Falcom TOP

ホリデイ・コーヒー 1.

   黒い影が風を切り、うなりを上げてこちらに向かってきた。
 右にステップを踏んで脇へ飛びのくが、フィーのように軽やかには行かない。肩を切り裂かれる感触に思わず声を上げる。
 「マキアス!?」
 暗がりの中、ぎょっとしたようにフィーが振り向く。声が跳ね返って小さく反響する。
 「構うな!」
 それでも死なないで済む程度には避けられた。痛みを無視してショットガンを構え、横合いから発射する。ダァンッと派手な音がして、エネルギー弾が黒い影に当たる。横合いの攻撃は想定していなかったか影の体勢が崩れる。
 「崩したっ!」
 「任せるがいい!」
 横合いから飛び出してきたユーシスが袈裟切りに影を叩き切る。
 連続攻撃に影が怯んだ隙に今度は影の背後から銀色の光がきらめいた。ひゅ、と小さな息の音とともに影の頭に銃口をつきつけそのまま銃を連発する。
 ウワァァァヴヮアアアア……と謎の音を立てて影は崩れていく。
 「今っ!」
 「応!」
 剣閃と銃撃はほぼ同時に決まり、影は崩れ、沈黙した。

 「あててて……」
 戦闘終了後。マキアスはその場で座り込んでオーブメントを起動させていた。
 「大丈夫?」
 フィーが屈みこんでマキアスをのぞき込む。
 「まあこれくらいならな。黄昏の時よりはマシだ」
 ため息をつきながら薬と回復魔法で傷をなんとか塞ぐ。
 「運動不足で動きが鈍くなってたんだろう。」
 鍛錬が足りてなかったんじゃないのか、ととても一言が余計なのはユーシスだ。図星なのは実際少し腹立たしい。
 「それでも足手まといにはならないさ。しっかり戦力だろう?」
 「……まあな。」
 「それはそう。」
 一息入れるとマキアスは立ち上がる。
 ここは帝都の地下通路である。マキアスはユーシスとフィーと共になぜかここにいた。
 ジメジメとした空気の中、かすかな灯りに踊る影は間違いなく魔獣だ。それも複数。謎の影のようなものもいる……今のように。
 「……しかしこれ、話が違うんじゃないか、フィー?」
 あたりを見回しながら小声で言うと、ユーシスも顔をしかめて頷く。
 「全くだ。どう考えてもこれは一人で捌ける分量じゃないだろう。」
 フィーも魔獣の残骸や踊る影を見渡しながら、こてりと首を傾げた。
 「確かにかなり話が違う気がする。ちょっとギルドに連絡とるから待ってて。」
 フィーは言いながらオーブメントを引っ張り出す。
 その様子を見ながらマキアスとユーシスはため息をついてその場に座り込んだ。
 「遊撃士は激務といっていたが……」
 魔獣は、もうすでに何体倒したか覚えていない。
 「手伝うのは吝かではないが、これはな……。」
 おまけにどう考えても強い。黄昏の時のように霊脈の問題で強化されているわけではないはずなのに強い。
 「……まあ一人で行かせなくてよかったということにしよう。」
 「……違いない。セオリーだとこの後には絶対さらに強い魔獣が出てくるからな。」
 ユーシスの意見はあまりにももっともすぎて、二人のため息が重なる。
 今日は休日だった。
 だから家で寛いでいる予定だった。
 ここに居るのは確かに自分達で言い出したことなのだが……もう少し気軽な話だったはずだった。正直なぜこうなったのかよくわからない。

 話は数時間前に遡る。
 本日のマキアスは休日だった。そんな日は朝食後から窓を開けて家中に風を入れ、普段の仕事で手の付けられない部屋等の掃除や片付けやら洗濯やらに掛かるのがセオリーだ。特に今日は手早くさっさと念入りにしなくてはならなかった。数日前、ユーシスが何を思ったか帝都に来るついでにこちらに来ると予告してきたのだ。
 シンプルなシャツとパンツというラフな格好のままでバタバタと片付けていると、唐突に呼び鈴が鳴る。
