チョコの理由、クッキーの理由 8 〜3/14 兵庫〜

帰り道は、行きより少し落ち着いて歩けた。
冷静に考えてみれば、普段素直に接する事が出来ていないのは確かなのだ。
感謝も、兵庫として暮らすうちに芽生えてしまった想いも、全て冗談とノリと高飛車な態度で誤魔化していた。『神戸』が本気で誤魔化すのだから、普通の相手ならまず気付かなくても仕方ない。
自業自得。そんな言葉が頭をよぎった。でも、他にどうすればよかったというのだろう。家族なのだから同居歴百年超えなのだから、少しくらい意を汲めと言うのは甘えでしかなかったのだろうか。確かに、兵庫に来てからというもの、甘えるな、とは耳にタコができるくらい言われていたのだが。
……でも、それとこれとは関係ないと思ってもいいはずだ。
顔を上げる。見えてきた我が家には、まだ灯りがついていた。
夜も更けている。淡路はもとより、朝の早い但馬や丹波も寝ているはずの時間なのだが。
「ただいまー。」
戸をあけて、明かりの消えた廊下に小声で声を掛ける。
「……ああ、おかえり。」
ややあって返ってきたのは播磨の声だった。
反射的になんとなく、出掛けが思い出されて気まずくなる。
しかし、だからといって玄関先に立ち尽くすわけにも行かなかった。先を見れば、一箇所灯りの漏れている居間で、もぞもぞと気配がする。
「……。」
家に上がるには、少しだけ気合を必要とした。
居間に入る。寝巻き姿の播磨は丁度こちらに背を向け、書類を片付けているところだった。
「まだ起きとったん?」
かける言葉も硬くなる。
「ああ、もう寝るけど。」
返って来る言葉も気まずいようだった。
そして沈黙が落ちる。自分は立ったまま、播磨はコタツで書類を調えながらだ。
ややあって。
「……夕方は悪かった。」
ぼそ、と聞えた言葉にびくりとした。思わず耳を疑ったと言った方が正しいかもしれない。
「……え、えらい素直やん。」
言葉が引っかかった。反射的に動揺を隠すべく次の言葉を引っ張り出す。
「わけわからんのに謝る気になるってどういうこと?」
しかし、引っ張り出した言葉は、上から目線のつっけんどんなものに変わり果てていた。
違う。こんな言い方をするつもりではなかったのに。
それに、こんな言い方をすると、播磨はほぼ確実に噛み付いてくる。それでは何にもならない。亀裂が入って、また泣いて気まずくなっておしまいだ。
しかし、播磨は一つ息をついただけだった。
「とりあえず俺は謝ったからな。おやすみ。」
ぱちりとコタツの電源を切り、播磨はさっさと立ち上がる。
目をあわせようともせず、ずかずかとこちらに向かって……そして、すれ違い様にごつい手が顔面に押し当てられた。
「なっ!?」
違う、何かを押し付けられたのだ。
「ちょ、播磨!?」
播磨はそのまま何も言わず、振り返りもせず部屋に戻っていった。
反射的に捕まえてしまった『何か』に目を落とすと、皮製の小さな飴玉が目に入る。余り皮で作ったと思しき飴玉はストラップになっていて、シンプルながらも中々可愛らしい。
これは一体、と播磨が消えた暗い廊下の奥と飴玉を見比べて、はたと思い当たった。
……夕方に請求していたトリュフ分。
答えが出ると同時に、神戸は播磨を追って駆け出していた。


