「ただいまー。あー、千倍疲れたわー」
播磨は玄関先に着くなり、荷物を放り出して倒れこんだ。
「ただいまー。播磨じゃまー。」
同じように上から倒れこむと、下からぐぇと蛙でも潰したような声がする。
「こらー乗ーるーなー。」
「ええやんー。」
自分を放り出そうとする播磨にぐだぐだとしがみ付いて遊んでいると、奥のほうから丹波と淡路が顔を出した。
「何やっとんのや。」
「おー、おかえりー。」
少し遅れて但馬も顔を出す。
「……播磨。神戸と出掛けとったんけえ?」
しかし、いつもの朴訥とした声が若干硬くなっていた。
「そうやけど。バイクで六甲のお山一回りしてきたんや。」
なぜか声のない播磨の代わりに答える。下敷きになっている播磨の身が、なぜか硬くなるのがわかった。
「播磨、ほんまけえ?」
「……ほんまや。」
渋々といった体で、播磨が答える。
よいせ、としがみ付いていた体が起き上がって、上がりかまちに腰掛ける形になった。
一分前とは空気がまるきり違う。その段になって、ようやくわかった。
……珍しく、但馬が怒っているのだ。
「播磨、自分の運転技術把握しとるんけ?二人乗りなんて、お前一人ならともかく神戸まで巻き添えなんやで、わかっとるか?」
「わかってるって。」
ちょっとお前あっち行ってろ、と。小さな仕草がそう言っていた。そっと頷いて玄関を上がると、淡路が自分を奥に引っ張っていく。
後ろからは、重たい……そして世にも珍しいお説教の声が聞えていた。
「なんでそないに危ないことしたんや。」
「それは……、その、神戸がな?」
「神戸のせいにするんけえ?」
玄関から聞える声に、訳のわからない申し訳なさを感じて足を止める。
「あのな、うちが連れてってって頼んだんや……けど……。」
すっと振り返る但馬にはどうしようもない迫力があって、上げた声は小さくなっていった。
「神戸。頼む相手は選び。」
静かな声にも、恐縮するしかない。
「播磨、なんで断らへんかった?きっぱり言えば神戸は引くはずやで?」
「…………。」
沈黙は、此方まで痛い。
「あ、あのな?一応播磨も安全運転はしてくれたんやで?」
耐え切れずに言うと、但馬がまたこちらを向いた。しかし静かな表情が返って怖い。
「た、楽しかったし!事故もなかったし!今日のところはええんやない?ね?」
だからこそ努めて明るく、と出した声も、見事に裏滑っていた。しかし、但馬もわかってくれたのか、表情から少し力が抜ける。
「神戸がそう言うなら、まあ酷くはなかったんじゃろうけど。」
ただし、播磨に対する言葉はやはり厳しい。
「神戸連れてくんなら、もうちょい運転上手うなってからにせえ。事故ってからじゃ手遅れやで。」
「へいへい。」
おなざりな返事は、一睨みで消える。
「ええな、肝に銘じとき。」
「……わかった。」
返事と同時に空気が緩む。世にも珍しいお説教の図は、そこで幕切れを迎えたようだった。
「お説教は終わったん?」
奥から丹波が顔を出す。
「飯できてるで、早よ上がり。ちゃんと手ぇ洗うんやでー。
但馬、淡路、配膳手伝ってやー。」
「わかったー。」
言うだけ言ってさっと台所に引っ込んだ丹波を追うように、但馬も神戸をすり抜けて奥に行ってしまった。淡路も一緒に行ってしまって、廊下に二人が残る。
はあ、と息をつくと、先ほどまでの緊張が息と一緒に出て行った。
「……見事なオチやったな。」
笑うよりも先に、肩をすくめるしかない。
「全くや。さすが近畿。」
播磨はそういいながら、転がったヘルメットを拾い上げた。同じように放り出された荷物を抱えて、立ち上がる。
「……今日はありがとな。」
「どういたしまして。さて、飯飯っと」
「あのな」
歩き出した播磨の腕を捕まえる。
「なんや?」
怪訝そうな表情が振り返る。その耳をひっぱった。
「また連れてってな?」
小さく耳打ちすると、播磨は一瞬目を見開く。しかし、それは一瞬だった。
「お前も懲りんやっちゃなあ。」
すぐに表情は悪戯小僧のように綻ぶ。
「わかった。今度は但馬にバレへんようにな。」
「せやね。」
しかし、自分の顔も、きっと同じような表情をしているに違いない。
「約束やで?」
念押しに返って来たのは、やれやれ、と力の抜けた表情。
「へいへい。」
それでも、否はない。
次回への密約は成ったのだった。
pixiv(今は退会してますが)に置いてたのをとりあえずサルベージしてみました。
実はついったで、播磨さんはバイクとかーお出かけするならビーナスブリッジに行きたいと神戸さんが言いそうだーとかなんとか話してもらってたのを妄想の赴くままに書いたらこうなったのでした。そこそこ評判良くて嬉しかったですが元ネタ提供の某さまに感謝です。
実はこれ、こんだけ資料調べた事ないわってくらい資料あさって書きました。
仮想ですが、コースは兵庫家を三宮近辺と仮定して、国道428・県道85経由で呑吐ダム→県道85→38で道の駅淡河→県道38かっぱしって有馬温泉→蓬莱峡とか宝塚経由で大回りで神戸に戻ってきて諏訪山公園からビーナスブリッジ。
所要時間とかどういうもんかなあとグーグルマップと睨めっこしながら文章を書いてたというか。WEBに散ってた道中写真とかドライブレポートとかなんとかかんとか、とってもお世話になりました。とりあえず調べていく中で六甲近辺は事故多発するからって二輪通行止めばっかでツーリングルート探しが大変なのは把握した・・・ビーナスブリッジってバイクで行こうとすると相当面倒ってのはわかりました。北側は二輪通行止めで下は公園上がるしかない上駐車場ないってどういうことなのよ。行った事ないので実際どうなのかは知りませんが。
その結果、方言まで調べる余力が消えたわけですが、すっごい楽しかったです(笑)