旅をするうちに仲間が増え、大きな事件が起きて、それが終わり……そして、今はまた二人旅である。
旅の間にいろいろな事があった結果、二人の間には固い絆だか信頼だかいうものが芽生え、それは何か別のものに形を変えていった……。
……はずだった。
少なくとも想いは伝えた。そして彼だってそこそこ応えてくれたようにも思う。だから、再会する事が出来たのだし、今だって二人で旅をしているのだ。
しかし。
今現在の旅模様は、旅の人数が減った以外、以前の旅の時と何ら変わるところはない。
二人きりの部屋で宿に泊まること十数回目。
お風呂上りの髪をがしゃがしゃと拭いていたルシェは、ふうっと息をついてセラに声を掛けた。
「セラさん、ちょっといいでしょーか」
滅多にない敬称つきの名前と丁寧な言葉に、セラが怪訝な顔で振り向く。
「……なんだ。」
面倒ごとは御免だ、と全身全霊で表す姿には言い知れぬ圧力があった。
「その、あの……」
思わず怯む。オマケに今自分が言おうとしている内容は、若干どころではなく気恥ずかしいというのも手伝って、出した声はすぐに尻すぼみになった。若干顔が赤くなった気もする。風呂上りだから、で誤魔化せる程度ならいいのだが、今現在それを知るすべは無い。
「言いたい事があるならさっさと言え。」
苛立ちが言葉に滲んだ。
思わず謝りたくなる。しかし怯んでも多分進展は無い。
ここまできたらなるようになれ、だ。ぐっとつばをのみこんで、セラを見据える。
「……そろそろ手を出してくれていいんですけど」
「……はぁっ!?」
何言ってるんだこいつは、と思われたのはまず間違いがなさそうだった。
沈黙が数秒。そして深い深いため息が聞えて、足音がこちらに近づいてくる。
「……ルシェ。」
「……な、なに?」
べしっと頭に衝撃がきて、身体はそのままベッドにはり倒されていた。
「バカなこと言ってないでさっさと寝ろ。明日も早い。」
無論セラはさっさと背を向けて自分のベッドに入りかかっている。
全く、と聞えた。
子どもが大人をからかうな、と、そう言う風に聞えて、なんだか暗澹たる気分になった。
いつか、確かに、子どもに見えなくなってきた、と言っていたのに。
少しがさっとした唇の感触を覚えているのに。
結局まだ子どもにしか見えていないらしい。
いくつ称号がくっついても、英雄といわれても、セラにとって自分は半人前のお子様なのだ。
それに救われた事もあった。
しかし、今はただ悲しかった。
そんな夜が過ぎて、朝が来た。
セラは何事もなかったかのようにてきぱきと準備をすませ、さっさと行くぞと急かす。
そして自分もつられて、わかったわかった、などと言いながら仕事を請け負う。
何もかもが悲しいほどに平常どおりだ。
無論、気まずいとかそう言うものすらなく、旅だって順調に進行していった。野宿も戦闘も夜の見張りも、馴染みすぎて何かが入る隙間は無い。
手紙と小包を抱えたついでに護衛の人まで抱えてまた数日、やっと野宿から解放される日がやってきた。
次の町に着いたのである。
ギルドにいって依頼人と別れて報酬を貰うと、ようやく一息だった。
「お仕事終了ー!ってね。 ねえセラ、ちょっと飲みにいかない?」
報酬片手に誘ってみる。しかし、反応はあまり芳しくなかった。
「……お前とか?」
「ほかに誰が居るのよ。」
「なら断る。」
さっくり即答が返ってくる。
「冒険者のならいは、」
「街中でまで馴れ合わない。」
先を続けると、解っているなら誘うな、と一刀両断されてしまった。
……が、そんな事でめげてたまるか、である。
「でも、たまにはいいでしょ。」
「よくない。お前に絡まれるのはもうごめんだ。」
無駄にきっぱりしている返事と共に、セラは背を向けてしまう。
「宿は俺が取っておく。さっさと用事を済ませろ。遊びに行くなら遊びに行けばいい。
ただし、絶対飲みにだけは行くな。」
「そんな」
「絶対だからな。」
一方的に言い置いて、セラはさっさと行ってしまった。
「もうっ!」
口を尖らせて見送る。
「何よ、人を酒乱みたいに。」
とはいえ、心当たりはまあないでもなかった。
数年前、お酒を飲んで、帰り道にチンピラに絡まれて、結論から言えばセラにこっぴどく怒られたのだ。
ただし、記憶は朧にでもちゃんと残っているし、そこそこ反省したし、別に二日酔いになったわけでもない。
