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水辺の物語 陰

その日は、快晴だった。
一日特に何の予定もなかったし、店も今日は休み。
ぶらぶらとするためにあるような日である。

そういうわけで、彼・・・奈涸は、ぶらぶらと川原まで行った。
なぜ川原・・・?
それは、彼が水にかかわる者だからである。
ぶらぶら行くと、なぜか水辺に足が向いてしまうのだ。
・・・ふっ・・・これも血の定めか・・・
たかが散歩に、なぜそこまでスカした事を・・・などとは、例え言いたくても言ってはならない。
それが『彼』なのだ。


さらさらと流れる水音。
川べりは、なぜか落ち着く。
・・・ふっ・・・水よ・・・俺に近きものよ・・・
彼は『詩的』なのである。
と、通りがかると、楽しそうな話し声が聞こえてきた。


「センセ、これホンマにおもろいな〜♪」
「そうかい?では、もう少しやってみようか。」
「ふふっ・・・お願いします・・・」
ぱらぱらと、札をめくる音。

・・・あれは、真那と・・・隣は真由か。
姉のほうが骨董品店に良く来るのだ。騒がしい姉と対照的な妹がいる、と涼浬に聞いていた。
・・・あと一人は・・・
『金ヅルっぽい』とか、『いい蔵もってそうな』とか。そんなイメージが先にたつのだが。
・・・確か、梅月、と言ったか・・・
はて、何をやっているのやら。

「さて、どれにするかい?」
3種の札が何枚か伏せられて、梅月の手の中にある。
「うーん・・・よしっ、ウチはコレや!」
真那がひょいっと札を引く。
「えっと・・・じゃあ、私はこれ・・・」
同じように真由も札を引いた。
「ふむ・・・・ならば僕はこれにしよう。
 じゃあ、引いた札を見せてごらん。」
三人で札を見せ合う・・・と、笑い声が上がった。
「なんやぁ、コレー!!」
「これは・・・迷歌だな。」
「くすくす・・・変なの・・・」
札の中身は・・・さすがに小さくて見えないのだが。
「・・・夢去って 拍子も見えず 恨めしい・・・ねえ。」

・・・!!!!??!
視点が低くなった。
目の前に見えるのは・・・とりあえずなんだか大きい石。
しかし、この視点・・・なんか絶対に覚えがある。
注意深く手足を伸ばしてみて。彼は悟った。
・・・呪詛か・・・・
秘技・亀変化。
そして、原因は・・・間違いない、梅月である。
言霊に<力>がある・・・と、確か聞いていた。
・・・少しは周りを見てくれ!!
と言いたいところなのだが、怒ったところでどうしようもない。
大体、亀になると・・・言葉がしゃべれなくなってしまうのである。

「ふむ・・・夢が去ると、ずっと聞こえてきていた拍子木の音も分からなくなって恨めしい
 ・・・・というところかな?」
「・・・よっぽど拍子木の音が好きだったんでしょうね・・・」
「ハハハッ!けったいな奴やな〜!」
「・・・フッ・・・全くだ。」
川べりは和やかな笑い声に包まれている。

が。
・・・笑ってる場合か!?
目の前に広がる(いつもなら小さいのに)大自然。
抗議するべくヨチヨチ歩きで彼らに近づいていく。
だが、歩くのに必死の奈涸は気付いていなかった。

