すらりとした両足を前方に投げ出し、男に絡みつくようにきつく抱きつき、その肩に、首筋に頬を寄せている。
男の方は、その娘をしっかりと抱きとめて、幸せそうに笑っている。
「・・・大好き。」
「私もだよ。」
そんな睦言までかすかに聞こえる。
そして二人はまた、じゃれあうように身を寄せ合い、抱き合って・・・
「お前達何をやってるんだ・・・?」
部屋に戻った途端その光景に出迎えられ、セラはとりあえず顔を引きつらせた。
「ああセラ、お帰り。」
「もう戻ってきたんだ。早かったね。」
自分が唯一認めていたはずの男・・・ロイとその妹のルシェは、抱き合った格好のままでこちらに顔を向ける。
「別に何もしてないよ。セラはいつ帰ってくるかな、って喋ってたくらいで。」
「そうだな。のんびりくつろがせてもらっていたんだが、何かおかしなことでもあったのか?」
どう考えてもこの光景は何かおかしいはずなのだが、当人達に自覚はかけらも無いらしい。酷い頭痛を感じる。それなのに、言うべき言葉は浮かばない。
「セラ?どうしたの、おなかでも痛い?」
ルシェが心配そうに筋違いなことを訊ねた。
「違う。
・・・ロイ、お前ルシェに甘すぎだ。」
「そうかな?私は普通にしているつもりだが。」
兄妹というのはそういうものなのか?と一瞬思う。しかし、我が身に代えてみても、どうもそれはなさそうだ。
「それはお前がズレているんだ。ルシェもだ。いい加減ロイから離れろ暑苦しい。」
言うと、ルシェは、ぷーっと頬を膨らませた。
「いいじゃない、ちょっとくらい。それともヤキモチ?駄目よ、おにーちゃんは私のなんだから。」
そしてまたロイに抱きつく。ロイもそれを抱き留め返す。
「全く、ルシェは甘えん坊だなあ。」
頭痛は治まる気配を見せない。
「それ以上甘やかすな。お前がそうだから、一緒に旅に出た俺が苦労する羽目になるんだろうが。
ったく、少しは妹の躾もしておけばよかったんだ。」
「そうかな?私のルシェは、これ以上ないくらいの子だよ。それなのにこれ以上何を躾けるんだ?なあ、ルシェ。」
「そうだよね、おにーちゃん。」
ベタベタデレデレ。救いようはどこにもなかった。
「・・・もういい、勝手にしろ。」
踵を返して、入ったばかりの扉を開ける。
「どこに行くんだ?」
それには答えず扉を閉めた。
「ちょっと、セラ?」
後ろから追いかけてくる声もなかった事にする。あれに付き合っていられるのはよほどの常識なしに違いない。
廊下を行きながら、何がロイをああも変えてしまったのかと考える。
しかし、宿を出るあたりで思い至った結論は、昔旅をしていた時はそこまで表に出ていなかっただけで、別に変わってはいないのだ・・・という、一番ありそうで一番嬉しくないものなのだった。
暇つぶし、といっても夜になってしまうと既に酒場か歓楽街あたりしか開いている場所はない。
賑わう酒場の隅の席で、強めの酒を頼んで深々とため息を吐く。大したことをしたわけではない。宿に一度戻ってまた出てきただけだ。それなのに、背中に何か背負い込んだように疲れが襲ってくる。確実にあの・・・頭のネジのどこか飛んだ兄妹のせいだ。
ロイは一角の人物だと思っていた。ルシェも、最初に出会った頃よりはかなり使える奴になったし、大分成長もした、とも思っていた。
・・・なのに、再会してからの二人は何か、少なくともセラの常識の範疇外の世界にいるらしい。
「おまちどう」
持ってこられた酒を一口あおって頭を抱える。
特に今日は酷かった。再会した直後はまだ微笑ましいというのも何だが、訳のわかる範囲だった。しかし、日を追う毎にそれはどう見てもエスカレートしている。しかも二人とも素なあたり、救いようがない。・・・共に旅をするのを、少し考え直そうかと。そう、考えてしまうくらいに。とりあえず今、宿に戻る気がしないのは間違いない。
もう一口。喉を灼く感覚は、それでも気を紛らわすにはどうも役不足らしい。
「セラ、みっけ。」
聞きなれた声に、振り返りもせず応じる。
「ルシェ、何しに来た。」
「顔くらい上げてよ。せっかく迎えにきたんだから。」
そこに座るね、と勝手に向かいに座る。・・・どうも・・・なぜか一人らしい。
「ロイはどうしたんだ?」
「兄さんなら部屋よ。」
あの妹にベタ甘のロイは、なぜか夜中に最愛の妹が酒場に行くのを許したらしい。
「よく止められなかったな。」
「振り切ってきたの。大体今更でしょ。今までどれだけ旅してたと思ってるの。もう年単位なのに。」
そう言ってルシェは妙に明るく笑う。
「それに、いい加減兄さんに甘えるのも勘弁してあげようかなって思って。」
「説得力のかけらもないな。」
