巨大な時計塔をシンボルにするこの町は、日用雑貨から戦闘用モンスターに至るまで、扱わないものはないと言われる。また、冒険者達のギルド本部があるということもあり、町は諸所において荒々しい活気にも満ちていた。
そして、ここには、その活気を盛大に発散できる施設も存在する。
闘技場。昼過ぎの太陽に照らされた、白いコロセウムから歓声が響いていた。
「ルシェっ!!!」
その歓声にも負けないような声が、彼女の名を呼ぶ。
呼ばれて彼女が振り返れば、褐色の肌、短く切った黒髪の少年・・・もとい少女が大きく手を振る。ルシェも負けずに手を振り返して少女に駆け寄った。
「エステルっ!!なんだ、闘技場来てたの?」
「うん、やっぱりリベルダムに来たらここに来なきゃね。・・・あ、ちゃんとやることはやったよ?」
買い物とか、掲示板もチェックしたし・・・と、一つ一つ指を折る。
「ルシェは?」
「鍛冶屋冷やかしてから買い物かな。剣鍛えたいけど、先立つものがね・・・」
はぁ、と息をつく。
「エステルは、闘技場出るの?」
聞くと、エステルは元気よく頷いた。
「うん、今日は出てみようかと思ってる。たまには腕試ししたいでしょ?」
「そうね。・・・いいな、私も出てみようかな。」
エステルが出るというと、なんとなく闘技場も魅力的に思える。歓声の上がるコロセウムに目をやると、エステルが嬉しげに瞳をきらめかせた。
「あ、ルシェも出る?もし当たっても、負けないよ?」
「よし、出るわ。エステルに当たっても負けてやんないからね。」
拳をお互いに衝き合わせると、目と目が合って笑みが零れる。
と、不意に二人に影が差した。
「よう、お二人さん。」
上から降ってくる低い声。二人は同時に声の主を見上げた。
「こんちは、さっき振りー。」
「やあ、ゼネテス。」
偉丈夫、という表現がぴったり来る大男が、こちらを見下ろしていた。大陸でも有名な冒険者、剣狼ゼネテスである。
「お前さんたちも出るのかい?」
聞かれてエステルは素直に頷いた。
「うん。キミも出るの?」
「まさか。さっきまでお酒飲んでたのに、それはないでしょ。」
一時間ほど前にスラムの酒場で出くわしたのを思い出し、ルシェが手を振れば、ゼネテスはニヤリと笑う。
「いや?今登録してきたとこだ。アンギルダンのとっつぁんも出てるみたいだったが。」
出てきた名前の人物は、2時間ほど前にリベルダムの酒場で会っている。
「アンギルダンのじーちゃん?・・・さっきまでお酒飲んでたはず」
「へぇ、そうなのか。俺が見た限りでは、酒は残ってなさそうだったがな。・・・まあとっつぁん、結構強いからなあ。」
ゼネテスが肩をすくめると、エステルが笑った。
「じゃあ、酔っ払い同士の対決が見れるかもしれないんだね。有名人同士なのに、なんかかっこ悪いなあ。」
「いいんじゃねぇの?それはそれで楽しいだろ。」
ちっとも悪びれないゼネテスを見上げて、ルシェも笑った。
「確かに面白そうな試合よね。是非見たいわ。」
「当たれば見れるだろうがな。」
そんな話をしていると、闘技場の方から係員が走ってきた。
「ゼネテスさん、控え室に戻ってくださいー!」
聞いて、顔を見合わせる。
「おいでなすったか。んじゃ、行って来るわ。」
頑張ってね、と見送ると、ゼネテスは手だけをひらひらと振って背を向けた。
「・・・初戦の相手は誰だい?」
「ウィンディ選手です。ただ、同じブロックにアンギルダン選手がいますよ。対戦が実現すればかなりの好カードですね。」
「うへぇ、本当になっちまったか。参ったなあ。」
歩いていきながらのそんな会話が聞こえてくる。ルシェとエステルはまた顔を見合わせた。
「これは」
「見るしかないよね!」
グッとこぶしを握って、我先に闘技場へ走る。
「席早くとらないと。あ、ついでに出場登録もしちゃおう。まだ間に合うかも。」
「了解!」
軽快な足音を残し、二人も闘技場へと吸い込まれていったのだった。
試合は次へ次へと進んでいく。
無事登録を済ませ、ルシェもエステルも初戦、二戦目は危なげなく勝ち進んだ。
「なかなかやるじゃない」
「お互いね。このまま行けばもしかしたら当たったりして。」
「あはははは、それも面白いかもね。」
