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02:服が破けた!

風を巻き上げて敵の姿が消え、頭上から黒い影が落ちた。
次は上。巨体に潰されても鉤爪に引き裂かれても命は無い。
迷わずその場を飛び離れた次の瞬間、想像通り自分が居た地点に巨体が襲い掛かっていた。
羽根のついたライオンだかなんだかよく解らない巨体は、空振りに怒りを感じたか此方を凍り付きそうなほどの目で睨んでくる。
しかしこれで負けても命は無い。ぎりっと睨み返し、拳を構えなおす。大丈夫、問題ない。ここは仲間が居る。自分だけではないのだから。
一瞬の静寂の後、シェナは一つ気を吐いた。
「いくよっ!」
声は仲間に。ただし視線は外さない。
「おう!」
異口同音の声と地を駆ける音。真っ先に疾り込み、喉元まで一気に飛び込むのは自分の役目だ。
アッパーから蹴りを叩き込むと、上手く入ったか、敵の首が仰け反った。
その額にチャカの槍が突き刺さる。暴れだし、露になった腹は後ろから走って来たレムオンが二刀で掻っ捌く。
「シェナ、借りるぜ!」
「あいよ!」
返事をし、首をずらした次の瞬間、肩と背に衝撃が走り、ゼネテスが天空を駆けた。
「ハァアッ!!!」
上空からの大剣が巨大なモンスターの首に食い込んだ。骨に当たったのか、鈍い音がする。
断末魔のように暴れる脚が風を切った。まだトドメには至らなかったか、自分の顔ほどもありそうな鉤爪が鼻先を掠め、あわてて身体を仰け反らせる。しかし、避けきったと思った瞬間、その爪は過たずシェナの身体の中心線を削って下に落ちた。
「くぁああ!!」
「姉ちゃん?!」
鮮血が跳ね、思わず胸を押さえる。しかしここで倒れるわけにはいかない。気力と力を振り絞って首の下に飛び込む。
「破っ!!!」
ナックルの刃がモンスターの首に突き刺さり、次いで蹴りあげた脚が連続で首を仰け反らせた。
「でぇりゃああああ!!」
最後に気合を入れて地を蹴り、もう一度アッパーを食らわせる。気合が入ったのか衝撃破つきの拳に、巨体は今度こそ地に倒れたのだった。

「姉ちゃん!!」
「大丈夫か!?」
同時にへたり込んだところで、レムオンとチャカが駆け寄ってくる。
「だいじょぶへいきちょっとまって・・・・・。」
傷は胸元から腹に掛けて、縦一文字。出血は酷いが傷も内蔵までは達しては居ないはずだ。荒い息を吐きながら、ようよう使える回復魔法を唱え、引き裂かれた胸に手を当てた。しかし、かすり傷というには深すぎたか、まだふさがらない。
「・・・・・・。」
一息ついてもう一度。唱えようとしたところで、がし、と肩が抱かれた。胸に当てようとしていた手は払いのけられ、自分より大きな、少し青白い手が覆いかぶさる。
そして、回復魔法の光がその手に宿った。手が傷口の上をなぞると、痛みは一気に引いていく。明らかに自分よりよっぽど高位の魔法を使ったのは間違いない。覆いかぶさった手が離れると、一文字傷は綺麗さっぱりなくなっていた。後には半乾きの血の跡が残るのみだ。
「・・・ありがとう。助かった。」
「構わん。・・・全く、肝が冷えたぞ。」
そういえば確かにレムオンも魔法はそこそこ得意だったのだ。ただ、剣士としての面の方が強いためあまり意識した事はなかったのだが。
「大丈夫姉ちゃん痛くない?」
心配そうなチャカに大丈夫さ、と頷く。
「もう平気だよ。すぐにだって動ける」
「その出血量でそんなわけがあるか馬鹿者。」
間髪いれずに冷たい言葉でツッコミが入って、むぐっと黙る。
「おーい。シェナ、悪い、大丈夫か?」
精悍な声が掛かって、そちらに顔を向ける。
二人がこちらに来てしまった中、冷静に魔獣を確実に仕留めてきたのだろう、血のついた大剣を拭いながら、ゼネテスがこちらに来るところだった。背後を見れば、綺麗に首の落ちた魔獣が転がっている。