 思わず時計を見るが、時刻は朝九時三十分、より早い。いくら何でも早い。近所の人だろうか。
 「はい?」
 玄関のドアを開ける。しかしながら、そこにはとても偉そうな同級生がとても偉そうに仁王立ちしていた。
 「来たぞ。」
 ユーシスだ。
 朝だというのにピシッとした格好で、何か包みを携えた堂々とした佇まい。正直玄関先から見えるオスト地区ののどかな朝の背景から浮きまくっている。
 「おはよう。……早かったな?」
 一応招き入れると、ユーシスはちら、と周囲を見回して小さく鼻を鳴らした。
 「どういう格好だと思ったら、掃除中だったのか。」
 「仕事がある日は帰って寝るだけだからな。ちょっとそっちで待っててくれ。」
 ダイニングテーブルをさすと、ああ、と返事が聞こえる。
 ひとまずモップを片付け、置きっぱなしの色々なものを部屋に放り込む。この間一分。
 手を洗ってダイニングテーブルに戻ると、遅い、と言いたそうな顔と目が合った。
 「待たせた。それで、どうしたんだ?」
 テーブルに着こうとすると、包みが突き出される。
 「この間飲んで美味かったから持ってきた。」
 マキアスは目を見開いた。
 つまりこれ、多分コーヒーをお土産に持ってくるためにここに来たのだろうか。いやそんなバカな。
 「……そうか。あー……ありがとう。」
 なんとか礼を引っ張り出していうものの、意外過ぎるし珍しくて間抜けな声しか出てこない。どういう風の吹き回しだ?と言いたくなるのをぐっとこらえるが、次に何を言うべきかが出てこない。 
 結局、通り一遍のセリフで応対する。
 「あー……開けていいか?」
 「ああ。」
 包みを開けると一見してかなり上等のコーヒー豆が出て来た。中深煎りくらいだろうか、つやのある濃い色で粒もそろっている。
 「これ、かなり良いものだな!?」
 「まあな。」
 刻印はどうやらレミフェリアのものらしい。確かにあそこにはコーヒー文化があると聞いていた。
 「というか、君のお眼鏡にかなったコーヒーなんてものがあったのか。」
 「ふん、別に嫌っていたわけでもないからな。」
 つやつやのコーヒーはどんな味がするのだろうか。既に香りはよいのがわかるのだが。
 「というわけだ、淹れろ。」
 いうだけ言って椅子にどっかと腰かけている。どうやらそれが目当てだったらしい。
 「それでわざわざ僕の家まで来たのか?」
 「ついでだ。明日会合があるからな。」
 それにお前のコーヒーなら飲める。
 だからさっさと淹れろといわんばかりに手が振られる。
 まあユーシスの態度はともかく、手元の高級そうなコーヒーにはマキアスも興味があった。
 「それなら精々真面目に淹れさせてもらおう。少し待っててくれ。」
 良さそうな豆はそれだけで結構テンションが上がる。足取りも軽くキッチンへ行き、お湯を沸かし始めた。ミルの粉を落として新しく挽き始めると、やがてコーヒーのいい香りが辺りに漂い始める。
 「これはいい豆だなあ。」
 削った上澄みを吹き飛ばしていると、ユーシスも満足げに相槌を打つ。
 「そうだろう。」
 「うん、良い匂い。」
 唐突な三つ目の声にコーヒーをすべて吹き飛ばしそうになった。
 「フィー!?いつの間に」
 びっくりしたのは自分だけではなかったらしい。ユーシスの声も相当動揺している。
 「お前どこから声をかけているんだ」
 「窓が開いてたからマキアスいるかなって」
 声の先を振り向くと、フィーは開け放たれた通り側の窓からひょっこり顔を出していた。
 「おはようユーシス、マキアス。入っていい?」
 「構わないが、ドアを使ってくれ。」
 あっち、と指さすとフィーは素直に頷く。
 「了解。」
 それを見てから、マキアスはもう一人分豆を挽き始めたのだった。

 家の中はコーヒーの香りに満ちていた。
