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04:狭い道

うっわあ、というのが最大の本音だった。
「おいおいおい、通れるのかよ、これ!?」
ヴァンの声は全員の心中を代弁している。
小さなつり橋が深い谷を渡している場所だった。
しかし、その橋の上には空飛ぶデカブツがうじゃうじゃとうごめいていたのである。

慌てて引き返し、物影に避難して一息ついた。向こうは此方にはまだ気付いていない。
「・・・なんだか、難易度上がってねえ?」
前来た時はもうちょっとマシだったよな?
橋の上の魔物たちから身を隠すようにして、そうチャカがぼやく。
「・・・うん、上がってるね・・・」
参ったねえ、と息をつく。
谷に掛かった細い橋の上には、浮いているのも含めグリフォンが十頭余。なんでこんなところにたむろしているのか本当に謎だ。記憶を引っ張り出さなくても、以前来たときにはこんなのは居なかった。
「・・・ここしかないのか?」
「・・・残念ながら。」
レムオンの質問にげんなりと頷くと、あちらにも伝染したらしい。秀麗な顔がげんなりと歪む。
「ここに魔物が居るのは今に始まった事じゃないんだけど。」
「っていうけどなあ・・・俺何回かここ来た事あるけど、ここまで酷いのは初めてだぜ?」
多少フォローしようかと声を掛けた隣で、ヴァンが肩をすくめた。
「俺も同感。」
チャカもうんうんと頷く。それは確かに事実で、フォローしようがしまいが変わることは無い。
「まあそうなんだけどさ。」
ふう、と息をつくと、レムオンはちらりと橋の方を見てからこちらに向き直った。
「以前はどうだったのだ?」
「少なくともあんなにデカくなかったし」
「あんなに強い奴でもなかったよな。」
口々に言うチャカたちに頷いて続ける。
「スリープやインビジブル使ってすり抜けてたんだよ。あんなにひしめいてちゃちょっと無理だけど。」
「あのデカさなら、落っこちてきた衝撃で橋壊れそうだしな。」
「姉ちゃんが通っただけでも橋壊れるんじゃねえの、重さ」
皆まで言わせず、拳が唸った。素手だったのは最大限の良心である。
「馬鹿、大丈夫か?!」
ヴァンが慌ててチャカに駆け寄った。まあ吹っ飛ぼうが倒れようが、外海もびっくりの心の広さで手加減した以上、大した事は無い。それに、チャカだって受身くらいは取れるのだ。向き直って先を続ける。
「足場悪いし、下手に刃物振り回したら橋ぶった切っちゃうから戦いにくいんだ。」
「・・・素手ならいいのか・・・」
狙い違わず岩陰に倒れたチャカを見ながら、レムオンがぼそっと呟いた。
「私はつり橋の上で暴れるのはどうかと思うけどね。」
本来の意味は気付かない事にして肩をすくめる。
「ともかく対策。おびき寄せて叩くか、魔法で撃ち落すか、強行突破するか、ってとこかな。ただ、私の力だとストップもちゃんと掛かるかどうかわかんないんだけど。」
「シェナって本当魔法苦手だよなあ。俺も人の事言えねぇけどさ。」
「仕方ないさ。だって姉ちゃん、脳みそ筋肉で」
復活したとたんに余計な事を言ったチャカを再度沈める。
「・・・やはりか・・・」
「何か言った?」
ぼそりと声がした方向を睨むが、その先のレムオンは冷静に首を横に振った。
「空耳だ。それより先に進む手立てを考えるぞ。
 苦手と言ってもロースペルとヒーラースペルは全員覚えているのだろう?」
「え、・・・ああ、うん。」
冷静かつぴしぴしとした言い方に思わず頷いてしまう。
「・・・上手く誤魔化したな・・・」
「・・・玄人だ・・・」
ぼそぼそっと他二人が言っているのは引っかかるのだが。
「ほかに使えるものは?お前は確かハイスペルまで覚えていただろう?」
「うん、まあ。他も一応大体解るんだけど、使う必要がなかったというか使いこなせてないというか。」
精霊力も魔力もイマイチ足りていない、というのは、自分はもとよりチャカもヴァンも共通の実情だった。
「右に同じく。」
「俺も。多分まともに魔法使えるのってレムオンだけじゃないかな。」
普段は魔法を得意にしている仲間が一人は居るのであまり不自由を感じていなかったということもある。
「・・・そうか。」
レムオンは少し考えるように眉をしかめると、ふっと息をついた。
「作戦はなるべく単純な方がいいのだろうな。」
「ちょっとくらい力押しでも平気だぞ。」
な、と此方を向くヴァンに、チャカと一緒に頷き返す。
「考慮に入れておこう。」
岩越しに橋周りの位置を確認しながら、相談は進む。
そして数分後。
4人は一つ頷き、各々準備に入ったのだった。


