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骨と人間と風邪っぴき

 夕方近くなると、アルフィスたちも帰っていった。
 『お前らも無理するなよ。』
 『私たち、もう一度ラボの資料を見てみるから。』
 それで原因や解決策がわかるかもしれない。それならそちらに期待をかけることにした。
 フリスクの手を握っているパピルスの表情にも疲れが見える。今日はずっとフリスクの面倒を見ていたから……と思い返して、そういえば何も食べていないことに気がついた。とはいえ、さすがにいつものように一人で外食、という気にはなれない。
 「パピルス、飯調達してくるぜ。」
 「……」
 返事はなかった。聞こえていないのかもしれない。
 はあ、とため息をついて二歩。本日二度目のグリルビーズは相変わらずの様子だった。
 「グリルビー、何か油っこくないのを頼む。テイクアウトだ。」
 「サンズィ、ひっどい顔してるよぉ。無理しないでねー?」
 顔馴染みにそう言われて、そうかなと頬を引っ掻く。
 「ひどい顔だな。ほら、こっちがサラダ、こっちはマッシュポテト。スープはおまけだ。」
 どんどん、と置かれた包みを抱えてグリルビーの方を見ると、心なしか心配そうにパチリと火花が散った。
 「悪い、ありがとな、グリルビー。」
 「フリスクはまだ調子悪いの?」
 後ろから犬の夫婦が声を掛けてきた。
 「ああ。だが湯たんぽは役に立ってる。今も抱いて寝てるはずだ。」
 「そうか。役に立ってるなら良かったが。」
 「早くよくなると良いわね。」
 ああ、と返事をすると、わん、と元気な声が掛かった。
 「なんだ?」
 「早く帰ってやれって。」
 傍ののドッゴが翻訳してくれる。
 「違いない。夕飯を食いっぱぐれるからな。」
 肩を竦めておどけて見せるが、やっぱり調子は出なかった。
 じゃあな、と店を出て二歩も歩けば家だ。ただいま、とドアを開けると、疲れた顔のパピルスがこちらを見た。
 「どこ行ってたんだ?」
 多分自分より参っているのだろう、覇気が全くない。
 「夕飯買ってきた。食べるぞ。」
 「要らない。食べたくないし。」
 言下に断られるのは、半ば予想していても少し辛かった。
 「食べたくない、じゃなくて、食べるんだ。
  フリスクと一緒にお前まで倒れたら、誰が看病するんだ。俺か?」
 おどけたつもりが全然うまく行っていない。長らく存在すら忘れていた苛立ちが顔を出しているのが自分でもわかる。
 「……でも、フリスクも食べてない。」
 「起きたら今度こそスープ飲ませてやろう。だからお前は食べるんだ。」
 どんどん、と持たされた包みを置くと、パピルスもようやくテーブルにつく気になったらしい。タオルを冷やしてひっくり返すと、こちらに向かってきた。
 普段は自分は外食で、パピルスは自炊で、そういえば一緒に食べるのも久方ぶりだ。そんなことを思っていたら、パピルスも同じことを考えていたらしい。
 「サンズと二人で夕飯なんて久しぶりだな。」
 「確かに久々かもな。」
 比較的美味しいはずなのに、いまいち味のしないマッシュポテトをもそもそ食べながら、そう返す。
 「フリスクが一緒に居れば揃って食べるんだけどな。」
 「一緒に居るっていえば一緒に居るんだけどな。」
 ソファに目をやると、毛布の固まりはぐったりとうずくまっていた。
 「明日には治るか?