「センセ!もういっぺんやらへん?」

この絶望的な台詞に。

ヨチヨチ・・・・ヨチヨチヨチ。
ヨチヨチ・・・ヨチ・・・ヨチヨチヨチヨチ・・・
ヨチヨチヨチヨチヨチヨチ・・・・ヨチヨチヨチヨチ・・・ヨチヨチ。

先は長い。

ヨチヨチヨチヨチ・・・・

「ふーむ・・・うめ一輪 燭にうつすや 里神楽・・・か。」

その瞬間、視界が回転した。


・・・っ・・・痛っ・・・
どうやら仰向けになっているらしい。
目をあけると、そこはまた別の場所だった。
なぜか男の顔が視界に大写しになっている。
・・・っと、龍斗!?
ここのところ一番のお得意様である。
龍斗はブォウと立ち上がった。
「なあ・・・これってスッポンじゃないか?」
・・・違う!!断じて違うぞ!!
と、今度は聞きなれた声も耳に入ってきた。
「え・・・・?」
・・・!!
涼浬である。
愛する妹は、いつもの様にきびきびとした動作でそばにかがんだ。
・・・そういえば、今日は龍斗と探索に行くと言ってたな・・・
ふとそんな事を思い出す。が。
「・・・・食えるかな?」
龍斗の目つきは・・・本気だった。
・・・違う!俺だ!気付け!!というか、拾い食いをするんじゃない!!!
だが、このままでは・・・危ない。いろいろと生命の危険がありそうだった。
じたばた、じたばた。
「・・・スッポンでしたら。」
事もあろうに、涼浬まで同意している。
・・・涼浬ー!!俺はそんな風に育てた覚えはないぞ!!!
   というか、気付いてくれ!頼むから!!
そんな奈涸の意思とは裏腹に、龍斗は食う気満々である。
「うーん・・・・ま、もって帰ろう。今夜はスッポン鍋かもしれないぞ♪」
・・・違う!!!
じったんばったん。
必死で動いたのが功を奏したのか、どうにか体が反転する。
すかさず、奈涸は走りだした。

ヨチヨチ・・・ヨチヨチヨチ。

・・・・・・これでも、一生懸命なのである。

と、体が宙に浮いた。
・・・龍斗か!!?
じたばたじたばた。
逃げる!・・・とばかりに長い首を伸ばして噛み付く・・・が、届かない。
エイッ・・・テイッ・・・トウッ・・・!!
人はこれを、『無駄なあがき』とでもいうのだろうか。
・・・クッ・・・・これまでか・・・!!?
今までの疲れも重なり、ふ・・・と力が抜ける。
あきらめる、とはこういう事なのだろう。
・・・フッ・・・・惨めなものだな・・・
なんだか泣きたくなってきた。
・・・・・・と、我に帰る。
・・・何を考えているんだ!俺は人間だ!龍斗に食われる運命には無いはずだぞ!!!
じたばたじたばた。
例え無駄だろうがなんだろうが、世の中には必死にならなければいけない時というものがあるのだ。
「龍斗さん・・・・・」
と、涼浬の声。
・・・気付いたのか!?
さすがは我が妹。兄はうれしい!・・・といったところか。
「・・・きっと、この亀は煮ても焼いても食べられません。
 放してあげた方が良いのではないでしょうか・・・?」
・・・そうだ、その調子だ涼浬!
「・・・食えないかなあ・・・?」
龍斗は未だ未練があるらしい。
・・・食えるわけが無いだろう!俺は人間だ!!
「多分・・・それに、この亀も嫌がっているようですし・・・・」
・・・そうだ、そうだぞ涼浬!!
せめてもの同意の証・・・首を懸命に縦振ってみせる。
「今夜は、別のものにしましょう。何かお作りしますよ。」
・・・・・何!?

兄妹二人水いらずで食事をするのではなかったのか龍斗はその中に入ってくると言うのかそれとももしや二人で龍泉寺の方にいってしまうのか自分は一人寂しく食事をとらねばならないのかそれともよもや、二人だけで・・・なんてことは無いだろうな?

奈涸、ただいま思考錯綜中である。
・・・と、また体が宙に浮いた。
・・・・!?
驚きはする・・・が、とりあえず開放されたらしい。
ヨチヨチと龍斗から遠ざかり、振り返る。
「それでは・・・」
見えたのは、愛しい妹の笑顔。
・・・涼浬は・・・俺が守る。もちろん、悪い虫がつかないようにも。
何度も繰り返した誓いを新たにし、一瞬で方策を考える。
・・・!・・あった!役に立ちそうなものが!
ヨチヨチヨチヨチ。
歩き出そうとした涼浬の・・・草履をくわえて引っ張る。
「・・・?」
涼浬は、くる、と振り返った。

何か役に立ちそうなもの。
それは、いつだったか龍斗からもらった蓬莱符。
・・・行動力が上がるはず。

甲羅の方に挟まっていたその符を差し出す。
『いざとなったら逃げてくれ』という想いをこめて。
「ありがとう。」
涼浬は笑顔で符をうけとる。
その笑顔に彼の心は落ち着き、あとにはなんとなく満足感が残った。

・・・フッ・・・呪詛もたまにはいいのかもしれないな・・・

もはやいろんな意味で末期であった。



外法帖の玄武兄妹は好きだったんですよね。子孫ももうちょっとかっこよければ・・・。
以下、数年前の私のコメント。

大分奈涸が壊れて・・・というか、崩れてます(^^;
いえ、別に嫌いなわけじゃないのですよ。きっぱりはっきり、好きです。
ただ、この話に出てくる人物の中で一番優先順位が低いだけで・・・(おい)

ちなみに、梅月先生達は読み書きの練習がてら歌遊びをしていたのでした。
一つ目の歌は5−5の呪詛、二つ目の歌は2−3ぐらいで吹飛5(実証済み)です。
梅月先生は結構使い込んでたので♪
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