声と同時に衝撃破が空を切り、次の瞬間、並んでいた敵の一体が倒れた。
「馬鹿者、サボるな!」
怒鳴りつけて、同じく衝撃破を放つ。後列の二体が吹き飛んだ。残りはまだ居るが、距離もある。チラリと見やった旅の連れは、息を整えながら見物席・・・つまりは後列に移動しようとしていた。
確かに、これくらい一人でも片付けられる。しかし、このような押し付けられ方をされる謂れはない。
「おい。」
移動しかけたルシェの肩をぐい、と掴む。慌てて逃げようとする体を、力で止めた。
「・・・。」
此方を見上げたその表情は、明らかに引きつっている。しかし、セラはそれに構わず掴んだルシェをそのまま敵のほうに思い切り押し出した。
「うっきゃあ!?」
・・・むしろ、投げたといってもいい。勢い良く敵に向かっていくルシェに声を掛ける。
「全部片付けるまで戻ってくるな。」
「セラの人でなしー!ばかー!」
敵の真ん中、否応なしに剣を振るうそいつからは、そんな悲鳴が聞こえてきた。
気にしないことにする。どうせ半分は悪ふざけだ。それが証拠に、今までの敵も葬ってきている。今日のこの相手だって、雑魚と呼んで差し支えない部類の魔物なのだ。
他の敵がいないことを確認して、後列へ移る。
「いやああああ!!来るな来ないで頼むお願いーーー!!」
見物に入ろうとしたところで、悲鳴が響き渡った。
見れば、残った二股の蛇相手に情けないほどのへっぴり腰で相対しているルシェの姿が見える。
「さっさと片付けろ。」
声を掛けるが、どうやら気がついていないらしい。
「いや、いやっ・・・!来るな!来ないで!来ないで!」
悲鳴が何か切羽詰っているのも、気のせいではないらしい。相手はどこからどう見ても雑魚なのだが。
見ているうちに、後退りしていく。挙句、どしゃ、という音と共に尻餅をついてしまった。すぐに立ち上がるのが基本だが、・・・どうにも立ち上がれないらしい。好機と見たか、蛇が勢いをつけて襲いかかろうとする。
「何をやってる。」
ため息一つ。手元のナイフを投げつけると、それは狙い違わず蛇の胴を両断した。
敵まで寄って、残った蛇を横薙ぎにする。剣が疾り、そして敵は一体残らず動かなくなった。
がたがたと震えているルシェの顎をぐいと掴む。
「この程度でおびえるな。気迫で負けたら命は無いぞ。」
間近に寄せた顔は蒼白だった。
「あ・・・あぅ・・・うあ・・・」
口を閉じる事も出来ないでいる上に、目には涙まで浮かんでいる。手を離すと、涙はそのまま溢れ出した。
「・・・ぁう・・・あああぁっ・・・!」
「これしきで泣くな!」
怒鳴る。が、聞いているはずも無く、声は大きくなるばかりだった。これはもう、放置するしかない。
舌打ち一つ。さっさと立ち上がろうとすると、下に残っていた手を取られた。
「・・・。」
「っく・・・いかないで・・・っ・・・えぅ・・・。」
手を振り払おうとしても、妙に強く握られていて上手く離せない。
「泣くな。今度こそ置いていくぞ。」
「・・・ぅく。」
根性を見せる気になったのか、ルシェも何とか黙って立ち上がった。しかし、手はしっかり掴まれたまま・・・というより、しがみついている。
「もう、あれ・・・いない・・・よね?」
涙声が正直鬱陶しかった。・・・ふと思い立って近くに落ちていた蛇の残骸を拾い上げる。
「これか。」
二股に分かれた首の蛇。間近で見せた瞬間、ルシェは声もなくその場に固まった。見ている前で、カタカタと震え、その場に崩れ落ちる。
・・・さすがに、これには焦った。
「おい、こら!倒れるなこれくらいで!」
怒鳴れど頬を引っ叩けど、応答はなかった。
荷袋以下の存在と化したルシェを仕方なしに担ぎ上げ、大街道に出てしばらく。
「蛇だけは駄目なの・・・。」
擦れた弱弱しい声が、そう白状した。
毒蛇に以前服の中に入ってこられて、死ぬかという思いをしたのだという。それ以来蛇は何よりも恐怖の対象らしい。
しかし、冒険者をやっている以上、そんな甘えを許せる余地はどこにもなかった。
「慣れろ。」
ルシェの身体が、びくり、と震える。
「む」
「無理だと思うな。やれ。この先生き延びたければな。」
返事は、返ってこなかった。
それから時がたち。
双頭の蛇が、水揚げされた魚のようにひょいひょいと此方に飛んでくる。セラはそれをさくさくと斬り払っていた。
「ほい、あがりー。」
ルシェの軽快な声を合図に、最後の一匹が飛んでくる。それに止めを刺してしまうと、仲間たちも緊張を解いた。
「いつもながら手際いいねえ。」
「ん、まあね。慣れてますから。」
レルラの賞賛に、おどけた様に微笑む、余裕の表情。
冒険に出たての頃のアレの取り乱し方や慌て方が嘘のような落ち着き。それが、過去を知るものにはなんとも言えない笑いを誘う。
くつくつとのどの奥で笑っていると、ルシェが此方を振り向いた。
「・・・セラ。」
それ以上笑うな、言うな。・・・お願いします。・・・表情の意味は大方そんなところだ。
「・・・・・・ああ。」
わかっている、と軽く手を振る。言ってもどうにもならない事ではあるし、下手をしなくても自分にまで飛び火しかねない話題でもあった。そして、自分が黙っていれば、誰も知る由の無いことでもある。
仲間が増える前にあの蛇嫌いはなんとか治っていた。とりあえず、以前のような酷い取り乱し方は、今はしない。
ノーブルの森からルンホルスの森まで、蛇の居そうな所を選んで仕事を請けた結果、だった。最初は自分にしがみ付くようにして探索していたものだが、その甲斐あってか慣れる・・・というより、いつの頃からか感覚が麻痺したらしい。今ではこの通りだ。
「どういうことなの?」
こちらとルシェを見比べて、ルルアンタが首をかしげる。
「なんでもないんだけどね。」
ルシェはそう言って笑う。
「・・・セラってスパルタなのよ、って話。」
「・・・それって、見ればわかるんじゃないかなぁ。」
ルルアンタはそう言って、不思議そうに此方とあちらを見比べたのだった。
尤も慣れたといっても、現在でも蛇は好きな相手ではないらしい。
その証拠に、止め役は今でも大方自分に回ってくる。
以前のように戦闘をこちらに丸投げはしなくなったが、その態度は明らかだ。
すなわち、『戦闘は任せた』と。・・・特に蛇相手の時は。
セラも戦闘自体は嫌いではなかった。レベルの低い敵を相手にしている今の状態なら、ほぼ全ての敵を請け負ってしまってもまだ余裕はある。
しかし、それとこれとは話が別だ。手遅れにならないうちに、もう少しあの根性を鍛えなおす必要はあるだろう。
ふ、と息をつき、決める。
・・・次に蛇が来たらそのまま打ち返してやる。
でも、この話、どっちかって言うとアレです。「しつけは俺に任せろ!」。ていうかそれにしか見えない(・・・)