「テツロー、いるー?」
「ちょっとまってくれ」
奥から声がする。
「お、マナみじゃねえか!久しぶりだな。」
奥の方の机には紙がいっぱい重なっていて、テツローはそこから出てきていた。
ちょっと見ないうちに謎の貫禄が付いた気がする。
「はろー」
手を挙げて挨拶すると、今度はテツローは目を真ん丸にした。
「宇佐見ちゃんも一緒なのか!?何があったん!?」
「こづかくんをさがしているの てつろーはしらない?」
聞いた傍からマナみが頷く。
「紹介料期待してるね」
「いやこれどう見てもただ働きフラグだし!
でも俺は探偵だから!探偵的な依頼だったらやったります!人探しね!」
テツローは宇佐見と目を合わせる。宇佐見はそうよ、と頷いた。
「たんていってたよりになるのね てゆうか てつろー ほんとうにたんていやってたのね」
「アマシロさんがいくらか仕事残してたからな、それだけは片付けようと思ってさ。まあ新規依頼もあればやるけど。」
その脇でマナみが裏声で茶化す。
「キャーテツローカッコイー」
「紹介料は考えさせて!」
「チッ」
「チッじゃない!」
流れるような応酬に、なんだか一緒に居た時間の長さを感じてしまう。
「それでね宇佐見ちゃん、狐塚くんがどこにいるかって話なんだけど、まずは情報を集めなきゃいけません」
こほん、と咳払いしてテツローは宇佐見に向き直った。
「ほう」
「そいで、情報を集めるにはいろんなところに行って話を聞くのがいいんだけど、今その道具がないんだよね。具体的にはマンホールの蓋。」
「まんほーるのふた?」
聞き返す横で、マナみが目を見開く。
「今どこにあるの?テツローが預かってたじゃん」
「ピー子が持ってるんだよな」
ちょっと届け物に行ってる、とテツローは言う。
「なんだ、それならすぐ帰ってくるね」
「だといいんだが、まだ帰ってこないんだよな。
普通なら昨日のうちに帰ってきてるはずなのに、どこに行ったんだか……」
困ったような顔には、心配が少しにじんでいる。
「ピー子はどこ行ったの?」
「冬の国と月の国。」
月の国は来た道だ。迎えに行くのは無理だろう。
「じゃあ さがせないの?」
聞くと、テツローは首を振った。
「いやいや、マンホールの蓋がなくても出来ることは有るからな。
鉄の国はそこそこ大きいし、まずは聞き込みからだ。いろんな人に聞くことで、狐塚の耳にも届くかもしれないし。
宇佐見ちゃんも手伝ってくれる?」
テツローはそう言って手を差し出す。
「もちろんよ れっつごーだわ」
宇佐見はその手をぎゅっと握った。
「さりげなく手を握っている……やるな」
「そういうんじゃねーよ!!」
聞き込み場所は多岐にわたった。
公園や町はともかく、裏通り、VVVE、と来ると、宇佐見が見たことのない場所ばかりだ。
今は謎の料理人の集う暗黒闇包丁会という所に居るらしい。今のところ、あまり良い手がかりはないが、ただただおいしそうな匂いはしている。甘いデザートも、いぶし銀の技の光る茶碗蒸しも、とても魅惑的だ。
「よく こんなばしょ しってるのね」
コックに聞きこむ間に宇佐見が半分呆れて言うと、テツローは人差し指で頭をひっかいた。
「まあ成り行きで。」
その隣でうむ、とマナみが頷く。
「テッちゃんはそのせいで私にティラミスタワーを作りたくなる呪いに掛かっているからね。」
マナみの視線の先は、購入コーナーに鎮座するおいしそうなティラミスタワーだ。
「なんだよその呪い!」
「それは いいのろいだわ きっとしゅくふくだわ わたしにも つくってほしいわ」
宇佐見も目を輝かせた。
「今は!聞き込みです!狐塚くんとティラミスどっちが大事なの!?」
「ティラミスだね」
マナみは即答するが、宇佐見は即答はできなかった。
「……ど、どっちもだいじだわ」
ティラミスはおいしそうに見えるが、今は聞き込みをするべき時なのだ。
「ひとをさがしているの」
とてて、と近くにいる赤い服にひげのコックというか配管工に声をかける。
「あかいきもので きつねのおめんの おとこのこ みなかった?
