二人乗りのオートバイ 3.

バイクは、ダムを後にし谷間を抜けた。
小さく播磨の体が左に振れる。『ほら、あっち見てみ』くらいの意味だろう。レトロな橋がその方向に見えた。
『あんまりスピード出さんでや』そう抱きしめると、少しだけスピードが緩む。
お互いの動きは、的確に気持ちを伝えてくれていた。
けれども。
……邪魔やったんかなあ。
もやもやした想いを抱えていても、播磨の背中は答えてはくれない。二人の方が楽しいと決め付けて出てきたが、自分そっちのけで、見たこと無いくらい生き生き楽しそうにしている播磨を見るとなんとなく気が落ちる。
……播磨は、うちと居らん方がええのかな。
そんな疑問も、直接聞いたら多分恐らく完膚なきまでに肯定されてしまいそうで、とても聞けなかった。
『次曲がるでー』
くっついた体は、こちらの気持ちを他所に次の行き先を示す。
入った先は道の駅。
「休憩休憩ー。」
ヘルメットを脱いで、播磨がふうっと息をついた。
「けど、蕎麦はまた今度やな。」
紅茶のボトルを渡しながらそんなことを言っている。
「あんた、自分とこでもないのによお知っとるなあ。」
「アホかお前、ココは元々俺んとこや。」
声が低い。小さな不機嫌の合図に内心どきりとする。すっかり忘れていたが、元々ここは播磨の領分だったのだ。
「ごめん。」
素直に謝ると、別にええ、と肩をすくめられてしまった。
「ここまで整備したのはお前やけえ。まあ、県内の道の駅は大体わかるけどな。」
一応全部行ったし。
そっけない言葉は、もう不機嫌を見せていない。何故だろう、なんとなく胸が温かくなった。
「なんか食べるか?アイスとか。」
そういいながら、播磨がお茶のボトルを干す。
「せやね、うちシフォンケーキ食べたい。」
ほんなら行こうか、となった。


「そっちも味見させてや。」
「ほいほい、そっちもくれや。」
当然のようにおやつは分け合う事になる。行儀が悪いという説もあるだろうが、道の駅の食堂でそこまで気を張る必要は無い。
「いっぺんに二種類食べたんは初めてやなあ。」
播磨が匙を口にくわえて笑った。
「お前連れてきて正解やったかもしれへん。」
「どういう意味や?」
「そう言う意味や。一人が気楽でええけど、メシん時とかわびしいねん。」
周り家族連れに囲まれた時とか、なんか居心地悪いし。
そういいながらアイスを口に運ぶ。
湖からここまでのもやっとしていた気持ちが、すっと軽くなる心地がした。
「ほら、うちが居って良かったやろ?」
「せやな、今だけは認めたるわ。」
言葉と同時、ひょいとシフォンに匙がのびる。
「こら。人のもん勝手に取らんといてや。」
匙でケーキをガードすると、かち、と匙がぶつかった。
「万年ダイエット中、やなかったんかいな。」
「シフォン食べるくらいの余裕はあるで。」
しっし、と皿への不法侵入者を追い払う。
「大体行儀悪いわ。」
「へいへい。全く、丹波みたいな事言いよって。」
「ああ。丹波なら確実に言うやろなあ。」
ここには居ない丹波の言いそうな事は、共通概念としてなんとなく頭に浮かぶ。
「『行儀悪いで。お前ら何年生きとんのや。』てなあ。」
「そうそう、そんな感じ。」
軽い口真似に思わず笑いが零れる。
二人で分けたシフォンケーキとアイスクリームは、神戸の洋菓子とはまた違って、なんとなく素直な気分になる味だった。

外に出ると、爽やかな風が吹き抜ける。その行方を見やれば、風の行き先には小さな城跡があった。
こっちも上がってみよう、と、風に誘われるように隣の城址に向かう。
「うん、いい風や。」
上がってみると、思ったとおり気持ちのいい風が吹いていた。
「こういうのがツーリングの醍醐味やんなあ。」
思い切り伸びをして播磨が笑う。
「確かに電車じゃ来おへんからなあ。」
同じように背を伸ばした。
座りっぱなしと緊張しっぱなしで力が入っていたのか、伸びをするだけで身体が小さな音を立てる。
その身体を、涼しい風が撫でていった。
通気性は思ったよりもいいとはいえ、ヘルメットを被りっぱなしの頭に吹く風は気持ちよさも増して感じる。難点は、派手に髪が崩れるというところだが、気にしても仕方ない。走る間中髪を風に弄らせていたのだから、こればかりはどうしようもないと、もはや達観するしかない。
視界に広がるのはのどかな光景だった。同じ神戸ながら、山の南側とは大分違う。山の南側で高台に登ったら、見えるのは海と港と街の風景。
……でも、どちらも今の自分だ。
それに、今はなんとなくこちらの景色の方がふさわしい気がしていた。髪は崩れて、格好も播磨のお下がりみたいなもので、さっぱり決まっていないのだけど、だからか何か、昔、のほほんと自然に過ごしていた頃を思い出す。
「平和ー。」
「せやなあ。」
のんびりとお茶を飲みながら播磨が応じた。
「こっち側もええなあ。」
のほほんと広がる田園風景は日本のどこにでも転がっていて、特に珍しいものでは無いのだけれど、それだけにほっとする光景だ。
「街中見慣れてると余計やろな。」
ふう、と息の音が聞えた。風が二人の間をすり抜けていく。
ふんわりとした無言の時。二人で居るのに珍しい、となんとなく思う。
……そういえば、今日はずっと播磨と居るのに、あまり喋っていないような気もしてきた。
家で居たとしても、兵庫で出かけるにしても、言い合いや喧嘩でうるさいくらいなのに、今日は静かだ。
理由は良くわからないが、自分たちはそんなに静かに出来るタイプではなかったはずなのに。
「ねえ播磨?」
ひょいと隣を振り返ると、此方を見つめる視線と目が合った。ばちり、と目が合って数秒。
……どうにも気恥ずかしくなって目をそらす。
「……あー、なんや?」
「え、と……あ、う、うちに何かついとったん?」
「あ、ああ、いや。」
またぴたりと会話が止まった。
「え、と……」
「あー……」
言葉が重なって、沈黙が落ちる。
「何?」
「先言えや。」
別に大したことでは無いのに、促されても困る。
「播磨は何?」
聞き返してやると、あちらもなんもないわ、と首を振った。
「その、なんや、もうそろそろ降りるか、て。」
歯切れが悪い言葉は、それでも事態の打開を求めていた。
この沈黙は、なんだか……照れくさいというか気まずいというか……調子が狂う。
「……せやね。」
だから頷いた。
「うちら、今日はなんか静かや。」
「そうかもなあ。」
差し出された手を取って、高台を降りていく。
道の駅を出れば、あとは田園風景を東へつっきるのみだった。
次の目的地は、有馬温泉である。



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