 「オスト地区は巡回コースなのか。」
 はあ、と頬杖ついたままでユーシスは行儀悪くコーヒーを啜る。
 「そ。ごちゃごちゃしてるとこは、ちょっと治安がよくないから。
  それにここ、ナインヴァリが最近引っ越してきたし。」
 いいながら啜るフィーのものはミルクと砂糖がしっかり入っている。
 「うん、マキアスん家のコーヒーはやっぱりおいしいね。」
 「今日は高級品を使ったからな。」
 自分も啜ると、深い香りと味が口の中に広がる。そもそも淹れはじめた時点で香りは高かったのだが、味も一級品だ。少しマイルドで、苦みとさっぱりした酸味のバランスがいい。とても飲みやすいと言っていいだろう。
 「……美味いな、これ。どこで知ったんだ?」
 「前にパンタグリュエルで出されたものの銘柄を聞いて取り寄せた。美味いのは当然だ。」
 「こんな美味しいのが出ていたのか?!」
 あの場には自分もいたのに、飲まなかったのは不覚である。まあ最初はともかくその後ドタバタしていて余裕はなかったのだが。
 「惜しいことをしたな……」
 「マキアス、本気で悔しがってる。」
 「そりゃな。」
 少し温度の変わったコーヒーはまた味わいを変えているが、それにしても美味しい。
 「だから持ってきてあげたの?」
 フィーにひょいっと話を向けられたユーシスは表情をぴしっと凍り付かせると、ふいっと目を背けた。
 「別に、そんな訳では」
 「なるほど、ありがとう。心遣い感謝するよ。」
 「別にそんな訳ではないと言っているだろう。」
 ただ、朝コーヒーを飲むなら好きなものを飲みたいと思っただけだ、とぶつぶつ文句が消えていく。それがなんだか可笑しい。
 「照れてる?」
 「そんな訳があるか。」
 前だったら間違いなく声を荒げていただろう。この辺はあしらいになれたのか大人になったのか。
 「そう?まあいいや、コーヒー美味しかったし。ご馳走様。
  次はクッキーも用意してほしいかも」
 「つくづく遠慮を知らん奴だな……まあいい、考えておこう。」
 わーい。と棒読みの歓声をあげて、フィーが立ち上がる。
 「なんだ、もう行くのか?」
 聞くと、フィーはこくりと頷いた。
 「今日はちょっとだけ仕事。東地区の地下通路のお掃除当番。」
 主に魔獣の。
 「一人でか?」
 ユーシスの質問にもフィーはこっくりと頷く。
 「ん。黄昏以来魔獣あんまり強くないし、一般の人が怖がらない程度にちょちょっとね。人手も足りてないし。」
 どうも朝から一人で魔獣退治ということらしい。翻って自分は今日は休みだ。多分ユーシスも。
 思ったことが大体同じだったのだろう。ユーシスとぴっと目があう。それで意志は確認できた。二人でコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
 「手伝おう。」
 「人手がある方が楽だろう。」
 フィーはきょとんとこちらを見比べると、二つ瞬きして微笑んだ。
 「助かる。持つべきものは友達だね。」


 それで武器とオーブメントを片手に地下通路に赴き、気づいたら数時間経過しているというわけである。
 時間はともかく誤算だったのは、敵が思ったよりも強いことだった。おまけに上位属性も働いている気配がする。これでは掃除というより攻略に近い。
 「ギルドに連絡は取った。帝都の西側も確認してくれるって。」
 「あっちも妙なことになってなければいいがな。」
 いいながらユーシスが立ち上がる。
 「地下通路は繋がってるからな……楽観はできないか。」
 マキアスも立ち上がると、フィーはそだね、と頷いた。
 「ま、あっちはあっちに任せよう。
  こっちはこっちでちょっと奥まで行くよ。原因についてもある程度掴んでおきたいし。」
 「わかった。」
 「了解だ。」
