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骨と人間と風邪っぴき

 ドアの外からは既にわいわいと賑やかな声が聞こえてきていた。
 「ただいま戻ったぞ!」
 「お邪魔しまーす」
 元気な声と一緒に扉が開くと、パピルスとフリスクが入ってくる。フリスクはこちらに気づくと、名を呼びながらぱたぱたと駆けてきた。
 「サーンズー!」
 「あー、よく来たな。」
 熱烈なハグが来るかと身構えると、フリスクは予想通りそのまま飛びついてきた。と思ったら腕が思い切り引っ張られてバランスが崩れる。
 「!?」
 そして一瞬。身体が宙に浮いた。直後、派手な音と衝撃と共に天井が見える。
 「わーすごい決まったあ!」
 何があったのかわからないうちに、自分をひっくり返した犯人は無邪気にガッツポーズを決めていた。
 「あー、それはなんだ、新しい挨拶か?ん?」
 「あ、そうだった、ちゃんと挨拶しないとね。しばらくお世話になります、よろしくお願いします。」
 ぺこん、とお辞儀をして元気に笑う。そこだけ切り取れば挨拶としては上出来だ。しかし時間というものは現在基本的に連続している。
 「よーしいい子だ。お前さんは出会い頭に人を投げ飛ばすのはいい事じゃないって事もわかるいい子だ。な?」
 身体を起こしてフリスクの頭をぐいぐいと撫でる。
 「ぐええええ」
 「そうかそうか、よくわかるか。いい子だな。
  そういえば最近俺は、怒るって感情を思い出してな。へへへ、お前さんのおかげかなあ。」
 力いっぱい撫でながらゆっくり言い聞かせてやると、どうやらわかってくれたらしい。
 「ぎぶ!ぎぶ!!ごめんなさい!!」
 もうしません、の言葉を聞いてから手を離してやる。
 「あのなあフリスク、骨はいたわらなきゃだぞ…」
 一連の流れをあっけにとられて眺めていたパピルスが、深々とため息をついた。
 「サンズで遊ぶならもう少し方法があるだろう?」
 「はーい」
 そういう話でもない。
 「全く、どこで覚えてきたんだ。」
 「アルフィスの漫画。」
 他に何があるのか、という力強い答えに、二つのため息が重なった。


 地上への道が開いてからまだ間もない。しかし、最初が肝心とずいぶん強引に交渉した結果、人間との共存の目途は立ちつつあった。まだ交わるには遠く、先は長そうだが、それでも希望に満ちている。
 ただ、地上に引っ越すにはまずは住居を調達しなければならず、新しい住居を古い家で探している者も多かった。自分たちもそうだ。何せ地上は広い。街に住むにしろ田舎に住むにしろ、探すところは山ほどある。
 アズゴア王とトリエル……王と元女王は、一応モンスターの代表として前面に出ているのだが、今日から数日間は地上に皆が居住出来そうなところを調べに行くと言っていた。何せモンスターは多種多様だ。海の中だってマグマの中だって、心地よく住める奴はいる。そして、そういった事情にはさして明るくないフリスクは、今回お留守番……というわけで今に至る。フリスクもこれで親善大使として飛び回っていたので、今回は少し骨休めと言ったところだ。
 「パピルス!雪玉ゲームのとこ行こう!」
 「よしきた!」
 荷物をソファに放り出すと、フリスクとパピルスは二人そろってバタバタと出て行った。後で様子を見に行くか、と思いながら外を見る。スノーディンは相変わらず雪の町だった。街の出口に向かって大小の足跡が二つ走っていく。それは町の中心部で他の足跡と混ざって、やがて見えなくなっていった。

 「いただきまーす!」
 「女王様に教えてもらってからとっても上達したんだぞ!」
 フリスクもいるし、と久々に家で夕飯を取ることにしたら、今日のパスタはまさかのラザニアだった。以前が嘘のように美味しくてちょっと感慨深い。