「……まあ、いいわ。」
それに、飲むなといわれれば飲みたくなるのが人情だ。
大体、あの頃とは違う。お酒を飲んでも全然問題ない年齢でもあるし、別に嫌いでは無いし、飲まない理由はどこにもない。セラは嫌な顔を隠そうともしないが、かなり厳しい口調で止めに掛かるが、おかげで二人で旅に出るようになってからまともに飲めた記憶は無いが、知った事では無い。
足は大地を踏みしめ、酒場に向かっていった。
外れの方の酒場で、ルシェは3杯目の酒をあおった。
恋だとかいうものは、惚れた方が負けだというが、全くの真実だ。
二度目の旅に出るときに、甘さとか優しさとかロマンスとか、そんなものを少しは期待したのだ、少しは。
しかし現実は実に素っ気無く過ぎていく。セラの態度も相変わらずだ。少し誘ってみても……この間なんて直接的に言ったのにも関わらず、あっさり一刀両断された。乙女のプライドなんてもんは既にズタボロだ。
数年前、一度目の旅の時に同じ事を言ったとしても、多分同じ反応を返されたに違いない。どう考えても、子守対象だかお子様だか保護対象だかそんな風に見られている。
子供に見えなくなってきた。
あの時確かに彼は言った。そして、その言葉は多分……嘘ではない。
ただ、それはきっと、あの一瞬だけだったのだろうと今なら思えた。
結局基本は子守の対象なのだ。そうでなければ全ての行動に全く説明がつかない。
セラは、例えばロストールの義兄のように想いを押し殺すような不器用さはないだろう。ゼネテスの如く惚れた女ほど手を出せない的殊勝さも絶対無いだろうし、奥手という可能性だって今までの経緯上ありえない。
その気になれば、多分あっさり……それこそこっちの言い分もそこそこに押してくる、と思う。伊達に六年以上寝食を共にしていたわけではない。
じゃあなぜか。
結論は最初から出ている。
ただ、認めたくないのだって最初から決まりきっていた。
宿に戻れば、セラは既にチェックインしているようだった。
「ただいまー」
酒のせいでふわりと浮きそうな体を引きずって部屋に入る。
「ああ……」
手前のベッドに腰掛けていたセラの表情は、こちらを振り返った途端一発で険しくなった。
「飲むなと言ったはずだ。聞えてなかったのか。」
「別に飲んじゃいけないなんてことないでしょ。私だってもう成人してるのに。」
ぐでっと手前のベッドに倒れこむ。と、襟首を掴んで引っ張り起こされた。
「酒癖が悪いという自覚はないのか。」
「初耳ね。」
仕方なく、ブーツを蹴飛ばしてベッドの上に正座する格好になる。
「言え。今日は一体何人に絡んできた?どれだけ面倒ごとを起こしてきた?」
セラに怒られる様な事は今日はしていない。普通にお酒を飲んで普通に帰って来ただけだ。大体、竜殺しだの剣聖だの言われている人間に絡んでくるバカは居ない。……だが、頭から決めて掛かられているのは非常に気に食わなかった。
「何もしてないわよ。大体私が町で何してようがセラには関係ないでしょ。」
ぷいっとそっぽをむくと、がしっと頭を掴んで戻された。
「関係ない、だと?」
至近距離の青い瞳には怒りだけが宿っている。
「一緒に歩いているだけでこの間の礼だなんだとわけのわからん奴に絡まれるわ、変な魔具で睡眠不足になるわ、割の合わん依頼を押し付けられるわ、お前のせいでどれだけ迷惑したと思ってるんだこの歩くトラブルメーカーが!」
「それなら一緒に旅なんて出なきゃよかったじゃない!」
言った途端、ばちん、と頬に衝撃が走り、ベッドにそのまま張り倒された。
「居直り方も反論の仕方も相変わらず子供だな。」
声は冷たく視線は氷のよう。それなのに背負う気配は焔と変わらない。
……完全に怒らせた。
その事実に一気に酔いがさめた。
「他人への迷惑は軽減するよう努めろと言っているんだ。甘ったれるな。」
襟首を掴んだ手は離れていない。至近距離の顔も、怒りに染まったまま。正直に言わなくても怖い。
「お前は俺を選び、俺はお前を選んだ。その時点で、多少迷惑をかけられる事位覚悟している。
だがな、お前の場合多少で済んでいない。」
捻じり込むようなお怒りの言葉には、もはや頷くしかなかった。
「せめて軽減しろ。人間として。」
迫力がありすぎて何がなんだか、である。
「わかったか!」
一喝にびくりと体が震え、反射的に口が動いた。
