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スベスベマンジュウガニとお人形のワルツ

「ねえ、メシュレイア。お人形作ってみない?」
 セーラが唐突に言い出したのは、誰もいない居間で裁縫に勤しんでいた時だった。

 セーラとメシュレイアは、現在二心同体状態である。
 セーラが起きている間はメシュレイアは寝ている、という訳ではなく、お互いの意識は両立している状態だ。と言っても心で会話する、なんて器用なことができる訳ではなく、基本言葉や態度にしたことしか分からないのは他人同士の関係とあまり変わらない。しかし、逆を言えば言葉にすれば相手に届くし、頻繁に体の主導権を交代すれば会話も可能だった。傍から見ると異常なので家の外ではあまりやらないが。
 そんなわけで、家での二人は交互に身体を使いながら喋る、と言う事を結構な頻度でやっていた。
「私、あんまり器用じゃないんですよね。」
メシュレイアが言うと、セーラは、そんなことないでしょ、と息をつく。
「同じ身体使ってるのに器用も不器用もないわよ。私にできる事は貴女にも出来るんじゃないかしら、物理的に。」
「そうでしょうか。」
「メシュレイア、最近凹みがちでしょ。何か作ってれば気も晴れるわよ。」
 言うと、メシュレイアは、はああぁっと深い息をついた。
「セーラさんにはわかっちゃうんですね。」
「もちろんよ。 ドーラが最近構ってくれないもんね。」
「ドーラ様、最近は御飯の時くらいしかこっちに居なくて、後はずっとお部屋に引きこもってて。ちょっと心配ですし、しばらく話してないですし、声掛けても後でって言われちゃうし……」
 しょんぼりしたメシュレイアが止めた手をまた動かしながら、セーラは裁縫を続ける。
「あの子研究熱心だものね。何かハマってやってることがあるんだと思うけど、聞いても教えてくれないし。」
「前にフィユティーヌさん作ってた時は三徹四徹普通にしてたんですよ。無理してないと良いんですけど。」
 メシュレイアの心配はもっともだが、メシュレイアが凹んでいる原因は違う、とセーラは知っていた。
「それもあるけど、少しはメシュレイアを構うべきだわ。
 まあ、ドーラって猫みたいなとこあるから、構われてないと向こうから寄ってくるとは思うんだけど。」
「……そうなんですか?」
「お姉ちゃんの言う事だから間違いないわよ。」
 ふふ、と悪戯っぽく笑って、セーラはきゅっと糸を留めた。
「さて、何を作りましょうか。人形なら大抵のものは教えられるけど、最初は簡単なものがいいかしらね。ぬいぐるみとかかしら?」
 これくらいの、と、人間の頭部くらいの大きさを手で作る。
「私にできるでしょうか……」
「出来るわよ。同じ体使ってるんだもの、器用さも同じはずでしょう。部屋に型紙あるからそれ見て決めましょうか。」
 セーラはぽんぽんと話を決めていく。
「ドーラも人形作りは好きだしね。共通の話題が増えたらきっと楽しいわよ。あなたが作った、て言ったらびっくりするんじゃない?」
 そう言われると、ちょっと沈んだ心が少し浮き上がってきた。
「そうですね。お願いします。」
 言うと、セーラはにっこり笑って糸を切った。
「そう来なくっちゃね。どういうのにしたい?」
「うーんと……あ、メンテナンスがしやすい方がいいです。」
 言うと、メシュレイアらしいわね、とセーラは笑った。
「ぬいぐるみでもやっぱりそういうの有るのね。」
「やっぱり綺麗に洗える方が気持ちよさそうでしたし、私も身体の掃除はしっかりしたい方でしたから。」
「それなら素材は少し頑丈なのにしましょうか。自分で作れるとメンテナンスも自在よ。」
 セーラはそう言って裁縫箱を片づけると、すっくと立ちあがった。

