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黄昏の部屋

その日。エステルがいつもどおり宿に戻ると、部屋の扉がうっすら開いていた。
先に帰ってきた誰かの閉め忘れだろうか。小さな町だとはいえ無用心な事である。近寄ってみると、中から声が聞こえてきた。
「それで、その時のパイがあまりに美味かったのでな、・・・」
セラの声。それもなにやら珍しく饒舌かつ楽しげである。
何の話をしているんだろうか。そして相手は誰だろうか。そっと気配を消し、扉の隙間から中をうかがう。
夕暮れ時の部屋、オレンジの光の差す室内に、二人。見るだけ見て、エステルは引き返す事を決めた。
ベランダの方を向いていて、背中側しか見ることはできなかったが、あれは片方はセラでもう片方はルシェだ。
・・・ただ、逆光のせいか影のように見えた二人は、寄り添うというよりなんというのか。
「・・・いつのまにあんなに仲良くなってたんだろ。」
どう見ても、セラがひざまくらをしてやっている、ようにしか見えなかった。
ここで部屋に入るのは、さすがに気が引ける、・・・そんな光景。
ロマンを感じるかといえば、相手が相手だけに感じようが無いのだが。それでも年頃の女の子として、あのシチュエーションに憧れはする。相手は選びたいが。正直に言えば、目を覚ませ、とあの友人に言ってやりたいが。それでも、羨ましくないといえば嘘になる、そんな気持ちだった。
「・・・あーあ、どこで暇潰してこようかな。」
宿の階段を下りながらそうつぶやく。
「あ、エステル!どこ行くんだい?」
と、下から聞きなれた声が上がってくる。
「あ、レルラ。お帰り、今戻ったの?」
見ると、金色の髪の少年がこちらに向かってくるところだった。
「うん。エステルこそ、今から酒場でも行くのかい?」
「うん、まあ。そんなとこ。」
言われてみれば、この時間から出るなら行き先は絞られている。曖昧に頷くとレルラは首をかしげた。
「一人で?ルシェは一緒じゃないの?」
「・・・今は放っといてあげようかと思って。」
肩をすくめてそう答えると、レルラはくすくすと笑う。
「何かあったの?またお説教中?」
「いや、そんなんじゃないんだけど。」
確かにまあ、普段ならお説教中で逃げ出す事も多い。いや、友人として助けてやりたいとは思うのだ。しかし、どう聞いてもセラのほうに理がある事が多いため、なかなか助けてやれたことはなく・・・まあ、そういうことはどうでもいい。
「気になるなあ。喧嘩でもした?」
「違う違う。」
ぱたぱたと手を振り、上に上がろうとするのを、さりげなく止める。
「・・・エステル、部屋で何があったの?」
「まあ、今は行かないであげるのが友情かなあと思ってね。」
「そう言われるとますます気になるんだけど。」
きらり、とレルラの目が光ったような気がした一瞬後、レルラは既にエステルの脇をすり抜けていた。
「あ、待って!」
声を上げてしまってから、慌てて自分の口をふさぐ。
そんなエステルを不思議そうに見ると、レルラはニヤリと笑って部屋の方に向かっていった。
「もう・・・!」
速やかに、でも静かに後を追う。部屋の前で追いつくと、レルラは既に中を覗き込んでいた。
相変わらずセラの声が聞こえる。
「へえ、前見たのと逆だ。」
こそ、とレルラが囁いた。
「逆?」
こそ、と聞き返す。
逆ということはつまり、セラのほうがひざまくらされていた、という事なのだろうか。
「うん、ひたすらルシェが喋っててセラが寝てたんだけど。」
「・・・・・・。」
話題は想像がついた。間違いなくルシェの兄の話に違いない。
「似たもの同士だよね。きっとセラは、ルシェが寝てるの気づいてないよ。」
そっと覗き込めば、確かにそうだった。・・・おまけに、聞き耳を立てるまでも無く、話題はセラの姉の話である。
「放っといてあげるのも友情かもしれないけど、キリ無いんじゃないかな。」
どうやら、部屋の中の光景は思ったよりも全然全くロマンはないらしい。それだけは理解できた。
「・・・・・・。」
「ちなみに、この間見たときは、時間潰してから戻ってきても状況変わって無かったよ。」
レルラの言葉に、ああ、そうだろうな、と・・・いつもの光景を見ている自分の思考はあっさり納得してしまう。あの友人は、こと兄の事となると色々常識が飛んでしまうのだ。
そして、それはセラも同じだったらしい。
大体、なんだかんだ気配に聡いはずのセラが、ここに二人いるのにさっぱり気づかないのがまずおかしい。いや、それ以前に、普通話相手が寝ていれば気づくだろうが、それに気づいた様子も無い。どれだけ真剣に姉について語っているかは、その時点で判りそうなものである。
「・・・わかった。」
肩をすくめて、ドアをばん、と開ける。