 「お風呂準備完了!」
 「一緒に入るか!」
 すぐにバスルームからはわいわい騒いでいる声が聞こえてきた。

 「おやすみなさ……あれ?」
 「二人だとちょっと狭すぎるな!俺様はソファで」
 車型のベッドは確かに二人だと窮屈そうだった。ベッドを客人に譲ろうとするパピルスをフリスクが押しとどめる。
 「ううん、ぼくがソファ行くから毛布貸して?」
 「解った!大きくなったんだな!」
 「うん、伸びたんだ。今にパピルスに追いつくよ。」
 もぞもぞとベッドから出てくるフリスクをとりあえず抱きかかえる。
 「なあに、サンズ。」
 「まあなんだ、俺の読み聞かせくらい聞いていっていいだろ?せっかくだし。」
 ほい、と膝の上に座らせると、フリスクは毛布を抱えておとなしく体を預けてきた。
 「途中で寝たらベッドまで連れていってやるからさ。」
 「ソファまででいい。」
 「へいへい。じゃあ始めるぞ。」
 昔々……と本を開く。
 遊び疲れていたのだろうか、1冊読み終わる頃にはベッドの上も膝の上もしっかり寝落ちしていた。
 部屋の明かりを消して外に出る。フリスクは当人の希望通りソファまで抱きかかえて、毛布を掛けてやった。
 出会い頭に技を掛けて来るイタズラ小僧も、寝ているときは割と天使だ。……まあ実際天使扱いされてはいる。地上を見た天使が舞い戻るとき、地下は空になるだろうという伝説そのままに、地下は空っぽになりつつあるからだ。そう言われるたびに、当人の顔は曇るのだが。
 色々ありはしたものの、フリスクは地上に出る道を開いた。それは奇跡と偶然と幸運が重なった結果でもあって、何をどうやったのかは当人もよくわからないらしい。世界が書き変わったみたい、とは言っていたが、それは皆が思っている事だ。
 太陽も月も星もこの目で拝むことができるなどと思っていなかったから、幸せな夢を見せてくれたことには感謝していた。だが、フリスクは、これは夢にならないようにするんだ、ときっぱり言った。ここから先は何があるのかわからないから、力を貸してほしい、とも。
 以来、家を探すフリをしながら研究のログを漁ったりしている。この幸せな世界が巻き戻るのはごめんだという気持ちも、幾星霜ぶりに戻ってきた。随分な変化だと我ながら思う。
 原因……眠っているフリスクの頭を撫でてやると、くすぐったそうにこちらに顔を向けてきた。楽しい夢でも見ているのだろうか、本当に寝ているときだけは天使だ。
 まあ朝になればすべて消し飛ぶ。いるだけで空気が騒がしいし、パピルスも普段よりはしゃぐし、明日はどんなイタズラをするつもりか解りはしない。
 おやすみ、とつぶやいて部屋へ戻る。真っ暗な部屋の中、相変わらずぐしゃぐしゃのシーツが自分を出迎えた。

 「サンズ!!!サンズ、起きてくれ!!!」
 部屋の扉を盛大に叩く音。パピルスの切羽詰まった声も響いて目が覚めた。
あくび混じりで身を起こす。扉を開けると、パピルスが掴み掛からんばかりに飛び込んできた。
「どうした兄だ」
「フリスクがおかしいんだ!!俺様だけじゃよくわからないから助けてくれ!!」
 何だそれは、と思いながら下に降りる。フリスクは昨日寝たままの恰好でソファに転がっていた。いや、昨日は毛布だけだったが今はその上から布団が掛けてある。パピルスが部屋から持ってきたのだろう。
 見ると確かに様子がおかしい。息が荒いし顔が赤い。ガクガク震えて見るからに辛そうだ。
 「フリスク、どうしたんだ?」
 潤んだ目が薄らと開いた。口も少し動くが、声になっていない。
 「声が出ないのか。」
 こくり、と頷く。
 「……寒いのか?」
 また頷かれた。
 「こんなに寒がったことなかったのに。」
 「とりあえず温めてやるか。」
 パピルスがばたばたと部屋に入って、ぐしゃぐしゃのシーツを持ってきた。しかし、我が家に防寒具など殆どない。自分もパピルスもスケルトンで皮膚がない故に、温度変化には鈍いのだ。
 頬に触れると、明らかにいつもよりも熱かった。鈍い自分にでもわかるのだから相当だ。額も首筋も、どう考えてもいつもより熱い。
 すり、とフリスクが手にすり寄ってきた。熱い頬を当ててじっとしている。放熱のつもりだろうか。
 「何か食べるか?」
 両手で顔を挟んで聞くが、もう答えは返ってこなかった。