なにか きいたはなし でもいいわ」
男は少し首を傾げ、そして横に振る。
「知らないな、だが」
「だが?」
聞き返すと、男はおう、と頷いた。
「キノコ採りに行った先に新入りが来たって話は聞いたよ。あんなところに住むなんてすごい根性だが。」
もしかしたら、という期待がきゅっとせりあがって、宇佐見は距離を詰めた。
「いつ? どこなの?」
「おっと。つい最近だな。場所はカブパコヌ焦原の奥だ。
私はキノコのためなら命を懸けられるからな。」
「かぶぱこぬ しょうげん」
地名をくりかえして、覚える。どこにあるかは知らないが、きっと手掛かりになるだろう。
「ありがとう おじさん いいはなしきけて よかったわ」
「それならばよかった。みつかるといいね」
コックの聞き込みを終えて、次のターゲットを探す。しかし、見渡す目線の先では、テツローとマナみがこっちへ来いと手を振っていた。
「ききこみ おわったの」
「おう。探偵局で整理するから一旦出ようぜ」
テツローは言いながら踵を返す。
「ほかのばしょ ないの」
「鉄の国はここが最後だよ。」
マナみもそう言ってテツローに並ぶ。宇佐見もその隣にきゅっと並んだ。
「チキチキ!鉄の国聞き込み結果ー!」
テツローは探偵局のテーブルにメモをとんと置いた。
「おー どんどんぱふぱふ」
「ありがとう宇佐見ちゃん。それじゃあ整理するけどね、狐塚はもともと鉄の国に居たんだと。
ある時から姿を見せなくなったけど、その時期は月が浮上する前の話。だからこれは置いておく」
そういいながらメモを一つ、机に置く。
「こづかくんは ここのひとだったの」
「流れてきたって話だけどな。まあ普通にふ……おっと。
じゃあ次。灰色の男たちが居なくなった頃に、この辺で狐塚の姿を見た人がいた。」
こほん、と咳払いをしてテツローは続ける。その向かいでマナみが目を丸くする。
「怪我治ったんだね。」
「絆創膏が効いたのかもな」
「それで?!」
話をせかすと、テツローはうん、と頷いて先を続ける。
「またふらっと居なくなって、ここのところは見た人はいないらしい」
「どこいったのかしら」
言うと、テツローは困ったように首を振った。
「俺が聞いためぼしい情報は以上だよ。マナみは何か聞いたか?」
「うんにゃ。狐塚がここの出身だったみたいなのは聞いたけど、最近見ないねってさ。
宇佐見は何か聞いた?」
マナみがこちらを向く。宇佐見はこくりと頷いた。
「かぶぱこぬ しょうげんのおくに さいきんだれかすみついたって きのことりのおじさんがいってたわ
こんじょうあるって」
どこにあるかはしらないわ、と宇佐見が言うと、テツローとマナみは顔を見合わせて眉間にしわを寄せていた。
「カブパコヌ焦原の奥……?」
「そりゃ根性あるな……」
ううーん、と二人は顔を曇らせる。
「とおいの?」
聞くとテツローはいんや、と首を振る。
「遠くはないよ。遠くはないんだが」
「めっちゃ危険なんだよ」
「こづかくんかな」
言うと、マナみはうーん、と首を傾げた。
「……狐塚がそんな場所に行く理由は……特にないと思う」
「身を隠すにしてももう少しましな場所が有ると思うぜ」
うん、とテツローも頷く。
「どんなばしょなの」
「よくわからんが絶えず爆撃されるんで、奥につく頃にはボロッボロになっちまうんだ」
あの時は大変だった、とテツローはふっと遠い目をした。それを眺めて、マナみはうん?と首をかしげる。
「焦原の先ってことは幼き記憶の家?」
「ああ、あそこか……あそこは安全といえば安全だな あり得なくはないか。
確かマンホールがつながってたはずだ。ピー子が帰ってくればいけるんだが……そうだ」
テツローは宇佐見の方を見た。
「少し遠出しよう。浜辺のバザールで買い出しと聞き込みだ。
