二人乗りのオートバイ 5.

背中に自分が乗っていることに慣れたのだろうか。播磨はどうやら鼻歌交じりで運転しているらしい。抱きしめた背中からなんとなく伝わってくるのは、ここ最近よく流れている歌だった。かなり適当なのだが……機嫌がいいのだろう。おまけに周りはちょっとした景勝地だった。山に白く荒々しい岩肌が見えているのだ。
尖った岩山を眺めながら谷を通り抜けると、やがてバイクは市街地に入っていった。そこを過ぎると、今度は住宅街。線路を横目に走ると、また市街地。過ぎて住宅街。繰り返す景色はだんだんと街になり、家が近いことを知らせてくれる。
暗くなってきた道をバイクは家の方を素通りして山の方に向かっていった。
「停めるトコないなあ。」
「ちょっとだけやし、大丈夫やない?」
「……まあ、ちょっとだけならな。」
合間にこそこそとそんな話も飛び交う。結果、バイクは道から外した適当な場所にくくりつけることになった。
無事でいてくれ、等と言いながらも、播磨は手際よくヘルメットをくくりつけ、鍵を掛けて行く。
「じゃ、行こか。」
「へいへい。」
先は山道の遊歩道だった。ここから少し歩いたところに、目的地はある。
「こっちから上るのはなんか不思議な気するわ。」
「普通は車やね。でもええやん、ちょっとくらい。」
同輩も居ないではない。寄り添うような二人連れを見やると、播磨は肩をすくめる。
「ちょっとって、軽く山登りやんけ。まあ、あっちの道二輪禁止やからしゃあないか。」
そう言いながら、仲睦まじげなその二人からついっと目をそらした。
「なんでこっちにしたんや?」
「折角お出かけやから、ついでに見てみようかなって思って。」
整備したのは確かに自分だが、いざ見に行くかといえば、それは観光案内で行くくらいのものだった。
プライベートで行く事はそうないし、なんとなく気が向いただけだ。それに、一人で行くのは流石にちょっと気が引けるというのもある。
しかし、播磨は居心地悪げにため息をついた。
「なんちゅうか……あんま考えてへんかったけど、俺らむっちゃ場違いやないけ?」
「そう?海の方とか夜景スポットって大体こんなもんやで。」
神戸は街ゆえに若者も多い。そのせいかどうかは知らないが、この程度なら日常風景とも言えた。
「……せやったな、お前に聞いた俺がアホやった。」
納得したのか、深々とため息をつく。
「二人で居る時点で見た目そんな浮く事はないやろ。堂々としてればええって。」
広場を抜けて道を上がると、少しずつ目的地が近づいてくる。
やがて到着した螺旋の歩道橋は、車で来たと思われる人で賑わっていた。
「到着ー。」
ぽん、と歩道橋に降り立って、ぐっと背を伸ばす。
「あー、ここ来るのもせんどぶりやなあ。」
播磨も同じように背を伸ばした。
「なんせ用事がない。」
峠道の方は二輪禁止になって結構経つし、と肩をすくめる。
「事故多発したんやもん。」
「わかってる。何人も死んどるしな。」
目線の先には神戸の街の夜景が広がっていた。
並んで歩く歩道橋は、相変わらずカップルの姿が目立つ。
二人の世界に入っているのだろう、幸せそうな睦言がそこかしこで聞えていた。
二人で来れて嬉しい、とか。また一緒に見れたらいいね、とか。
……慣れているつもりでも、若干耳が痒くなる出来である。居心地の悪さは播磨の方も同じだったとみえ、二人で歩く速度は少しずつ速まっていった。
丸く開けた歩道橋の真ん中に、灯りが一つ。見晴らしのいいこの辺りも、二人の世界がそこここに形成されていて、何かがとてもいたたまれなくて足早に通り過ぎる。
無言で足早に歩いていたせいか、展望台にもあっという間に到達してしまった。
夜景の名所である。だから幻想的でロマンティック……は、そうなのだが。あたりのカップルの多さに、いたたまれなさも上がっていた。
「あ、あっち行こう、あっち。」
播磨の袖を引っ張って、西側のレストランの方を指差す。
