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戦艦のつくりかた 2.

 二回目の光が弾けた。
 爆風と轟音、そして灼熱すら消し飛ぶほどの熱が身を包む。
 積載物、身体に開いた大穴、傍に居た艦たち、それらがどうなったのかを考える余裕はなかった。
 自分がどうなったのか、それすらもわからない。
 ただ一つ。
 
 絶対に沈まぬ。
 
 想いにしがみ付いて、瞬間を受け止める。
 
 絶対に、沈んでやるものか。
 
 お前だけは沈んではならぬと、言われ続けてここまで来た。自分のために沈んだ仲間も見てきた。
 戦で失われた数多の命、数多の仲間たちのためにも沈むわけには行かない。
 自分は国の誇りと謳われた身だ。今自分が折れる事は、国の誇りが折れる事を意味する。
 それは、絶対に、何があっても、許されない。戦に負けてなお、そんな無様は見せられぬ。
 旗艦を退いて数年。軍艦旗も、艦首の御紋も、今はもうない。
 それでも、自分は大日本帝国海軍聯合艦隊旗艦、長門なのだ。
 
 ふうっと我に返ると、あたりはすっかり暗くなっていた。今がいつなのか……わからない。ただ、まだ自分は沈んでいないらしく、ぼんやりした意識の中で、それだけは少しほっとする。
 溶けた表面はどれだけの熱を受けたのだろう。くくりつけられていた機雷は吹き飛んだのだろうか。亀裂や浸水はあるのだろうか。自分の身のことなのにわからない。ただ、全てが重たく感じる。辺りはどうなっているのだろうか。ほかの艦はどうなったのだろうか。もうわからない。
 動かしようのない艦体で空を見上げる。
 私は負けぬ。絶対に、沈んではならぬのだ。
 どんなに想いを叫ぼうと、何も応えない真っ暗な空。
 それが最後の記憶になった。
 
 
 「長門か!?」
 真っ暗闇の夢現でそんな声が聞こえた気がした。
 「聯合艦隊旗艦かあ、こりゃあ大物だなあ。」
 「あら本当、随分久しぶりに顔を見るわね。」
 うれしそうな声は、何か聞き覚えがあって不思議な感じがする。誰だったか、間違いなく知っている声。
 「目を覚ましますね……これは第一声をぜひ取材しなくては!」
 こっちもだ。徐々に夢は明るくなっていく。ぼんやりとした視界には、かつての仲間が見えた。
 「ここ、は……?」
 「ようこそ我が家へ、歓迎するぞ長門……!」
 万歳三唱が響いている。聞き覚えのある声、そして喜んでくれている声。
 これは、夢だ。そう直感した。多分進水式か何かだろう。
 「私は……夢を見ている……のか……」
 皆に囲まれて、祝福されて、よく生まれてきてくれたと喜ばれた……平和だった頃の幸せな夢。思わずふ、と笑いが漏れる。こんな穏やかな気持ちは、ついぞ忘れていた。
 緊張しっぱなしだった心が解けて、力が抜ける。
 それと同時に意識はまたふわふわと落ちていった。
 
