背を向けてずかずかと前方に歩いていくプリン頭に声をかける。返事も反応も無い。
「待ちなってば。」
「っ!」
血に汚れた後ろ髪を思い切り引っ張ると、今度は一瞬のけぞって、漸く反転してきた。
「引っ張るなっ!」
「無視するからだよ。ほら、回復。」
ひねくれもののアルベルの行動は、ネルからすれば常にさっぱりわからなかった。とりあえず逃げられるのも面倒なので、左手に髪を掴んだままでさっさと呪紋を詠唱する。
どうやら大人しくしてくれているらしい。どこから手をつけたものか迷うほどの傷の多さに辟易しつつ、順次呪紋を掛けていく。
「・・・・・終わったよ。」
なんとか全部処置して声を掛けると、緊張が解けてふらりと前が白くなった。これしきで立ちくらみなど、ヤキが回ったもんだ・・・と冷静に自分に呆れつつ、手近な手がかりを握り締めて耐える。目を閉じて二秒もあれば治るのだ、こういうものは。
「おい、大丈夫か?」
握り締めていた手がかりが、上に引っ張られた。
「なんでもない。」
左手に握っていた手がかりこと髪の毛を離して首を振る。
「テメエの限界くらい知っとけ阿呆。」
尊大かつ馬鹿にされたような物言いが非常に腹立たしい。・・・それが正論なのもまた腹立たしい。誰のせいで精神力使い果たすまで回復かける羽目になったんだ、というのは確かにあるのだが、それは言い訳にもなりはしないだろう。
「言われなくても解ってるし、アンタに言われたくないね。」
早々に前に進みだしていた背中に言い返しても、鼻を鳴らされただけだった。息をついて睨みつけたところで、後ろから肩を叩かれる。
「ネルさん、これ飲んでください。」
片手に精神活性剤を持ったフェイトだった。
「あ、ああ。すまないね。」
薬を受け取って、一気に飲み干す。正直なところこの薬は苦手だった。飲めないというわけではないが、微妙な味につい眉が寄る。
「いつまでたっても、この味に慣れる気はしないねえ。」
気力は戻るのだが。苦笑いで言えば、フェイトも曖昧に笑った。
「薬なので我慢してください。効き目は保証できますから。」
「ああ、わかってるよ。」
「それと。」
フェイトは、ネルの手から空瓶を取り上げると、今度はかっちりと目を合わせてきた。
「ん?」
「・・・・負担が大きいんだったら、メンバー変えましょうか?」
その目には、心配が見え隠れしていた。フェイトにまでまた心配されてしまって、自分で自分が少々情けない。
ネルは苦笑いと一緒に軽く手を振った。
「いや、そんなに心配しなくてもいいよ。」
でも、と食い下がろうとするフェイトと、目を合わせる。
「あれくらいなら、まだついていけるさ。」
というより、あの戦い方は自分の他についていける者が居るのかどうかが正直謎だった。今まであの軽装で防御も考えず、一人で敵陣に突っ込んでいっているはずなのに、何故毎度無事に戻ってきていたのか、理解に苦しむ。
フェイトは何か言いたそうな顔をしながらも引き下がる気になったらしい。
「本当に、無理しないで下さい。」
「大丈夫だよ。私を誰だと思ってるんだい。」
さっきの薬は味はともかく気力には非常に効き目があった。笑って言えば、フェイトもようやく頷いてくれる。一人でさっさと行ってしまったアルベルを追って、2人は先を急いだ。
あらかたの道を掃除して、残りのメンバーを待つと、後ろから来ていたマリアたちが顔をしかめる。
「随分先はきついみたいね。」
敵味方の血で汚れた体をしみじみと眺めて、マリアがため息をついた。
「いや、大丈夫だよ。この近所の敵を様子見ついでに片付けたからこうなってるだけだし。」
フェイトはそう言って腕にくっついた血を拭う。
「強敵ってほどじゃねえな。まあ、やるにはやるようだが、所詮はクソ虫だ。」
アルベルもそう言って、水に手を伸ばした。
「でも・・・ネルさん、顔色悪いですよ?」
ソフィアに見上げられる。そんなに疲れてはいないはずなのだが、そう見えてしまうのだろうか。
「私は普段と変わらないけど。」
光の加減かねぇ、と言えば、フェイトがいいえ、と息をついた。
