スーパーは、夕飯準備の人たちで賑わっていた。夕方の安売りタイムに差し掛かり、おばちゃんたちの行き来も激しい、そんな時間。
駄菓子売り場の一点で、静岡は悩んでいた。
腕には買い物籠。目の前には毎度おなじみのチョコバットが並んでいる。
しかし。
……カナちゃん、そういえば去年何て言ってたっけ。
多分、例年渡しているチョコバットに対して、あまり嬉しくないとかそんな事を言っていたはずだ。少なくとも、チョコ関係で果てなく機嫌の悪い神奈川に難儀した記憶は残っていた。
何せ去年のことだ。細々した事は大体忘れている。しかし……あの不機嫌のおかげでえらい事になったのは流石の静岡も覚えていた。
付き合いも長いので大体神奈川の反応は読めるし、対応も慣れているつもりだ。しかし、あれは本当に予想外だった。思い出すだけでも顔に血が上る。
「あーもう。」
わざと口に出して、意識を切り替えた。
チョコバットが嫌なら、何か別のものに変えたほうがいいだろう。特設コーナーで何か物色するのもいいかもしれない。それなら、他の知り合いに渡す分と一緒に買ってしまったほうが良いだろう。
……でも。
神奈川の擁する横浜は、日本の洋菓子の発祥とも言われる洋菓子の街だ。絢爛豪華なお菓子屋が軒を連ね、そのせいか神奈川本人もお菓子作りは得意である。
……スーパーの既製品、じゃ、おかしいかなあ。
チョコバットは別である。神奈川はあれが好きなのだと思っていたから毎度あれを買っていたわけで、普通のが良いといわれると対処に困ってしまうのだ。舌が肥えているのは間違いないので、ヘタなものは渡しにくい。
むうう、と考えて、考えているうちに一人の顔が思い浮かんだ。
困った時は山梨に相談である。
「で、なんでチョコの相談がわっちに来たんだ?」
信玄餅を出しながら、わっちも貰う側の筈なんだけど、と山梨はぼやく。
「誰に相談しようかなあって思ったらひとまず山梨しか居なかったんだよー。」
カナちゃんの事知ってて相談に乗ってくれそうな近所の、となると山梨しか居なかったの、と説明すると、山梨はそれもそうけえ、と息をついた。
「にしても、カナちゃん、て呼んでたのけ。」
言われてはたと気がついた。
「あ。今のは黙っといてね。カナちゃん怒るから。」
「また言った。」
山梨は流石に笑っている。神奈川にバレたらどうなるか解ったものではないが、二度も口を滑らせてしまった以上、開き直るしかない。
「あららら。まあいいや、山梨が黙っててくれればええけん。」
硬く口止めされていて、そこそこ気をつけてはいたのだ。が、どうにも気が緩んでいたらしい。一瞬の反省の後、とりあえず話を元に戻す。
「……で、チョコの事なんだけど。何が良いだろ。」
「チョコバットじゃだめなのけ?はんでそれなんだろう?神奈川もあれが好きってこいてたじゃんか。」
「うん、好きだと思うんだけど、ダメみたい。去年怒られたから、今年は変えようとおもったんだけど、いい案思いつかなくってー。ほら、カナちゃんお菓子作りうまいじゃんかあ。」
言うと、ああ、と山梨も頷く。
「なるほどなー。」
「それで困ったんだ。んー、山梨はどんなのが好き?」
山梨は、むうっと思案顔になった。
「わっち?ほうだなあ……貰う分にゃあ普通もんでいいんだけんど。」
「それじゃあ参考にならないよ。」
それもそうづら、と山梨も肩をすくめる。やがて。
「売る分にゃあ、今葡萄酒入りのチョコとか作ってるから、それとかどうけ?」
「……さすが山梨商売人だにー。」
口をついて出てきた言葉は、呆れと賞賛半々だった。
でも、神奈川はあれで一応成人男性の格好をしてはいる。それに、確か去年のお怒りの内容も。
『子ども扱いするなって言ってんだろ!』
……まあ、その発言の時点ですでに子どもなのだが、贈り物くらいは本人の希望通り大人びたものでもいいだろう。
「でも、お酒入り、いいかも。じゃあそれにしようかな。」
「毎度あり。じゃあ、チョコのサンプル持ってくるけえ」
待っててくりょと言い残して、山梨はテーブルを立った。
ふう、と息をつく。思うのは神奈川の事だ。
神奈川は、外に居る時は相当見栄を張っているのか、きっちりしているし大人な対応も取るのだが、身内が絡むと途端に子どもになる。この間は千葉と喧嘩したとかで静岡宅に転がり込んできた。
それはそれでなんとかなったのだが。
……そういえば、去年のホワイトデーの辺から、よくくっついてくるようになったような気がする。転がり込んで来たかと思えば、ぎゅうっと抱きしめられたり、ふとした時にキスが降って来たりといった具合だ。ハグまではともかく、全く持って恥かしい。耳からついでに恥かしい台詞が聞えてくるので、そう言うときは毎度アッパーをしていたのだが、その辺も仕方ないと思う。
恋人、とでも思われているのだろうか。
でも、静岡としては、あんな事があったものの、恋にはまだ少し遠かった。
あまりに小さい時代の印象が強すぎて、結局普段は小さな弟をあやす感じになってしまうのだ。
ずず、とお茶を飲んでいると、山梨がチョコを持って戻って来る。
「ほら、持ってきたづら。好きなのを選んでくりょ。」
「本当有難うね、山梨」
意識を切り替えてチョコに手を伸ばす。とりあえず、これで一段落だった。