 次に目が覚めたのは、また暗闇の中だった。
 いや、暗闇というほどでもない。目が慣れると薄い光がどこからか差し込んでいるのがわかる。むくり、と起き上がって違和感に気づいた。身体の上になぜか白い布があった。布団、がかけてある。意外すぎて目を瞬いて、あれ、と気づいた。
 薄暗いここは、何かドックのように見えなくもない。ただ、視点がおかしい。ずいぶんと低い。きょろきょろと見回して、ふと自分の手の存在に気がついた。
 握る、離す。知っている形だ。艦ではなく艦の魂の姿。……この姿、どういうことなのだろう。
 「だれか、いないのか?」
 答えはなく、辺りに反響して吸い込まれただけだった。注意を払いながらそろそろとドック?から降りる。どうも周りに人は居ないらしい。なじんだ艤装の感触を確かめながら、一足一足先に進む。薄い光はずいぶん明るくなって、ここの様子もなんとなくわかるようになっていた。光が差すのは天井付近の高い窓。照らし出されたこの光景は、小規模なドックのようだった。たくさんの機材がおいてあるが、どれもなかなかきちんと整備されているらしい。そしてその奥に、今の自分なら余裕で入れそうな小さな扉があった。反対側はシャッターになっていて、機材搬入口と書いてある。こちらもおそらく普通に出られるのだろう。多分。
 ひとまず扉に向かう。ノブを回すと、あっさり扉は開いた。
 主砲の感触をもう一度確かめ、先に進む。無機質ながらそれなりに整備されている廊下は、扉が等間隔で並んでいた。
 部屋の名前を確認しながら先に進む。「明石」の前は控え室、控え室の隣は「工員室」。その次は「酒保」。その次は……よくわからない並びである。ただ、たぶんに軍の建物なのだろう、多分。そう思うと少し安心した。かつかつと自分の足音だけが響くのはなんとも不気味だが。
 右を見て、左を見て、としていると、唐突に前の扉が開いた。
 「!!?」
 「うおぁ!?何だ!?」
 出てきたのは自分よりは小さな、寝巻き姿の、人。
 心臓が止まる、とは多分こういう事をいうのだろう。驚きすぎて体が動かない。
 「お前、……長門か!!起きたのか!」
 口をパクパクさせている間にその人……声からすると娘のようだが……は、驚いたように声を上げた。
 「提督呼んでこないとな!待ってろ!」
 いいながらその娘はばたばたと廊下を走っていく。
 なんなんだ。呆然とその背中を見送る。そして、娘が出てきた扉の中を覗き込んだ。
 小さな部屋だった。手前には艤装らしきものがどんと置いてあるのが見える。その艤装の向こう側にはまだ畳まれていない起き抜けの布団。そして、その手前には、先ほどの娘よりさらに小さな、手のひらに乗るくらいの娘が二人見える。
 「昨日建造した戦艦さんだ。」
 「起きたんだ。」
 「まだ起床時刻には早いのに。」
 「昨日寝たのが早かったからじゃない?」
 「建造後すぐに寝ちゃったもんね。」
 わちゃわちゃとした声と一緒にそれらはこちらに寄ってくる。
 「な、な……!?」
 さすがに予想の範囲外だった。
 「そっちは41cm連装砲なの?」
 驚いているうちに、ちょこん、と自分の艤装から同じような妖精が出てくる。
 「……そうよ、私、この主砲担当。」
 「そっかあ、大きいのに当たったね。」
 妖精たちは分かり合っているようだが、自分はその存在すらわからない。どういうことなんだ、と叫びだしそうになったところで、ばたばたと走る音が聞こえてきた。こっちだ、だのなんだの、なんだか人数が増えている気がする。
 「長門!起きたのか!」
 声のほうを向くと、さっきの寝巻き姿の娘、と、それ以上にだらしない寝巻き姿の男がばたばたと走ってきたところだった。
 「いやー、やっぱり迫力あるなあ!そうかあ、これが長門かあ。」
 へらへらと笑う男に警戒が高まる。そいつはずかずかと歩いてきて、無遠慮に手を伸ばしてきた。
 記憶がはじける。
 降ろされた海軍旗、代わりに掲げられた敵の旗。抉り取られた艦首の紋、くくり付けられた機雷。
 
