ただ、それは飲むだけで気が楽になった。少し苦い、・・・日常の味がする。苦いついでににがトマトもどうだ、といわれ、それは断ったわけなのだが。
店に入った途端、居酒屋の親父他客に、散々からかわれたのは言うまでも無い。
こんなところにまで・・・いや、こんなところだからこそ、話は広まっていた。もっとも、ツァイスの騒動の震源地であるラッセル家の話でもあるし、当たり前といえば当たり前だろう。それに、自分もツァイスに来ることは多かった。この店も半ば馴染みになっているといえばそうだったりもする。
話を受け流し、祝われ、一息。
花嫁が待ってるんじゃないのか、と聞かれ、時計を確認する。式まで残り30分ほど。
ここから教会まで20分は掛からないが、5分で着くような場所でもない。もうそろそろ戻った方がいいだろう。
礼をいい、勘定を払う。と、何を思ったかつり銭を多く渡された。
お祝いだから、少しまけておく、と。
そういうわけには行かない、と食い下がったが、親父の方も頑として譲らない。
そうしているうち、いつも居酒屋に来ているじーさんが言った。
「ところで花嫁が待っているんじゃなかったのか?」
時計を見る。見事に30分切っていた。もうそろそろタイムリミットだ。
「悪い、それなら有難く受け取っとくぜ。」
結局折れたのは自分だった。
「はい、毎度有り。」
そういって、店の親父は目一杯笑い、送り出してくれたのだった。
店を出て、教会へ急ぐ。
「アガット、待ちなさい!」
聞き覚えのある声にぎょっと振り向く。
見えたのは銀色の髪、・・・・シェラザード。と、なぜか帝国の変態皇子とその御守り。シェラザードはともかく、他の二人はこんなところに居ていい人間では無いはずなのだ。何があった、と嫌な予感が背筋を上る。
「何があった?」
「・・・ふむ、自覚が無いのか。」
返事をしたのは、意外な事にミュラーだった。
「自覚だと?」
聞き返すと、今度はオリビエ・・・もといオリヴァルトがニヤリと笑う。
「君に手配書が出てるんだよ。
ボクは民間のお手伝いとして、君を捕らえる手伝いをする予定でね。」
「そして、私が手配の依頼を受けた遊撃士なの。」
シェラザードも嫣然と微笑む。
手配書。依頼。捕らえる。・・・こんな日に?!
「誰の依頼だ。」
聞いても、銀閃の名を持つ遊撃士は遊撃士的な答えしか返してくれなかった。
「遊撃士には守秘義務があるわ。」
「問答無用でいかせてもらう。」
ミュラーが。あの常識人だと思っていたミュラーが、剣を構える。
「キミは手強いからね。」
オリビエがオーブメントを取り出した。
「待」
言う前に、鞭がしなった。
慌てて避けると、そこに嫌な力場を感じる。
「ラグナバインド」
冷静なミュラーの声。身体が思うように動かず、ミュラーの方に引き寄せられる。そして、相手の手には大剣。
だが、断じてここで負けるわけには行かなかった。
重剣を盾にし、動かぬ体を守る。この引き寄せる力は、長くは続かない。身体が自由になると同時に飛び離れる。
「お前ら人の話を聞け!」
「聞く義理はないんだなあ、これが。」
とても楽しそうにオリビエはアーツを駆動させる。
「馬鹿!場所考えろ!!」
広範囲と見えるアーツの効果範囲からダッシュで逃れる。もう少し広いところに行かないと、街が危ない。
「ちぃっ!」
逃れ逃れて、なんとか比較的広いところに移動する。
攻撃はやまない。達人3人から掛かってこられると、やり返す前になんとかやり過ごすので手一杯だ。・・・それどころか、それもどこまでもつかわからない。
「シェラザード、話を聞け!何でこ」
息を切らせて怒鳴った言葉は、全て言う前にさえぎられた。
「花嫁置いて逃げるような奴の話なんて聞く価値無いわ!」
「なっ!?」