人が多いし焦原も近いから、何か話が聞けるかもしれない。行けるか?」
「がってんしょうちだわ」
はまべ。ばざーる。なんだかとても賑やかで、とても……バカンスの匂いがする言葉だ。
「れっつぱーりぃだわ」
「うーん、確かにあそこはなんとなくバカンス気分になるな」
「日差し強いんだよね。帽子持っていこうかな」
マナみは、荷物からひょいと帽子を取り出す。
「じゃあ行くかあ。行きがけにちょっとだけ食料とか補給していこう」
「おー」
道中は、マナみと二人の時よりさらに楽になった。
テツローはもともと面倒見がいいらしく、何くれとなく気にかけてくれるし、片手に持った謎の剣で素早く敵を殴っている。マナみの魔法と組み合わせると、自分の出番はなくなってしまいそうな勢いだ。
「ふたりとも たびなれているのね」
現在地は砂地の多い街道。魔物を蹴散らしたテツローは、ぱんぱんと砂埃を払いながらこともなげに言う。
「そこそこいっぱい回ったからな。依頼でいろんなとこ行くし。」
ふよんふよんと箒に乗りながら、マナみは涼しい顔であたりを見回している。
「今日は盗賊もいないみたいだね」
「キャンディはお預けか」
キャンディと盗賊の間に何があるのかはわからないが、盗賊なんて会わない方がいいのではないだろうか。
「まあ平和が一番かあ」
そんな話をしながら砂地の峠を越えると、広くて真っ青な海が見えた。
月の国の海とは違って、明るいバカンスの海。真っ青な空に白い入道雲、海の近くにはテントの立ち並ぶバザールが見え、はずれには遺跡のようなお城も見える。
そして、……日差しが結構強い。キラキラきらめく海はとてもきれいなのだが。
「まぶしいわ」
「いつ来ても常夏って感じだね」
「だが、バザールの品ぞろえは確かだからな。」
バザールに近づくと、威勢のいい声がたくさん聞こえてきた。売る声買う声、客寄せの声。
「果物買って」
「月見団子も忘れない」
「みずも ひつよう」
買うものを相談しながら歩いていく。
「あと、聞き込みも忘れるなよ。言った通り、ここは人の出入り多いし焦原にも近いから」
「もちろんだわ」
わいわいと賑やかなバザールを見渡す。くまなく聞くのは難しいかもしれないが、なるべく情報はほしい。
手始めに人込みの中を歩く男に声をかける。
「ちょっといいかしら あかいきものできつねのおめんのおとこのこをさがしているの
みたことないかしら?」
声をかけると、男はうん、と足を止めた。振り向いた顔は日に焼けていて屈強だ。
「赤い着物で狐のお面?しらないねえ。ここでは見てないよ」
「そう ありがとう
そうだ しょうげんのおくに さいきんすみついたひとがいるってはなしをきいたわ きいたことはない?」
問うと、男は目を丸くする。そして噴出した。
「しょうげん……焦原!?はははは、そんな奴のことは聞いたことないよ。どれだけ屈強なんだ。」
「くっきょうなの?」
ああ、と男は頷く。
「うさぎのお嬢さん、焦原は危ないからね、絶対に足を踏み入れちゃだめだけど……そういえば焦原の方から来たやつは見たな。どうやって来たのかは知らないけど」
そういえば、という男に、思わず耳がぴんと立った。
「誰?」
「ほら、あっちにいる あの二人連れ」
人ごみから少し離れたところに、確かに二人いる。危険な場所から来た割に、二人が着ているものはバカンス気分のアロハにリゾート気分のワンピースだ。
これはもう本格的に違うような気がしたが、それでも手掛かりはほしい。だから、男に礼を言うと、宇佐見はその二人の方に足を向けたのだった。
「ちょっといいかしら ひとをさがしているの」
海を眺めている二人に声をかけると、アロハの男とワンピースの女は同時にこちらを振り返った。