 そして、あの光。
 
 ぐい、と無遠慮に手を引かれた瞬間。
 「寄るなあああ!!」
 全力の拒否はその手を振り払い、男を吹き飛ばした。がたん、と派手な音を立てて、男は壁と廊下を跳ねて地に伏せる。
 「ちょ、馬鹿待てやめろっ!!!」
 寝巻き姿の娘が飛びついてくる。次の瞬間、パァンという音と一緒に、頬に衝撃が弾けた。
 目を瞬く間に、娘はぐっと襟元をつかむ。
 「寝ぼけてんじゃねえ!
  長門、この顔見忘れたか!?俺だ!天龍型巡洋艦一番艦、天龍様だ!」
 至近距離に顔が近づく。琥珀色の瞳、壊れた片目には眼帯。確かに見覚えがある。自分が生まれた時にもいた、新鋭の軽巡洋艦……の魂の姿。
 「……あ……。」
 もう一度確認するが、やはり知っている顔だった。
 「しっかりしろよ、長門。起きたばっかで混乱するのはわからなくもねえけどよ。」
 「天龍……なんで、お前……ここに?」
 沈んだはずなのに、と言うのは飲み込んだ。天龍は、さあな、と軽く肩をすくめて見せる。
 「細かい事は今でもわかんねえが、お前と大差ねえ。」
 ふう、と息をついて天龍が手を離す。
 「ここは日本の海軍基地だ。別に敵が居るわけじゃねえから安心しろ。」
 「日本……海軍基地……」
 「俺たちが居たころとは随分変わったけどな。乗組員も随分小さくなっちまったし。」
 天龍の目線の先では先ほどの小さな妖精が、ぱたぱたとほこりを払っているところだった。
 「……それが、乗組員なのか。」
 「まあそんな感じだな。実戦に出ればわかるぜ。」
 「実戦……。日本は、また戦争をしているのか?」
 ひっかかって聞くと、天龍は少し考え込むような顔をした。
 「戦争とはちっと違うんだけどな。もうちょい気楽っつうか。まあ俺たちがやる事はあんまり変わらねえよ。
  詳しいことは提督に……あ。」
 そういえば、と振り返った先の男はひくりとも動かない。
 「やべえ!おい!提督!生きてるか!!」
 天龍は、慌ててその男に駆け寄った。
 そちらを見て、今引かれた手を見る。何もないが、……なんであんな事を思い出したのだろう。頭を振って忌まわしい記憶を振り払う。
 「いやー、長門さんなかなかの大立ち回りでしたねえ。」
 後ろからいきなり声をかけられた。ぎょっとして振り返ると、寝巻き姿の女がまた笑顔でこちらを見ている。
 そしてその顔にも見覚えがあった。
 「……確か、重巡洋艦……青葉?か?」
 「はいー、そうです青葉です。お久しぶりです!どうぞよろしくお願いしますー。
  手始めに朝から提督を吹き飛ばしたことについてコメントいただけますでしょうか!」
 このしゃべり方と態度にやっぱり覚えがあって頭を抱えた。
 「……あれは、提督なのか?」
 「はい、そうですねー。威厳も何もないですけど、一応うちの提督ってことになってるそうです。」
 ちなみに着任してまだ2週間!
 明るく言われた衝撃の事実に、思わず倒れた男のほうを見る。息はあるようだが、未だ倒れたままの姿に、とりあえずやるべき事を思い出す。
 「すまなかった、大丈夫か!?」
 あわてて駆け寄った先、倒れた男に呼びかけると、男はうすらと目を開いた。
 「……だいじょう……」
 そう言いながら、がくり、と力尽きる。
 男に再度呼びかけるが、どうやら意識は完全に吹き飛んだようだった。
 