呪文を詠唱しながら橋に向かう。
「いくよっ!!」
一発目は水のロースペルを叩き込むところからだった。
狙いは敵の足。ただし、自分の腕で敵にダメージなど与えられるわけはない。あくまでも気を引くのが目的だ。
水が掛かると、思惑通り敵は一斉に此方を振り向いた。
「さあ、こっちに来な!」
橋の上の全ての目線が此方に向いた事を確認しつつ、ステップで引き返す。敵の攻撃など当たる気がまるっきりしない。風のようだと自分でも感じる程の我が身の素早さは、あらかじめ掛けておいた魔法のおかげだ。
橋の袂まで来ると、横から風が吹いてきた。すぐ水の塊が飛び、風によって四散した水は雨のように敵一帯に降りそそぐ。ばさばさと翼のなる音、唸り声の中でなければもう少し気持ちのいいものだっただろうが、現実は目下背後ギリギリまで命の危険と一緒に迫っていた。
呪文を唱えながら魔法で出来たシャワーを抜け、待ち構えていたレムオンと目を合わせる。
言葉に無くともわかる、いいぞ、の合図。タイミングギリギリを見計らい、唱えていたテレポートで極短距離移動。目標は敵の群れの向こう、自分が走ってきた場所だ。
敵の目には自分の姿はいきなり消えたとしか映らなかっただろう。そして、その機を見逃すような仲間は居ない。
振り返ったときには、強烈な冷気と共に大地と敵の足が仲良く凍りついていた。氷の彫像というわけではなく、足元を留めただけだ。ただ、冷気と水の相性は最強だったというだけの事。
「走れ!長くは保たんぞ!!」
敵地の向こうからレムオンの声がして慌てて橋を駆ける。後ろでは吼え声だのなんだのしているが、敵の居ない橋は、高い場所にある事と足場が一足ごとに揺れる事を除けばそこそこ快適に走る事が出来た。
「姉ちゃん、大丈夫だったか?」
「お疲れさん!」
息せき切って橋の向こうまで辿り着くと、先に着いていたチャカとヴァンが出迎えてくれた。
「私は平気だよ。ありがとう。」
ふうっと息をついて橋の方を振り返る。レムオンの姿はまだない。
「遅いな。私のすぐ後に出たはずなのに。」
そしてそんなに大きな距離ではないはずなのだが。
「さっき、あっちで吼え声してたよね?」
背後で聞えた声のは当然チャカたちにも聞えていたらしい。
「ああ、そうだな。」
「こっちからだと死角で遠目でよく見えなかったんだけど。」
頷く二人に空耳で無かった事だけは確信した。しかしそれだけだ。
「・・・何かあったのかな。」
レムオンの姿はまだ見えない。
「迎えに行った方がいいのかな・・・ちょっと様子見てくる。」
「え、姉ちゃん危ないよ。」
「インビジブル使って偵察してくるだけさ。大丈夫。」
「けどよお。」
大した事じゃないから、と呪文を唱えだしたところで、橋の方を見ていたヴァンが声を上げた。
「来たぞ。」
「え!!」
呪文を中断し、そちらを振り向くと、レムオンが全速力で橋を渡ってくるところだった。
「おーい」
ばたばたと三人で手を振る。
しかし、返って来たのは解りやすい怒号だった。
「馬鹿者!そんなところでぐずぐずするな!安全圏まで走れっ!」
背中を押されるように、慌てて駆け出す。
わかっているところの安全圏は、橋のたもとから少し降りたところの岩陰だ。猛ダッシュでそこに駆け込むと、程なくレムオンもそこに転がり込んできた。
はあああああ、と息をつく。
「なぜ先に進まなかった!?」
「なんであんな遅かったんだい!?」
同時に怒鳴りつけて、・・・一瞬意味が取れずに黙る。
「いちいち怒鳴らないでくれよ、もう。全員無事だったんだからいいだろ。」
その間をヴァンの呆れ声が通り抜けて、消えた。
もう一度レムオンと顔を見合わせ、そして、ふいと目をそむける。
「あんたがいつまで経っても来ないからさ。あっちで足止めでもされたかい?」
「一匹漏れがあってな。片付けていたら遅くなっただけだ。」
え、と思うと同時にチャカの声が上がる。
「片付けた!?あの速さでか!?」
「一体ならどうとでもなる。俺の剣は二刀だ。それに鳥首は細いからな。」
「で、その間に足止めしてた敵が動き出しそうになって、慌てて走ってきた、てことか。」
そんなところだ、と視線が頷いた。
「そういうときは言いなよ!助けに戻るくらい出来たのに・・・!」
思わず荒げた声をぐぐっと抑えるが、レムオンはふっと息をついただけである。
「馬鹿者。戻ってきたらここまでした意味がないだろうが。」
「あんたがいなくなったらもっと意味がないっての!」
思わず怒鳴ると、レムオンは驚いたようにこちらを向いた。がちっと目があって、やがて紅の瞳が困ったように伏せられる。
「あー・・・すまない。心配してくれていたのか。」
「別に、心配とかそこまで気に掛けてたわけじゃ」
「・・・他に何があるんだよ。」
「・・・だよな。」
ぼそっと聞える声の主二人を拳二つで黙らせる。
「ないんだけどね!あんた強いし必要もないみたいだし。
 でもね、仲間の安否は例えあんたでも最優先事項なんだ。だから、助けられる時、助けがいる時は言って欲しいのさ。」
わかったか、と問うが、真っ先に返って来たのは零れるような小さな苦笑いだった。
「・・・わかった。以後気をつけよう・・・リーダー。」
「わかればいいよ。全く。」
ぷいっと目をそらす。顔がなんだか少し熱かった。気にしない事にして岩陰から先を窺う。
目的地まではあと少し。こんなところで立ちどまる訳にはいかないのだ。
だから、背後の忍び笑いも少しは我慢した。結局再度拳が唸る事にはなったのだが。

そんなわけで、4人がその岩場を出立するのは、それからまた少ししてからになったのだった。


わかりやすく日常なのに、この話が一番時間かかったんですよね。頭使う話は難しいです。
うちの義兄上は割と弟妹に対して過保護なお兄ちゃんですが、たまには義兄上を心配するパターンでもいいかな、と思ったらこんな感じに。
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