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怖いもの知らずの怖いもの

この酒場に雇われてまだ日は浅い。店主に怒鳴られ、お客の間を飛び回り、それでも着実に仕事を覚えて来たそんなある日、大陸のアイドルとでも言うべき人間がやってきた。
彼女には竜殺しに剣聖に、勇者の肩書きまでついていて、共に来ていた巫女姿の少女とも相まってとても人目を引いていた。
チャンスと話を聞いてみれば、「怖いものなど何も無いだろう」と面と向かって言われる事が増えたと彼女は言う。それはそうだろうと自分も思った。
しかし、エンシャントの酒場でお茶を飲みながら彼女・・・ルシェは首を振る。
「いや、怖いものくらいあるって。誰と居たって怖いものは怖いわよ。」
共にジュースを飲んでいた巫女姿の少女・・・エステルも、同じように首を振った。
「四人で居ても五人で居ても、今みたいに一緒に居ても、怖いものは怖いよねえ。」
「そうそう、怖いものは怖いのよ。」
二人してうんうんと頷く。
しかし、怖いものなど無いからこうして英雄扱いされているのではないか。そう聞くと、彼女たちは顔を見合わせた。
「怖いものがないなら」
「とりあえず、ここに居ないよね。」
そして、各々飲み物を口に付け、ちらりと出入り口のほうに目をやる。
人でごった返し、騒がしい店内のその先・・・戸口の向こうをじっと見つめていたルシェが、あ、と声を上げた。
「逃げるっ!」
「了解!」
お金ここにおいて置くね!と、用意していたらしいぴったりの金額をカウンターに置くと、あっけに取られる自分の前から彼女たちは迅速に姿を消した。呪文らしきものが聞こえたから、姿を隠すスペルを使っていたのかもしれない。
一瞬で客の消えたカウンター。
「こら、働かんか!」
ぽかんとしていると、店主からどやされた。
「あ、す、すみません!」
慌てて預かったお金を銭入れにしまう。
「・・・なんだったのかしら。さっきのって、竜殺しのルシェじゃなかったっけ?」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながらカウンターに居ると、手が空いたらしい店主が頷く。
「ああ、そうだ。駆け出しの頃から良く来てるぞ。あいつがどうかしたのか?」
問われ、先ほどのことをかいつまんで話すと、店主が吹き出した。
「何がおかしいんですか?」
「いや、あいつも相変わらずだと思ってな。
 その内セラが・・・ルシェの保護者が血相変えて入ってくるな。賭けてもいい。」
肩を震わせて笑いながら、店主はまた注文を受けて客の方へ行った。勇者の保護者。なんなのだろう、それは。
「姉ちゃん、こっちも!」
考え事は、客に呼ばれて一気に吹き飛んだ。
「はい、ただいま!」
慌てて駆け寄り注文をとる。カウンターに戻ろうとしたところで、入り口から新しい客が入ってきた。
「いらっしゃいませー!」
声と共に振り向くと、普段は特に気にもしない客の顔に目が行った。
・・・綺麗な顔立ちの、黒髪の青年。見た感じは冒険者のようで、それ自体は特に珍しいとも思わない。
それならば、なぜそんなに気になったか。それは、彼は全身から何か・・・ありていに言えば剣呑な空気を纏ってやってきたからだった。

「ルシェが来たな。」

つかつかとカウンターに向かい、彼が店主に向けた言葉は、問いではなくて断定だった。
「さすがだなあ、セラ。」
店主がやれやれと肩をすくめると、射るような眼でそちらを睨む。
「どこに消えた。」
「悪いが知らん。ご丁寧にインビジブルまで使って消えたからな。」
慣れているのだろう、店主はぱたぱたと手を振った。セラの眉間に深々と皺が刻まれる。
はっきり言わなくても怖い。
しかし、こちらのそんな思いが通じたのか気にしていなかったのか。
「そうか。手間を取らせた。」
言うなりセラは踵を返した。そして、入ってきた時よりも早足で店を出て行く。その光景は、彼女としては、・・・やっぱりぽかんと見送るしかなかったのだった。
セラが出て行くと同時に、張り詰めていた空気は元に戻る。
「・・・あの人が、保護者さんですか。」
こそりと聞くと、店主はああと頷いた。
「まあ、大方またルシェが何かやらかしたんだろうがな。」
「ルシェさんが?」
聞き返すと、店主が肩をすくめる。
「ああ。なんだ、英雄だの何だの言われても、どうにも学習しない奴だってことだ。」
・・・それは、どこからどう聞いても英雄に対する言葉には聞こえないのだった。

