その足でラヴェンヌ村に戻る。道中適当に見繕った花束を片手に村に入ると、なぜか自分の家の前に見覚えのある大きなぬいぐるみが座っていた。
「・・・・・・・・?」
椅子に座って太陽を見ているそれは、日向ぼっこをしているようにも見える。
誰かが家に入っているのだろうか。怪訝に思って中を覗き込めば、年配の女性が掃除しているのが見えた。
「おい?」
「ひゃぁ!?」
悲鳴と共にびっくりした表情で振り返ったのは、昔馴染みのおばさんだった。
「ひさしぶりだねえ、アガットかい。まったく、びっくりさせないでおくれよ。」
「・・・いや・・・その、・・・すまねぇな。」
村の人間が今は使っていない家をたまに掃除に来ているというのは知っていたので、素直に頭を下げる。おせっかいだと思っていたが、以前初めて中に入った時には、さすがに有り難味を感じたのだった。それと温かみも。どうやら今日ははたまたまその日だったらしい。
「何か手伝う事はあるか?」
「いや、今終わったところだよ。そうだねえ、その椅子とぬいぐるみを戻すくらいかね。」
「そうか。」
ぬいぐるみごと椅子を持ち上げて、軽く椅子の脚を払う。
「そういえば、このぬいぐるみは何だ?」
椅子を運びながら、先ほどからの疑問を口にすると、小母さんは少し誇らしげに言った。
「それはミーシャちゃんのだよ。焼け残っていたのを修繕したんだ。」
なかなか良く出来てるだろう?
そう言う小母さんの視線は温かい。
「そうか。・・・そんなもんも残ってたんだな。」
住んでいた家はあの時、全焼した。となれば、これは本当に奇跡的に残っていたのだと言う事になる。見覚えがあるのも道理だ。
「ありがとな。」
椅子越しにぬいぐるみを触ると、確かに、ところどころ布地が違うようだった。少し焦げも残っている。それでも、焼け跡から出てきたとは思えないくらいの綺麗さだ。それなのに、とても懐かしい。
「はっはっは、どういたしまして。でもねえ、ずっとそのぬいぐるみは部屋においてたのに、気付かなかったのかい?」
「ああ。」
いつのことを言っているかは大体わかる。わかるが、その時は本当に気付けなかった。ただ、漠然と、あの時のままだなあ、と思っただけだ。
椅子を置いてぬいぐるみを抱える。どこに置いたものかと部屋を見回していると、小母さんがくすくすと笑った。
「まあ、気付かなくても仕方ないか。アンタじゃあぬいぐるみなんかに興味は無いだろうしねえ。」
それはまあ、確かにそうだ。しかし、それとこれとはまた話が別だと思う。思うが、何と言っていいものか言葉にならない。
必然的に黙っていると、小母さんは最後のバケツの水を外にまいてこちらを振り返った。
「さ、これでお終いだ。折角掃除したんだから、今日はこっちを使ってほしいもんだね。」
その言葉は温かく、断れるようなものではなかった。
「ああ、・・・そうする。すまねぇな。」
頭を下げれば、嬉しそうな声が返ってくる。
「いいってことさ。アンタも村の住人なんだからね。またいつでも帰っておいで。」
小母さんはそう言って、とてもいい笑顔で笑ったのだった。