 やるべきは、まず報告、連絡、相談だ。
 携帯を引っ張り出して、トリエルの番号に掛けてみる。コール音は始まることも無く、電波が届かないと言いだした。舌打ちしてメールに切り替える。フリスクの具合が悪そうだという事、連絡がほしい旨を書いて送信。しかし、電波が届かないところに居る以上、即返信という訳にはいかないだろう。流石の自分も人間の看病の仕方など解らない。かといって地上の医者にアテはない。じわりと焦りが顔を出す。
 「サンズ、アルフィス博士と連絡が取れたぞ!あっためて頭をタオルとかで少し冷やしてやるといいらしい!」
 隣で電話を操作していたパピルスが声を上げた。
 「クールだ兄弟。続きは俺が聞くからタオルを用意してきてくれ。」
 「了解だ、兄弟!」
 ばたばたと走っていくパピルスを見送りながら、携帯に話しかける。
 「アルフィス、俺だ。完全にお手上げでな、正直どんな情報でもありがたい。」
 「看病ネタって本当お約束よねえ、ロマンってい」
 「生憎そんな場合じゃない」
 お気楽な声のトーンに思わずきつく言ってしまって、あ、と気づく。
 「……あーすまない。で、この場合何が必要なんだ?」
 「え、えーと!さっきも言った通り、温めてあげて。でも、頭だけは適度に冷やしてあげて。氷漬けにしなくていいわ、冷たく濡らしたタオルを当てるくらいで良いみたい。」
 向こう側ではアンダインの声も聞こえている。
 「ちなみに情報源は」
 「申し訳ないけど地上のアニメと漫画ね。
  ごはんはおかゆがお約束よね。あったかくて柔らかいスープみたいなの。はい、あーんとかって食べさせてあげるのとか本当ロマンよねえ。」
 後ろでは、別にそんな事しなくてもアルフィスになら食べさせてやれるぞ!と元気のいい声が聞こえているが、ツッコミを入れる余裕はなかった。
 「薬もあるみたいなんだけど、それはよくわからないわ。……あと、ああ、栄養ドリンクね。それなら冷蔵庫にあるから持っていきましょう。効くか」
 「サーンズ!!フリスクがヤバい!なんかすっごく熱くなってる!!」
 パピルスの悲鳴のような声が響き渡った。
 「あー、あと大声はやめてあげるようにパピルスに言って。多分頭ガンガンしてると思うわ。」
 「了解だ。パピルス、ちょっと静かにしてやってくれ。頭に響くんだと。」
 しーっと指を口元にあてると、パピルスはあわてたように口元を手で押さえた。
 「ごめんだぞ、フリスク」
 こそこそこそ、と言っている声は果たして届いているのか、反応はない。
 「私もすぐ行くわ。何か必要なものはある?」
 ガタガタ震えているフリスクに必要なもの。とりあえずは温められるものだろうか。
 「暖房器具、ストーブみたいなもんはあるか?俺達は骨だろ、皮膚がないから鈍くてな。うちにないんだ。」
 「わかった、アンダインと一緒に持っていくからちょっと待って……え、アンダイン、水?本当、そうね!」
 電話の向こうでアンダインの声がしている。熱いんだったら水だろう、とかなんとか。
 「水か?」
 「ええ、アンダインが水をやった方が良くないかって。私も賛成、人間は水で出来てるものね。え、かける?……んーと」
 あちら側では水を掛けられたとかなんだとか聞こえている。
 「頭に水をかけるのか?」
 「いえ、そんなの見たことないし……効率的に摂取するなら飲ませるべきね。かけちゃだめよ。」
 「わかった。」
 「あ、それと!そんなに体調悪いならとっても心細いと思うの!なるべく誰かついててあげてね。」
 じゃあ私も準備するから、と電話が切れる。
 なるべく身体を温める事。頭は少し冷やしてやる事。柔らかくて暖かいものを取らせること。栄養ドリンクを飲ませること。水を取らせること。出来る事はあると知れて、少し気が落ち着く。
 落ち着くが。
 「アニメって凄いな……」
 切れた電話を見ると、溜息しか出てこなかった。