「はり」
部屋の前で呼びかけた瞬間、口をぐいと押さえられた。
「アホ!他の奴ら皆寝とるんやで、静かにせえ!」
囁き声の口調は強い。こくこくと頷くと、口を押さえている手が離れる。
「……これ、何?もしかして」
「ああ、夕方騒いどった奴や。今日のところは折れといてやる。」
わかったらさっさと行けや、と片手で追い払うようにして部屋を開ける。その腕を無理やり捕まえた。
「何どい」
薄暗くて表情は見えない。ただ、声は面倒くささをにじませていた。でも、最低ラインより怖くはない。まだ、言うべきを言うだけの余地はある。
「……ありがとう。どういう心境の変化なん?」
「別に。面倒になっただけや。」
ふい、と手を振り払われた。
「全く。あんなん作るな、こっちは迷惑やで。」
捨て台詞のように部屋に消えかける播磨を、腕を掴んでぐいと引き戻す。
「……なんで?」
平常心で返したつもりだったのに、声は無駄に震えていた。
「毎度お返しせびられるの面倒やしな。
 けど、夜中まで掛かってるの知ってたらお返しせえへん訳にもいかんやんけ、馬鹿馬鹿しい。」
面倒さと迷惑さを前面に出そうとした割には、何かおかしい。それが引っかかって、気持ちはすぐに冷静になった。
「それだけ?」
尋ねると、播磨はむぐっと押し黙る。
「……あんなん、出来合いで十分やろ。なんであんな一生懸命作るんや。」
少し怒ったような口調も、もう全然怖くなかった。
「まごころに決まっとう。」
軽く返すと、即ツッコミが入る。
「嘘つけ、下心しかあらへんやんか。」
「アホ、下心だけであんなん作れるわけあらへんで。」
そこまで言ってしまって、あ、と口を押さえた。トップシークレットは関西ノリであっさりぽんと出てきてしまって、先が続かない。
え、と播磨が声を漏らし、……そして、気まずすぎる沈黙が落ちた。
「……あ、のな。」
耐え切れずに口を開く。
「……な、なんや。」
播磨もぎこちなく返事を返した。
そしてまた沈黙。
なんとか事態を打開しなければ。頭は打開策を求めてグルグル回る。

『ついでに、お前だけが特別だって解らせてやれ。』

しかし、引っ張り出せたのは、破れかぶれにしか働かないアドバイスだった。
でも、と思う。ここまで妙な空気になったら、どんな方向誤魔化し方をしたって明日普通に顔をあわせるのは厳しい。でも、確実に顔をあわせなければならない。何せ自分たちは家族なのだから。
「う、うちは、やめへんで。」
言って、なんとか顔を上げる。暗がりでも表情がわかる至近距離。播磨はどうやら当惑しているらしい。でも、ここまできたら、どうとでもなれだ。
「あんたが確実に笑ってくれるのお菓子渡した時くらいやもの。」
「そら何年前の」
「いつもそうやん。うちが何やっても渋い顔ばっかり。」
言い返す言葉もさくっとさえぎる。
「伝わる手段がそれしかあらへんなら、うちはそれに全力投球する。年に一回、あんたが素直に喜んでくれる方法でな。
 うちは、あんたが笑った顔が見たいん。うちの手であんたを笑わせてみたいんや。
 うちは……」
しかし、言葉はここで途切れた。最後にまだ残っていた理性は、これ以上感情に任せると、自分の家族が壊れるぞ、と、頭の後ろを凍らせる。
そして、自分にはまだ、家族ともうひとつを天秤にかける勇気すらなかった。
ふ、と息をつく。
「……人が素直に感謝するってゆうてる時くらいさせてや。
 そして、あんたはそれに心底感動して、その分素直に返してくれたらええの。」
自分勝手な言い分は、何とかごまかしに使えただろうか。播磨は押し黙ったままだ。
やがて。
「……随分勝手な言い分やな。まるで感謝の押し売りや。」
「押し売りでもせんと買ってくれへんやん。」
何とか軽口に持っていけただろうか。播磨が深々と息をつく。
「……全く。」
掴んでいた手は、よいせ、と離された。
「そこまで言うなら勝手にせえ。寝不足でクマ作って大騒ぎしても俺は知らへんけどな。」
敗北宣言とも取れる投げやりな声。
「お休み。お前もさっさと寝ぇや。」
がさ、と大きな手が頭を撫でた。
え、と固まっているうちに、ぽいっと腕ごと押し出されて、ぱたんと部屋の戸が閉まる。
呆然としていたのは、一秒だったか一分だったか一時間だったか。
「……おやすみ。」
ぽつん、と戸に声を掛けて、神戸はふらりと部屋へ向かった。