肩をぐるぐると回しながらそんな話をしていると、闘技場のアナウンスが響いた。
「次の試合は、ゼネテス選手とアンギルダン選手です!」
がばっと顔を見合わせる。
「当たったんだ!」
「すごい!行かなきゃ!!」
二人は、床を蹴るようにして勢いよく立ち上がる。
控え室に荷物を放り出して客席に飛んでいけば、試合はもう始まっていた。
「凄い・・・!」
「うわ、迫力あるなあ!」
剣戟が、重く力強く響く。大剣と戦斧が火花を散らす。
戦いは、いろんな意味で互角だった。歴戦の英雄と、大陸有数の冒険者。アンギルダンはかなりの高齢だが、それでもフルプレートを着用して斧を振るえば、そこらの相手など簡単に蹴散らしてしまう。対するゼネテスは、アンギルダンに比べればかなり若い。そして、力は僅かに勝っているように見えなくもなかった。
ただし、経験ではアンギルダンの方にに何十倍もの蓄積がある。
ついでに双方共に酒が入っているの・・・だが、そんな事はチラとも見せず、白熱した戦いはいつ果てるともなく続く。
そのうちに、ゼネテスの方が脚を庇うような素振りを見せ始めた。重量級の斧の攻撃を受け続けて、ダメージが地味に蓄積されていたのだろう。アンギルダンもそれに気づかぬわけがない。一気に距離を詰めてたたみ込みにきた。
ところが。
「よぉっと!」
「んなっ!?」
軽快にステップを踏むと、ゼネテスは先ほどまで庇っていたはずの足でアンギルダンに蹴りを叩き込む。こらえようとするところに剣を振るえば、アンギルダンはたまらず前方に転がって避けた。受身を取り、構えなおそうとするところに剣が突きつけられる。
「悪いな、とっつぁん。」
眉間にしわを寄せ、その切っ先をにらみつけていたアンギルダンは、やがて息をひとつついた。
「・・・全く・・・どこでそんなやり方を覚えたんじゃ?」
審判が、ゼネテスの勝利を高らかに告げる。
「次はその手には乗らんからな。」
「肝に銘じとくよ。」
一礼、そして両者が控え室に去る。闘技場は大歓声に包まれた。
「すごかったね。」
「本当。あ、ボク、アンギルダンのおじーちゃんのとこ行って来る!」
「あ、私も行く。」
バタバタと客席の階段を駆け下りる。
しかし、二人が廊下を駆け抜けようとしたところで、係員に引き止められた。
「ルシェさんですね?」
「え、はい。」
あわててとまると、係員はひとつ咳払いをして告げた。
「試合が近いので控え室に戻ってください。次の次、になります。」
「わかりました。」
こくりとひとつ頷いて、エステルのほうを振り返る。
「ごめん、行って来る。アンギルダンのじーちゃんによろしく言っといて。」
「了解っ!がんばってね!」
エステルは大きく手を振ってルシェを送り出したのだった。
それから後、ルシェは意外なほどの快進撃を見せた。
3戦目、4戦目を軽く往なし、5戦目で当たったエステルに力で押し勝つ。6戦目、ゼネテスと当たった時は誰もがルシェの敗北を予見したのだが、唯一勝る素早さで、前の試合で地味にダメージの入っていた脚に追い討ちをかけ、奇跡の大勝利をあげてしまった。
これには闘技場全てが沸いた。
うら若い少女が、大陸有数の冒険者を沈めたのである。まさに大金星だった。
「き・・・・気合の勝利、よ・・・!」
ボロボロになって息を切らしつつ剣を振りかざした気迫に恐れをなしたのか、それともゼネテスを倒したという事で半ばあきらめていたのか、7戦目もルシェは数合で勝利してしまった。
残るは8戦目。
これを勝ち抜けば決勝大会への出場権が手に入る。
傷を癒し、飲み物を飲んで一息。そして、闘技場への階段を駆け上る。
「さあ、次は誰!?」
ここまで来たら、決勝まで行ってやる。そんな気合の言葉には、図らずも答えが返ってきた。
「俺だ。」
低い声。聞きなれた・・・そして、背中が凍りつくような声。
「8戦目だそうだな。」
その瞬間、ルシェの脳裏を数時間前のやり取りが走馬灯のように走り抜けた。
「道具屋行って、鍛冶もちょっと相談してくる。あとは情報収集かな。でも、多分私が一番早く戻るから、宿の鍵は私が持っとくね。」
「わかった。・・・ああ、そうだ、ルシェ。」
「ん?」
「後でギルドに来い。少し気になることを聞いた。だが、確認してから話したい。」