「大丈夫。この通り、ちゃんと傷はふさがったよ。」
傷のあった地点をほら、と指差すと、ゼネテスはなぜか一瞬固まって、それから笑みを浮かべた。
「それならいいんだが・・・」
「しっかしこの魔法も大したもんだねえ。」
ふう、と息をつくと、レムオンもやれやれ、といった体で息をつく。
「お前が下手過ぎるだけだろう。回復魔法もお前の知力で使っていたら日が暮れる。」
「・・・どういうこと?」
半呆れの声に、むっとして問うと、レムオンは、とても見慣れた嫌味交じりの笑みを浮かべた。
「言わねばわからんのか?」
言わなくても態度にははっきりと『お前は頭が足りていない』という言葉がにじみ出ている。
無言で肘鉄を食らわせると、支えていた腕が離れた。
「おまえなっ・・・。」
腹を押さえているレムオンに、ふん、と鼻を鳴らしてみせる。
「待ってな、いつか見返してやるんだから。」
まったく、と立ち上がり、少しだけ土を払う。
「100年掛かっても無理だろうがな。」
「なんだって!?」
レムオンも立ち上がったところで、ゼネテスがボソリと呟いた。
「しっかしまあ・・・いい眺めだな。」
「え、何か見えてるの?」
「いや、こっちの話だ。」
チャカが首をかしげる。自分も疑問に思って視線の先を追うが、そこには自分しか居ない。
今の状態はあまり見栄えのするものではなかった。先ほどの戦闘で見事に縦に裂けた服は、中心から朱に染まってしまっていて、一般的な感想としては修繕と洗濯が面倒そうだし、裂けた服からは血塗れの肌が臍の辺りまで覗いている。先ほどの回復魔法のおかげで傷一つ無いのだが、ひゅるりと冷えた風が腹を撫でていけば流石に肌寒く・・・そこまで見て視線の意味を唐突に悟った。
「どこ見てるんだい、馬鹿!!!!」
顔に血が集まると同時、胸を庇うように押さえてゼネテスに蹴りを入れる。そして、とにもかくにもその場にうずくまる事にした。
丸見え、という奴である。胸元というか胸のふくらみから腹の辺りまでばっちりと。クロースもいつもの若草色のワンピースも引き裂かれてしまっていては、どうしようもないのだが。
「っててて・・・怒るなよ。」
「ここで怒らないでいつ怒るんだよ!もう!!」
「ほら、俺とお揃いじゃね・・・うぁ!?」
ゼネテスの長身に、後ろから鞘いりの剣と槍の柄が直撃した。
「・・・姉ちゃんの身体見てニヤニヤ出来るってのはよっぽどだと思うけど。」
「全く持って破廉恥な奴だな、この歩く色情狂が・・・!」
はき捨てるような言葉に、勘弁勘弁、とゼネテスは手を合わせる。
「だがな、お前さんだってさっき思いっきり触ってただろ?」
どうだった、と。言葉が全て発せられる前に剣が抜かれる音がした。
「・・・死んでこいっ!!」
「うわあああ待て待て本気で死んじまうだろっ!おい!!」
慌てふためいて逃げだすゼネテスと追うレムオンを見つつ、胸元をかき合わせる。兎にも角にも対策だ。ここで着替えるのはそれはそれで厳しいので、それ以外で。
そして、それはすぐに思い当たった。
「チャカ、上に着てる服貸して。あと水と拭ける奴。」
チャカはシャツを二枚重ねたような服の着方をしている。一枚くらいは問題ないだろう。あったとしても剥ぎ取るだけなので問題は無い。
「え、・・・あ、ああ解ったよ。」
チャカの方も納得だったのか、すぐに鎧を脱いで、上のシャツを首から引っこ抜いた。
「ちょっと汗っぽいかも。」
「いいさ、大した事じゃない。」
言いながらとりあえずシャツを受け取った。次いで飛んできた水筒と布を受け止め、手早く血まみれの身体を拭く。
「悪いね。」
そして水筒と布をチャカに向かって放り投げると、借りたシャツを頭から被った。ワンピースを半脱ぎにしながら袖を通し、また上からワンピースを着なおせば出来上がりだ。