寝支度を済ませて寝室に戻る。灯りをつけると、それに反応したのか、淡路がもぞもぞと寝返りを打った。
「ああ、ごめんな。すぐ消すから。」
本格的に起こさないように、戸を閉めて、慌てて電気を消す。
しかし淡路は、ふああと小さく欠伸をした。
「播磨とは仲直り出来たん?」
開口一番のその質問に、ぎょっとして淡路の方に向き直る。
「……なんで知っとおの?」
「夕飯の時に聞いたわー。播磨、頬赤くしてたから誤魔化せへんかってん。」
丹波と但馬が結託して一部始終聞きだしたのだという。
「まあ、あれは間違いなく播磨が悪いなあ。
 ちゃんと謝るように言っといたけど、……その分だと謝ったみたいやな?」
そういえば確かに、播磨は『俺は謝ったからな』と言っていた。なるほど、と妙なところで納得する。多分恐らく丹波と但馬とここに居る淡路の三人に集中攻撃されたに違いない。あの様子だと多分コテンパンに、だ。
「うん、まあ……な。」
様子が一瞬で想像できて、思わず小さな笑いが漏れる。
淡路はそんなこちらを見て、けどなあ、と息をついた。
「けどな、神戸。夜中まで作業するのはやめとき。皆心配してたで。そこまでする事あらへんって。」
うちも心配。
そう言うと、ころころと転がって、神戸の胸にくっつく。淡路にまで言われると流石に反省する気も出てくるというものだ。小さな淡路を、ごめんな、と抱きとめる。
「播磨もな、夜中に神戸が作業してたのえらい気にしてたで?」
少々意外とも取れるその言葉も、いつもなら信じられないその事も、今はなんとなく納得できた。さっきの怒ったような言葉の端々に滲んでいた、妙に安心する感情の正体は、きっとそれだったのだ。
「うん、それはなんとなくわかるわ。」
言うと、淡路はホッとしたように息をついた。
「ほんならええけど。」
反省せえ、と頭を預けられる。
うんうん、と抱きしめると、淡路は「おやすみ」と安心したように目を閉じた。
だから、自分もおやすみ、と目を閉じる。


間違っても素直でない態度のおかげで、播磨の真意は取りにくい。神戸にしてみれば、まだ言動の全てに翻訳が必要だ。
だが、気持ちは間違いなくそこにある。
彼の本質は、情が深くて、怒りながらでも最後まで面倒を見てくれるお人よし。

だから、誰よりも惹かれるのだ。

撫でられた頭に感じるのは、ふわりとした暖かさ。
望むのは、いつか気持ちが通じる事。皆と笑いあえて、大好きな家族が居て、隣に想う人が居る、そんな甘い夢。
それはまだ遠い先の事だろう。
……でも、いつか、きっと。時間は幸いたっぷりあるのだ。



ここまで読んでくださってありがとうございました&お疲れ様でした。

ちょっと連作短編風味。これなら長い話書けるかなあという挑戦再び。去年まじめに書いたら、その後の彼らが気になりまして、よし書くぞーっと……思い立ったはいいんですが、結果2ヶ月これに掛かりきる事になりました。
今何月だよ4月だよ!ってことで、盛大に季節外れです。おまけに長々しいです。長々しすぎて途中で方言調べるの放り出したので、間違いだらけの予感です、済みません。
播磨さんと神戸さんは多分一気に進展できないで、亀の歩みで近寄って、そろりそろりと一緒に歩いていくのだと信じています。でも、亀の歩みでおっかなびっくり近づいていく過程もかけがえのないもんじゃないかなあと思うのです。兵庫一家が可愛いのでなかなか進展てさせづらいんですが、今はおっかなびっくり兄妹でも別に良いんじゃないかなと……
神奈川さんと静岡さんは、もうちょっとカナちゃんが焦らず頑張れば何とかなるんじゃないかなあと思っています。大人になれよ、はきっと静ちゃんの気持ちだと思います。でも実は、私としては、書いてる中で一番カップルに近い二人なのです。
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