夕暮れの中、セルゲイは特務支援課ビルへの階段を下りていた。
片手には買い込んだ食料品。もう片方には、箱入りの包みをぶらさげている。
本日は休日だ。・・・だが、出頭命令に邪魔されて、本来の休日はおよそ半分程度に減っていた。
休みだというのに本部に出頭とはどういう了見だ、と思ったものだが、仕方ない。宮仕えの悲しいところである。それに、今回は休日出勤に見合っただけの収穫もあったことではあった。
包みを食料品を持つ手に移し変えて、扉へ向かう。中からは既にわいわいとやたらに賑やかな声が聞えてきていた。声の種類からすると、恐らくソファの近辺に全員揃っているらしい。
「ただいま、戻ったぞ。」
扉を開けて中へ入ると、まず目に入ったのはソファに腰掛けた馬鹿でかいぬいぐるみだった。
「あ、課長。お帰りなさい。」
「休日出勤お疲れ様っしたー。」
口々の出迎えの挨拶に適当に返す。しかしまあ、辺りは一言で言えばとっ散らかった有様だった。ソファには馬鹿でかいみっしぃのぬいぐるみが鎮座しており、それにマペットを持ったティオとキーアがもたれかかっている。セットのテーブルの上には高級そうなヘアブラシと包みに空のラッピングが二つ。大きさから推測するに絵本だろうか・・・と思ったら、中身の方は、向かいのソファに居るランディとエリィが一つずつ持っているらしい。ロイドはといえば、エリィの隣に腰掛けて、多分この感じだと、一緒に絵本でも見ていたようだった。
いかにも休日の、平和そのものの光景である。分室とはいえ、とても警察のオフィスとは思えない出来だと、内心肩をすくめた。これはどちらかというと子ども部屋だ。
しかしまあ、それがこの部署なのだろう。
「出頭の内容は何だったんですか?」
ロイドがそう尋ねてくる。他の面子も心配そうな顔つきでこちらを見る。一人キーアだけ、きょとんとした顔をしていたが・・・まあ、それはそうだの範囲内だった。
「ああ、まあ重要事項だな。人一人分の一生が掛かってる。・・・聞く覚悟はあるか?」
4人の表情が少しずつ固くなる。
「まずは言ってください、聞かない事には何もわからないですし。」
「まあ、そりゃそうだ。」
ロイドの言葉に頷いて、ふっと息をつく。
「キーアが正式に警察預かりになった。日曜学校への手続きは今からだが、ひとまず籍は特務支援課に置くことになる。福祉施設でも遊撃士協会でもなくな。」
「それってつまり。」
「キーアが正式にうちの子になるってことですね?」
「平たく言えばそうだ。そのうち、便宜上誰かの養子扱いにする可能性はあるがな。」
最後まで聞いていたやらいないやら。
「やりましたね。」
「今日はお祝いだな。」
空気が浮き立った。
「あのな、お前ら話は最後まで聞け。前にも言ったが、猫の子一匹預かるのとはわけが違うんだぞ。」
こうなるのは、なんとなく予測はついていた。どんな言葉で脅そうが宥めようが、この知らせはここにいる全員が待ち望んでいた事なのである。
しかし、一応年長者として、言うべきは言わなくてはならなかった。
「子ども一人育てるのがどれだけ大変か、なんて、育てた事がない俺が言ってもどうしようもない話だ。
だがな、その子に対する義務やら責任やらがこれから一生ついて回るのは間違いない。
とりあえずキーアが大人になるまでは、何があっても俺らが守らなきゃならん。もちろん時間も相応に割く事になる。第一の保護者の義務だ。」
年少者たちは、キーアも含め神妙に聞いている。それを見て少しだけ安心した。
まあ、それくらいの気持ちがあれば何とかなるだろう、と思う。気構えてもなるようにしかならないし、緊張しすぎてもいいことは無い。
「無論途中放棄は出来ないし、飽きたら終わりってわけにも行かない。
事情があって他に預けるにしたって、ペットなんかとは比較にならんくらいの重い決断になる。
それに子どもは一個の人格を持った人間だ。基本的にこっちの思い通りにはならん。だから、これから先想像も出来んような所で面倒かけられることも対立する事も多々出てくるだろう。