 頷いて銃を肩にかける。
 「二人が付き合ってくれてて良かった……かも?」
 「そこは素直に感謝するがいい。」
 運動不足の解消には若干ハードだが問題はない。
 「乗り掛かった舟だしな。行けるとこまで行こう。」
 「助かる。
  いがみ合ってなければ二人とも十分以上に戦力だし。」
 ん、と勝手に納得するフィーにすかさずユーシスがツッコミを入れた。
 「一言多い。」
 フィーは聞こえなかった顔で先に立って歩き出す。
 「ギルドから言われたんだけど、こういう魔獣が一杯沸いてるときは大型のが大元になってる可能性が高いって。」
 「まあセオリーだな。」
 今までの経験からもそれは間違いのないことだ。
 「つまり大型をやっつければ任務終了。」
 「さっさと探せということか。」
 フィーはこくりと頷いた。
 「ん。ある程度掃討はするけど、大型探すのが優先になる。」
 「となると、偵察に行くのか?」
 「そだね。私が偵察行ってる間に、近くの魔獣片付けてくれてると効率はいいかな。」
 ユーシスと顔を見合わせる。まあ、この状況では是も非もない。
 「構わん。さっさと行ってこい。」
 「ある程度なら僕たちでも何とかなるだろう。」
 気をつけろよ、と手を振ると、フィーは驚いたように目を見開いた。
 「おー。ユーシスもマキアスも成長している……。」
 エマ聞いて、ユーシスとマキアスが二人でお留守番できるって言ってるよ……信じられない……などとどこにいるかわからないエマに向かって呟いている。なんとも失礼な話だ。
 「やかましい。さっさと行け。」
 「何年前の話を引きずってるんだ。」
 口々に文句を言うと、フィーは口元だけで笑うと、ふいっと目をそらした。
 「じゃ、行ってくるね。おわったら美味しいコーヒーが飲みたいな。」
 行先を間違えたピクニックのように、フィーは軽く拳を上にあげ、そのまま軽い音をさせて消えた。
 「それは同感だが。」
 先には既に何かの影が見えている。
 「さっさと終わらせるぞ。手始めに先制攻撃を狙う。」
 「了解だ。」
 目標は多分ドローメが2体。そちらをめがけて走る。まだこちらには気づいていないらしい。奇襲攻撃のチャンスだ。石化弾をばらまき怯ませると、その上からユーシスが踊りこんできた。
 「跪け!!」
 氷漬けにされ動きが鈍ったところを、あとは的確にとどめをさしていく。
 先ほどまでもう数十回やった。連携もとれているを通り越して流れ作業のようなスムーズさだ。
 「一丁あがり、と。この近辺だけでもやっておくか。」
 「そうだな。次はアレにするか。」
 視線の先には闇と影の煮凝りのような人型の影。頷くと、ユーシスの口の端が上がる。
 「せいぜい遅れずについてくるといい」
 「それはこちらのセリフだ……!」
 駆け出すユーシスの背中を追う。相変わらず毎度毎度一言多いのは学生時代と全く変わらない。
 巻き込まないよう射線を調整し、また石化弾を発射する。ただ、いまいちあわなかったか、影がこちらを振り返った。
 「右によけろ!」
 声をかけるとユーシスはそのまま右に飛びのいた。強化弾を放つと、今度こそ影がバランスを崩す。
 「今だっ!」
 「いわれるまでもない!」
 広範囲を焼き切る魔法の刃がその場を一閃した。畳みかけるように強化弾をもう一発。少しへたった影をユーシスが切り裂いて、影が消えうせる。
 「狙いがずれたようだな。」
 剣を払い、拭いながらユーシスが言う。
 「君が射線上にいたからな。」
 相変わらずの上からの言葉だ。言い返すと、ほう、と返事がかえってくる。
 「その程度で外す程度の腕なのだな。」
 「何だと」
 それは少し聞き捨てならない文句だった。堪忍袋があるのなら、それは現在いい感じに引きちぎられかけている。