 「肋骨にひびが入ってますね。思ったよりはマシみたいですが……。」
 大淀は、そう言ってこちらを向いた。
 「本当に申し訳ない。この身となっては責任の取り方も解らないが……。」
 そう言って頭を下げると、先の提督は、からからと笑って……胸を押さえた。
 「いやー、さすが戦艦。パワーも十分だな。」
 妙に満足げな表情に逆に不安になる。
 「……怒っていないのか?」
 「最初は皆混乱してるしなあ。おまけに起きたら誰も居ないと来たら、さらに混乱しても不思議はねえ。」
 最初の夕立の時もひどかったんだよな、と提督が言うと、大淀が苦く笑う。
 「今回は俺たちにも落ち度がある。だからまあ、いいさ。その分ちゃんと働いてくれ。お前は我が家初の戦艦で、艦隊の期待の星なんだからな。」
 我が家、と艦隊の響きは少し遠い。
 「艦隊……。いったいどういうことなんだ。私はなぜこうしてここに居る?」
 「俺らが呼び出したからだ。
  今我々海軍では、沈んだ艦の魂を兵器化して戦っている。ここ以外にも基地がいくらかあってな。」
 大淀と交互に説明してもらったところによると、現在、深海から出てくる化け物こと深海棲艦に制海権を奪われているらしい。だが、その深海棲艦には普通の艦では太刀打ちできないためこんなことになっているという。
 「非常に勝手だが、お前らだけが頼りなんだ。力を貸してもらいたい。」
 伸ばされた手に、思わず身がひける。
 「……そんな簡単に信じられると思ったのか。」
 「信じる信じないじゃなくて、現実なんだが。」
 取られる気配のない手を引っ込めて、提督はため息をついた。
 「お前と同じ境遇のやつは他にも居る。天龍も大淀も、青葉もそうだ。これだけじゃ信じられないか?」
 「それだけで艦隊と呼べるのか?軍事行動をするならどう考えても不足だろう。
  それともそんなに戦況が逼迫しているのか?」
 問うと、仕方ない、と提督は息をついた。
 「俺まだ着任して日が浅くてな、戦力が揃ってないんだ、が……大淀、悪い、他のやつら起こして来てくれ。」
 言われた大淀は、はあ、とあいまいにうなづいた。
 「まだ起床時間にはありますが……」
 「一時間くらい誤差だ誤差。今日は早めに仕舞うから。」
 それならば、と大淀がいすを立つ。だが、扉の前まで来ると、こちらを振り返った。
 「どうやら起こしにはいかなくてもいいみたいですね。」
 言いながら勢いよく扉を引く。 
 「ちょ、いきなり」
 「わ、押さないでえええ」
 「つぶれる!つぶれるって!」
 と、聞き耳を立てていた娘たちが雪崩れるように倒れこんできた。10人……いや、もっと居る。そして、そのすべてに見覚えがあった。駆逐艦と軽巡洋艦を中心に航空母艦まで紛れ込んでいる。この密度で。
 艦種は違えど、皆自分と同じ存在。それは見ただけでわかった。
 「……なるほど、手間が省けたな。」
 まったく我が家のお嬢さんがたと来たら、と肩をすくめようとして、提督は胸を押さえる。
 「説得でも自己紹介でも一発芸でもなんでもいい。戦艦殿をなんと」
 「ふふ、久しぶりねえ。」
 「ここの提督の感想を一言!」
 提督の言葉も終わる前に、わらわらっと囲まれた。口々の歓迎の言葉。覚えのある姿。
 「また会えるなんてね。」
 「こんな近くにいるなんて、不思議な感じです。」
 護衛をしてくれた者、共に戦った者。全て、あの戦争で沈んだはずの仲間たち。
 目の前にあるのは、一度確実に失われたもの。幸せだった時間だ。
 理由はわからない。でも、確かなことがある。今自分はそこに戻れたのだ。
 ありえない、と言う思いは、溢れる嬉しさにかき消された。少し目頭が熱くて、それをごまかすために目を閉じる。
 「……いい、解った。」
 仲間が歓迎してくれているのなら、自分がやることはひとつだ。
 次に目を開いた時には、もう意思は決まっていた。
 
 「……戦艦、長門。本日付で着任する。皆、よろしく頼む。」
 

多分ですがプレイ状況そのまま日記……話にしてたのかもしれない。
うちの初戦艦が建造で来た長門さんだったんですが、まあ初心者提督には資材運用がキッツイキッツイ。だけどものっすごく強くてあっという間に大好きになりました。つまりこれは嫁さんとのなれそめもりー……
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