るところとなり、教会は大変な騒ぎに包まれる事になる。