 メシュレイアとセーラの部屋は、ふわふわのレースのカーテンや、手製の人形が並ぶ部屋だ。家具や小物も全体的に可愛らしい雰囲気のインテリアでまとめてあった。一角にはミシンが出してあり、そこは素材や道具が並んでいる。
 型紙を見て検討した結果、最初だから、と素体はシンプルなものになった。材料も揃っている。ただ、ドーラに見せるのは作成後だ。
 一日目は手順の確認と素材選び。型紙通りに布を切って、少し縫い始めるところまで進めた。
「人形だった私が人形を作っているのも何か不思議な感じがしますね。」
「貴女はもう人形じゃないわ。でも、人形の気持ちがわかる作り手ってそう居ないから、そこは個性になりそうね。」
 二日目も少し縫って、三日目。ちょこちょこ自室に籠って作業をしていると、随分と形が出来てきた。
「目は刺繍かしら。それとも最初だしボタンにする?」
「ボタンの方がメンテナンスしやすいですね。」
「じゃあそうしましょう。目の位置は大事なのよ……」

 四日目。
「ねえ、メシュ。最近ひきこもって何やってるの?」
 とうとうドーラが声をかけてきた。
「ええと」
「秘密、よ。あなたにも秘密があるんでしょう?」
 そのままするっとセーラと入れ替わり、セーラは自室に戻ってしまう。
「思った通り向こうから来たわね。」
 部屋でにやりと笑うセーラは完全に姉の顔をしていた。
「あの、あの言い方は」
「少しはお灸を据えるべきよ。ま、後でね、後で。この子も後もうちょっとでできるし。
 しかし現物より可愛いけど随分似てきたわね。よく観察してるというか。」
 セーラは作りかけのぬいぐるみを手に取って、しげしげと眺める。
「あはは……まあ、ずっとそばに居ましたから。」
 メシュレイアはそれを少し撫でて、また膝の上に置いた。
「そうね、あなたのおかげで随分救われてたんじゃないかしら、あの子も。」
「そうでしょうか?」
「間違いなくね。こういうのもなんだけど、本当にあなたには感謝してるわ。」

 五日目。
「ねえ、メシュ。」
 またドーラが声をかけてきた。振り返ると同時にセーラがひょいと顔を出す。
「残念、今はセーラお姉ちゃんよ。
 メシュレイアはもうちょっと借りるわ。ちゃんと返してあげるから、もうちょっと大事になさい。
 で、何か用事?」
「……いい。」
 踵を返すドーラが心なしかしょんぼりしていて、少し心が痛んだ。しかし、主導権は戻ってこない。
 部屋に戻って完成間近の人形を手に取ると、主導権が返ってきた。
「あの、さすがにあれは」
「どんなにゆっくりやっても今日明日には完成するでしょう。それ持ってドーラのとこ行けばいいわ。今はダメ。少しは反省させないと。」
「セーラさん、厳しくないですか?」
「ダリアが甘やかしてるから多少はね。」
「ダリア様?」
 唐突に出てきた名前を聞き返すと、セーラは肩を竦めた。
「知ってるでしょ、ドーラは自室じゃなかったらダリアの部屋に入り浸ってるの。」
 つまらなさそうに言うセーラの声に、ふと、メシュレイアは思った。
 セーラも自分と同じだったのかもしれない、と。

 そして、六日目。
「これで、もう直すところないですよね。」
 メシュレイアは糸を切ると、完成品を高々と上にあげた。
 黒基調の服に少しはねた薄い色の髪。人の形のぬいぐるみは、我ながらモデルの面影もあると思える出来だった。
「そうね、よくできました。頑張ったわね、結構凝ってるのに。」
「何か、細部とか凝りだしたら止まらないんですね。ドーラ様の気持ちが少しわかった気がします。」
「そう、人形作りはこだわり始めると止まらないのよ。でも本当可愛くできたわ。」
「えへへ、本当に。ありがとうございました。私、今日からこの子と一緒に寝ます。」
 もきゅ、とぬいぐるみを抱くと、達成感と可愛さで自然と笑みがこぼれた。
「さて、と。お手入れの方法は解るかしら。さすがにあっちみたいにはいかないから、一応うちにあるもので使えそうなの教えとくわね。」
 するりと入れ替わると、セーラはぬいぐるみを抱いたままで部屋を出たのだった。