「……はいっ……ごめんなさいっ……!」
睨みつけられる事数秒。ようやく手が離れる。
別の意味で涙目のルシェに、セラは深々とため息をついてさっさと寝る準備をしろとのたまったのだった。
恐怖と涙と酔いをとりあえずシャワーで洗い流すと、ついでにため息まで漏れてくる。
あれは完膚なきまでに子供に説教するモードだった。半分くらいは自業自得かもしれないが、これを日々繰り返していれば、それは……女として見られていなくても仕方ないだろうと思う。認めたくは無いが。
ただ、やりとりには何かひっかかるものもあった。
恐怖が前面にきていて思い出すのも恐る恐るなのだが、……もしかしなくても、先ほどセラは爆弾発言をしていたのでは、ないだろうか。おっかなびっくりもう一度やり取りを反芻する。
……確かに、あった。大体恐怖に吹っ飛ばされたあたりに。
くくっと笑いが漏れる。気付いてしまったらどうしようもない。ニヤけるのは果たして止められるだろうか、それも自信がない。
とりあえず解るのは、まだ終わったわけではないという事だ。
濡れた髪をがしがし拭きながら部屋に戻ると、セラはまた地図を見ているところだった。
「ただいまー。」
「ああ。」
ちらりとこちらを見て、また地図に目を戻す。
ふむ、と思った。
「ねえセラ。」
名前を呼んでぎゅうっと背中にくっついてみる。
「なんだ。」
返事は一応返って来たものの、果てなく鬱陶しそうだった。しかし、ここで退くつもりはない。
「……あなたは私を選んだの?」
息の掛かるような至近距離で、耳元にそっと囁いてみる。それは、恐怖で吹き飛びかけた言葉の中に、確かにあった言葉だった。
「……それがどうした。」
舌打ちと共に返事が返って来る。口を滑らせた、と如実に後悔しているようだがもう遅い。
「悔いはない?」
「……いつまでくっついてるつもりだ?」
問いに対する答えは無かった。しかし、怒っている時とは声音が違う。さっきのような迫力を出そうとして失敗したような声。
それが最大の答えだった。
間違いなく、照れている。
「ねえセラ。」
「さっさと離れろ酔っ払い。」
素っ気無く冷たい言葉は聞いてないことにして言葉を唇に載せる。
「大好き。」
抱きついたまま、むぎゅうと背中に顔を埋めると、セラは一瞬固まって、……結局深々と息を吐いた。
「おい酔っ払い。」
言いながら、面倒そうに身体をこちらに向ける。
「なあに?」
残り酒半分でへろりと首をかしげると、いきなり腕が身体にまわった。
「え、え……」
言っている間にあっさり身体は持ち上げられ、となりのベッドにぽいっと放り投げられる。
「さっさと寝てしまえ。……全く。」
そして、目をぱちくりさせているうちに、あっという間に消灯されてしまった。
ごそごそと音がする。目が慣れる頃には、セラは既にベッドに入っていたわけで、もう相手はせん!……とその背中は如実に語っていて、……ただし、いつもよりスキだらけだった。
怒っていないなら、近づいても大丈夫だ。
もぞ、と起き上がって、となりのベッドに入り込んでみる。
「……何の真似だ。」
低い低い声は冷たく怒っている様に見せかけて、果てなく鬱陶しそうだった。
「別に。」
「明日もあるんだぞ。」
「わかってるけど。」
なら寝かせろ、とばかり、身体が離れていく。
「でも、まだ寝るには早い時間じゃないの?」
追いかけてぴったりくっつくと、数秒の間があって、セラがようやくこちらを向いた。
「お前いい加減しつこいぞ。」
「けど。」
「酔っ払いの相手をするくらいなら寝たほうがマシだと言ってる。」
身体が、また向こうを向く。
「邪魔するな。黙ってろ。」
そして、とてもとても面倒そうな一言を最後に、言葉は無くなった。
ぺた、とくっついてももうこちらを構う気はないらしい。
どうも、寝る体勢に入ったようだった。ごくごく一般的な意味で。その背中に攻撃やら緊張やらというものを感じられない以上、どうも追い出す気もなくなったらしい。
あきらめたのだろうか。少なくとも気は許していてくれるのかな、と思った。
背中に顔を埋めてみる。すこし息苦しいが、暖かくてこれはこれで……まあ悪くない。
すっと目を閉じると、自分のものではない心音が聞えてきた。なぜだか落ち着いてしまって、とろりと眠くなる。
意識がふわりと飛んでいくのに、さして時間はかからなかった。