言いながら、また一口酒をあおる。
「酷いな。これでも私、兄離れしないとって思ってるとこなのに。」
「どこがだ。」
あの光景のどこに兄離れの要素があったのか。あるとしたらそれはきっと千歩譲ってルシェの頭の中だけだ。
「だって、兄さんってば戻ってきてから私が話してても上の空のことあるし、声かけても反応鈍いし、話しかけなかったら延々一人で黄昏てるし。前は私だけ見ててくれたのに、なーんか最近感じ違ってさ。」
戻ってくる前・・・いや、旅立つ前がどうだったのか考えない方がよさそうなことを、ルシェはさらりとのたまう。
「悔しいから思いっきりくっついてみたんだけど、どうも効果ないし。」
「くっつくにも程があるだろう、暑苦しい。」
また一口飲んでグラスを置く。
「いいじゃない、ちょっとくらい。」
ルシェはそういって、もらうね、と極々自然にグラスを取り上げた。
あっけに取られているうちに、グラスの中身を一気に飲み干しに掛かる。
「馬鹿、何やってる!」
慌ててグラスを取り返す。多少こぼれたがグラスは無事だ。中身は壊滅していたが。
驚いたのか、ルシェはげほげほと咽ている。
「普段飲まない奴に飲める酒じゃない。酒が回る前にさっさと宿に帰れ。俺は面倒見んぞ。」
「とかいいながら面倒見てくれるのがセラなのよね。」
けほけほ、と赤い顔で咽ながらルシェはくすくすと笑う。
「!・・・」
「大体、私別にお酒飲めないわけじゃないよ。兄さんがやめなさいって言ってたから飲んでなかっただけで。」
すみません、布巾貸してください。そう、平然と店の者に声を掛け、またこちらに向き直る。
「それに、こんな時ってお酒で気を紛らわすものなんでしょ?」
「褒められた事ではないな。」
「別にセラに褒めてもらおうなんて思ってない。兄さんがこっち向いてくれればそれでいいの。」
言いながら、渡された布巾でこぼれた酒を拭く。
「まあ、あれじゃもう無理そうだけどね。」
拭き終わり、テーブルの隅に布巾をたたむと、ルシェは一つため息を吐いた。
「・・・兄さんてば、そのうちシェスターさん探して旅立っちゃいそうだし。・・・ああそっか、そうなればセラも兄さんと一緒に行くのか。
すみませーん、こっちお酒くださ」
「何やってる!」
手を挙げ、どさくさに注文しようとした口を押さえる。
「はいはーい、何をご注文で」
「水1つだ。」
もごもごと暴れるルシェを押さえつけて注文すると、抑えていた手に痛みが走った。
噛み付かれた手を思わず離すと、抑えていた分の声で怒鳴られる。
「なんでそこで水なのよ!ここはお酒でしょ!」
「お前に飲ませられるか!」
倍くらいの声量で怒鳴り返す。驚いたのか、ルシェがピシリと固まった。
「飲んでも居ないのに管巻く奴に飲ませてどうするんだ。大体さっきから聞いやっていれば何だ?お前ロイに依存するのもいい加減にしろ、見苦しいを通り越して不快だ。」
「るっさい!大体そんなのセラにだけは言われたくない。何かあったら姉さん姉さんって、いい加減にしなさいよ、不快通り越して呆れるわ!」
「なん」
「はい、おまちっ!」
どんっ、と景気よくテーブルの上に水が置かれた。
「お客さん、痴話げんかは他所でやってくれませんかね。」
苦笑いする店主の手には、氷水入りのジョッキが二つ。頭を冷やせ、の意くらいはさすがに汲み取れる。
「ち・・・っち、・・・!」
立ったまま、顔を赤くして固まっているルシェを横目に舌打ち一つ。浮かした身体を椅子に預ける。
「店主、酒を。一つでいい。間違っても二つ持ってくるな。」
なるほど、酒でも飲まないとやってられん、というのはきっとこういうことだ。
「はい、承知。」
大丈夫なのかね、という表情で店主は注文を取ると、カウンターの方に行ってしまった。
「ルシェ、その水を飲んだらさっさと宿に戻れ。邪魔だ。」
「・・・・・・・・・・っ!」
がたんっ、と音をさせてルシェが椅子に座る。しかし、ジョッキに手をつける様子はない。
「戻れと言わなかったか?」
「いやよ。私はセラを迎えにきたんだから。戻る時は一緒よ。」
きっぱりはっきりなその態度が、苛立ちを誘う。
「つまみ出すぞ。」
「やるなら本気で抵抗するからね。」
ルシェは腰に下げていた剣を撫でる。どこで覚えたのか、それは完全に脅しの様相を呈していた。ここで『本気で抵抗』されたら、酒場は壊滅するに違いない。一般的には良識というストッパーがあるはずなのだが・・・今のルシェにそれが適用されるかは運だけだろう。それに、剣を抜かないまでも暴れられるだけで十二分に迷惑だ。
「・・・・・・勝手にしろ。」
まだ、宿に戻りたいとは思えない。・・・結局、そう言うしかないのだった。