「おや、セーラくん。随分可愛いドーラくんだね。」
 洗濯室に行こうとすると、丁度キッチンに居合わせたダリアが声をかけてきた。
「キミの作品かね?」
 目線は出来たばかりのぬいぐるみに注がれている。
「これはメシュレイアの初作品よ。今日から一緒に寝る予定。」
「それは羨ましい。しかしメシュレイアくんか。随分細かいところまで作りこんであるね。作り手の目線が見えるようだよ。
 ドーラくんの事、本当に大好きなんだね。」
 ダリアはニコニコ笑っている。だが、セーラはふふ、と笑ってダリアを見た。
「当人が、あなたの所に入り浸ってて中々相手してくれないからね。」
 目が笑っていなかったのだろう、ダリアが少し顔をこわばらせる。そして、ふ、と息をついた。
「当人ね……ドーラくんは製図の時はうちに来るが、その他は基本自室だよ。」
 しゅんしゅん、と音がして、おっと、とダリアはレンジの方に向かった。よく見なくても、キッチンのテーブルにはコーヒーサーバー一つとマグカップが二つ置いてあるし、火にかけてあったのはコーヒーポットだ。どうやらコーヒーブレイクの準備中のようだった。
「何やってるか知ってるの?」
 セーラが声を掛けると、ダリアはコーヒーポット片手に頷く。
「ドーラくんは言わないが、まあ大体わかるな。だが私から言う事じゃないのは確かだね。本人に聞きたまえ。」
 言うと、よいせ、とドリップコーヒーを淹れだした。
「本人は果たして口を割るかしら?」
 セーラが問うと、ダリアはコーヒーにお湯を垂らしながら顔を上げる。
「その人形を持って聞いたら一発じゃないかな。ドーラくん、昨日おとといとキミに邪険にされて少し参ってるみたいだったからね。」
 ふふ、と笑うその表情からは、どうも昨日おとといの何かが伝わっていることが垣間見えていた。
「あらあら軟弱な事。聞いた? メシュレイア。手入れ方法を教える前に、ドーラの所に行きましょうね。
 あとダリア、製図の件ちょっと詳しく教えてくれる? 後でお邪魔しても?」
「もちろん。キミたちを遮るドアは持ち合わせていないしな。ああ、ドーラくんなら、今は私の部屋にいるよ。」
 よかったら一緒にコーヒーでもどうかね、とポットを上げて見せるが、セーラはそれには及ばないわ、と首を振った。
「それは残念。
 そうだ、私はこれを淹れたら部屋に戻るつもりだったが。」
「話が終わるまで待っててくれる?」
「了解。あ、ちょっと待ってくれ。」
 コーヒーサーバーに深い焦茶の液体が溜まり、辺りがコーヒーの香りに包まれる。 やがて二人分のコーヒーを淹れ終ったダリアは、片方のマグカップを差し出した。
「じゃあ、こっちのマグを持って行ってくれ。ドーラくんの分だ。私はこっちでコーヒーブレイクとしよう。」
 あ、ミルク入れてあげないと、とメシュレイアが思っている間に、セーラはマグを受け取ると、なみなみとミルクを注いだ。
「ご協力感謝するわ。」
 するっと踵を返す。そしてセーラはすたすたとダリアの部屋に向かっていった。

