無機物か有機物かもわからない、食虫植物を髣髴とさせる、アレ。よみがえる記憶は、世界がいきなり大きくなって、走っても走っても届かない・・・まるで怖い夢だった。だけど、現実。赤ちゃんほどに小さくなった体には、大好きな人たちの声も、無駄に大きく恐ろしく聞こえた。
「おい、行くぞ。」
その声ではたと我に返る。姉と兄・・・エステルとヨシュアは先に行っているらしい。
「あ、は、はいっ!」
慌てて導力砲を構えると、帽子の上から拳が落ちてきた。
「っ!」
衝撃・・・でも、手加減してくれたのか、痛みはない。
「喧嘩は気合だ。そんなんじゃ勝てるもんも勝てねえだろが。」
続いた声は、荒っぽいようであたたかい。大丈夫、という気持ちになる。恐怖が散っていく。
「あ・・・はいっ!」
返事をしたときには、もう恐怖感はなくなっていた。拳を頭の上に乗せたままだった長身の青年・・・アガットが、ごくわずか満足そうに手を下ろす。
「それでいい。いくぞ。」
言って、振り返りもせずに敵に向かっていく。ティータもぶっきらぼうな彼を追いかけた。
対峙するは、あのときのアレ。
今度はあの変な光線は食らってやらない。食らってももう慌てたりしない。逆に倒す。
そんな気持ちで炸裂弾を詰める。
構え。軌道とタイミングを計って撃ち込むと、顔とも口ともつかない場所に命中した。アレがこちらを向く。
・・・怖くなんか・・・ない!
煙玉をすばやく撃ち込んで横とびに飛ぶと、一瞬前まで自分が居たところに、あの謎の光線が当たっていた。
思わず息をつく。しかし、ほっとしてばかりもいられない。敵はまだ向かいに立っているのだ。大切な人たちはまだ戦っている。手助けをして、はやくアレを倒さないと・・・先に進めない。
装填。構え。軌道確認。発射。
どれだけ繰り返しただろうか。アレの・・・敵の動きが鈍ってきた。
「たたみ掛けるわ!ティータ、お願い!」
エステルの声が響いた。
「うん、わかった!」
とっておき、を装填する。軌道上には誰も居ない。
「・・・・い、いきますっ!」
「OK!」
「援護する!」
「任せろ!」
着弾・打撃・斬撃、そしてとどめ。何度と無く繰り返したお陰で、4人で息はぴったりだった。
たまりかねたのか、魔物がのけぞる。そして・・・またあの光線。狙いは先頭・・・アガットだ。
「させないんだからぁ!」
口元めがけてもう一発。
閃光が走る。
魔物は苦しげにのた打ち回り、・・・今度こそ沈黙した。
・・・ただし、光線は魔物がのた打ち回った結果、砲撃のために止まっていたティータに命中していたのだが。
それまでは無我夢中だった。
しかし、戦闘終了後、前の方にいるエステルたちに駆け寄ろうとしたとき、異変に気がついた。
体が重い。駆け寄っているはずなのに、のろのろと歩いてるくらいにしか進まない。
「あ・・・れ?」
視点は変わらない。ただ、なんだか動きが重い。声も野太くておかしい。自分の体を確かめてみて・・・愕然とした。
太っている、としか言いようのない状態だった。否、太っているというか膨れているというか・・・どちらにしろ、女の子としては悪夢のような事態である。
腕も、体も、・・・触ってみたら顔も・・・2倍は確実に増えていた。体重も間違いなく確実に増えている。2倍以上・・・。
「ティータ!?」
気がついたエステルが駆け寄ってきた。
「あ?どうしたんだ?」
アガットがこちらを向く。
その顔を見た瞬間、恥ずかしさで体中がいっぱいになった。
「み、みないでーっ!!」
残っていた煙玉を一瞬で詰めて、炸裂させる。
「うあ!?」
煙の幕は、見事にアガットと、運悪くそばに居たヨシュアを巻き込んだ。
「ティータ、落ち着いて!」
エステルが、ティータの体を抱きしめて・・・我に返った。
「は、はわっ!・・・ご、ごめんなさい!」
変な声と、どうにも曲げにくい体で慌てて謝る。
「・・・ったく、何考えて・・・」
煙に咳をしながら、怒りの言葉を口にしようとしていたアガットが、ティータの姿を見た瞬間言葉を飲み込んだ。同時にこちらを向いたヨシュアも、こちらの姿をみて目を点にする。
気まずく恥ずかしい事この上ない沈黙。
「・・・・ボール・・・か?」
つぶやき声がアガットの口から漏れる。そのまますたすたと歩いて、ティータの前で止まって、その表情がちょっとだけほころんだ。
「押したら転がりそうだな。」
つん、と額を軽くつつかれる。
しかしそれは、とてもとても素直な感想ながら、女の子を傷つけるには十分すぎるほどにデリカシー無しの行動だった。
恥ずかしさで真っ赤になった顔を、涙が伝う。
「お、おい、ティー・・・」
その表情に気付いたのか、アガットが慌てた風で名前を呼ぼうとしたところに、