 「鍛錬不足だろう。違うか?」
 これでも社会人を始めて丸くなったつもりだった。
 監察官とは激務である。そして、必ずしも相手に歓迎される仕事ではない。仕事先でさんざん不愉快な目を見て、随分慣れたつもりだった。あれに比べれば棘のないユーシスの言葉なんてそよ風と変わらない。
 それに、合間を見て射撃訓練は一応やっていたのだ。
 「否定はしない。だが僕と組むなら、銃使いとのやり方をわきまえて動くべきだろう。
  射線上にしゃしゃり出てこないのは基本だが?」
 言葉に棘が混じりだす。
 「生憎後ろに目はついていない。後ろから来ているお前が合わせるのが筋だ。」
 「少しは他人に合わせる努力をしたらどうなんだ!?」
 上からの言葉に思わず怒鳴り返すと、ユーシスは目を見開いて、……そしてなぜか小さく笑った。
 「よかろう。運動不足で鍛錬不足で眼鏡の度も合ってないお前に合わせてやろう。できる範囲で。」
 「っ…!!!!」
 なんで自分がここまで言われなければならないのか。
 「次はアレだな。」
 こちらの気も知らず、……いや多分重々承知の上でユーシスはしれっと次の獲物を指し示す。一番近場のドローメ5体。足場は悪くない。
 「君より先に倒す。」
 「できるものならやってみるがいい。」
 まあ、無理だろうが。
 言外にしっかりわかるその態度にカチンときて、マキアスはユーシスを押しのけるように駆け出した。
 射線上に邪魔者は居ない。懐から取り出すのはいつものライフル、ではなくて二丁の拳銃。狙いはドローメ。そのまま銃を乱射し、一つ宙返りをうって逆側に回る。もしかしたらユーシスも巻き込むかもしれないが知ったことではない。
 正義の弾丸は余さず敵を捉え、スライム状で物理攻撃が効きにくいドローメも文字通りハチの巣にした。3体まとめて貫通させる場所は既に確保している。動けないでいるうちに引っ張り出すのはライフル。ただし特殊弾つきの。
 「ジャスティス・バレット!」
 派手な音をさせて、特殊弾がドローメを爆散させる。
 後に残ったのは、何かの残骸。それだけだ。
 「大した事なかったな。」
 「そんなにムキにならずともよかろう。」
 ユーシスは鼻で笑う。
 「残りは……あっちで4体か。
  影から片付ける。せいぜい役に立つがいい」
 「君こそ邪魔をするなよ。銃は素人なんだろう?」
 「お前は戦闘自体素人のようだが?」
 あまりの言いように思わずユーシスに向き直る。
 「なんだと!?」
 ユーシスは眉を吊り上げた表情でこちらを見ている。それでも上から目線は崩さない。シンプルに腹立たしい。
 「事実を言ったまでだが?」
 「っんの」
 思わず手が出そうになったところで、なぜか頭部が掴まれ、一瞬後に額を襲った派手な衝撃でマキアスはその場に崩れ落ちた。
 「はい、そこまで。」
 ぱんぱん、と手を払う音と、フィーの声。目の前にはユーシスがほぼ同じ格好で崩れ落ちている。
 何があったかは自明だった。
 「「フィー!!何をする!!」」
 ユーシスと声がハモる。
 「喧嘩は両成敗、でしょ。」
 ステルスで忍び寄り、二人の後頭部を掴みガツンと二人の頭をぶつけた張本人は呆れ半分で息をつく。
 「二人でお留守番できるようになったってちょっと感動してたんだけど」
 無理なものは無理か。
 深々とため息をついて、フィーは続ける。
 「ま、いっか。ボスみっけたからついてきて。小物は後回し。」
 そう言うと、軽く踵を返した。
 「あ、そうだ」
 たんたん、とステップでも踏むように駆けて、急に振り返る。
 「なんだ?」
 「ユーシス、私と組んで。」
 オーブメント片手にフィーは言う。
 「構わんが、なぜだ?」
 リンクが組み替えられるのがなんとなくわかった。フィーはこともなげに肩をすくめる。