 鈍い自分でもわかるくらいに、フリスクは熱を持っている。人間というのは熱があるだけでここまで調子が悪くなるものらしい。難儀なつくりだ。
 「何とかならないのか?」
 心配そうなパピルスに、先程聞いた情報を並べる。
 身体を温める、頭を少し冷やす、おかゆだかスープみたいな柔らかくてあったかいものを食べさせる、水や栄養ドリンクを飲ませる、……一つずつ指を立てるのをパピルスは真剣に聞いていた。
 「あとは、そばについていてやる、だな。」
 「それなら俺様にもできるな!」
 「その意気だ。」
 既に生ぬるくなったタオルをひっくり返して立ち上がる。
 「俺はちょっとグリルビーズにいって何か調達してくるよ。あったかいものも多少はあるだろ。グリルビーはいつも燃えてるからな。」
 「わかった!いつもみたいに油売ってないで早く帰ってくるんだぞ!今日はサボり禁止だからな!」
 「わかってるよ兄弟。じゃあ行ってくる。」
 扉を開けると見慣れた雪景色だ。それを踏みしめる事二歩でグリルビーズにつく。いつもの常連メンバーにいつものように出迎えられるが、今日は楽しむ時間はなかった。
 「グリルビー、スープか何かあるか?」
 珍しい、という顔がこちらを向く。
 「フリスクが家に来てるんだが、具合が悪いってんでな。暖かくて柔らかいスープみたいなのを探してるんだ。」
 ぱちぱち、と驚いたように火花が散って、グリルビーはストックを探しに奥に行った。
 「フリスクの調子が悪いのか?」
 ドガミーとドガレッサが声をかけてくる。
 「ああ。今朝から寒いみたいで震えっぱなしでな。」
 「それなら、うちに良いのがあるわ。お湯入れて抱っこすると暖かいのよ。」
 「持って来るから待ってろ。」
 お前もね、とドガレッサにも言い残して、ドガミーはいそいそと出て行った。
 「助かるよ、本当に。」
 「こういう時は助けてあげたくなるのよ。サンズが冗談の一つも言わないなんてよっぽどでしょ?」
 そんなに切羽詰まっていたのだろうか。試しに肩を竦めてジョークの一つも考えようとするが、さっぱり出てこない。
 「こりゃ参ったな。」
 「家族が具合悪いと心配になるし心細いからね。」
 そんなことを話している間に、すっと水筒が差し出された。
 「持って行ってやれ。」
 「ありがとな、グリルビー。ツケといてくれ。」
 「戻った!サンズ、こっちだ。」
 ばたばたと扉が開いてドガミーが戻ってくる。どんと渡されたのは、子どもが抱えられるくらいの大きさの丸い水筒だった。
 「お湯を八分目くらいに入れてしっかり蓋をしめるといい。とても熱いから、タオル巻いて温度を調節するんだ。」
 「悪い、恩に着るぜ。」
 「お大事にね。」
 常連たちの声を背にグリルビーズを後にする。雪を踏みしめる事二歩で家だ。
 「ただいま、フリスクはどうだ。」
 声をかけると、ソファのそばに座り込んでいたパピルスが顔を上げる。
 「待ってたぞ!フリスクは寝て……あ、起きたな、フリスク!」
 気分はどうだ、と心配そうに聞いている。その横から手を伸ばして頬に触れた。まだ熱い。
 「グリルビーからスープもらってきたんだ。飲むか?」
 ぼんやりした瞳がこちらを見て、首が力なく横に振られる。
 「スープも食べられないのか?!」
 今にも泣きそうなパピルスの口をそっと押えると、しまった、とパピルスも口を押えた。フリスクの口が力なく動く。
 「(ごめんね)」
 「謝ることはないんだぞ!」
 「そういうこった。水とあったかいの持ってくるからちょっと待ってな。」
 言って湯たんぽ片手に台所に向かう。飲ませる分はお湯が沸騰する前に少しだけ取り分けた。沸騰した分は言われた通り湯たんぽに入れてみたが、確かに骨でもわかる程度には熱い。バスタオルを持ってきて包んでみると少しはマシになったが、人間はどれくらいが適温なのだろうか。
 ぬるま湯の入ったマグとバスタオル付の湯たんぽを抱えてソファの所に戻る。
 「待たせたな。こっちが湯たんぽ、だと。触れるか?」
 差し出してみると、おっかなびっくり触っている。が、この感じなら大丈夫だろう。
 「中は熱湯だから、火傷しないようにな。」
 毛布の中に差し込むと、暖かいのかすぐに懐いた。
 「で、こっちが水だ。」
 「水はなるべく飲んだほうがいいってアルフィス博士も言ってたぞ!」
 パピルスが言うと、身体を起こす気になったらしい。もぞもぞ動く身体を、パピルスが毛布ごと起こした。
 「ええっと、飲ませるか?はい、あーんって?」
 尋ねるパピルスに、フリスクは要らないとかぶりを振ってマグに手を伸ばす。
 「気をつけろよ」
 マグを支えながら様子を見るが、喉がおかしいのだろうか、苦しそうな顔をして、一口二口でマグを返してきた。
 「もういいのか?」
 尋ねるが、それだけで体力を使い果たしたのか、ぐったりしてしまっている。どうしよう、と困惑しているパピルスに、もう休ませよう、と目で合図した。
 「フリスク、とりあえず寝てるといいぞ。」
 「さっきよりは温かいはずだしな。」
 ずり落ちていたタオルはぬるかった。少し振り回して冷ましてまた額の上に乗せる。ついでに頬を撫でてやったら、手に頬を摺り寄せてきた。冷たいはずだが心地いいらしい。
 「おやすみだぞ!」
 パピルスが毛布を掛けなおすと、フリスクはじきに眠ってしまったようだった。
 「なあ兄弟。フリスクは治るのか?」
 穏やかとは言い難い寝息を確認して、パピルスがため息をつく。
 「多分大丈夫さ。こいつは頑丈だからな。」
 前だって、目覚めないと思ったらちゃんと目を覚ましただろ?そう言うと、そうなんだが、とパピルスはまたため息をついた。
 フリスクは、どれだけ傷ついても前に進んできた実績がある。どれだけ死んでも、ということもあったかもしれない。ただ、それは間違ってもこんな病ではなかった。
 「こんなに大人しくしてると、なんか怖いぞ。」
 「調子は狂うな。」
 いつもはうるさいからな、と言うが、パピルスはかぶりを振った。
 「そうじゃなくて、……動かなくなりそうで。」
 心配そうにソファの上を見やるパピルスの肩を叩いてやる。
 「だから大丈夫だって言ったろ。こいつはしぶとい。」
 そう、しぶといししつこい。だが、同じ心配を全くしていないと言ったら嘘だった。本当に動かなくなったら世界ごとマズい。どこまで巻き戻されるのか、どこまで忘れてしまうのか、全てがリセットされてしまうのか、その全てがもはや考えたくない事だ。
 何より、自分はこの時間を、この人間を失いたくはなかった。例え出会い頭に投げ飛ばして来ても、パピルスのいう事しか聞かなくても、フリスクは同志であり友人だ。最近はようやく前よりは懐かれている気がしていたのだ。
 ……だから、大丈夫だ。
 逃避と言われようが、多分きっとそんなに大事じゃない。そう思い込まないと自分のほうが参ってしまいそうだった。