ほどなく注文した酒が来た。
私も、と伸びてくるルシェの手を払い、片手にグラスを持つ。
「ケチ。」
「お前には飲ません。」
いいながら、グラスに口をつける。・・・同じ味なのに、そこはかとなくまずい。間違いなく正面の娘のせいだ。
「いい加減帰れ。」
言うと、即答が返ってきた。
「嫌。」
「・・・どのみちいつかは俺も戻る。先に戻ってろ。」
非常な努力の末、角を落として言ってみても返ってきたのはやはり即答。
「嫌よ。帰りたくないの。」
帰りたくないとは、また妙な事を言うものだ。
「『おにいちゃん』が待ってるんじゃないのか。」
酒を一口。からかうように言うと、予想に反して荒い声が返ってきた。
「待ってなんかいないないわよ。」
その氷のような声に、思わず一瞬身を固める。
「待ってるわけ無いじゃない。
お兄ちゃん、セラが出て行った後なんて言ったと思う?
『私は考え事がしたいから、お前は・・・そうだな、セラを迎えにいってくれ』って、そう言ったのよ!?」
顔が赤いのは酒のせいだけではないらしい。
「そうだなって何よ!完っ全に邪魔者扱いじゃない!」
「あれだけくっついていれば邪魔だ。」
ただ、あの時見たロイも相当に喜んでいるように見えたのは錯覚だったのか。
「セラを迎えに行くのだって、お兄ちゃんと一緒に行くつもりだったのに、まさかお兄ちゃんが夜中に酒場に一人で行って来いって言うわけないって思ってたのに、お兄ちゃんってば、お兄ちゃんってば・・・!」
涙混じりの怒りの声は収まらない。うつむき、しゃくりあげるルシェを見る目は、どうにも冷たくなる。まずうざったい。次いで、なぜこいつはロイにここまで必死になるのか、と苛立ちにも似た気分が積みあがっていくのがわかる。
そんなこちらには構わず、ルシェの文句と怒りは続く。
「・・・部屋出るとき振り返ったら、もうお兄ちゃん、どこか別のところ見てたの。絶対シェスターさんのこと考えてたと思う。ここ最近いっつもそうだから。」
「・・・・・・・。」
ぐすぐすぶちぶち。そんな言葉の中に、シェスターの名前まで出てきてまた少し苛立つ。
ただ、ルシェの言う事を否定する事は今のセラにはできなかった。この間の夜ひたすらシェスターについてロイに語られたことは記憶に新しく生々しい。夢なぞどうでもいいのだが、ロイはどうやら姉に触れて夢を持ったと言っていた。あの時熱く語るロイを、少し冷めた・・・そして苛立ち混じりの目線で見ていた自分はきっと、ここまで無様ではなくても、ルシェと大差なかったに違いない。
「・・・セラだってそうよね。いつだってシェスターさんの事考えてる。お兄ちゃんと同じ。」
話題が自分にまで飛んできた。
「お前だってそう変わらん。常にロイのことしか頭に無い。」
冷たく突き放し、・・・ふと気づく。
シェスターも、自分の姉もそうなのかもしれない、と。
助けたその場で自分の元から去った姉は、今はどこにいるやら行方が知れない。ただ、あの時のロイとシェスターの姿は、確かに・・・あまり考えたくない結論しか導かなかった。
手に持った酒をあおる。なぜこんなにまずく感じるのか。・・・しかし、ここに居ても酒はまずくなる一方だ。それだけはわかる。
原因は、間違いなく目の前の娘だ。このまま居てもひたすら愚痴られるか惚気られるか、どちらにしろ付き合いたくない。
宿に戻ればロイが居る。・・・あれはあれで今は付き合いたくない。だが、ひたすら愚痴られるよりはマシかもしれない、と思わなくも無い。・・・ルシェが宿に戻った途端ひたすらベタつかれるのも一瞬考えたのだが・・・先ほどのルシェの様子ではそれはなさそうな気がする。
無視を決め込む、という選択肢は、悲しい事にセラの中にはなかった。考えるだけ無駄だ。どんなに黙っていても空気以下に振舞っていても、あの二人はしつこく周到に確実に絡んでくる。・・・そういうところばかり無駄に兄妹なのだから。
宿に帰る。選択はそれだった。
一息つくと、無言で残りの酒を飲み干し、席を立つ。
「セラ!?」
無視。勘定を済ませて、セラはさっさと店の外に出たのだった。
「セラ、セラってば!ちょっと!待って、返事して!」
追いかけてくるルシェを待つ義理は無い。行く先は最終的には一緒だ。このまま追いかけてくれば宿に帰り着くことになる。
「どこにいくの!?」
行く先がほかにあるのか、とその声は聞いているようだった。
宿に戻る最後の曲がり道。ここまでくれば目的地は明らかだ。いい加減黙って着いてくるだろう。
しかし、そもそも煩い声がしない。角を曲がる時、ちらりと横目で見た街には、追いかけてきているはずの娘の姿は見えなかった。
・・・・・・!?