「ネルさん、働きすぎなんですよ。回復からフォローから攻撃まで、なんで一人でやろうとするんですか。」
僕達も一緒に居るんだから、もうちょっと頼ってください、と続く。ネルは首を横に振った。
「ありがとう、私は十分頼ってるよ。それに、自分に出来る事くらいさせて欲しいからね。」
「で、限界見失って倒れるんだな。」
声のした方を見れば、腕を組んで偉そうに立っているアルベルが目に入った。
「自分の限界くらいわかってるさ。少なくとも猪みたいに敵に突っ込んでいくアンタよりはね。」
怒鳴りたいのを押さえて冷静に言えば、アルベルは吐き捨てるように言った。
「だからお前は阿呆なんだ。」
「なんだって?!」
「まあ待て。」
冷たい紅の眼を睨みつけたところで、クリフが間に入ってきた。
「ネル。そんなにかっかすんじゃねえ。お前やっぱ疲れてるんだよ、それは。」
言葉に詰まっている間に、お前も余計な事言うな、などとアルベルにも言いながら、クリフはフェイトの方に顔を向ける。
「次はこいつら待機な。」
「ああ、そのつもりだよ。」
フェイトはあっさり頷いた。アルベルが不服そうに声をあげる。
「おい、俺はまだ」
「どうせ、ネルが居るからって無茶ばっかりしてたんだろうが。休んで頭冷やしとけ馬鹿。」
意見は聞かない構えで、クリフはバッサリ言い放った。マリアが援護するように頷く。
「ま、そんな事だろうと思ったわ。ネルが居ると戦い方違うものね、あなたって。」
あの辺り構わず突っ込んでいく戦い方の他にもレパートリーがあったらしい。意外だった。正直想像がつかないし、アルベルが仲間に入ってこの方見た記憶がないのだが。
「・・・・。」
驚き半分でアルベルを眺めてみる。アルベルは言い返せなかったのか、不機嫌全開で渋々引き下がった。
「さて・・・それじゃ、そろそろ行こうか。」
フェイトが辺りを見回して、出立を告げる。
「うん、そうだね。」
ソフィアが頷けば、クリフもこちらに向って軽く手を振る。
「んじゃ、俺たちはちょっと先見て来るから。」
「大人しく休んでなさいね。」
言うだけ言って、4人はさっさと行ってしまった。
ぽつん、と2人残される。
休んでいろ、といわれたなら、ここまでくれば休むしかない。手近な壁に背を預けて腰をおろす。視界が揺らぐ感覚はもうないが、疲れの感触は確かにあった。
一言二言毒づいた後、アルベルも同じように・・・少し離れたところに腰をおろす。
沈黙が落ちた。いつものことだ。よって、そんなことはどうでもいい・・・が。
聞きたいことが、あった。
「ねぇ。・・・アンタ。」
息を少し吸って、切り出す。
「さっき、マリアたちが言ってた事なんだけどさ。」
返事は無い。ただ、注意がこちらに向ったのはなんとなく気配でわかった。一息ついて先を続ける。
「私はてっきりアンタには猪みたいに突っ込むしか能がないと思ってたんだけど・・・あんな無茶な戦い方してたのは、私が居るからだったのかい?」
返事はやはり、ない。
「何でそんな真似するんだい?」
再度たずねても、返事は無い。ちらりと見やれば、答える気があるのか無いのか、視線は外で表情は見えなくなっていた。
・・・まあ、そんなものかもしれない。なにせ相手が相手だ。
答えは聞けないか、とあきらめ半分で息をつこうとしたところで、ぼそりと低い声がした。
「お前に、それが関係あるのか?」
返答があったことに驚いて、顔をあげる。アルベルはいつの間にやらこちらに視線をむけていた。
「関係あるさ。」
言い返す・・・が、アルベルは低い声で吐き捨てた。
「俺はそうは思わん。俺がどんな戦い方しようがテメェにゃ関係ねえだろうが。放っとけ阿呆。」
言い方から何から、なんでこの男はこう自分の癇に障るのだろう。
「そうはいかない。確かに無茶やるのはアンタの勝手だけど、今アンタに死なれたら困るんだ。」
苛立ちを隠さず言えば、、アルベルは揶揄するように低く笑った。
「フン、・・・テメェは俺がどこでやられようが、野垂れ死のうが関係ないんじゃなかったのか?