その夜。
「で、結局つかまったってわけ。」
巫女姿の娘が言えば、赤い帽子のリルビーが肩をすくめた。
「最初からそんな気はしてたよ。」
カウンターには、昼間に来ていたエステルとルシェに加え、自称吟遊詩人のレルラ=ロントンが座っている。洗い物をしながら聞いていたところによれば、どうやら昼は、あの後結局あの青年・・・セラに捕まったらしい。
「どっちみち宿に戻るんだから、逃げ切るなんて土台無理な話だと思うんだけどねえ。」
レルラの言葉にルシェが首をふった。
「いやいやいや、そんなことは無いわ。体力と怒りが減ったあたりでこっそり出て行って済みませんでしたって謝れば、お説教が大分減るのよ。」
「即刻謝った方がいいんじゃないの?そっちが早い気がするし。」
さらにレルラが言うと、ルシェはぶるぶると首を横に振った。
「即刻謝るって、冗談言わないでよ!無理よこわいもん!」
力強い断言に、レルラとエステルは顔を見合わせる。
「・・・いい加減慣れなよ。何年付き合ってるの。そして何十回怒られてるの。」
「それじゃなかったらもっとうまくやるんだねえ。何でいつも気づかれるようなミスするんだい?」
二人同時のため息に、ルシェがカウンターを叩いた。
「慣れるわけないでしょ!大体今日のは現行犯だったの!寝てると思ってたのに全くもうー!」
その剣幕にも二人は動じない。
「だから、何年付き合っててそんなミスをやらかすのさ。」
「というか、自分で現行犯って言ってれば世話無いねえ。」
ぐい、とレルラが手元の酒を飲み干した。
「マスター、おかわりー。」
「はいよ。」
注文をとった店主が、手際よく酒を足す。
「・・・で、今日は一体なにをやらかしたんだ?」
換えの酒を渡しながら問うと、エステルが肩をすくめた。
「セラの剣を料理に使ったってさ。」
「干し肉が馬鹿みたいに固かったのよ。で、なんとかして切ろうと思って近く探したら、月光が置いてあったんだもん。
昨日研いでたし、手入れは常にばっちりだし、大丈夫だと思ったのよー。」
そこまでまくし立てると、ルシェはがっくりと肩を落とした。
「まさか起きてるとは思わなかったわ。」
「そりゃ怒るだろうなあ。」
店主は肩を震わせる。
「気づかなきゃ怒らないわよ。」
ぶう、とルシェがむくれる。それを見て、店主はふと戸口の方を見やった。
「おう、セラじゃね」
「どええええ!?」
店主が全て言い終わる前に、ルシェはなんとも形容しがたい叫び声と共に、椅子の陰に隠れてしまった。エステルも身をこわばらせて戸口の方をそれとなく伺う。その様子を見て、店主とレルラが肩を震わせる。
「冗談だ。・・・そこまで怖がる事なのか?」
・・・二人分の息が吐かれた。
「もうー。マスター、心臓に悪いよー。」
エステルがぼやけば、ルシェも店主にかみついた。
「怖いに決まってるでしょ!セラはね、怒ったセラはね、世界中の何より怖いのよ!!六年付き合った私が言うんだから間違いないわ!」
それほどまでに怖がるような人なのだろうか、とハタで見ていて思う。しかし、店主は苦笑いで手を振った。
「わかったわかった。悪かったよ。」
「まったくもうっ!」
ぷい、とそっぽをむいて、持っていたお茶に口をつける。その姿は、どうにも英雄だの剣聖だの竜殺しだのからは外れた姿なのだった。

帰り際、夜半過ぎまで居残っていた彼らの目的が、『セラが寝るまで暇を潰す』だった事を聞いた。
勇者様・・・は、案外人間的、を通り越して、かなり子どもっぽいらしい。
肩書きで人は判断できない。心からそう思わせてくれた一件だった。



お題で別の話書こうとしてたんだけど、なぜか出来上がってしまった話。
ミイス主の怖いもの=セラ。は、割と私のデフォルトです。
結構強気でやりあったりしてても、怖いの我慢してる部分はありそうな気がする。だってセラ怖いんだもん(それは私の意見なんだけど)ミイスでうっかり森の外に出ようとしてこっぴどく怒られて以来、セラが怖くて仕方ありません(私が)。
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