だからどうという事もない。
ただ、自分もロストールの田舎で育ってきた以上、いくらかの偏見もあれば先入観もある。なにせ、ダルケニスといえば怪談の王道である。今更そんなものはない、と否定するのはどうにも嘘にしかならない。
そこで、今までの先入観を払拭しようと、そう思った。いくらかの知識はあっても悪くはないだろう。
多少開き直ったとはいえ、ダルケニスであることに未だ負い目を感じている当人に今直接聞くのはなんとなく憚られた。あれで神経質で繊細なのだ。今聞いたら悩みと落ち込みの無間地獄に落ちていきそうな気もするし、聞くならもう少し落ち着いてからだろう。カフィンに会えれば聞くのだが、最後に会ったのは、間の悪い事にクーデター直後のどたばたした時期だった。そんなわけで、タイミングを逃して今に至る。
結局今は、本が頼りだった。
身近に本があるといえば、とりあえずはお屋敷である。あの生真面目かつやたらに頭の回転のいいレムオンのこと、きっとそれなりに持っているに違いない。いや、彼が持っていなくても、もう一人の兄なら確実だ。
そんなわけで、彼女は弟を引っ張り込むと、ダルケニスであるところのレムオンに黙ってリューガ邸の書庫に忍び込んだのだった。
「姉ちゃん、大丈夫かよ?なんかここ、出そうじゃないか?」
「まあ、でっかいお屋敷といえば幽霊のような気もするけどねえ。」
埃っぽい書庫を探検するのは、なんとなく洞窟だか古城だかの探検を思い出させる。
「大体、レムオンがダルケニスだからってどうってことないんだろ?」
「うん、全然。でもまあ、知ってる以上はちょっとくらいあわせてやった方がいいかなあって思って。食べるもの違うとか、なんかありそうな気するだろ?」
「ああ、確かになんかありそうな気はするよな。」
ほっといてもよさそうだけど。
チャカのもっともな意見に軽く頷きつつも、ランプをかざす。明かりが背表紙を照らした。
「お、これじゃね?」
「ん、どれどれ?・・・あ、これはよさそうだねえ。」
バイアシオンのなかまたち とかなんとかそんな名前だと思う。思う、というのは、背表紙すらぼろぼろで欠けているからだ。かなり古い。
適当に開いたページには、ボルダンの逞しい身体がでんと載っていた。
「当たりかな。」
そうかもしれない。にっと笑ってページをめくる。
「えーと、ダルケニスダルケニスー・・・っと。」
この辺、と開いたページには、銀色のなんとも神秘的な雰囲気の人物が載っていた。
「これか?」
「・・・そうだろうねえ。」
知っているダルケニスがカフィンとレムオンでは、どうにも神秘的というイメージはないのだが。
ふむふむと読み進める。
外見は人間とほとんど変わらないが、その身体的能力は人間を大きく上回る。
「・・・道理で勝てなかったわけだ。」
「姉ちゃん、負け惜しみか?」
べし、といらん事を言う弟の頭をはたく。
「・・・今は勝ててるよ。2回に1回くらい。」
「姉ちゃんも化けも」
ごす、と拳を繰り出すと、チャカは書庫の中を飛んでいった。本が崩れる音がする。きっとチャカが片付けるだろう。
さらに読み進める。
そして、彼ら自身も恐れるのが、新月の夜に発揮される能力の完全な開放である。身体が紫色の燐光に包まれ、すべての能力が飛躍的に向上する。その反面、吸血衝動が強くなり、彼らの強固な理性を持ってしてもそれを抑えられない事がある。これを他人に見られることは、すなわち自分の正体を晒す事になるので、人間に紛れて生活しているダルケニス族は新月の夜を恐れている。
「姉ちゃん、なんかさあ、こういうとこが怪談なんじゃねえ?」
「ああ。あの『見たな』って奴だよねえ。」
復帰してきた弟には頷くしかなかった。ただ、その扱いに何か小さな怒りを感じはする。つまりは化け物扱いなのだ。
そんなこちらの気もしらず、チャカは屈託なく頷く。
「そうそう。こう、綺麗な人がなんかやってるとこにうっかり声掛けたりとかして」
「見いぃぃたぁぁぁぁなぁぁぁあああ!!!!」
響いた声は、二人のものではなかった。
「ひぃゃああああ!?」
「うわあああああ!?」
抱き合い、二人は慌ててその場から飛び離れる。
かつん、かつんと響く靴音。ランプで不気味に伸びた影。
「・・・ふふふ、なかなか珍しい光景だね。」
・・・笑いながら出てきたのはエストだった。
「何の本読んでたの?」
「・・・もう・・・脅かさないでよ。」
「心臓止まるかと思ったぜ・・・。」
ため息をつきながら、見ていた本を差し出す。
「これ。・・・ちょっとはわからないかなって思ってさ。」
「・・・ああ、なるほどね。」
エストはそのページをじっと見ると、こちらに向き直った。
「ありがとう、二人とも。よかったら、もうちょっと中立的な立場の本もあるんだけど。」
「読めるものなら歓迎するよ。本当は、取扱説明書みたいなのがあれば一番嬉しいんだけど。」
だからこそ、本人・・・レムオンにはこのことはいえなかったのだ。
「そうだねえ・・・まあ、参考にはなるんじゃないかな。」
エストはそう言って、小さく笑う。そして、一呼吸置いて先を続けた。
「・・・兄さんを、よろしくね。」
微笑んでいても、声は少しゆれている。
気持ちも、なんとなく判る気がした。不安なのは、自分だけではない。エストだってレムオンだって、自分よりずっとずっと不安なのだ。
「任せときなって。いつかきっとつれて帰ってくるからさ。」
だから。
そんなエストに、彼女は力強く頷いて見せたのだった。
この話書いた後でエンサイ読ませてもらったんですが、ダルケニスの項目、ちょっと泣けた。新月の香使ってまでダルケニス狩りやってたんだ・・・。人間って残酷だなあと。
体当たりで挑むほうが畑ッ子っぽいかなあと思いつつも、好きな人のことだと若干慎重になるようだとちょっと可愛いなあと思ってみたらこうなりました。