「アガットさんの、バカーッ!!」
ティータは思い切り導力砲を投げつけた。
「うぁ!?」
命中したらしい、派手な音。でも、そんな事はどうでもいい。涙が溢れて止まらなかった。
そんなティータを、優しい手が抱きしめた。
「100%アガットが悪いわね。ティータにあやまんなさい。」
エステルは、ティータを抱きながら冷たくそう言う。
「んなっ・・・」
「デリカシーが無いにもほどがあるんじゃない?世の中には言っていい事と悪い事ってのがあるでしょーが。」
明らかに怒った声だった。ティータのために、怒ってくれていた。
エステルの剣幕に固まるアガットを尻目に、エステルはティータの髪を撫でる。
「その格好、嫌よね。今回復する。・・・・キュリア。」
抱きしめたまま。しゃくりあげるティータに光が降り注いだ。
「エステル・・・お姉ちゃん・・・ひっく・・・」
元の声、元の体。涙はまだ止まらない・・・でも、ほっとした。
「・・・おい、チビスケ。」
いつものように上から掛かってきた声に体を堅くする。
「その・・・なんだ。悪かった。」
「・・・・っく・・・」
見上げたその顔は、涙でにじんでさっぱり良く見えない。
「謝るから。もう泣くな。」
「ひぐっ・・・・」
目をこすっても、視界はぼやけたままだ。
「・・・・・たく・・・」
と、体がエステルの腕をすり抜けて、宙に浮いた。
「ふえ!?」
胴体を支えられている感触。慌てて目をこする。視界はもうぼやけない。自分より低いところにアガットの顔が見えた。
「・・・やーっと泣き止んだか。やっぱりガキを泣き止ませるにはこれが一番らしいな。」
考えなくてもひどい言い様だが・・・先ほどのように腹は立たなかった。それよりなにより驚きが先に来ている。
一度、視線がアガットと同じところまで下がって・・・もう一度空に上がる。
「あのな、ティータ。」
「・・・?」
目を合わせるのに、見下ろさなければならないというのはとても新鮮だった。
「たとえお前がどんな姿になっても、お前は俺たちの仲間だ。格好くらいで態度を変えるわけねえだろ。
だから、あんまり細かい事気にすんな。」
視線がまたアガットと同じところまで下がる。
「・・・だが、さっきのはどうやら別の次元の話らしい。
・・・泣かせちまって悪かった。ごめんな。」
さっきよりかなり小さな声。困ったような、気まずいような顔。視線を逸らしたいのをこらえているのがこちらからでもわかる。多分、それが彼の真面目さなのだろう。
なんだか少し、・・・かわいい、と思った。
手を伸ばすと、その首に手が届く。思い切って飛びつくと、すとん、と抱きとめてくれた。
「おい?」
「・・・もう、いいです。」
上から降ってくる声に答えて、顔を上げる。距離が近い。
「私の方こそ、こんなときに取り乱しちゃってごめんなさい。」
「・・・お、おう。」
はとが豆鉄砲・・・そんな顔が少し可笑しい。
肩を少し強く押すと、合点したのか支えていた腕が少し緩んだ。その腕からすり抜けて前に立つ。
目で探した導力砲は、下ではなく目線と同じ高さ・・・アガットの肩から下がっていた。こうして見ると小さく見えるそれは、どうやら投げつけられたのを拾っていてくれたらしい。・・・投げつけた手前、少々気まずいのだが。
「あの・・・導力砲ありがとうございました。」
「あ?・・・ああ。」
手を差し出すと、アガットは肩に下げたそれを下ろした。
「自分の獲物はもうちょっと大切にするんだな。」
「・・・はい。」
心持ち優しく手渡されたそれを、ひとまず点検。どうやら自分で改造と改良を重ねた導力砲は、常に無い手荒い使い方をしたにもかかわらず、痛みも無い。・・・が、ぶつけられたほうを見上げると、・・・多少頬に赤みがさしていた。
「あの。」
「ん?」
上から降ってくる声に顔を上げると、自然と目があう。
「その・・・ごめんなさい、痛かったでしょう?」
聞くと、面食らったような表情になって・・・視線が伏せられた。
「あー・・・お前に泣かれたのが一番痛かったな。」
帽子の上に下ろされた手は、「だから泣かないでくれ」と言っているようだった。
「ティータ、もう大丈夫?」
エステルが声を掛ける。
「うん、もう大丈夫だよ。」
いつものように導力砲を肩にかけて、エステルのほうを振り向く。
「ありがとう、エステルお姉ちゃん」
ティータは、いつもの笑顔で応えたのだった。
相手が近い上普段は子ども扱いしてるもんだから、とんでもない事を口にしては怒られてたり泣かれてたりするのかな、と思ってたりします。ここまでデリカシーないかといわれると・・・・なさそうな気がする、と実は思うのですが。絶対乙女心とかわかる人じゃないだろう。