先回り出来る道は特に無いはずだ。やるなら壁をよじ登り屋根を越えなければならない。
・・・放っておけばいつかは戻ってくる。
・・・今のルシェを放っておくのは危ない。
二つの選択肢の間で1秒ほど考えて、セラは踵を返し来た道を戻ることにした。
よく考えなくても、ルシェの言動はおかしかった。ロイのことがあったにしても、見た目以上に酒が回っていたのではないかと、今なら思える。
そして、酒が回っているという事は、正常な判断が難しくなるという事。
一つ目の角を曲がる。いない。
二つ目。いない。
先に先ほどまで居た酒場が見えた。戻り、店内を見る。・・・いない。
わずかな焦りを感じた。
路地に目をやりながら、早足で歩く。アレはどこまでついてきていたか・・・最初の角を曲がったまでは確かに居たはず。その後どこではぐれたのだろう。
右、左。睨みつけるように辺りを確認し、小さな音に耳をそばだてる。
そのうち、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「本当に?」
声の方に視線を向ける。見えたのは、ルシェ、と、男が複数。・・・チンピラか冒険者か。笑い含んだその態度は、あまりまともな話には見えなかった。
「ああ、一晩中だって相手してやるよ。」
「そうなんだ。じゃあ」
おう、お嬢ちゃん、こっち来なよ。
男のうち一人が、そういって手を伸ばした。そしてルシェは、・・・そんな誘いに普通に乗ろうとしている。他人の空似かと一瞬思ったが、あれは最悪な事に間違いなく自分の連れだ。
「ルシェ。何をしている?」
声を掛ける。
気がついた男たちに緊張が走る。しかし、ルシェは普通に振り向いた。
「ああ、セラ、いたの。・・・なんかね、一晩相手してくれるらしいから着いて行」
面倒そうに答えるルシェを、全て聞かずに今度こそ張り倒す。
「ったぁ・・・!何するのよ!」
足元の抗議に注意を向ける・・・暇はなさそうだった。
「おいおい、兄ちゃんよ。このお嬢さんは、これから俺達とお楽しみだったんだぜ?」
柄と頭の悪そうなのがこちらに短剣をちらつかせる。
「邪魔しないでどっかいっちまいな。」
「今だったら五体満足で返してやるぜ。」
チンピラの相手をまともにするのも面倒だ。
セラは深々とため息をついて、月光を引き抜いた。
「なんだ?やる気か?」
「こいつは渡せん。
・・・面倒だから掛かって来い。月光のサビにしてやる。」
「ちょ、セラ!?」
月の薄い光を反射し、月光が鈍く光る。
「月光・・・セラ・・・?まさか、月光のセラ・・・!?」
意外なことに、どうやら自分のことを知っていたらしい。
「ちっ・・・ずらかるぞ!」
舌打ちと共に、チンピラはあっという間に居なくなってしまった。
その間に立ち上がったルシェは、不機嫌そうにぼやく。
「街でまでつるまないのが冒険者の流儀じゃなかったの?ほっといてくれてよかったのに。」
隣に立つ娘を睨む。
「・・・自暴自棄にでもなったか?自分が何をしていたか解っているんだろうな。」
低く問う。視線はそらさない。・・・と、しばしの沈黙の後、根負けしたようにため息が返って来た。
「別に本気で付いてくつもりはなかったの。」
「・・・・・・。」
「ただ、暴れたら憂さ晴らしになって気持ちいいかなって思って適当に相手し」
「なお悪い。」
拳をルシェの頭の上に落とす。
「・・・っ!もう!なんでそう簡単に手を上げるかなあ!?」
抗議には答えない。その代わり、片手をひねり上げ、顎を掴んで上を向かせる。
「!?」
間近に見える瞳に映るのは混乱と恐怖。身体が完全に固まっている。
「そうして固まっている間に襲われれば、暴れる暇は無かっただろうな。あんな奴らでも相手は複数だ。」
そう言って、放り捨てるように開放する。