「ああ、せ、せやな。」
いまや播磨の顔すら見ることが出来なかった。
ずっとずっと好き、とか。一緒に生きていこう、……とか。
人目もはばからず、というかなんと言うのか、東側のモニュメントの方は、さらに見ていられない光景が繰り広げられていたのだ。
「……なんやろ、この場違い感。」
全力で全ての人間から目線を反らして呟く。
「だから言うたやないけ。」
ツッコミを入れる播磨の声も、居心地の悪さが前面に出ていた。
「ここまでとは思ってへんかったんや。」
「お前でも予想つかへん事あるんかえ。」
「そりゃあ。ここ、日中は家族連れも多いし……。」
言葉はもごもごと不鮮明になっていく。
「自分トコの事くらい把握しとけや。」
「うう。」
言葉がなくなると、また回りの声が聞えてくる。
ささめきあう声のはずが、なんでこんなに耳に響いて聞えるのだろうか。
とにもかくにも、いたたまれない。
「神戸、もうええよな。」
すっくと立ち上がった播磨に、否を言う余地は残っていなかった。
歩道橋を抜け、下りの遊歩道を行ってしばらく。行きの時に通った広場まで来て、ようやく肩の力が抜けてきた。
「あー……なんか無駄に疲れた。」
ぼやく播磨と一緒に息をつく。
「せやねえ……なんやろなあ。……悪い事では無いんやけど。」
あれはむしろ祝福すべき事だ。それはわかっているのか、播磨も、まあなあと頷く。
「中に入るのはちっと別方向に度胸要るけどな。」
「言えとう。」
苦笑いして肩をすくめた。
「結婚なあ。なんとなく憧れるけど。」
「まあ、祝いには行くけどなあ。」
「うちら未来永劫縁ないもんな。」
全くや、と。ここも笑うところだった。
残念、という気持ちはあるように見せかけて全くない。自分たちはそういう存在なのだ。
「一緒に居るくらいならなんとかなるやろけどなあ。」
「盛大な式とかは無理やろなあ。」
「そんなん日本中大騒ぎになるわ。」
力の抜けた会話は続く。
「でも、一緒に出かけるとかはできるんやない?」
「せやなあ、それくらいならな。」
話が膨らむでもなく、そこで会話は消えた。
ふわふわと歩く、暗がりの遊歩道。
それならそれで幸せだろうな、となんとなく思う。
「おい。あんまりぼんやりするなや。」
不意に手を引かれた。
「え?」
立ち止まって足元を見れば、先は階段になっている。
「あ、ごめん。」
「全く。」
意識を道にやって、また足を進めた。
「あかんわ、ぼーっとしてる。あの雰囲気に当てられたのかもなあ。」
「あー……まあ当てられん方がおかしいわあれ。」
播磨の言葉にも呆れとため息がにじんでいる。
「けど、あんだけ若いのが居るんなら、神戸も安泰やな。」
「せやねえ。」
それは、自分としても嬉しいことだった。
「皆戻ってきてくれたんやもんな。」
「せやな。あれはお前も頑張ったと思うで。」
やり方はアレやったけどなあ、の一言が若干耳に痛い。でも、ぽんぽん、と頭を撫でる手はなんだか嬉しかった。
「うち頑張り屋やもん。」
「自分で言うな。」
頭を撫でていた手は、そのままぺしっとツッコミに変わる。
後はいつものやり取りだ。気がつけば階段は終わり、停めたバイクが見えてきた。
「ほら、家まで安全運転で頼むでー。」
「はいはい、しっかり掴まっとけやー。」
ヘルメットを被るのも、後部に跨るのも、播磨に掴まって移動するのも、今日一日で大分慣れた気がする。
最初は怖かったが、今なら身体を風にさらして走るのは気持ちがいいとすら思えた。
……そりゃあ、乱暴な運転は勘弁して欲しいけど。
もう少し続いてもええのに、とはなんとなく思う。
そんな想いを他所に、バイクは一路家を目指して走っていた。
やがて、我が家が見えてくる。
中に灯っているささやかな明りは、誰かが先に帰って来た事を示していた。


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