その顔に思い切り見覚えがあって、思わず次の言葉が消える。それはあちらも同じだったらしく、目を丸くした男は一瞬止まってそのまま逃げようとした。
それを見てはっと我にかえる。
「まちなさい たんてい!!なんでにげるの!?」
声を上げてアロハをぎゅうっと掴むと、探偵がつんのめる。それを華麗に避けるワンピースの女は、間違いなく探偵の助手だ。
久しぶりに見た探偵アマシロとイトマキは、相変わらずのようだった。
「いや、その、ハハハハ……久しぶりだね。宇佐見君はなんでこんなところに?」
ひきつりつつも笑ってこちらを向くアマシロに、宇佐見は一つ頷いて続ける。
「ひとをさがしているわ
こづかくんをみなかった? あかいきもので きつねのおめんのおとこのこよ」
「狐塚君?いや見てないね……というか離してくれないか」
掴んだ裾をちょいちょいひっぱるアマシロに抵抗して、ぎゅっと掴みなおす。
「いやよ あなたはてをはなしたら いなくなるけはいがするわ ぜったいにげるわ
ようじがすむまでつかまえとくのがかしこいのよ」
「まあその通りですね。すぐ逃げるしすぐ引きこもるし、手のかかる人です。」
うんうん、とイトマキも頷いている。
「イトマキ君……」
アマシロは情けない顔でへちょんと項垂れた。
「もうひとつきくわ しょうげんのおくに さいきんすみついたひと しらないかしら
たんていたちは しょうげんからきたって さっききいたわ ぜったいなにか」
聞いている途中で、アマシロは横に吹っ飛んで倒れた。当然のようにアロハを掴んでいた手も離れてしまう。
「アマシロさん!!なんでこんなとこにいるんだよ!!」
アマシロを吹っ飛ばし……もとい横から突き飛ばして押し倒したのはテツローだった。
「あら……見つかっちゃいましたね」
イトマキは涼しい顔で二人を見下ろしている。アマシロを押し倒したテツローは起き上がる様子はない。
「あー……テツロー君、久しぶりだね……元気そうでよかったよ」
アマシロは、気まずそうに眼をそらして、どいてくれ、というようにテツローの肩を叩く。
「久しぶり、じゃないでしょう!?」
テツローはぐ、と上半身を上げて、アマシロを怒鳴りつけた。
「俺、アマシロさん もう会えないかと思っ……アマシロさん、戻って よかっ……」
そのまま崩れ落ちてわあわあ泣いている。
「あー……参ったな。」
アマシロは困ったように、それでもテツローの頭を撫でている。
「心配かけるからです。引きこもってた期間が長すぎたんじゃないですか。連絡も入れないし。」
イトマキは涼しい顔で言うが、宇佐見としては全く状況が読めない。
「……なにがあったの」
「いろいろあったんだよ。なんかもう説明できないくらい色々。」
答えは脇から聞こえてきた。マナみがひょっこり顔を出す。
「アマシロさんもイトマキさんも、久しぶりだね。元気そうでよかった。」
「お久しぶりです、マナみさん。そちらも元気そうで。」
イトマキはにこっと微笑む。
「どこにいたのか聞いてもいい?」
「それは秘密……と言いたいところですが、アマシロさんの口が割れるのが早そうですね。」
目線の先では、いつの間にか身を起こしたアマシロがテツローに詰め寄られている。
「今までどこいたんだよ」
テツローは、アマシロの腕を極めるようにぐい、と握って、絶対逃がさない構えだ。
「いやあ……あの後その……なんか気恥ずかしいから勘弁して」
「どこにいたんだよ!?」
「うえええっとだなあ……」
困ったようにアマシロはイトマキの方を見るが、イトマキは諦めろというように微笑むだけだ。
「……幼き記憶の家だよ。怪我が治るまで」
「怪我が治っても自分の役割は終わったんだ人前に出るべきではないってダダ捏ねて出てこなかったんですけどね」
イトマキがニコリと微笑む。
「しょうげんのおくにすみついた こんじょうのあるひとは」
