夕食のおかずを買おうと覗いた雑貨屋に、それはあった。久しく見ていない、そのデザインが懐かしい。こちらの方では、身に付ける人間の方が珍しいそれが、籠の中に色をそろえて置いてある。
一つ手にとると、ついていた鈴がしゃりりと鳴った。細い棒の先は優美に身をくねらせ、そこに小さな珠と連なった小鈴が下がる。珠は自分が持っているのと同じような、深紅のトンボ玉だった。
自分でも持っている。ただしそれは、何年も前に故郷で買ったものだ。ツァイスが共和国と近いとはいえ、今更こんな所で見るのは少し意外にも感じる。
ひそかなお気に入りの簪だった。武道をやっていると簪を身に付けることも無く、今の仕事をしていても・・・その延長というのだろうか、身につける事はあまりない。だから、引き出しに仕舞いっぱなしだ。使いもしないのに引き出しの肥やしにしてしまっているなど考えられないのだが、どこか気に入っていて捨てていない。そんな簪。
妙な懐かしさに、くるりと簪をまわしてみる。
『へえ・・・珍しい格好してんな。』
頭の中を、少し前に見かけた男の声がよぎった。アレはもう何年前だったか、思い出すことも出来ない。
ただ、あの時彼は、本当に珍しいことに、自分の格好の差異に気付いた。それを、当時の自分は少し嬉しく感じた。・・・だから、妙に覚えているだけなのだ。
常に武の道に身を置いていたあの頃だが、少しだけ洒落てみたいという小さな気持ちがあった・・・そんなと記憶と一緒に。
息をついて商品を籠に戻す。隣にあった色違いの簪が小さな音を立てた。
隣の簪は、空の青を映したような色の透明な珠をつけていた。
そう言えば、この色の目をしたあの子もおしゃれとは全く関係のない道を歩んでいる。技術者として、機械油とオーブメントと金属に囲まれて。それでも、可愛いものが好きなのは何となく解るのだが。
空色の珠の簪を手にとってみる。また、鈴が音を立てた。
あの長い髪なら、きっと映えるだろう。気に入ってくれるかどうかは解らないが、少しは背伸びしてもいい頃かもしれない。
籠の外には、小さな紙束が置いてある。簪の使い方を説明したそれは、初めての人間でも挑戦できそうなくらい丁寧に書いてあった。なんとも親切なそれに、クスリと微笑みが洩れる。
彼女は紙切れと空色の簪を手に持って、店の奥に声をかけた。
「――すみません、これいいかしら?」