  早くよくならないと、フリスクは何時まで経っても辛いままだぞ。」
 「そうだな、少しマシにはなってるといいんだがな。」
 気の利いたジョークの一つも言えればいいのにさっぱり浮かばない。こりゃ本格的に参ってるな、と息をついたところで電話が鳴った。
 「サンズ!?私よ、トリエルよ!」
 電話先の声はずっと待ち望んだ声だった。
 「トリィ!よかった連絡がついて!」
 思わず声を上げると、パピルスもぱっと顔を上げる。
 「何、女王様に連絡がついたのか!!」
 頷いて、電話をスピーカーモードに変えた。
 「今地下に戻ってきたのよ。ごめんなさい、迷惑をかけたわね。フリスクはどんな状態?」
 トリエルの声は心配そうにこちらの状況を問う。
 「良いってことさ。
  フリスクはいつもより熱くてぐったりしてる。食欲もないみたいだな」
 「熱があるのね、可哀そうに」
 「とりあえず温めて頭だけ冷やすようにしてる。今は寝てる。苦しそうだけど」
 「あぁ……」
 「大丈夫さ、死にはしないって。人間は頑丈なんだろう?」
何かに祈るような声に慌てて言葉を返す。しかし、トリエルの声は一瞬で熱を帯びた。
「何言ってるの!!人間は儚いものなのよ!!
 私たちの悪気ない魔法でも傷ついて死んでしまう。
 病気になって、朝を待たずに、死んじゃうなんて、あるのよ……!」
 途切れがちな声は、涙の色すら浮かんでいた。
 「今から行くわ。」
 絶句しているうちにトリエルはきっぱりと宣言する。
 「もう遅いぜ。」
 「いいえ、行くわ!だから、あ!」
 電話の向こうでがさっと音がして、電話口の声が変わった。
 「もしもしアズゴアだ。準備してから行くから不足してるものがあったら言っておくれ。とりあえずリラックスできるお茶は持っていこう。毛布は要るかい?着替えは?あと、食糧は?もちろん君たちの分も含めてね。」
 感情的な言葉が目立ったトリエルとは明らかに冷静さが違う。落ち着いた低音の声からは、こちらの事まで労っているのが伝わってきた。安心感が段違いだ。
 パピルスと思わず目を見合わせると、少し冷静になった目と目があった。
 王様というのは、本当にすごい。
 少し冷静になった頭で必要なものをリストアップする。一つ一つ言うごとに、パピルスがもう一つ足りないものを付け加えて行く。
 全ての要望を聞いたアズゴア王は、わかった、と答えた。
 「全ては間に合わないかもしれないが、できるだけ持っていくよ。」
 落ち着いた声は、こんな時本当に頼もしい。
 「冷静なんですね。」
 言うと、アズゴア王はそんなことはないさ、と息をついた。
 「だけど、励ますしかできなかった時よりは私も進歩してるんだ。」
 痛みの混じった声だ。言葉を探しているうちに、トリィ、いいね、と声が聞こえた。電話の声が変わる。
 「人間は水で出来てるの。だからなるべく水は取らせてあげて。あと、汗で体が冷えてしまうから、酷いようならぬぐってあげて。
  面倒をかけてごめんなさい。フリスクをよろしく頼むわね。」
 通話が終わる。切れた電話を眺めながら、パピルスがはあと感心したように息をついた。
 「王様たち、冷静だな。」
 「……昔、そういえば人間の子供を育ててたって聞いた気がするな。」
 最初に落ちてきた人間の子供は、王と女王の二人目の子として育てられたと記録にはあったはずだ。
 「……経験ってすごいんだな」
 「全くだ。」
 少し力が抜けたら、また何か食べる気になれた。やはり空腹だったのだ。
 「もうちょっと食べるか。」
 「そうだな。」
 パピルスも、今度は素直に頷いた。


 水を用意して、タオルを冷やし直して。ソファ前に戻ると、傍にいるパピルスはうつらうつらしていた。やはり疲れていたのだろう。だが、ここで声を掛けたら確実に起きるから放置することにした。フリスクの方は相変わらずだ。タオルを替えて頬に手を当てるが、相変わらず……いや、前より熱い気もする。無意識では冷たいものを欲するのか、また手にすり寄って来た。片手は首筋に、もう片方は手を握ってやる。