だがな、その責任は保護者にある。理屈抜きでそうなる。」
良いことばかりではないと、喉元まで出かかった言葉はキーアの手前飲み込んだ。まあ、察しの良いキーアのこと、わかってしまうものかもしれない。それに、保護者予定の四人だって、そこそこ波乱の人生を送って来ているようではあるし、言わずとも判りはするだろう。
「まあ、今更返上はしない。」
正確には、決定事項なので返上しようがない。
実を言わなくても、いつまで続くか判らないこの部署、このメンバーで引き取るのは、諸手を上げて歓迎というわけではなかった。ただ、これで宙に浮いていたキーアの居場所が、当人たちの望む形で落ち着く。考える事は多いし良い事ばかりでもないが、それ自体は歓迎できる事なのだ。
「気負う必要はない。だが、保護者ってのはそれなりに重い。覚悟だけはしておくんだ。いいな。」
「・・・はい。」
「・・・わかりました。」
だから、神妙な部下たちと、ついでに意味が判ってるのか判っていないのか真面目に頷いているキーアに、精精上司らしく頷いてみた。
「ま、何事も最初が肝心だ。とりあえずケーキは買ってきたから、お前らの言うとおり今日は祝っていいぞ。」
食料品片手にひとまず包みをテーブルに置く。
「え、ケーキ?!かちょー、ケーキ買ってきたの!?」
「ああ、そうだぞ。今日はお祝いの歓迎会だからな。」
ぱっと顔を耀かせたキーアを撫でる。
「課長がケーキってどういう風の吹き回しっすか。」
四人が揃って目を丸くした。
「今日のランディさんにだけは言われたくないと思いますが、同感です。」
ティオだけではない。四人一様に「似合わない」と誤魔化しきれなかった表情が語っていた。若干失礼な話だが、そんなものだろうとも思う。
「何、俺もそれなりにキーアを歓迎してるって事だ。つーかランディ、今日は何をやらかした?」
「やらかしたって、別に俺は何もしてないっすよ。」
「そこの巨大なみっしぃを持って帰って来ていました。」
まあ、カジノの景品だそうですけど。そう言うティオの目線の先の巨大なみっしぃは、確かに景品チョイスとしては意外なラインだった。
「なるほど、そりゃめずらしい。どういう風の吹き回しだ?」
「気分っすよ。大体俺だけじゃなくてティオすけもロイドもお嬢だってキーアにプレゼント買ってきてましたし。」
視線をひとまず他三人に向けると、まあそうですけど、と皆頷く。
「でも、別にあわせようと思ったわけじゃないです。」
「キーアの件がわかってた訳でもないんです。」
「でも、なぜか被っちゃって」
視線はそれぞれ買ってきたものと思しきプレゼントに向かう。どうやら、絵本はロイド、ヘアブラシはエリィ、マペットはティオが持ってきたものらしい。
やがて、自然と皆の視線が一点・・・キーアで合わさった。
「予感がしたのかもしれませんね。」
ティオが、ふっと表情を和らげる。
「だな。」
それは部下四人に共通の考えのようだった。
「かちょー。今日は何でお祝いで歓迎会なの?」
「キーアがずっとここに居ていいことになったからだ。」
答えると、きょとんとしていたキーアが、目を丸くする。
・・・子煩悩な親の気持ちがわかるというか、部下達が揃ってメロメロなのもよくわかる出来だった。
「え、キーアずっとロイドと居られるの?」
「ああ、そうだぞ。ずっと一緒だ。」
ロイドが引き取って頷くと、キーアがさらに目を見開く。
「本当?」
「本当だ。」
「やったあ!」
キラキラとした表情を一層喜びで弾けさせて、キーアがロイドに飛びついた。
「これは今日は頑張ってご馳走を作らないとね。」
そんな二人を見ながらエリィがぐっと拳を握る。ティオも頷く。
「エリィさん、手伝います。」
「食材は多少買い込んできたから使ってくれ。足りない分は悪いが。」
「え。」
抱えているもう片方の包みを渡すと、エリィとティオは、ぽかん、と荷物を受け取った。
「・・・有難うございます。」
