変な女に村を焼かれ家族は殺された。行方不明の兄を探して旅をしていたら、さらに頼まれごとを引き受けた。兄とも関係ありそうだったので一応探してはいるのだが、ゴブリンが持ち逃げしたまま見つかっては居ない。
そもそもその聖杯とやらが何なのか、詳しいことは実は自分でも理解できていない。大体家宝扱いの忘却の仮面だって、本来の意味も効用もさっぱりだったのだ。他の闇の神器までわかるはずが無い。
だから、もしかしてという一縷の望みをかけて、仲間に一度は聞いていた。
「闇の神器を探してるの。禁断の聖杯って、聞いたこと無い?」
恐らくメンバー中一番の年長のはずのエルフは、一瞬顔を引きつらせた。
「禁断の聖杯?闇の神器?」
「うん、その」
話を続けようとすると、鼻を鳴らされた。
「高貴なエルフのアタクシが知らない単語を並べて困らせようっていうのね。残念だったわね。優雅で気品あふれるエルフには、人間の粗野で下品な知識は不必要なの。」
「え、でも」
「わかったかしら?」
此方の言い分など聞いては居ない。それっきり、フェティはその話はしてくれなかった。
フェティは、自分と同じくらいか少し上か、位に見える。が、本人が勢い余って言っていた実年齢は1600歳だとか。
・・・これだけ生きているならば、きっと見えているものも少し違うのだろう。
真剣に探している頼まれごとは、粗野で下品と一刀両断された。
しかし、思うのだ。
もしかしたら、案外、大きなところから見れば、禁断の聖杯だの闇の神器だのの話は本当に粗野で下品な部類の話なのかもしれない、と。
こんなこともあった。
スラムの女の子から、盗まれた人形を取り返して欲しいと頼まれた時だった。
名前しか聞いたことの無い初対面の男から鍵だかなんだかわからない物を渡され、ゴミ貴族が盗んだ人形を取り戻しにロストールの王城に忍び込む事になったのだ。無論成り行きである。
「お城の王女様にいきなり尋ねて行って人形返してって言ったところで、すんなり返ってくるのかな。」
こっそりぼやいたら、ふん、と鼻を鳴らされた。
「人間の王女がどれほどか知らないけど高貴で知性あふれ優雅で華麗なエルフのアタクシにかなうわけがないわ!」
妙に自信満々に言い切る。そして、一呼吸。
「だいたいヘッポコ貴族が子供から盗んだ人形をもらって喜ぶなんてアタクシには信じられないわ!」
勢いをつけて怒鳴られた。
ありえなくってよー!と叫ぶフェティをまあまあと宥めつつ、・・・確かにそうかもしれない、と心のどこかは思い切り納得していた。
それに、この自信満々な態度は、ちょっとの心の曇りなら力技で吹き飛ばしてくれる。それもまた、共に旅をしてわかったこと、だった。
そして。
「ふーん、あんた戦争に行くつもりなの。」
言葉は、噛み付くとか反論するとか、そういう事を考えられないほどに冷たかった。
名誉な事だと半ば浮かれていた気持ちにはいい氷水だ。
「それは」
「アンギルダンの副将になるっていうのはそういうことなんでしょ。」
フェティの言葉にはいつも茨の棘があるが、今日の棘は鋼鉄製だった。本気でこちらを軽蔑しているし、馬鹿にしている。口を開く前に先手を打たれた。
「アタクシは遠慮させてもらうわ。高貴で優雅なエルフのアタクシは人間の醜い争いになど巻き込まれたくないの」
アンギルダンについて行くつもりなら、先に猫屋敷に寄りなさい。これは高貴なるアタクシの命令よ!
一方的に言い捨てて、ずんずんと先に進んでいく。
・・・それからしばらく、フェティは口を利いてくれなかった。
「・・・フェティって、頼りになるよね。」
なんだかんだで、いつだって正しい、様な気がする。
人間の知識とか、人間の知恵だとか。そう言うものを超越したところで、だ。
「当然でしょ!この高貴なるアタクシが頼りにならないなんて、そんなことあるわけがないわ!」
慌てたようにまくし立てるのは、いつもと同じ。論点がずれるのも、いつもと同じである。少し顔が赤いのも。なんだかんだで照れ屋なのだろう。一応今までの付き合いで学んだので、直接は言わないが。
「おい。」
低い声が、此方の注意を引く。
「何?」
ひょいと振り返ると、旅を始めてから一番傍に居た人間が眉間に皺を寄せて此方を見つめていた。
「気でも狂ったか?」
怒っているような、哀れむような。そして、少々の困惑。いろいろなものが、その声に混じっているが、笑いは無い。
一応今までの付き合いで学んだ事を適用すれば、
セラはどうやら、本当にこちらの頭を心配している・・・ようだった。
なんだかんだで正論言ってることが多い気がするよフェティさま。