 「大丈夫。……大丈夫だ。」
 言葉はフリスクと自分とどちらに掛けているのか解りはしない。そんな事を考えていたら、パピルスが目を覚ました。
 「……大丈夫か?」
 「変わりなしだな。」
 答えたところで、首筋にあてた手から震えが伝わってきた。
 「寒いか?湯たんぽ替えるか。」
 「それならお湯が必要だな!」
 ぱたぱたとパピルスがキッチンに立つ。しかし、震えは止まる様子を見せない。それどころかますます酷くなってきた。
 「おい、どうした。おい、フリスク!」
 呼びかけると、少しだけ目が明いた。ただ、見るからに無意識で、明らかに様子がおかしい。震えているを通り越して痙攣になっているし、触れた手がじっとりするほどに汗をかいている。
 『病気になって、朝も待たずに、死んじゃうなんて、あるのよ……!』
 さっきのトリエルの言葉が頭を過った。
 「サンズ、どうした?」
 台所からパピルスが顔を出す。
 「様子がおかしい。汗が酷いからタオルを持ってきてくれ。あとお湯だな。」
 「わかった。」
 パピルスはバタバタとバスルームに向かった。
 「しっかりしてくれ、頼むから。」
 ガタガタ震えているフリスクを抑えるように毛布ごと抱きかかえる。舌を噛みちぎりそうな勢いで震える口には側面から掌を突っ込んだ。ガチガチと噛む歯は痛いがなんとかなるレベルだ。だが、その周りの唇はいつもの色とは違った。記憶の中では赤くしていたはずなのに真っ青になっている。
 「タオル持ってきたぞ!」
 パピルスが戻ってきた。
 「拭いてやってくれ。」
 パピルスは片側で汗と口回りを拭くと、綺麗な方を差し出した。
 「口、入れとこう。」
 「助かる。」
 よだれにまみれた掌を外して、タオルを噛ませる。これで舌を噛みちぎることはないだろうが、震えはまだ止まっていない。
 「大丈夫だよな?」
 「わからん。」
 動かなくなる、なんてろくでもない言葉が一瞬頭を過る。
 「フリスク、頼むから耐えるんだ!」
 泣きそうな声。恐らくパピルスも同じだろう。
 「湯たんぽは?」
 「そろそろできる!」
 パピルスは後ろ髪をひかれるように台所に駆けて行った。
 「フリスク、なあ、しっかりするんだ。」
 呼びかけても返事は荒い息だけだ。震えも止まらない。
 「湯たんぽできたぞ!フリスク、いま寒くなくなるからな。」
 素のまま入れそうになっているのを、はたと我に返って押しとどめた。
 「タオルで包んどけ、火傷する。」
 「そうだった!」
 バスタオルで包みなおされた湯たんぽが布団に入れられる。
 後できることは、汗をぬぐう事と手を握る事くらいしか残っていなかった。
 震えの止まらない身体を抱いて、青ざめていく顔を見ていると、このままフリスクを失ってしまいそうで、ただただ怖い。
 「頼むから、助かってくれ。」
 祈るなんてガラではないし、何を信じているでもないが、この時ばかりは流石に祈った。
 「フリスク!フリスク!!」
 パピルスは声をかけ続けている。
 「しっかりするんだ。」
 握る手に力がこもる。
 と、かけ続けていた声が届いたのか、またうすらと目が開いた。困ったような顔になって、何か口が動く。
 そして、震えが止まった。
 力ががくりと抜けたのがわかる。あれほど荒かった息も、同時に止まる。
 「おい、フリスク!!」
 ソウルを鷲掴みにされたような気がした。
 「フリスク!!死んじゃうなんてダメだぞ!!フリスク!!」
 パピルスが涙声で取りすがる。しかし、パピルスはすぐに顔を上げた。
 「……生きてる。まだドキドキしてる……!」
 胸に手を当てると、確かにまだ鼓動はあった。口元に顔を近づけると、浅いながら呼吸も戻ったらしい。
 「……まだ大丈夫か……」
 「はああああ……」
 どっと力が抜けた。
 震えの止まった口からタオルを抜いて、汗まみれの額を拭いてやる。息も前よりマシになったらしい。
 「少し落ち着いたのか?」
 「……確かに、少しマシになってる気はするな。」
 峠を越した、というのはこういう事だろうか。
