「で、そねーな事あったと言っとるのに、なんでおめぇはここで呑んどるんじゃ?」
岡山は呆れ顔で播磨を眺めた。
ここは岡山宅。酒を片手にふらりと播磨が訪ねて来たのは、つい先ほどのことだ。俺の愚痴を聞け、とばかりの態度に、これはすぐ酔い潰れそうだ等と思いながら頷いて今に至る。
「こんなん呑まなやってられへんで。」
播磨はそう言うと、ぐい、とあおり、勢いよく杯を置いた。
「あの小娘に今度から呼び捨てにされるのかと思ったらむっちゃごうわくわ。くっそー、誰が養育費出したと思うとんねや。」
「なら、そねーなこと言わなけりゃーよかったじゃろうが。」
付き合いでも美酒は美酒だ。ずず、と酒を啜りながら言うと、播磨はさらに不機嫌になる。
「言わへんで済むなら言わへんわ。必要やから言うただけや。」
杯に注ぐ酒は手酌酒。ちゃぶ台によりかかり、ほとんど自分の家といった体だ。
……いや、もしかしたら、今の家より自分の家に近いのかもしれない。播磨は、一人住まいのかつての家から今の家に移って、さほど時は経っていないのだ。
「何時までも甘ったれてたら、貿易なんてやってられへん。外で恥かかせる訳にもいかへんし、うちの代表ちゅう自覚も持たせなあかん。さもなきゃ、俺ら皆で共倒れや。」
ブツブツと言う言葉は、どう聞いても播磨自身に言い聞かせているようにしか聞えない。
「なんじゃ、納得しょーらんのか。」
「しとる。そやかて、腹立つやんけ。俺、本当なら独立しとったはずなんやで?なんで同居せなあかんのや。なんであんな小娘に気ぃ配らなあかんのや。」
完全に酔っ払いの愚痴の態勢だった。ここが岡山ということもあってか、気が緩んだに違いない。相変わらず素直な奴だと、呆れ半分別方向の尊敬半分。
「おまけに大阪やら京都まで、神戸に代表の自覚を持たせろやなんや言って来やがる。神戸にやなくて俺らにやで?俺らは保護者か。」
愚痴愚痴と酒を煽る姿は、本人の主張に反して、どう見たって兄貴役が板についていた。
「その態度で養育費出しとるなら立派に保護者じゃな。」
素直に素直でないのも変わらないというのか。指摘に播磨は声を荒げる。
「別にやりたくてやっとる訳やないわ!
俺はあいつの保護者やない。なんでそんなトコまで面倒見なあかんのや。」
「じゃけど、面倒見とるじゃろ。結局言ったんじゃろうが。神戸を泣かせてまで。」
最後の文言は相当痛かったらしい。
「やかましいわ!大体直接言うたんは丹波や。」
「けど、止めんかったし、擁護もせんかった。」
「……事前に丹波や但馬と話して決めたんや。止めたら意味ないやんけ。」
反応を見ながら、また酒を啜る。
「そねーなに愚痴ばぁ言うなら自分で言やあよかったのに。」
「神戸は丹波に一番懐いとるけえ。俺たちが言うより効果ある。
それにもう、終わったことじゃ。ああもう!」
手がまた酒に伸びる。
「なんであれっくらいで泣くんや。けったくそ悪い。」
朱を帯びた顔が、杯を一気に干した。
「俺は、おめぇが神戸に泣かれた位で落ち込んでる方がよっぽど不思議じゃ。」
「誰も落ち込んでへんわ!」
「じゃあ荒れとるな。」
そこで詰まるのがまた単純である。
「……お前、いちいち人の神経逆撫でするような事」
「いきなり来たおめぇの愚痴に付き合うてやっとるんじゃ。なにょう言われたって文句言えんじゃろう。
でえてえ播磨、今日わしの家に泊まって行くつもりで来たじゃろが。」
播磨はさらにつまった。どうやら図星らしい。
……まあ、それくらい読めないような付き合いではなかった。
「泊まるなら泊まってけ。兵庫の家は、どうせまた居心地が悪ぃんじゃろ。」
「別にそんな訳やない。……ただ、今俺が居ても話がこんがらがるだけやからな。」
自覚があったらしい。感心していると、表情を読まれたか、自分だけでなく今日は但馬も淡路も外泊だと播磨は言った。
「丹波に任すことになってる。」
深々としたため息には手を出せぬ悔しさがにじむ。すすり掛けた酒が思わず止まった。
「……おめぇ、ほんまに兄貴やっとるんじゃなあ。」
思わず漏れた言葉に返って来たのは低い低い声。
「誰が兄貴や。」
本格的な不機嫌の合図だ。ひとまず口をつぐんでおく。
しかし、荒げるかと思った声は、予測に反して落ち着いていた。
「……俺は兄貴なんぞしてへん。丹波や但馬とはちゃう。」
自嘲と悔しさが、不機嫌声に滲む。
元からわかりやすい奴だとは思っていたが、今日見るのはは意外な姿ばかりだ。
どうやら元同居人は、兵庫に暮らすようになって、少しばかり変わってしまったようだった。