その日。夕方に兵庫に戻った播磨たちを待っていたものは、ちゃぶ台の上にどどんと鎮座したチョコレートケーキだった。オレンジの添えられたケーキは、綺麗なデコレーションが施され、傍に品の良いメモが置いてある。
「バレンタイン分作っといたで。淡路と合作したんや。
お礼は各自三倍返しでよろしくー♪
あ、今日は横浜で遊んでくるわ。 神戸」
「今日は徳島のとこいってくるー。 淡路」
……まあ、いつもの事ではあった。
「今年はこれか。毎年の事ながら、よおやるわ。」
播磨はそういいながらも嬉しそうにケーキを眺める。
「今年はまた豪勢やねえ。楽しみにしとった甲斐あったわ。」
「神戸は日に日に腕を上げとるなあ。どれ、お茶でも入れようか。」
但馬も丹波も笑顔だ。
日ごろの行いがあっても、バレンタインの贈り物はなんだかんだで嬉しい。単純といわれようともそう言うものである。
おまけに手作りの凝りに凝ったチョコレートケーキだ。神戸作なら味もばっちり保障つきである。たとえ万一本命が居たとしても、ここまで豪華なものはないだろう。表情が緩むのは当然のことといえた。
お茶が出てきて、ケーキを切り分けて、いただきますと口に入れる。
「んー、絶品じゃぁ。」
一口食べて、但馬が感嘆の声を漏らす。
「ほろ苦いとこがまた、好みわかっとるわ。」
「酒きいとるのもええなあ。淡路のオレンジともよおあっとる。やっぱ腕上げたわー。」
負けてられへんなあと言う丹波も、表情はにこやかだった。
毎年の恒例行事、バレンタイン。
それが楽しみになる程度に恵まれていた。洋菓子の得意な神戸のおかげで、例年この通り豪華なバレンタインなのである。他から貰ってくるチョコレートより身内のチョコの方が豪華というのも何なのだが、美味しいものに罪はない。
食べ終わってしまうまでは、とても幸せなのだ。
「今年も美味かったわー。」
食べ終わってしまうと、話は少し変わってくる。
「神戸と淡路にきっちり礼言うたらななあ。」
播磨が、ずず、とお茶をすする。
「せやなあ。」
丹波もそう頷いた。そして、沈黙。三人の考えている事は一致していた。
「で、来月どないする……?」
今年のケーキは豪華だった。軽く見積もったところでは、市販だったとして軽く4000円は越すだろう。そして一流の材料、凝ったデコレーション、かけた手間はプライスレスだ。
さらっとクッキーで済ますのは気の引ける出来だった。毎年の事なのだが、この手間にせめて見合った分くらいは返さなければならないような気がしてしまうのだ。
「去年はバッグやったなあ。」
但馬が頷く。新作のバッグは、神戸が現在愛用中だ。
「その前は高級和菓子返したったな。」
丹波も頷く。あの時は京都にも頼んで、造りの凝った和菓子を詰めて贈ったのだ。
「今年は何がええんじゃろ。予算五千円くらいけ?」
食べたケーキが豪華な分だけ、ホワイトデーの予算も家族と言うには少々外れるくらいに高騰する。
「使ってた洋酒、結構ええもんみたいやで。色付けたほうがよさそうや。」
丹波の言葉に、予算が千円プラスされた。
「……高級品作っとったんやな……美味かったけど。」
「一体どの辺を期待しとんのやろなあ。言うてくれればええのに。」
クッキーとマシュマロで済まされるレベルならこんなに悩みはしない。しかし六千円分のクッキーといったら、一体何枚になるのだか。
「けど、下手に聞いたら薮蛇やんけ。確実に三倍以上要求されるで。」
ため息が落ちた。
悲しいかな、経験済みなのだ。
美味しかった、と。思い切りの感謝を表して、ホワイトデーは何がいい?と聞いた事は無論あった。
……要求されたものは六桁はするブランド物のバッグ。
当然その場で喧嘩になった。そして結局押し負けてバッグを買わされた。
その轍は踏まない。せめて五桁で押さえたい。
「ひとまず三月までには考えとかなな。」
「二週間か……毎度頭痛いわ。」
「ケーキはうまいんやけどなあ。」
三人の表情は、苦い割には笑っていた。
頭が痛い話でも、嬉しいものは嬉しいし、感謝の気持ちだってそれなりにある。
それに、バレンタインに気合を入れたものを贈ってくれる妹は、身内の贔屓目とはいえやっぱり可愛いのだった。