「アンタたちだったのか……」
マナみと顔を見合わせ、ふわあと息をつく。
「そうですね。幼き記憶の家の新入りという意味なら私たちでしょう。」
「一つ聞いていい?そんな嫌がってたのになんで出て来たの?」
マナみが聞くと、イトマキは困ったように微笑んで、うーん、と中空に視線をさ迷わせる。
「あのままだと錆びる気がしたので」
「……なんとなくわかる ような」
マナみはアマシロたちの方に顔を向ける。
ただ、イトマキはそちらには意識をむけずにふふ、と微笑んだだけだった。
アマシロとテツローはいつの間にやら立ち上がって一般常識的な距離を取っている。
もう逃げない、と判断したらしい。まあ押し倒したままでは話もしにくいだろう。
「アマシロさん、鉄の国に戻らないのか?」
テツローはアマシロを見上げる。しかし、アマシロは困り切った顔で首を横に振った。
「勘弁してくれ。
私はこれでも、君たちを筆頭にあまり顔向けできない相手が多すぎるんでね。
しばらくは浜辺でバカンスさせてもらうよ」
「全く無計画極まりない。」
イトマキはそれを眺めながらいつものように微笑んで言い捨てる。呆れがにじむ言葉は正直怖い。だが、そのあとこちらに向いた表情はそれよりも少し優しかった。
「実はピー子さんに言付けを頼んでいるんです。それ次第ですね。」
唐突に出て来た知った名前に、マナみとテツローは声を上げる。
「ピー子?!」
「ピー子に会ったのか!?」
食いつくようなテツローをいなすように、イトマキは言葉を続ける。
「会ってませんよ。アマシロさん意地でも人前に出たがりませんでしたし、私が接触することすら警戒していたようですし。」
言葉に小さなとげが混じる。アマシロが少し気まずそうに眼をそらす。
「でも、幼き記憶の家にはマンホールがあるでしょう?
あの近くに手紙を置いていたら、多分ピー子さんは喜んで届けてくれるはずです。」
「さくしだわ」
こちらに向けて、にこ、と笑うが、何か色々見透かされているような気がして、少し怖いと感じた。
テツローが眉を顰める。
「ピー子のやつ、幼き記憶の家にちょいちょい行ってたのか?」
イトマキは、ええ、と頷く。アマシロもそうだね、と頷いた。
「結構な頻度で来ていたよ。お師匠さんかな、あの人の物語を眺めていたようだ。」
ピー子に師匠がいたのは初耳だが、テツローとマナみはそれで察したらしい。
「もしかしてピー子が帰ってきてないのは」
「そのせいだろうな。イトマキさん、その言付け先はどこか聞いても?」
イトマキは少し考えたようだが、どのみちピー子から言われると踏んだらしい。
「空に浮かぶ月。Dr.チキンヘッドの所です。」
あっさりと答える。
「とりのおやじのところなの
ていうかなんでそこに とりのおやじがいるって しってるの」
「うふふ、それは秘密ですね」
すっと目をやるのは空に浮かぶ月の方角だ。明るい太陽にかき消されて今はあまりよく見えないが、いつからかずっと花火が上がっている不思議な月。
……こづかくんと たのしくすごしていたばしょ たぶんいままでで いちばん たのしかったばしょ
一緒に花火を見ることができたら、どんなに幸せかな、とふと思う。
マナみとテツローはそんな宇佐見を横に、現実的な話を進めていた。
「ルートとしては鉄の国の方に一度戻ってから飛行船が楽だけど」
「マンホールの蓋持ってたらあいつのことだ、そのままミルキーウェイに直行しただろうな。
もし飛行船で月に行ったとしても、帰りはどのみちミルキーウェイ経由だから時間はかかる」
はあ、とため息をついて、テツローは空を見上げる。まぶしい太陽で見えない月を探すかのように。
「迎えに行こう。ミルキーウェイで行き倒れてなきゃいいけど」
マナみがテツローに言うと、テツローも頷いた。