 セーラがノックもせずにダリアの部屋に入ると、ドーラはパソコンの前で作業中のようだった。
 とん、と目の前にマグカップを置くと、ドーラは上の空でありがと、とつぶやく。
 だが、そのカップを手に取って、一口飲んだとたん、ぎょっとしたようにこちらを向いた。
「姉さん!?」
 驚いた表情を認めると、セーラはニヤッと笑って、すっと引っ込んでしまう。
「……あの、ドーラ様」
 声を掛けると、ドーラはごとん、とカップをテーブルに戻した。
「メシュに変わったのか。
 どうしたんだい。一昨日から何かあったみたいだけど……アレ?」
 ドーラの視線が胸に抱いたぬいぐるみに釘付けになる。
「それ……」
 目線はなぜか一瞬こわばった。だが、一度目を閉じると、次に開いた目は優しい色だ。
「えへへ、可愛いですか?」
「なんか、……うん、上手にできてるよ。
 これ、姉さんじゃないね。メシュが作ったの?」
 見てすぐに作者を言い当てたドーラに、メシュレイアは思わず目を見開いた。
「はい、そうです。セーラさんに教えてもらって、作ってたんです。」
 驚くが、それと共に嬉しさが隠せなくて思わず顔が緩む。
「そうか、メシュの初作品なんだね。それがボクだなんて、なんか照れるな。」
 頑張ったね、と言うドーラの表情は穏やかだ。
「それで最近ひきこもってたのか。良かった、何があったのかなって思ってたんだ。」
 ホッとしたように笑みを見せるドーラの表情は優しい。
「あの、ドーラ様。」
「何だい?」
 琥珀色の瞳がこちらを見上げる。
「ドーラ様は、無理してないですか?また前みたいに徹夜したり、してないですか?」
 聞くと、ドーラは困ったようにくしゃりと笑った。
「してないしてない。そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。」
「ドーラ様、夢中になると時間忘れてしまうことが多いですし。
 最近も、ずっと引きこもっていたし……あの、一体何をされているんですか?」
 ぎゅ、と、人形を抱く腕に力が入る。ドーラは、人形を見て、こちらを見て、また人形を見て、息をついた。
「あー……そのね……」
 困ったな、と言う様に目線が画面の方をさまよう。
「メシュのこと、まとめてたんだ。」
 やがて、観念したようにドーラはこちらを向いた。
「私?」
「そう。メシュはボクが作ってあの世界で生まれた。今は現実世界で、一人の人として生きてる……ちょっと特殊ではあるけど。だから、忘れないうちに経過を纏めておきたくて。
 あの世界にはキミの作成データが存在したんだけど、こっちに持ち出せなかったからさ。経過も作り方も何もかも必死だったもんだから、倫理的にもちょっとアウトだし。」
 まあ、あの世界自体がちょっとアウト感あるけどね、とドーラは苦笑する。
「メシュ。キミは、もう一人の人間だ。人形じゃないしモノじゃない。キミはキミの人生を歩いて行かなきゃなんない。
 だけど、元はボクが作ったって事実は変わらない。どこにも発表するアテなんてないけど、この作業は、作ったボクの責任だと思ってる。だから最後までやらせてほしい。」
 こちらを見て一息に言ったドーラの目元が、困ったように少し緩む。
「メシュを未だにつくりもの扱いしてるみたいで、なんだか言い出せなかったんだ。」
「ドーラ、様。」
言葉が続かなくて、ぎゅう、と人形を抱きしめる。
「ここの所、ずっとキミのこと考えてたのは本当なんだけどね。ほっといてゴメン。」
 悪かった、と頭を下げるドーラに、感情があふれてぎゅうっと抱きついた。
 作り立てのぬいぐるみが腕を滑り落ちていく。
「寂しい思いさせたね。」
 受け止めたドーラが、ぎゅ、と頭を抱くのが分かった。
「私、寂しいなんて、一言も言ってないのに」
「ボクもね、メシュと話せないの結構堪えたんだ。」
 声が詰まる。ドーラはメシュレイアを落ち着かせるように抱いてつづけた。
「それに、その人形見たらわかるよ。人形はどんなに理性的に作っても、作り手の心を映すから。」
 数日掛けて作った人形だが、そんな効果があるなんて思っていなかった。
 でも、それよりも、気持ちが通じたのが嬉しくて、今までの寂しさもあふれ出して、メシュレイアはもう一度ドーラに抱きついたのだった。

「一口飲んじゃったけど、要る?」
 涙をぬぐわれた後、渡された少し冷めたミルクコーヒーは、さっきドーラに渡したものだ。
 大丈夫です、ごめんなさい、と断って、ふう、と息をつく。
 さっき転がり落ちたぬいぐるみドーラの現在地は、メシュレイアの腕の中だ。
「あの、ドーラ様。」
「何だい?」
 ドーラはこちらの瞳を覗き込むように返事をした。
「……私にも、ドーラ様の心が映っていたんでしょうか。」
 少しぼんやりとしたままで聞くと、ドーラはそうだね、と苦笑いした。
「前のボクなら全否定するけど、……多分、寂しいって気持ちが詰まってたかもしれないね。」
 言って、こちらを真っすぐ見据える。
「でも、ボクがどう作ったにしても、キミは寂しい人形なんかじゃない。そうだろ?」
「はい。」
 頷くと、ドーラはホッとしたように表情を緩めた。
「それでいいんだよ。」
 言うと、ドーラはマグカップをもって立ち上がる。
「あの、ドーラ様?」
「おいで、メシュ。キッチンの方行こう。メシュの分の紅茶を淹れよう。」
 それで、二人でちょっとお茶にしよう。
 差し出される手は、自分を作った手、自分を抱きしめた手だ。
「はい!」
 その手を取って頷く。
 抱きしめた人形も一緒に頷く。
 それを見たドーラはもう一度微笑むと、メシュレイアの手を引いて部屋を後にしたのだった。



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