 「待たせたな!フリスクは生きてるか!?」
 「お、おまたせ!」
 アルフィスとアンダインが訪ねてきたのは昼を過ぎた頃だった。
 「静かにしてくれ!」
 パピルスと二人で口元に指を当てると、アンダインも慌てて声を落とす。
 アンダインはMTT製のストーブと毛布を担ぎ、アルフィスは栄養ドリンクと小さなカードを持ってきていた。
 「アンダイン、ありがとう。ストーブは私がやるわ。」
 「解った。そっちを預かろう。」
 持ってきた毛布をフリスクに掛けて、アンダインがこちらに向きなおる。
 「こっちがアルフィスの作ったドリンク剤。カードはメタトン達からだ。丁度行き会ったから預かった。」
 「メタトン一座のサイン入りカードか!俺様はこれだけで元気が出そうだぞ!起きたら読んであげないとな。」
 「ドリンク剤は、これは大丈夫なのか?」
 「あ、ええと、私には効くんだけど…人間に効くかどうかは試してないわ。
  材料は海草とかお茶とか、えっと、味付け変えたけど高濃縮した海茶みたいな?もので……海茶はフリスクも飲んでたし!少なくとも毒にはならないわ。……よし。」
 そう言いながら、アルフィスはストーブをつけた。流石に高性能で、すぐに部屋に暖風が満ちる。
 「OK、ありがとうアルフィス。起きたら試してみる。」
 ドリンク剤片手に台所へ向かうと、後ろの方から声が聞こえてきた。
 「フリスク、お前らしくないぞ。」
 赤い顔で眠っているフリスクのタオルを替えながら、アンダインがぶつぶつ言っている。
 「そんな顔してたら心配になるじゃないか。私をこんなに心配させてどうするんだ。」
 全くもって同感だ、とついた息は次の言葉で引っ込んだ。
 「早く元気になるんだぞ。手始めにサンズを投げ飛ばせるくらいに。」
 「アンダイン、フリスクは昨日既にサンズを投げ飛ばしてたぞ。」
 「本当か!?上達早いな!教えた甲斐があったぞ。」
 教えたのはお前か、という気持ちと、それくらい元気があれば心配しないで済むのに、という気持ちがせめぎ合う。
 「今日はこうなんだけどな。」
 「そうなんだよな。」
 ソファの傍でアンダインはパピルスとため息をついている。
 「本当看病ネタなんて嘘っぱちね。こんな辛そうにしてるんじゃときめく余裕なんてないじゃない。」
 アルフィスはぶちぶち言いながら、熱を確かめ脈を取っていた。
 「原因とか、なんかわかるか?」
 戻って聞いてみるが、アルフィスは首を振る。
 「いえ、人間の組成や機序の研究してたわけじゃないから。医学なんてさらに解らないし、もしそうなら、アニメ以外の情報持って来てるわ。
 この状態がおかしいのは解るけど、どれくらいおかしいのかもわからないし。」
 「少なくともいつもより熱いな。あと、声が出ないらしい。スープは飲まなかったし、水も飲みにくそうだったから、喉のあたりがおかしいのかと思うが。」
 「喉、ねえ。……ん、確かに他よりちょっと熱い気がするけど。頭よりそっちを冷やしたほうがいいのかしら。
 ……でも、私の知識だけじゃよくわからないわ、ごめんなさい。」
 アルフィスはまた力なくかぶりを振った。
 「謝ることはないさ。」
 「そうだぞ。俺たちもわからないんだからな!もしかしたらフリスクだって解ってないんだし。」
 赤い顔で辛そうに寝ているフリスクは、……まあ確かに分かっていないだろう。重たい空気が落ちたところで、アンダインが、そうだ、と手を打った。
 「金色の花のお茶を持ってきたんだ。淹れてやるからお前たちも飲むといい。」
 「そ、そうね!サンズ、パピルス、休憩しましょう。
  真面目に看病してたみたいだし、きっとあなたたちも疲れてるわ。」
 「台所借りるぞ。」