「そうだな。
宇佐見ちゃん、ちょっと付き合ってもらえるか」
言いながら、宇佐見の方に向き直る。
「もちろんだわ ぴーこがいないと はじまらないもの」
宇佐見の方にも否はなかった。
「飛行船のチケットを買わないとね」
マナみは行商人の姿を探し始める。テツローはアマシロの方を見上げた。少しだけ縋るようにその名前を呼ぶ。
「アマシロさんたちは」
「一緒に来てほしいのかい?だが、それはせっかくの言付けを無にしてしまうな。」
最後まで言わせず、アマシロは首を横に振った。隣でイトマキが冷たく息をつく。
「言付けしたのは私ですけど。」
すっと目をそらしたアマシロをよそに、イトマキはこちらに向き直る。
「チキンヘッド博士の返事は多少時間が掛かるでしょう。狐塚さんのこともありますし、ここは手分けしませんか?」
「きょうりょくしてくれるの?」
目を丸くすると、イトマキは温和に微笑んだ。
「はい。私たちは南から行きましょうか」
「おーいイトマキ君、勝手に」
アマシロの言葉は意にも介さず、イトマキは話を続ける。
「あと、これは持ってますか?」
カバンから取り出したのは何か四角い遺産だ。テツローの表情が変わる。
「声をつなぐ遺産?」
「はい。」
「おーいイトマキ君!?」
慌てるアマシロの声はガン無視して、イトマキは微笑む。
「持ってるけど……これ壊れてたんじゃなかったのか?」
テツローは片割れをカバンから引っ張り出した。
「アマシロさんはどうせ出ないでしょうから私が預かっておきます。
なにかあったら連絡ください。」
イトマキが遺産によろしくおねがいします と、声をかけると、テツローのもつ遺産からよろしくおねがいします、と声がする。
「ありがとうございます」
テツローが遺産に話しかけた言葉は、イトマキのもつ遺産からもしっかり音がきこえていた。
「……壊れてなかったんだ。」
ぎゅっと遺産を握るテツローの声は、安心したようで、少しうれしそうに見える。
「もちろん。」
その向こうでアマシロがすっと目をそらしたのが見えた。
「たんていは めをそらしてばかりね なにがそんなにきまずいの?」
言うと、アマシロは困ったようにこちらに向き直る。
「在りし日の傷が疼くのさ」
「なおせばいいじゃない」
「簡単に言うがね」
もごもごいうアマシロの隣で、イトマキが微笑む。
「この人は、まだ自分の行動と気持ちに整理がついてないんですよ。
だから謝ることも開き直ることも押し通すことも出来なくて目をそらしてばかりなんです」
「かたづけがへたなのね」
「そんなところです」
「時間が解決するさ」
肩をすくめるイトマキの横で、アマシロはかっこよく遠い目をしてみせる。
「じぶんでいうことなの それ」
「……」
アマシロはかっこよく遠い目をしたまま固まった。やがて、えへん、と咳ばらいをすると宇佐見に向き直る。
「宇佐見君。イトマキ君が勝手に受けてしまったから、一応協力はするが……
狐塚君を見つけてどうするつもりだ?彼がそれだけずっと姿を見せないということは、会う意思がない、いや、会いたくないということじゃないのか?」
狐塚くんが、自分に、会いたくない。待っていても戻ってこない気はしていたが、会いたくないから、なんて発想は完全に抜けていた。ぽかんとしていると、マナみが反論する。
「ちょっと探偵、その言い方はないんじゃない?」
「八つ当たりですか?見苦しい。」
イトマキの声もかなりきつい。だが、それで少しぽかんとした状態からは脱せた。
いつか会いたい。その気持ちの最初は、変わっていない。
「わたしは あって おれいがいいたいの
くすりをありがとう って それだけ あとはあとでかんがえるわ」
「ふむ、そうか。実にシンプルなんだね。」
「狐塚さんも不器用な人なんでしょう。