 「二人でいがみ合ってるときは戦力外。リンクの無駄。」
 ……言葉に呆れと棘と諦めが見えて、言葉に一瞬詰まった。
 だが、断じて自分に非はない。はずだ。
 「それは大体ユーシスが」
 「どうせどうでもいいことで挑発してマキアス怒らせたんでしょ?」
 ユーシスの目が一瞬泳ぐ。
 「マキアス反応鈍くなったから面白くないのは分かるけど。」
 「分かるか。」
 「モチロン。」
 二人の目はなぜかぬるくこちらに注がれる。
 「おい。お前たち僕をなんだと」
 「反応良いとこが楽しいんだけど。」
 「最近は面白みに欠けるのがな。」
 それでつい…という目線と、わかる、という目線が、言葉もないのになぜか手に取るように分かった。
 ふ、と二人は息をつくが。
 「人をオモチャ扱いするんじゃない!!」
 全力で怒鳴りつけると、ユーシスとフィーは揃って目を見開いて、一瞬のずれもなく踵を返す。
 「行くか。」
 「ん、こっち。」
 そのまま走り出す二人を追いかける。
 「待てこら話を聞けっ!!」
 二人の足取りはとても軽やかで、心なしかとても楽しそうに見える。
 そしてとても速かった。
 石の床を鳴らし、橋を飛び越して、フィーの開いた道を駆けていく。敵は居るのだが、先を行く二人は器用にひょいひょい避けていくので、自分が引っかかるわけにもいかずなんとか避けて進むしかない。結構きつい。
 息があがってきたところで、前を行く二人は唐突に立ち止まった。
 フィーは全く息を切らしていないが、よく見たらユーシスは少し呼吸が荒くなっている。運動不足はどちらだというのだろう。
 「ついた。ここの広いとこにいる。」
 確認して、とフィーが少し場所を開ける。空いた場所から先をのぞき込むと、そこには何かとても大きい……影というか暗黒のようなものが蟠っていた。
 先ほどから倒しまくってきた影を次々に召喚しているところを見ると、これが大元で間違いないだろう。
 「数に難ありだな。」
 すぐ傍から中をのぞき込んでいたユーシスがつぶやく。
 「手始めに最大火力使ってでも広範囲をクリアにする必要はある。……やれそう?」
 「誰に口をきいている。」
 任せるがいい、とユーシスは剣の柄に手をかける。
 「それじゃ、いっせーの、で行こう。マキアス、援護お願い。」
 「分かった。」
 ショットガンを構え頷くと、フィーは、それじゃ、とこちらに目をやる。
 「いっせーの」
 3人は弾かれたように駆け出した。
 先に技を放つのはフィーだ。獲物を投げつけ、影という影を切り裂いていく。戻ってきた獲物は今度は二丁の拳銃に化け、敵をあっという間にハチの巣にしていく。
 空中でのバランス感覚や二丁拳銃の扱いはさすがというしかない。あっという間に小さな影は数を減らしていく。シメに大きめの爆薬を大きな影に放り投げると、派手な爆発と共に影が形を崩す。
 「ユーシスっ!」
 「任せろ!」
 爆発も終わらぬうちに、魔力をまとった剣が狙い違わず大物に突き刺さり、辺り一帯をさらなる爆発が襲う。
視界が開けた時には、小さな影はほぼ残っておらず、大きな影だけが形を崩しながらうごめいていた。その頭を狙い怯ませると、剣の回収も難なくクリアできる。
 端の方から弾を撃ちこみ、大物以外をクリアにしておくのは自分の役目だ。
 「あと少しだな」
 「距離を取って!」
 剣を構えるユーシスにフィーが怒鳴りつける。よく見ると影の背後から異常が見えていた。ぐるぐると回転するような動きは、異界への扉を開く化け物の動きに似ている。
 「巻き込まれるぞ!!」
 バックステップで戻ってきたユーシスの襟首をつかみ、渾身の力で後ろに放り投げる。
 「マキアスっ!!」
 黒い影は一瞬で目の前に現れ、辺りを覆う。
 そして意識が途切れた。



   
Falcom TOP
Next