 乱れた布団をなおして、ソファに寝かせなおす。ついでに湯たんぽも入れなおしていたら、パピルスがタオルを替えながらこちらを見た。
 「フリスクは俺様が見てるから、兄弟は休め。疲れやすいんだろう?」
 「お前の方が疲れてるだろ。」
 言うと、パピルスはかぶりを振った。
 「俺様、サンズがそんな真面目にしてるの初めて見たし、そろそろ女王様も来るし、大丈夫だぞ。」
 「そんなに真面目だったか。」
 少し意外で聞き返すと、パピルスは少し誇らしげに笑う。
 「未だかつてないほどにな!サンズなのにちょっとだけかっこよかったぞ。」
 「そうか。」
 「この期に及んでふざけてたら一生軽蔑してたところだがな。」
 続く言葉が、ぐさりと胸を刺した。何も言えずにいる間に、パピルスは言葉を続ける。
 「サンズはフリスクをあまり好きじゃないのかと思ってたし。」
 「この場合それはあんまり関係ないだろう。」
 そこまで評価が低かったのかと思いながら言い返すと、パピルスは小さく肩を竦めた。
 「『あがいても叫んでもなるようにしかならない、だろ?』とかなんとか腹の立つこと言うかとちょっとだけ思ってた。」
 心当たりのありすぎる態度に言葉が見つからない。本当によく他人を見ているが、それだけにぐさりとくる。そんなこちらをよそにパピルスはため息をついた。
 「フリスクも兄弟には当たりがキツいしな。」
 目線の先のフリスクはまだ赤い顔で眠っている。当たりがキツいというか、自分に対してだけは本当にいう事を聞かないし、碌な事をしないのは確かだ。
 「確かにな。」
 ……原因の心当たりは無きにしも非ずだが。
 「どうやったらちゃんと話ができるのかわからないって言ってたな。」
 「そうか。……フリスクもお前にはそういう話をするんだな。」
 感心して言うと、パピルスは勿論、と胸を張った。
 「友達通り越して大親友、通り越してぎきょうだいみたいなものだからな!
  だが、俺様はダメ兄にはならない!頼りがいのあるナイスガイでいたいから、フリスクは妹分じゃないのだ!といっても姉貴分でもないがな。」
 「そこは弟分だろう?」
 兄という存在に対する地に落ちた評価に若干傷付きながらもツッコミを入れると、パピルスは今度こそ何をいってるんだという顔をした。
 「フリスクは女の子だぞ?」
 もう少しマシな時に聞きたかった部類の衝撃の事実に自分の中の時が凍りつく。
 「え、サンズまさか知らなかったのか!?」
 誤魔化すこともできないでいると、パピルスは天井をあおいだ。
 「そういう他人の事がどーでもよくて全っ然見えてなくて物凄く鈍いとことかが、キツく当たられる原因じゃないのか?」
 ぐぅの音も出ない。黙りこくっていると、パピルスはフォローするように声を掛けてきた。
 「あー、サンズ?フリスク曰く、別にサンズのことは嫌いじゃないらしいぞ。」
 「……それは知ってる。」
 心中ため息をつきながら応じると、パピルスは本気で驚いたようだった。
 「本当か!?俺様は聞くまで知らなかったぞ……。」
 世の中は解らないことがいっぱいだな、とかぶつぶつ言っているが、それはこちらも同感だ。
 まあ、話す方法がわからない、は何となくわかる気がした。今まで結構のらりくらりやっていたからつかみどころがないのだろう。もっともそれはこちらも大差なかった。フリスクはツンデレとかいうわけではなく、鏡みたいな反応をするからだ。
 だから、パピルスのように真正面から行けばおそらく真正面から来るのだろう。自分にはできないが。
 『きっと君を幸せにするよ』
 いつぞ、フリスクは真正面から言ってきた。だが、自分は碌な反応ができなかった。
 『もうなにも諦めなくていいようにする』
 だが、フリスクの宣言通り、少し諦めが悪くなったような気はする。
 「明日には起きるかな。」
 ぽつりとパピルスが呟いた。
 「きっと元気になってるさ。」
 残る汗と水滴をぬぐって頬に手を当てる。もぞ、と少し頬が摺り寄せられた。
 「フリスク。大丈夫か?」
 パピルスが声をかけると、うっすらと目が開く。