この人は時間が解決するなんて言いますけど、探してひっぱたくなり文句を言うなりした方が効率的ですからね。」
全面的に応援します、とイトマキは微笑んだ。
「それでは、そういうことで。私たちはそろそろ行きますね。
テツロー君、何かあったら連絡してください。」
話を振られたテツローが頷く。
「わかりました、イトマキさん。
アマシロさんも……そのなんっていうか」
もごもごと言葉の続かないテツローに、アマシロは少し困ったように、それでも先達の顔をする。
「テツロー君。……すまないが、今は少し時間が欲しい。だが、いつか、きちんと話せるようにしたい。
君さえよければ、いつか、またちゃんと話そう。」
今、私が生きている事にはきっと意味がある、と思いたいから。
その言葉を聞いて、テツローは、はい、とはっきり頷いた。
「わかりました。約束ですよ。」
「もちろんだ」
バザールの日差しはバカンス向けで相変わらずまぶしい。
だがその日差しは少し傾いて、影の長さも少しずつ長くなっていた。
バザールでアマシロたちと別れた後、いくらか買い物をして、宇佐見たちは鉄の国に引き返すことになった。
「テツロー、顔が明るくなったね」
「そうか?」
途中キャンプの焚火のそばで、マナみとテツローはそんな話をしている。
「探偵に会えてよかった?」
「……うん。」
こっくり頷いたテツローはそういって表情をやわらげた。
「たんていと なにがあったの?」
「アマシロさんは……」
テツローは、少し考えて、息をつく。
「なんであんなことになったかな、って思ってたんだけどな。
あの人にとってはきっと、俺を拾った事の方が、なんでこうなったんだって事だったんだろうな。」
「たんていは てつろーがおもってたのと ちがうひとだったの」
「うんや。今日会ってやっぱり、アマシロさんは俺が知ってるアマシロさんだって思った。」
テツローの話は、いつもと全然違ってわかりにくい。首をかしげていると、マナみがふうと息をつく。
「探偵、少し前向きになってたとは思う」
テツローもうん、とうなづいた。
「だから俺もちょっとホッとした。」
「師匠思いだ」
くす、とマナみが笑う。
「てつろーは たんていがすきなのね」
言うと、テツローは目を丸くし、そして手をパタパタ振った。
「あのね、そのなんっつーか、家族とかそんな感じでね。
アマシロさんは俺の恩人なの。」
「ふむん。」
相槌だけ打つと、マナみが小さく肩をすくめる。
「納得してない顔だ。」
「なっとくしてなくはないわ ただ なにがあったのかはこたえてくれないのね」
マナみとテツローは顔を見合わせる。
「……なんか、ちゃんと話せる気がしないんだよな。」
「長くなるのは確実だね」
うん、と頷いて、テツローはこちらに向き直る。
「っつーわけで、秘密にしたいって訳じゃないんだが、勘弁してくれ。
下手な話し方して誤解されるのは嫌だし。」
ごめんな、というテツローは確かに他意も悪意も意地悪をしているわけでもないようだった。
「ことばがみつからないのね。てつろーもかたづけがへたなの」
「アマシロさんほどじゃないけど まあそんなところだ。
ほら、宇佐見ちゃん、そろそろ寝なよ。見張りは俺がしとくから。」
「じゃあお休み」
マナみは、さっと寝場所に行ってしまった。
「おやすみなさい きをつけるのよ」
「ありがとな」
寝場所にいって、マナみの近くに転がる。乾燥した土地柄のせいか、空には満点の星がきらめき、月の方では相変わらず花火が見えている。マナみは既に寝てしまったようで、体はゆっくり上下していた。
「おやすみなさい」
つぶやいて目を閉じる。昼間から歩いて話して歩いていたからだろう、疲れた体はあっという間に眠りに引きずり込まれていったのだった。