チョコの理由、クッキーの理由 7 〜3/14 神戸〜

昔から泣くたびに播磨に怒鳴られ丹波に叱られしていた成果か、化粧直しをして神奈川の前に現れた時には、表面上はすっかり元に戻っていたらしい。
それが証拠に、神奈川はこちらに何があったか気付きもせず、いつもより少しへろりとした笑顔で上機嫌に惚気ている。
「で?告白の結果はどうやったん、この幸せ者。」
ニコニコ笑顔の神奈川に、神戸は半眼で微笑む。
「ま、そこそこってとこじゃねぇの?」
「そこそこ、の割にはえらい機嫌ええやん?」
幸せ一杯のその様子は、羨ましくもあり羨ましくもあり、現状若干妬ましくもある。
「決定打にはならなくても前進はしてるしな。」
「うちとしては、そこまでして決定打にならへん事の方が驚きや。
 で?何って言われたの?」
「わからないってさ。」
言いながらも神奈川はにへらっと幸せそうに笑っている。
「それで幸せになれる理由はうちにはわからへんわ……。」
多分他になにかあったのだとは思うが、神奈川は幸せそうにはぐらかすだけだった。
「俺らには俺らのペースがあるって事だ。幸い時間はたっぷりあるし、のんびりやるさ。」
「何その悟った態度。神奈川らしくもない。」
間違いないのは、神奈川の頭の中が春満開という事くらいだろう。
「なんとでも言え。俺今すげぇ機嫌いいから、全部褒め言葉に聞えるぞ。」
自分とは逆だ。そう思った瞬間、ため息が漏れた。それを見たのだろう、神奈川の表情が少しだけ通常営業に戻る。
「なんだよ、そんなため息ついて。」
「別に?そんな幸せそうなの見てたら、何がなくてもため息くらいつきとうなるで。」
「そうか?神戸ってこういう時、幸せじゃ自分も負けてない、みたいな顔してる事多いじゃん。」
その言葉にぎょっとした。会う頻度はそう高くは無いのに、驚異の観察力である。
「何かあったのか?キャンディ貰い損ねたとか。」
「まさか。今年も気合い入ってたで。」
それでも、軽く笑って見せる余裕はなく、素っ気無い返事になってしまう。
「じゃあなんでだよ?」
「……別に。」
神奈川の声は興味よりも心配や気がかりの方向に重心が行っていた。なんでこんなに気がつくのか、我が家の男性陣に爪の垢を飲ませてやりたい出来である。
「あーあ、うちも神奈川みたいに気がつく人好きになってればよかったんやろうなあ。」
「残念ながら俺は予約済みだ。それに何かそれ、一ヶ月前に俺が言ったような気がするぞ。」
フォークをゆらゆらとゆらして、神奈川は小さく笑う。
しかし、確かにそのやり取りには覚えがあった。
「そういえばそうかもなあ。」
ふ、と息をつくと苦笑いも漏れる。
「うちは、そのとき何て言ったんだっけ。」
「そんなに不機嫌でいるくらいなら、一度話してみればいい、って言ってたな。」
神奈川は笑うが、こちらとしては肩をすくめるしかなかった。
「あははは……なんて無茶振りしたんやろなあ。」
「全くだぜ。でも、一度話すのはアリだな。」
「話すことなんてあらへん。」
ふい、と下を向く。
「そうか?なんでそいつが、神戸の不機嫌になるような事やったのか、聞けばいいじゃん。」
もしかしたら、別に何か意図があったかもしれないし、と神奈川は続ける。
「お前が気付いてない事だってあるだろうし。」
言いながら料理を口に運ぶ姿は、決まってると言うより余裕の風情だった。
「何それ実体験かなんか?」
「ま、そんなとこだ。」
言って微笑む姿は、とても余裕で落ち着いていて幸せそうで、……どうやら、本日の惚気話に繋がっているらしい。
「気付いて欲しいなんて思ってても相手はまず気付かねえ。結局直球しかねぇんだよ。」
「……でも、どうやって?」
おずおずと聞くと、神奈川はひょいと肩をすくめた。
「そんなのお前にしかわからねえよ。俺のトコも特殊例だから参考にならねーし言う気もねぇし。」
そして、ふっと息をつく。
「今日俺早めに帰るからさ、ゆっくり考えてみろよ。」
頭冷やせば見えることも増えるだろうし、と、声が優しい。
「ついでに、お前だけが特別だって解らせてやれ。」
言葉は心臓に吸い込まれ、鼓動を大きくした。
「特別……。」
「話はそっからだろ。神戸の話聞いてる限り、望みがないわけじゃなさそうだし。」
望みがないわけじゃない、という言葉に、なぜか顔が赤くなる。
「玉砕しても骨くらい拾ってやるぞ。」
「……ありがとな。」
笑う神奈川に頷いた。目を伏せると、気が抜けたのか涙が零れる。
だが、それは辺りの灯りと同程度に暖かかった。



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