「お前は、そんな判断もできなかったのか。」
答えは返ってこない。
「ロイが絡むと正常な判断ができなくなるのか?」
「・・・別にそんなわけじゃ」
「飲まない酒を飲みだす辺りでおかしい。憂さ晴らしに暴れるという発想も正常とは言えん。その為にチンピラの相手をするのは常軌を逸している。」
言うと、ルシェは気まずそうに視線をそらした。
「たまにはそんな事だってあるよ。」
「たまに?・・・それが命取りになる事もある。自覚しろ。」
「・・・・・・はい。」
大人しく頷く。
「・・・ごめんなさい。」
間を空けた謝罪の言葉。自覚は、どうやら全く無かったわけでもなかったらしい。一つ息をつく。
「戻るぞ。」
「嫌。」
腕を掴むと、驚くほどの力ではね退けられた。
「俺が居れば戻ると言っていなかったか。」
「気が変わったの。帰らない。嫌。兄さんに会いたくない。」
放置してさっさと宿に戻りたい衝動にかられた。しかしそれだと、また先ほどと同じ事を繰り返す気がする。
「宿は一軒だ。お前に選択肢は無い。」
こんなやりとりも、初めて出会った頃からあまり変わっていない。・・・手間が掛かりすぎだ。
だが、ルシェの様子も少し違った。
「で、シェスターさんについて延々論議してるセラと兄さんを見てなきゃいけないわけ?嫌よ、野宿でも何でもしてた方がマシじゃない。」
観念して付いてくると考えていたのだが、感情を露にしたその言葉は、一つ一つ泣きそうな響きを伴っていた。
「俺は、お前とロイがひたすら暑苦しくべたつくのを延々見ることになると」
「そんなことしない!・・・もうできない。」
全て言う前にさえぎられる。
「それならいい。・・・俺もロイの相手をする気はない。」
「別に無理しなくて」
「無理?・・・馬鹿馬鹿しい。面倒なだけだ。」
言いかけた言葉をさえぎる。
しないで済むならしたくない、それが本音だった。ロイの話を聞けば聞くほど、姉を奪われた実感がしみてきて、無駄に何かに当たりたくなるのだ。
おまけにルシェまでロイにべったりだと、身の置き場はない。
「そこまで言うと、兄さんがちょっとかわいそう。」
ルシェはそういって小さく笑う。
「多少は構わんだろう。ロイならお前のような取り乱し方はしない。」
もしかすれば、少しくらい察して態度を変えてくる可能性だってある。それがロイという男だ。
「戻るぞ。」
言って、再度腕を掴む。
「・・・・・・解った。」
もう、その手を振り払われる事は無い。
宿屋へと向かう。空気は、少し冷たかった。
他人の考えている事などどうでもいいのだが、ここまで無様ではないにせよ、ルシェと自分は多分あまり変わらないことを考えているような気がする。無論、対象含め違うところも多い。例えばセラがふと考えても行動に移さないような事を、ルシェは自制せずにやってしまう。今夜のように。
「いい加減お兄ちゃん卒業しないとね。」
ふと、ルシェがそう呟いた。
一瞬、自分に言われたように感じて、思わずルシェのほうを見る。
あちらは気づかず、ぼんやりと前を見ているだけだ。
「・・・・・・。」
目線を前に戻す。宿は、もうすぐそこに見えていた。
全く持って同感。です。
最初、普通にらぶらぶかくつもりだったんですが、実際途中まで書いてたときは相当甘くて、これならいける!と思ったのですが、そうは問屋が卸してくれませんでした。
この展開じゃとても信じられないでしょうが、最初書いてたときは普通にアレなシーンある予定だったんだとかそんな。
途中で展開を軌道修正したら、本当にもう色気何それ美味しいの状態になりました。
まあ、これくらいがいいんだろうな、と納得する事にしました。
多分、セラとミイス娘の間柄は、相棒というより保護者と被保護者、下手すると師匠と弟子。
そして、割と似たもの同士だと思います。弟と妹でシスコン&ブラコンだし。