裂けた部分からは素肌ではなくシャツが覗く。シャツの上のワンピースは朱濡れのままだが、これはもうどうしようもない。前開きのクロースの被害は留め具程度なので、後で直せば元通りだろう。
少しごわごわするが動きにくいというほどでもないし、問題もないということにした。
「ありがと。どうかな。」
チャカは水筒を荷物に仕舞いこみながら顔を上げる。
「大丈夫じゃねえ?」
そしてまた顔を荷物の方に向けた。態度を総合すると、そこまで酷い格好というほどでもないようだ。
ぱんぱんと軽く服の皺を伸ばし、ついでに背伸びをする。少しふらつくが、まあ問題は無いだろう。
「よし、そんなら出発するか。」
「動けるの?」
若干心配そうなチャカには平気だと頷いておく。
「だいじょぶだよ。それに、休んでいたからってどうなるもんでもないしさ。
 レムオン、ゼネテス、遊んでないで行くよー!」
荷物をチャカ以外の三人分、よいせっと抱えて声を掛ける。ゼネテスが振り向く前に頭目掛けて全力投球すると、気持ちいいくらいクリーンヒットした。よろけた所に二つ目の荷物が当たって、ゼネテスが尻餅をつく。
「いってぇ…」
呻くゼネテスには知らん振りで、レムオンが自分の荷物を抱える。
「動けるのか?」
「うん、平気。」
本当に?とでも言いたげな赤い瞳には、若干ふらついていることも見透かされそうな気がしてしまう。しかし、ここで休んでどうなるものでもない。
「いいだろ、シェナもいいと言ってるし。お前さん過保護過ぎやしねえか?」
立ち上がりながらのゼネテスの言葉に、レムオンはキツい一瞥をくれると、フッと息をついた。
「…まあいい。いざとなったら運んでいけば良い話だ。」
「まあそんなことにはならないと思うけど。」
肩をすくめて笑ってみせる。
「姉ちゃん、行かないの?」
少し離れた所からチャカの声がして振り返った。見れば既に歩きだしていたらしい。
「ううん、もういくよ。」
慌てて足を向けると、チャカは、おいてくよー、と言いながら背を向けた。おいて行かれる訳には行かない。まだ多少本調子では無いところもあるが、無視できる範囲と振り切った。
しかし、走り出そうとしたところで、後ろからぐいっと肩をつかまれる。
「まだ走ったりするな。」
馬鹿者、といいたげな言葉にはしっかり心配の二文字が浮かんでいた。
「もう、レムオンってば心配性だねえ。」
やれやれ、と笑ってみせても納得はしてもらえていないらしい。
「お前は笑って無茶をするからな。」
肩は掴まれたままだ。
「大丈夫。ちゃんと自分のことくらいわかって」
「無理はするな。」
遮った言葉はどこまでも真摯で、どこまでも優しくて、もう言い返すことは出来なかった。
「…うん。ありがとう。」
なんだか嬉しくて、意味もなく照れてしまう。取りあえず肩を掴んだ手を持ち上げて引き剥がし、…そして、少し考えてからその手をつないだ。
「レムオンも、無理しちゃだめだよ。」
驚いたような顔にそう言ってやる。レムオンは、小さく鼻を鳴らすとふいっと顔を逸らした。
「心配しなくてもお前よりはわきまえている。」
行くぞ、と声がして、はいな、と頷いた。
手はまだ離れていない。
けど、いつかは離れるのだろう。
だが、今はその感触が、幸せで、温かかった。

そりゃあ女の子の服が破けた方が楽しいに決まってるじゃないのよ、と思ったんですが、畑発パーティは割りと男まみれだと言う事に気付きました。チャカとレムオン入れた時点であと一人しか枠が無い。
ゼネテスさんは毎度便利に使ってしまって申し訳ないのですが、多分他のメンバーを保護者みたいな気持ちでおちょくっているのだとおもいます。ただし、他のメンバーは割とシスコンだったとそれだけの話。
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