 「……」
 「フリスク、身体はどうだ?」
 「……」
 少しマシ、とかすれた声が返事をした。意識がある、声が出せる、それだけで胸がいっぱいになる。
 「良かったあ……心配したんだぞ!」
 「パピルス、サンズ、ありがと、ごめん。」
 かすれた声。そして手がこちらに延ばされた。それは二人分の目元の雫をぬぐっていく。
 「珍しいのが見れた。」
 いつものようなイタズラっ子の顔も今は流石に力がない。それでも、先程の事を考えればかなりマシだろう。やはり峠は越えたような気がした。
 「その元気があるならもう大丈夫だな。」
 目元を擦ると、確かに雫が残っていて少し気恥ずかしい。
 「水ほしい。」
 「わかったぞ!」
 パピルスが飛んでいく。席を外し損ねた自分の手をまだ熱い手がつかんだ。骨の手は頬にあてられる。
 「気持ちいいのか、それ。」
 「うん」
 リクエスト通り好きにさせていると、パピルスがばたばたと駆けてきた。
 「水持ってきたぞ!」
 「ありがと。」
 身体を起こしてやると、顔をしかめながらも水を飲んでいるのが分かる。
 「痛いか?」
 喉を使いたくないのだろう、フリスクは、こくりとうなずいた。
 ゆっくりゆっくり飲み干すと、疲れたように倒れこむ。その体にまた布団をかける。
 「お休み。」
 フリスクはこくりと頷いて目を閉じた。
 頭を撫でると、またすり寄ってくる。
 「気に入ってるのか?」
 「冷たくていいらしいな。ほらお前も休んでこい。」
 言うと、パピルスはかぶりを振った。
 「いい、今夜はこっちにいる。珍しく勤勉な兄弟とフリスクと一緒に居るぞ。
  兄弟もいつ倒れるか解らないからな、俺様がいないとダメなのだ。」
 「そうか。そりゃあ心強いな。」
 窓の外、夜は明けけている。
 「本当、看病ってのも大変だな。」
 「でも、おかげでサンズが真面目と勤勉を思い出したぞ。俺様はそれが嬉しい。」
 あと、必死になるとか苛立つとか祈るとか、そういうのも追加だろうか。そんなことをぼんやり考えていると、扉を叩く音がした。
 「ノックノック!我が子は大丈夫かしら!?」
 トリエルの声だ。
 少し遅い救世主の登場に、パピルスと顔を見合わせる。
 安心で顔が緩むのが自分でわかった。パピルスとハイタッチして立ち上がる。
 扉を開けると、雪の中にはアズゴアとトリエルが心配そうな顔で佇んでいた。


****


 左手が、ぎゅっと握り締められる感覚で意識が浮上した。ぼんやりと目を開けて、少し重たい左手に目をやる。
 自分の手にあと二つ、手が重なっていた。赤いグローブのパピルスの手と、白い骨のサンズの手。その先を見ると、二人とも手を重ねたまま、ソファにもたれるようにしてぐっすり眠りこんでいた。わざわざ持ってきていたのか、二人の肩には毛布がかかっている。
 調子を崩した昨日から、ずっと付いていてくれたようだった。昨日の記憶は夢とうつつを彷徨っていて断片的なのだが、ずっと傍にいてくれた気がする。辛くても苦しくても、心細いとは感じなかったからだ。
ありがとうの気持ちと、悪かったなという気持ちが混ざって、少し胸が苦しい。
「……ありがとう。」
 声はまだかすれていた。汗だくになっている身体もまだ重たい。それでも昨日よりはかなりマシだ。まだ暖かい湯たんぽを引き寄せ、ずり落ちたタオルを頬にあてていると、ここに居ないはずの声がした。
 「まあフリスク。おはよう、身体は大丈夫?」
 トリエルの声だ。驚いてそちらに目を向ける。
 「ママ、なんで?」
 「あなたが苦しんでいると聞いたから飛んで帰ってきたのよ。」
 「おや、フリスク、起きたんだね。」
 なぜか王様の声もする。今度は頭の上からだ。首を動かすと、すぐ傍にアズゴア王がいた。ホッとしたような顔がこちらを向いている。
 「昨日は大変だったみたいだね。今日もしっかり休むんだよ。」
 「何か食べられそう?スープがあるわ。」
 「うん、それなら食べる。」
 答えると、トリエルもホッとした顔で笑った。