そんなに意外だったのだろうか。
「課長、食材まで買ってきたんすか。」
傍で見ていたランディも驚いたようにこちらを向く。
「今から買い物に行くのも面倒だろうしな。」
どうやら意外だったらしい。へえ、と荷物に向かう目線に、思い当たって言葉を継ぐ。
「・・・ああ、酒はないぞ。お前上等のラムを隠し持ってるだろ、折角の祝いだ、持って来い。」
言うと、ランディが眉を寄せた。
「なんで他人の持ち物把握してるんすか。課長こそ、戸棚に上物のブランデーあったっすよね。アレ俺気になってたんですけど。」
言っているものは判る。全くもって目ざとい。しかし、あれは一人の時にまったり楽しむ酒で、間違っても宴会用ではない。
「残念ながら若造に飲ませる酒じゃないんでな。大体、上司にたかるな。」
「先に部下にたかったのは課長じゃないっすか。いいでしょう、お祝いなんだし。」
「お前な」
「課長、お酒なしなら丸く収まるのではないでしょうか。」
ティオがジュースを取り出しながら言う。
「それは」
「ランディ、どうでもいいけど料理手伝ってくれるわよね?」
エリィも畳み掛けるように言った。
「げ、俺もかよ。」
顔を引きつらせたランディに、エリィは当然よ、と息をつく。
「悔しいけど、メインディッシュは貴方が作った方が美味しいんだもの。」
「キーアのために一肌脱いでください。」
「へいへい。」
女性陣に口をそろえられて、どうやらランディは観念したようだった。
これでブランデーを取られる事は無いな、などと思っていると、ロイドも手を上げる。
「俺は何か手伝う事あるか?」
エリィとティオの顔がぱっと明るくなる。
「ロイド、ありがとう。」
「さすがですロイドさん。」
その様子を見ていたキーアも手を上げた。
「あ、じゃあキーアもお手伝いするー。」
「キーアは今日はお客さんです。ゆっくりしててください。」
「でも、キーアもロイド達と一緒にお料理したいの。」
見上げる視線は、・・・まあ、可愛かった。他に表現のしようがない程度に。
一瞬で空気が和む。
「じゃあ一緒にやりましょうか。」
「キーアが居れば百人力です。」
料理の前にひとまずここを片付けなくては、エプロンも取ってこよう、などと言いながら部下たちは各々動き出す。
「ねえ、かちょー、ケーキあけて良い?」
尋ねるキーアに、いいぞ、と頷いた。
「わあ、おいしそー!」
中から出てきたフルーツケーキに目を輝かせているキーアを見ていると、確かに何くれとなくしてやりたくなる。
「後で紅茶入れてやるから、楽しみにしとけ。」
「うん!キーアミルク一杯入ったのがいいー!」
「そうかそうか。」
ほほえましい気分のまま、ふ、と息をついてキーアをまた撫でた。
「これからよろしくな。」
言うと、キーアは少しだけ眉を寄せた。
「ん、と。これから、も、よろしくね!だよ!」
最後まで言った表情は、花の咲くような笑顔。
キーアの中では、ここに居る事は既に決定事項なのだと、しっかり判る。小難しい事、これからの事は、今考えても仕方ないと言っているようだ。
その明るさとどこか無鉄砲なところは、三年前に居なくなったかつての部下を思い出させた。
笑いに少し酸味が混じる。
「ああ、そうだったな。これからもよろしく、な。」
参った。大したものだ。素直にそう思った。
今はそいつの弟がいるこの部署は、間違いなく、今でもそいつの息吹が息づいているのだ。
最初はランディとティオの話だけで終わるつもりだったんですが、書いてるうちに「そうだ、ロイド&エリィに初挑戦してみよう」と思い立ち、二つバラバラだとただのカプ物で終わっちゃうけど、シメを書いたら特務支援課だなあ、という浅知恵により課長編追加。おかげでしっかり支援課一家になりました。動物sを書き損ねたのが痛恨ですが。
さて、この話にイメージイラストがですね、描いて頂いたんですけどね!
みゅーにゅさんとこ(のーてんきなそら)で二枚も!見ることが出来ますので、どうぞ行ってみてくださいませ超可愛いですv