「わかった、じゃあ宿に戻る前にギルド寄るね。お茶の時間位に。」
「ああ、待っている。」
「じゃあね、セラ。また後で。」
そして今、お茶の時間は当の昔に過ぎ去り、闘技場には赤い夕日が差しているのだった。
「あーあー、見事に固まってるな。」
観客席からそれを見下ろし、ゼネテスが息をついた。
「ルシェ、どうしちゃったんだろ。今のルシェならいいとこいけそうなのに。」
エステルが心配そうに言うと、アンギルダンは肩をすくめた。
「いや、ありゃ戦う前から気迫負けしとる。勝負にならんじゃろうな。大方、あのセラとやらと何かあったんじゃろ。」
「ええ!?昨日も今日も、ルシェもセラも変わった所なかったのに。」
その弁を聞いて、ゼネテスも肩をすくめた。
「お前さんが見てるのが全てじゃない、ってとこじゃねぇか?」
観客席のそんな会話は知る由もなく、ルシェは試合場に立ち尽くしていた。
頭の中では意味のない言葉が渦巻く。声が出ない。金縛りにあったように体も動かない。ただ、相手を見つめるだけだ。
向かい側。見えたのは想像通りセラで、こちらをまっすぐに見つめる表情は、落ち着いていて・・・その落ち着きの中に、確かな怒りが見える。
「手加減はしない。負ける気はないからな。」
こんなところで何をしている?・・・そんな意思を全身から感じる。しかし、言葉自体は淡々としていて、それがなお怖い。思わず一歩後退る。
試合開始の合図が聞こえた。それにもかかわらず、完全に気圧されて体はまともに動かない。
ようやく剣を構えたものの、その一瞬の後、視界と意識は綺麗になくなっていたのだった。
ゆらゆら、何か暖かいものにくっついている感触。本能はその正体を確かに知っている。
「おにーちゃん・・・・」
きゅっと抱きつく。兄の背中はとっても居心地がよくて、昔はよくねだっておんぶしてもらっていた。仕方ないなあ、と笑って背負ってくれる兄は、とても優しくて、背中はとても広くて気持ちよくて、おぶわれているのがうれしくて仕方なかった。
それにしても久しぶりだ。やっぱりおにーちゃん最高・・・などとぼんやりした意識で思う。
ところが。
「・・・・・・・・・・・・誰がおにーちゃんだ。」
兄とは似ても似つかない無愛想な声で、まどろみはどこかに飛んでいった。
「・・・・!せ、セラっ!?なんでっ!?」
「気がついたか。」
体を支えていたらしい腕はさっさと抜かれ、地面に下ろされる。
辺りは少し薄暗い。ここはどこだ、と辺りを見回していると、上から声が降ってきた。
「闘技場ならもう閉まった。それなのにお前が起きないから仕方なく引き取ってきてやったんだ。」
ダンジョンでやったら命はない、だの。冒険者ならもう少ししっかりしろ、だの。言葉の外にしっかり滲んだ、とても言い返せそうにない文句の数々。もはや萎縮するしかない。
「・・・・う・・・えと・・・すみませんでした・・・。」
セラは無言だ。それがさらに痛い。
「・・・お昼の約束も忘れててごめんなさい・・・。」
情けないくらい縮こまり、蚊の鳴くような声で謝ると、セラは盛大にため息をついた。
「・・・・全く。」
そのまま、すたすたと歩き出す。ルシェも慌ててそれに追いすがる。
「セラ、お昼の」
「・・・・最近、妙な顔の男が出没するそうだ。」
視線は前方に向けたまま、セラがボソりと言った。
「妙な、顔・・・お面でも被ってるの?」
「おそらくな。」
それは何でも、闇の怪物の居る場所によく出現するらしい。ただし、瞬間移動ですぐにどこかに消えてしまうらしいのだが。
そして、ここ最近、闇の怪物の噂は明らかに増えている。
「少し気になることがある。もしかしたら、ミイスの事件と・・・ロイと関係するかもしれない。」
「なんでそう言えるの?」
「今はいえない。俺の勘という事にしておけ。」
食いついても、セラの答えは曇っていた。
「何なの、それ。」
「何度も言ったように、間違いなくロイは生きている。闇の怪物の噂を辿れば、あるいは・・・」
答えは返ってきていない。ただ、そこにはかすかな希望が見えた。
「兄さんに会えるのね。」
セラはしっかりと頷く。
「ああ。・・・あきらめるな。いいな。」
「うん。・・・・ありがとう、セラ。」