 金の花のお茶はこんな時でもいい味だった。
 「パピルス、お前も休んだ方がいい。」
 ソファの方から離れないパピルスに声を掛ける。
 「でも、誰かが付いていてあげないと。」
 「俺が代わる。少し休むんだ。」
 一気に飲み干してソファに戻ると、パピルスは渋々といった体でテーブルの方に向かった。
 お茶に手を伸ばすのを確認して息をつく。パピルスもこの半日ですっかり参ってしまったのか、あのままでは倒れそうで少し怖かった。
 手を出して茶色い頭を撫でると、また頬がすり寄ってくる。まだ熱いし、辛いのが見て取れてこちらまで辛い。
 「お前さん、早く元に戻ってくれないか?」
 タオルを替えながら声を掛けると、どうやら気づいたらしい。薄く目が開く。
 「大丈夫か?」
 しかし、聞いてみてもぼんやりした目は何も伝えなかった。
 「ほら、水だ。」
 少し起こして水をやる。嫌そうな顔をしながらも、なんとか半分。だがそれだけでも疲れたのかぐったりしてしまった。
 「アルフィスがドリンク剤持ってきてくれたんだが」
 ぐったりと首を振る。飲まない、というより飲めない、と言ったところだろう。よいしょ、と元に戻す。
 中の湯たんぽの温度を確認して、毛布を掛けなおして。ずり落ちたタオルを直そうとすると、また手にすり寄ってきた。
 「この手がいいのか?」
 こくり、と頷く。いつもより温い手が骨の手を取る。体温の殆どない骨の手でも役に立つものらしい。好きにさせていると、手は頬をぺたりと触り、次いで首の方をぺたりと触ってそこで止まった。頬より熱い。ここが熱源なのだろうか。もう片方の手も首筋に添えると、少し楽になったのか表情が柔らかくなった。
 「これで楽になるなら安いもんだ。」
 ずり落ちたタオルを額に掛けて少しすると、どうやらまた眠ってしまったらしい。よしよし、と頬を撫でる。ふと気が付くと、後ろからは心配そうにパピルスたちが覗き込んでいた。




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