意外以外の何物でもなかった。自分はいつの間にやら、ティータを置いて逃げた男扱いになっていたらしい。
「何でそうなるんだ!?」
「それはもちろん・・・」
言っている途中で、オリビエの笑いが、凍った。
シェラザードもミュラーも、固まる。もちろん自分も。
見えてはいけないものが見えていた。人型を模したような、巨大なロボット。見覚えはある。忘れていない、その名前。
「《パテル=マテル》・・・!?なんで・・・」
シェラザードのかすれた声が聞こえた。
《パテル=マテル》は、ティータの友人である娘の・・・レンのものだ。行方をくらましていた、と聞いていたのに、なんでこんなところに現れるのか。
「お前、レンか?」
それに乗っている紫の髪の娘に呼びかける。
「ティータが心配してたぞ。今教会に居るから、顔を見せてやってくれ。きっと喜」
「黙りなさい。」
聞いたことのあるものより、少し大人びた声。ただ、その喋り方は間違いなくレンだった。
「知ってるのよ、全部。」
「何を知」
爆発音。すぐ足元に《パテル=マテル》の砲撃が飛んできた。
「ティータを置いて逃げるなんて最低ってことよ。」
《パテル=マテル》の上、大鎌を片手にこちらを向くその様子は、まるで死神の娘。
「貴方はティータには釣り合わないわ。」
一方的に宣告すると、ふわり、飛び降りる。それと同時、神速で鎌が襲ってきた。
喋る暇も何もない。《パテル=マテル》との連携に防戦するだけで手一杯だった。
おまけに加減をしないから、街路は傷つく一方。なんとか被害を最小限に、と思っても、レンは手強く、そこまでの余裕がない。
避けて、受けて、受け流して。それにも限界が来る。
まずは鎌が服を切り裂き、《パテル=マテル》の攻撃が足元を狂わせ、身体を吹き飛ばした。
ゴミの如く転がった先に、また攻撃。腕が切り裂かれる。砲撃が再度身体を吹き飛ばす。衝撃が頭に来たか、身体が動かない。そこにアーツが襲い掛かり、痛みが全身を覆う。
意識が遠のく。動かなければ。しかし、動けない。
大鎌を構えた娘は、そんなこちらを一瞥すると、面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「・・・もう、動かないのね。なら、コレくらいにして置いてあげるわ。」
「何・・・だ・・・・と・・・?」
かすれるような声で問う。それが聞こえたか、レンはこちらを振り向いた。
「殺しちゃったら、ティータが悲しむもの。なんでこんなのがいいのかレンには解らないけれど。」
冷たい、とても冷たい目。
「でも、貴方にティータはあげないわ。・・・《パテル=マテル》、行くわよ。」
従順なロボットは、主を抱え上げると、どこかに飛んでいった。
どこか、・・・・どこか、ではない、あれは明らかに教会を目指している。
「ぐっ・・・くっそ・・・!」
身体を起こそうともがく。教会に行かなければ。
「・・・・・・・・・ティータ・・・!」
ダァン・・・ッ!
破裂音・・・銃声がした。這いずる様に上体を持ち上げたところで、上からバラが降ってきて、それと共に、体力が回復していくのがわかる。なんとか身体を起こすと、とても楽しそうな声が飛んできた。
「アガット君、アレでラブラブだったんだねえ。ボクはちょっと寂しいよ。」
銃声とバラの主は、オリビエだ。
「あらあら。私達がやりたかった事は、大体レンがやってくれたわねぇ。」
シェラザードが肩をすくめる。
もう一度銃声、もう一度バラ。傷がふさがる。・・・なぜかは本当に謎なのだが。
「あの容赦の無さは、少し見習ってもいいかもしれんな。」
大剣片手に、オリビエを睨みつつ、ミュラーが言う。
色々聞きたいことはあったが、今はそれ所ではない。
「悪ぃ!」
軽くオリビエに礼だけして、アガットは教会へ向かって走り出したのだった。