「ただいま!」
「!」
ぎょっとしたように、セラがこちらを振り返った。少々驚いたような表情に、なんだか少しだけ優越感を覚える。
「・・・戻ったのか。」
今の話、まさか聞いていないだろうな、と。一瞬見せた表情はありありと焦りを語っていた。もちろん聞いていたのだが、それこそ言わぬが花に違いない。
しかし、それはすぐに無表情になり・・・そして、ひざの上に気づいて、今度は引きつった。
「ルシェ!」
ぐい、と乱暴に肩ごと起す。ルシェの身体はゆらりと動いて、今度は反対側に倒れた。ぼふ、とベッドに倒れこんでようやく気づいたのか、もぞもぞと動き出す。
「んー・・・なぁに・・・?」
完全に寝ていたらしい。寝ぼけ眼で、寝転がったまま辺りを見回すと、セラの方を向いてびしりと固まった。
「あ。ええと。それでどうしたんだっけ?」
慌てて身体を起すその仕草に思わず噴出す。
「・・・・・・・。」
眉間の皺がとても深い。ぴし、と姿勢を正したルシェを、べち、とはたいてベッドに転がすと、セラはそのまま部屋を出て行ってしまった。
「っ・・・もう、何なのよー。」
身体を起しながら、ルシェが文句を言う。そして、扉に目をやって・・・やっとこちらに気づいたようだった。
「・・・っと。ごめん、お帰り二人とも。・・・うわ、もうこんな時間?」
どうやら、時間を忘れるほどに寝ていたらしい。・・・ということは、もう片方は時間を忘れて喋っていた事になる。一体いつからこうだったのかと、呆れだか何だか判らないものが胸をよぎった。
「ただいま、ルシェ。何の話してたの?」
そんなエステルをよそに、くすくすと笑いながらレルラが問う。
「んーとね、・・・」
ルシェは肩を上下に動かして、軽く伸びをした。そして、そのまま固まる。
「ルシェ?」
声を掛けると、ルシェはゆっくりと身体を元の姿勢に戻した。
「・・・・・・・・・次の行き先、どこに行こうかっていう話。」
・・・だったと思う、そうじゃなかったっけ?そう、小さく口の中でつぶやいている。本題は記憶の彼方だったらしい。
そして、ベッドの近くに無造作に置かれた地図を見て、ほっとしたように笑った。
「そうそう、確かそうだった。」
「確かそうだった、って・・・。」
呆れ半分で、笑いが漏れる。
「んーとね、なんか話が脱線してて気がついたら寝てたんだよね。」
なんだか、美味しいパイの作り方とか聞いたような、・・・ああ、セラのお姉さんの話だったっけ?とか、なんとか。どうやら話題も予想通りだったらしい。
「・・・・あはははは、セラには悪い事しちゃったかな。」
ルシェは苦笑いをしながら肩をすくめる。そして、気を取り直したようにこちらに向き直った。
「えーと、次の行き先、エステルとレルラは何か希望ある?」
「ええっと」
何か答えようとすると、レルラがさらりと割り込んだ。
「うん、とりあえず夕食食べに行きたいな。」
「あ、賛成!」
それは、確かにその通りだった。同じ事を思ったのか、ルシェの表情も明るくなる。
「それもそうね。んじゃ、行こうか。」
言うと、ちゃっちゃと財布を確認して部屋の外に促す。
鍵を閉めたルシェと並んでエステルも歩き出した。
「セラはどこに行ったのかな。」
後ろからレルラがそう聞く。ルシェは、さあ、と肩をすくめた。
「夕食だったら一緒になってもいいんだけどねえ。」
しれっとそう言うが、それには問題もある。
「でも、セラは嫌がりそうだよね。」
エステルがそう言うと、ルシェはあっけらかんと笑った。
「そんなの気にしたら負けよ。
 だって、セラってばいつだって嫌そうな顔してるんだもん。」
機嫌伺ってちゃ何も出来ないよ、と。それはそれで、多少問題はあるが正論にも聞こえる。
「まあ、会ってから考えればいいって。」
ぐい、と手が握られた。
「ま、そうだね。」
ぐい、と手を握り返して、笑いあう。
「小さい町だから、食べに行ったなら確実に会うだろうけどね。」
レルラの笑い混じりの言葉に、まあねえ、と笑って外に出ると、小さな町はすっかり暗くなっていた。それでも心ばかりにぎやかな方を目指すと、果たして。

「あ、セラ!」
「・・・・・・・・。」

結局、その日の夕食は、終始仏頂面のセラも交え4人で取る事になったのだった。


半端なく日常の話でした。まだ兄さんと姉さんに幻想を抱けていた頃の二人の幸せな話。ロイ兄さん入って現実思い知ったらとてもこんな話にはならん。
あ、気持ち、ルシェさんは誰とでも仲良しギャグ要員です。
パーティメンバーがレルラとエステルの組み合わせが多いのは、単純に的確なツッコミしてくれる人を思いつかないからだったりします。レルラいつもごめんねー。
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