 「じゃあ温めなおすわね。ゴーリィ、フリスクと二人を見ていてね。」
 「解ったよ、トリィ。」
 返事を聞いてから、トリエルはキッチンに向かう。あれ、ママと王様こんなに仲良かったっけ、という疑問がよぎったが、体の重さにかき消された。
 くったりとソファに身体を預ける。まだ本調子には遠いらしい。
 「まだまだ休まなくてはいけないようだね。……それはそこの二人にも言える事だけど。」
 ぐっすり寝たまま起きる気配のないサンズとパピルスを見ながら、王様が優しく言った。
 「昨日は一日中看病してくれていたんだ。あとは私たちに任せて、部屋で休むように言ったんだけど。」
 そこは譲らなかったんだ、というのは正直驚いた。それと同時に、ずっと一緒に居てくれたんだ、というのが、素直にうれしい。
 「感謝しなくてはね。彼らの思いにも苦労にも。」
 「うん。」
 素直に頷く。これだけしゃべっていても起きないということは、かなり疲れていたのだろう。左手の感覚は心地よく温かいけれど、その分心配もかけたようだった。
 「スープ、温めたわよ。あと、栄養ドリンクもあるの。起きられるかしら?」
 トリエルから声がかかる。左手は名残惜しいが、そっと手を抜いて起き上がることにした。視点が高くなると、昨日はあまり気付かなかったものがそこここに見える。この家にはないはずのストーブ、毛布、それにメタトン型のメッセージカード。昨日来ていたアルフィスやアンダイン、もしかしたらメタトン、それにトリエルママと王様、みんなで持ち込んだのだろう。そういえば昨日からとてもお世話になっている湯たんぽだって、元からこの家にあったわけではなかった。どうやら迷惑をかけた相手……感謝すべき相手は、思っている以上に一杯いるようだ。
 本当に、皆、優しい。
 「はい、どうぞ。熱いから気を付けるのよ。」
 ほーっとなって部屋を眺めていると、カップが手渡された。差し出されたスープにいただきます、と言って口を付ける。
 「ねえ、王様。ママも、まだやる事いっぱいあったんじゃなかったの?」
 「それは気にすることじゃないね。」
 王様は穏やかに首を振った。
 「苦しんでる我が子を助ける以上にやるべきことなんて存在しないわ。」
 「そういうことだ」
 きっぱりした二人の顔には、もう何も失ってなるものか、という強い決意が感じられた。
 「わかったら、着替えてもう一眠りして。早く元気になりなさい。それがあなたのやるべきことよ。」
 頷いたら、小さな瓶が渡された。確か昨日アルフィスがもってきてくれていたはずだ。不味くありませんように、と祈ったのが通じたか、トロピカルな海茶といった風情で意外と美味しい。
 瓶を返すと次に差し出されたのは洗い立てのパジャマだった。今日は一日寝ていろという事らしい。
 もぞもぞと着替えて、ずいぶん増えている毛布にくるまる。目が覚めたらもっと元気になっていようと思った。そしてまずはパピルスとサンズにおはよう、ありがとうというのだ。
 記憶はぼんやりしているが、頬を撫でる手と、冷たいのを取り換えてくれていたのは覚えていた。背中を支える腕、心配そうにのぞき込む目、うつらうつらしながら一緒に居てくれた姿。泣きそうな顔すら見たような気がする。それに涙も。
 二人して寝ているということは、きっと遅くまで一緒に居てくれたのだろう。
 だから。
 重なった手にもう一度手を重ねて、きゅっと握った。
 おやすみなさい。
 かすれた声で言って、目を閉じる。
 左手からは安心が伝わってきて、じんわり暖かい。
 ゆっくり息をすると、気だるい身体はすぐに眠りの世界に落ちて行った。


冬だし看病ものとかいいよね!と軽い気持ちで書いてたんだと思いますが、多分ついでだし皆出しちゃえーってなってこうなったのかもしれない。
フリスクは基本的にパピルスが大好きという方向で生きています。あと、よりは戻さなくていいからパパとママには和解してほしい。アズリエルがかわいそうだもんな。
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