少し肌寒くて意識が浮上した。目を開けるのはまだ面倒だ。しかし、調度良いところに湯たんぽらしきものがあったので抱きついて二度寝することにする。
が。
「起きろ!!」
「ふぁ!?」
一喝されて目が覚めた。
目を開けて一番最初に見えたのは、至近距離のセラの顔。驚きすぎて意識が完全に覚醒する。
「え、セラ!?なんで!?」
慌てふためいて身を起こすと、やっと解放された、という顔をしてセラも起き上がった。
湯たんぽと思い込んでいたものはセラだったらしい。少なくとも目を開けたときは確かに胸に抱き付いていたのだから間違いないだろう。……しかし、自分はなぜここで寝ているのかひとまず理解の範疇外である。
何があった。とりあえず衣服は乱れてはいないと、パニック交じりで確認する。
その様子を見ていたセラは苦々しくため息をついた。
「……お前、覚えてないのか。」
「覚えて? ……ええと、……。」
視線を前に戻して、記憶をたどってみる。かなり薄らぼんやりしているが、怒られた事だけは覚えていた。で、その後どうしたか。
「……ええと。」
怒られて、その後。ぼんやりした記憶をたどるうちに、背筋が寒くなってきた。
酔っ払って、絡んで、ベッドにもぐりこんだわけである……セラの。そして、今の今まで平和に寝ていた、と。
セラの心中いかばかりか、など、想像するまでもない。
……絶対に怒っている。
そこまで思考が行けば、もう顔など見れなかった。怖すぎて。
先手必勝、三十六計なんとやら。
「ごめんなさいっ!!」
頭を下げて数秒。そおっと反応を窺うと、やがて、深い深いため息が聞えてきた。
「謝るくらいなら」
「はひっ」
「最初からやるな!」
べしっと後頭部に衝撃があって、前につんのめった。あでで、と後頭部を押さえる間もなく、ひょいっと抱えられて、そのまま隣のベッドに投げられる。
「きゃぁっ!」
「……全く!だから飲むなといったんだ!」
冷えたふとんにくるまって、とりあえず怒り声をやり過ごす。
昨日の私のバカ!……などと朧にしか残っていない昨日の自分に文句を言っても始まらない。
「すみません、反省しましたっ……!」
「三日もしないで忘れるんじゃないのか?」
「そんな」
言い返そうと視線を上げると、厳しい瞳とぶつかった。無論負けた。
「ごめんなさい。」
ぎりぎりと締め付けるような無言の時間。永遠かと思われた数秒後。
「……ったく。反省したというのなら、以後改めろ。」
「……はい。」
きつい口調にそおっと頷くと、緊張がようやく解けた。
ほっと息をつく。
と、ふわぁ、とあくびが聞えてきて、思わず顔を上げた。
「……珍しいね、まだ眠いの?」
冒険者生活が長いセラは、寝入りも寝起きもかなりいい部類に入るのだが。
首をかしげていると、ぎろっと睨まれた……と思ったとたん、枕が顔を直撃した。
……誰のせいだと思ってるんだ。
ぼそっと聞えるか聞えないかの文句。ただ、声に含まれるのは不機嫌と苦味と何かの諦め。
え、と思って枕を下ろすが、セラは既にこちらを見ていなかった。
眠気半分の仏頂面で身支度にとりかかっている。とりあえず、口を挟むのは、今はやめたほうが良いらしい。
枕を抱えてふう、と息をつく。
昨日自分がやらかしたことと、相変わらずのセラの態度。
導き出される結論は、当然ながら、……先はまだまだ長い、という事だった。
セラさんのほうは、構わなかったらそのうち飽きて出てくだろうと思いきやあっさりくっついて熟睡してしまったので逆になんか悔しかったとか、お前絶対俺の事男だと思ってないだろとか、大体他人にくっつかれて眠るとか落ち着かない程があるのでうまく眠れなかったとか、それでも何とか眠気に負けたと思ったのにもごもご言いながらくっついてこられて目がさめて、なんだと思いきやその台詞が「・・・おにーちゃん」だったもんで、このブラコンいい加減兄貴卒業し ろ !!と朝っぱらから内心ツッコミ入れっぱなしで疲れてしまったのかもしれないなあとか 色々考えながら書いてはいたんですが。
結論: ごめんセラ。
セラさん、ED後だしきっと気持ちを入れ替えてデレてくれるに違いない!と思ったけど、最大級デレても多分この程度だと思います。くっついてきても二回に一回は放置してくれるようになったよ!
この辺が私の精一杯かもしれない(笑)