入るやいなや、一斉に視線がこちらに注がれる。
少しすると、式辞のようなものが始まった。
それでもまだ・・・ちらちらとこちらに向ける視線は感じる。
はっきり言って、調子のいいものではない。
・・・・・レイヴはそれでも慣れているのか・・・いつもと同じ無表情だが。
・・・出るぞ。
一通りの挨拶が終わると、レイヴは視線をウィルに向ける。
・・・了解。
目で合図して、二人はすたすたとテラスに向かった。
視線は・・・まだ、追ってくるのだが。
テラスの手すりまで到達して、とりあえず一息つく。
「・・・一回戦突破、かな?」
「・・・・・・ああ・・・少しはましだろう。」
視線は外に向けたまま、小声で言葉を交わす。
そのまま無言で・・・
「こんばんは。いい夜ですね、ヴィンセルラス卿。」
5分と持たなかった。
レイヴの機嫌が急降下したのが分る。
「こんばんは・・・そちらこそいい夜を。」
少し振り向いて、目礼をして・・・また背を向ける。
・・・それはいくらなんでもあんまりじゃあ・・・?
・・・他にどうしろというんだ。
視線をレイヴのほうに向けると、憮然とした視線が戻ってきた。
・・・フォロー入れる?
・・・いらん。
・・・でも・・・
・・・余計な事はするな。
「・・・そ、それでは、いい夜をっ」
と、居心地の悪さに耐えかねたのか、その人は踵を返して去っていった。
二人で、軽く会釈して見送る。
「・・・あーあ・・・断るにしても、もう少し方法があると思うんだけど・・・」
「・・・・・・生憎、俺はこれ以外の方法を知らん。」
「・・・・・・・とは言ってもねえ・・・・」
また視線を外に戻す。
そのまま・・・背後の視線を気にしなければ、平穏に時間が経った。
「・・・これほど静かにすごせた夜会も久しぶりだな。」
レイヴが、ポツリとつぶやく。
「・・・・・・虫除けは、役に立ってる?」
「・・・ああ。・・・今度もまた、頼みたい。」
「ん、いいよ、これぐらいなら。適当に服着て立ってるだけでいいんだし。」
くるり、とすそをつまんで一回り・・・
と。
「あ。」
ホールを一瞬見た時に、客の一人と目が合ってしまった。
ほとんど反射で、目礼した・・・のはいいのだが。
「・・・・・?」
「・・・・・いや・・・大丈夫。」
・・・なんか、見覚えある顔だったな・・・
また、手すりにもたれて外を見る。
と、背後から人の気配。
「こんばんは、ヴィンセルラス卿。いい夜をお過ごしのようですね。」
・・・!?
声に聞き覚えがあった。力いっぱい。
力いっぱい振り向くと・・・やはりというかなんと言うか、シーヴァスだった。
「・・・こんばんは。」
「・・・シーヴァス・・・来ていたのか・・・」
脱力した感じのレイヴの声。
「来ていたのかとはご挨拶だな。なぜ私が来ないと思っていたんだ?」
「・・・。」
・・・それは、確かにそうなのだが。
「ウィルもだぞ。居たなら私に声をかけてくれても良かっただろうに。」
「いると思ってなかったんだよ。それに生憎、今日はレイヴのとこから離れる気はないから。」
分かってても行かなかったさ・・・と手を振って答える。
「やれやれ、折角の美人だというのに・・・随分とつれないんだな。」
「何とでもどうぞ。
今日の私は『虫除け』なんだから。レイヴの傍に居ないと役に立たない。」
「虫除け・・・?」
と、シーヴァスはふいに笑い出した。
「・・・・・何がおかしい。」
「ああ、その虫除けとやらは、効き過ぎる位効いていたぞ。
『あの堅物の騎士団長殿が恋人と二人の世界に居る』ってな。」
恋人と二人の世界。
「へえ・・・どこからそんな事になったんだろうね。」
「・・・・噂には尾ひれがつくものだ。」
「文字通り見つめあってたらしいじゃないか?」
笑い声と一緒に、からかいも混じる。
「別にそういうわけじゃないさ。
声出してボロ出たらどうしようもないし。レイヴ基本的に喋らないし。」
「・・・・・・・」
沈黙は、果たして肯定なのか否定なのか。
「それだけで、寄ってくる人間を撃退するんだから大したものだな。」
「結果オーライだよね?」
レイヴのほうを振り返る。
「・・・・・ああ。
おかげで、今日は・・・・・静かだった。」
彼は、静かに頷いた。
「だってさ。私も役に立ってるみたい。」
「らしいな。
さて・・・それでは、私の役にも立ってもらおうか。」
と、手が差し出された。
「どういう事?」
聞き返すと、シーヴァスはにっこりと微笑んだ。
「一曲踊ってもらえないかな、美人さん?」
日頃、これで落ちない女性は居ない・・・のは知っているのだが。
・・・なんだ。
いかんせん、そういうことに興味はなかった。
「やだ。今日はレイヴと一緒に居なくっちゃ。」
手をパタパタと振って断る。
「・・・つれないな。私はこんなに君のことを思っているのに。」
「はいはい、そりゃどうも。でも、だめ。今日の私は虫除けなんだから。」
こういう事には、あくまでも毅然とそっけなく、真に受けずに。
・・・真に受けて、恥をかくのは自分なのだから。
シーヴァスは、出した手を引っ込めて顎へ持っていった。
「ふむ・・・そこまでつれなくされると、逆にどうあっても誘いたくなるものだが?」
「だめなものはだめ。」
ふるふると再び手を振って断る。
「ふーむ・・・・こういうのはどうだ?
『今度の依頼受けないでいいのか?』とね。」
いたずらを思いついた子供のような・・・と言う形容がぴったりのその表情。
「・・・・・それって、脅迫なんじゃない?」
内容は、かなりえげつないと思う。
「私は本気だ。さあ、どうする?」
勝ち誇った笑顔。
そして、それに対抗する術は・・・残念ながら思いつかなかった。
こういうときには、知り合いに頼むもの。
「レイヴ・・・・シーヴァスを止めてくれない?
これはさすがに困るんだけど・・・・」
レイヴのほうを振り返る。
意思はきれいに通じたらしい。
「・・・・・ふざけるのも大概にしろ。もしくは別の機会にやってくれ。」
しかし。
「嫌だ。これはお前には関係ない。
さて、どうするのかな、美人さん?」
レイヴの憮然とした態度も、付き合いの長い友人には通じなかったらしい。
「レイヴ・・・・
私、世界平和には代えられないんだけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙の中には、今度は諦めが浮かぶ。
・・・仕方ないか。
「・・・仕方ないね。1曲だけだよ?」
一つ息をついて、手を差し出す。
「物分りが良くなったな。」
シーヴァスは、笑顔で手を取った。
「脅迫に屈しただけだって。ほら、さっさと行こう。」
その笑顔をもうひとつのため息で迎えつつ、ウィルは先にたって歩き出したのだった。
でも、彼でシリアスだったりラブだったりを考えようとすると思考が止まってたんですよね。
今でも止まるだろうなあ・・・。