・・・・憎いんだろう?俺が。」
「ああ、憎いよ。その態度も今までやってきたことも全てがね。」
ほぼ条件反射でその言葉は出てきた。
「・・・でも、今はそんなこと言ってる時じゃない。世界が掛かってるんだ。
少なくとも私の前でアンタを死なせるわけには行かない。だから、あんまり無茶しないで欲しいんだけど。」
「フン・・・。」
アルベルの方を見れば、驚いた事に真正面から視線が返って来た。
「俺は戦い方を変える気はねぇよ。無駄に手出して倒れるのは勝手だが、それはテメェの責任だ。無理に手を出さなきゃいい話だろう。」
言葉は、冷たくそっけなく、淡々としている。
「無駄に力使ってんじゃねえ阿呆。」
盛大な上から目線でそう言って、ふいっとそっぽを向いた。ムカつく、というのは、こういう時に使う言葉に違いない。
「無駄、無駄って言うけどねっ・・・!」
ネルは立ち上がると、アルベルの前に跪き、その首元に手をかけた。
「あんな戦い方されたら、放っとくわけにも行かないだろう!?アンタ毎回毎回首の皮一枚で生き延びてるのわかってるのかい!?
私はね!なんで私と一緒の時に限って、無駄に精神力使わせるような真似するんだって聞いてるんだよっ!」
一音一音に力が入る。いつでも首が絞められる至近距離で睨みつければ、アルベルは小さく舌打ちして、視線を下にずらした。
「・・・・目をそらすんじゃないよ。さあ答えな。」
また、舌打ちが聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いちいちうるさい奴だな。」
アルベルの顔が上がる。感情の見えない目と目が合って、同時に頭をひきよせられた。一瞬後、唇に何か感触。
何がどうなって何があったか良くわからないまま、一秒。
そして、頭が現況を理解すると同時に右手が握り締められ、それは狙いを過たずにアルベルの顔にヒットした。それと一緒にその場を飛び離れる。
「なにするんだいっ!!!」
口を押さえた顔に血が上る。熱い。きっと赤い。というか、これは一体何を考えていたんだろうか、理解したくないしわかりたくもないし、考えたくもなかった。
「・・・・ってぇ・・・。」
拳が当たった辺り、顔の真ん中を押さえて、アルベルが顔をあげた。それは、こちらを見ると、薄く笑う。
「・・・何動揺してるんだ?」
また、血が上った。今動揺しないでいつ動揺するのさ!!と、自分の中の素が悲鳴をあげる。しかし、理性と、アルベルを目の前にしているんだという状況がそれを押し殺した。目を伏せて、薄く唇を噛む。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「・・・・・べ、べつにっ・・・」
噛んだ。それで次の言葉が消える。自分は何を言おうとしていたのだろう。何をしようとしていたのだろう。思い出せない。頭の中は良くわからない事がグルグル回っているのに真っ白だ。
「アンタこそ、何考えてるんだい!」
無理矢理引っ張り出した言葉は、自分でも情けないくらい余裕がなくなっていた。怒鳴りつけた相手の方は、相変わらずの薄い笑みを浮かべて、とても余裕に見える。悔しい。
「さあな。そんなガタガタ言うようなことじゃないだろう?」
からかうような声音が、とてもとても自分の癇に障る。
「・・・・・っ!!」
言い返そうと口を開いて、言葉が見つからずにまた口を閉じた。言いたいことはあるのに、言葉にならない。それに、確かに10代の頃ならまあともかく、この年齢でムキになるのは恥ずかしい、という認識がどこか頭の片隅にあった。・・・が、その認識と今の現実と自分の気持ちはどう考えても食い違っている。
言葉を捜し損ねて、口をあけては閉じる、を2回ほど繰り返したところで、別のところから声が聞こえてきた。ぎょっとして身を固くする。
「おーい、今日は引き上げるぞー。」
声はクリフだ。他のメンバーの声も聞こえる。帰りがやたら早い。このタイミングで帰ってくるとは思わなかった。が、とにかく今こんな状態だったことを悟られたくは無い。立ち上がり、深呼吸2回、目をゆっくり閉じて、ゆっくりあける。思い出すな、気にしてはいけない、そう自分に言い聞かせて無理矢理息をつく。
ほどなく、先を見に行っていた4人が姿をあらわした。
「ただいま・・・。」
ソフィアがほっとした表情で息をつく。
「おかえり、早かったね。何かあったのかい?」
「ええ、先は行き止まりね。かなり戻らないといけないみたいよ。」
ため息をついてマリアが言えば、フェイトも息をついた。
「で、補給もかねて一度引き上げようってことになったんです。敵も強いし。」
「なるほどね。異存は無いよ。」
頷くと、クリフがネルの背後に向って声を掛けた。
「お前も依存は無いな?」
「・・・ああ、構わん。」
平然と偉そうなその声に、一瞬顔に血が上りかける。悔しい。
「そうと決まれば、さっさと戻ろうか。」
押し殺して、いつもと同じつもりでそう言えば、フェイトは少し首を傾げながらも、そうですね、と歩き出した。