それきり、宿に着くまで言葉はなかった。
そして2時間後。
所変わって、ここはリベルダム酒場。
都会の夜の酒場は、例に漏れず賑やかな喧騒で満ちていた。
「こんばんは、アンギルダンのおじーちゃん、ゼネテスも。」
エステルは、人の多い酒場の中、目当ての人間を探し出すと、ばたばたと駆け寄った。もっともこの二人は、見た目に非常に目立つので、探すのにもあまり苦労はないのだが。
「よお、エステル。」
「おお、お前さんも来たのか。まあ飲め飲め。」
そうして招かれた先には、さらに先客が居た。
「やあ、エステル。君も避難してきたのかい?」
「わ、レルラ。キミもなの?」
キミも、で、レルラ=ロントンはくすくすと笑いながら頷いた。アンギルダンがあきれ顔でたずねる。
「なんじゃ、ルシェはまだまだ怒られとるのか。」
「・・・うん。あれはもう少し掛かりそうだよ。」
宿屋の方を思い出し、苦笑いで答える。
「僕が出てきた時は、正座でお説教されてたけど。」
「ボクが出てきた時は、がつんって。・・・まあ、素手だったから放っといたけど・・・」
ジュースお願い、とカウンターに頼んでいると、ゼネテスが笑いながらツマミをよこした。
「約束忘れてた、ってんだろ。まぁ、ちょっとくらい仕方ないさ。オマケにアレじゃあな・・・。」
闘技場で大冒険者を倒し勝ち抜いた少女、最後の相手にボロ負けした挙句背負われて退場。
そのあまりの光景に、その話題はリベルダム中の噂となってしまっていた。格好がつかないにもほどがある。・・・もちろん、気絶していた当の本人はそれを知らないのだが。
「7戦目までは、とてもいい詩になりそうだったんだけどねえ。結末があれじゃ喜劇にしかならないよ。」
レルラ=ロントンが肩をすくめれば、アンギルダンも首を振る。
「なんというのか、今ひとつキマらんのじゃな。ルシェらしいといえばそうなんじゃが。」
「そうなんだよねえ。」
そして今は、その『最後の相手』にみっちりお説教されている最中である。聞こえてきた説教の中身によれば、約束を忘れただけでなく、ルシェの分の買い物まで結局セラがやっていたらしく、燃え草はさらに増えていた。おまけに、普段の行いとチラチラと覗く反抗心他つもり積もったものが、それを長引かせている、らしい。
絵にならないにもほどがある。
「あの後、部屋がちょっと騒がしかったんだ。ルシェ、大丈夫かなあ。」
・・・もしかしたら、今は・・・きっとケンカになっているような・・・気もする。これは、エステルの想像でしかないのだが。不安そうなエステルにゼネテスは笑って見せた。
「まあ、宿の明かりが消えるころになったら戻ってみな。こっそりな。」
「うん、そうだね。そうするよ。」
頷いて、エステルは運ばれてきたジュースを口にする。
「しかし、あのセラとかいうのも、見た目より世話見がいいんじゃの。」
アンギルダンがそう言って笑う。レルラは、どうだかね、と首を振った。
「セラって基本的にいつだって不機嫌そうで冷たい感じだよ。まあ、ルシェが絡むとちょっと違うとは思うけど。」
エステルも頷く。
「ルシェに言わせれば、セラって『自称兄さんの親友』らしいから、そのせいかもね。それに、旅に出たのもセラが連れ出したから、とか言ってたし。」
「それだけ聞いてると保護者だな。」
ゼネテスが言うと、エステルとレルラは顔を見合わせた。
「・・・・まあ、保護者、・・・・なのかなあ。」
言われてみれば、確かにその表現はしっくり来ているような気がした。
当人たちはきっと否定するのだろうが。
向かいの宿屋の部屋は、まだ明かりがついている。
この分だと、エステルとレルラが部屋に戻れるのはまだまだ先になるようだった。
闘技場のシステムは正直さっぱり覚えてません。
セラさんは、1.噂を聞いて飛び込みで入ってきた 2.噂を聞いて電光石火で勝ち抜いた のどちらかだと思います。そして、ルシェさんとエステルは、他のメンバーとのおしゃべりに夢中で対戦相手のことなんて途中から抜け落ちてたんだと思います。
まあ、試合始まるまで相手のことってわからないんだ、ゲーム中だって・・・。
というわけで色々適当です。お読みくださった方いれば、どうもありがとうございました。