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はじめての「ただいま」

大きな門。
前に立つ衛士。
王城の近く、そこは威圧感溢れる御屋敷だった。
およそ縁のない世界、縁のない御屋敷。気後れしないといえば嘘になる。
しかし、気後れしたところでどうしようもない。
お土産、持ってる。口上、ちゃんと考えた。身だしなみ、いまさら気にしても仕方ない。
よし。
斧を片手に、足を踏ん張る。
「お帰りなさいませ、シェナ様。」
衛士が丁寧に頭を下げる。
「ただいま。」
きっちりと礼で応えてみせる。門はすぐに開き、シェナを迎え入れた。

広々とした庭は、以前来た時より余裕を持って見ることが出来た。興味の赴くまま寄り道していたお陰で、館に到着した時には既に主人に話が行っていたらしい。
「・・・なんだその格好は。」
通された部屋に、偉そうに入ってきたレムオンは、開口一番そう言った。
「なんだ、って。いつもの格好だけど。」
動きやすい緑のワンピースにクロースにベルト。ひざの上には最近愛用している拾い物の斧。
どこかおかしなところでもあったかと、自分の格好を見直してみるが、やはり特に異常はない。
「どこか変かい?」
「すべてがおかしい。とりあえず、その斧は何だ。」
「私の武器だよ。」
本当は鎌や鋤や鍬の方が慣れているのだが、それは武器にはなっても武器とは言わない。木の柄を持つ質素な手斧のような形状の斧は、武器と呼べてなおかつ慣れのある、格好の武器だった。
レムオンの眉間にしわがよった。
「・・・お前、剣はどうした?」
「剣?懐かしいね。ボルボラとやりあった時折れてそれっきりだよ。見てただろ。」
ノーブルにいた頃、自衛に使っていた武器は片手剣だった。何かの時に知り合った冒険者から古いものを譲り受け、研ぎなおして使っていたのだ。とはいえ、魔物と化したボルボラには歯が立たず、途中できれいさっぱり折れてしまったのだが。正直、目の前に居る人が助けてくれなかったら、想像したくない結果が待っていただろう。
「で、せっかくだから、色々使ってみたくてさ。今のところコレが一番」
「斧以外にしろ。」
最後まで言う前にさえぎられた。
「なんでだい。あのアンギルダンのじっちゃんだって斧使いだよ。立派な武」
「身の程知らずが!あの名将アンギルダンとお前ごときを同列に語るな!」
反論は頭から怒鳴られ、さえぎられる。
「お前の斧の扱いは、どこからどう見ても農民だ。」
「そのうち上手くな」
「それなら、さっき庭で何をしていた?俺には薪割りをしているように見えたのだが。」
再度さえぎって言われた言葉は、予想の範疇外だった。
「な・・・なんでそんなことまで見てるんだい!?」
「たまたま外を見たら目に入った。俺はてっきり庭師が見習いの娘でも連れてきたのかと思ったがな。」
さっき。広々した庭を寄り道していたその途中。
軽く挨拶をした庭師の親爺とそのまま談笑になり、手に持った斧の手入れの仕方から薪割りの効率のよいやり方、剪定時の斧の扱いなど一通り教えを受けたのは、館に入る少し前の事だ。
庭師は、自分のことを下働きの女だと思ったらしい。そして自分は特に否定もしなかった。そのお陰で得られた心地よい時間だったというのに、油断も隙もありはしない。
あわてた心を落ち着ける。何も自分はやましいことはしていない。
「・・・それがどうしたんだい。親切だし腕は良いし、いい親爺さんだったからね。そりゃ話だって弾むさ。」
そこまで言ってから、すっと背筋が冷たくなった。冒険者になってから、縁遠くはなっていたのだが・・・貴族と平民の間には圧倒的な格差がある。貴族の気まぐれで命を奪われた人間の話は、ありふれすぎていて新鮮味を持たない域なのだ。
「まさか、親爺さんをどうこうするとかいうんじゃないだろうね?」
問うと、冷たく答えが返ってきた。
「そんな事はしない。
 だがな、お前が使用人に溶け込んでどうする。あの様子を他の奴らに見られた日には一遍で出自がバレるぞ。」
最初の一言に胸を撫で下ろし、次の言葉で機嫌が急降下した。
「ふん。大体最初から大嘘だって、気づいてない奴がどこにいるんだい。」
少なくとも、王と王妃を含め、あの日王宮に居た人間は皆気づいていたはずだ。緊張しながらでもそれくらいはさすがに感じ、居心地の悪い気分を味わったものである。
「気づいていない事にしている奴も、気づいていない奴も大勢居る。
 大体、気づいている居ないは問題ではない。お前の正体を他の奴らが証明してしまえば、お前は貴族を騙った科で処刑されるからな。
 そして、その時はお前の弟も無事では済まない。」
言葉は嫌味なほどに淡々としている。それでも、チャカを引き合いに出されると、それ以上の声は出なかった。
「どこで誰が見ているか解らん。これ以上出自を疑われるような事はするな。言葉遣いや所作にも気を配れ。あくまでも貴族でいろ。斧を担いでのし歩くなど論外だ。そして、今のお前には全てが欠けている。」
言われた事を反芻するまでもなく、結論は出てくる。
「要は、こっちに来なければいいんじゃないか。」
「誰もそうは言っていない。冒険者をやっているとはいえ、あまりに寄り付かないのもそれはそれで不自然だからな。」
言い返され、思わず舌打ちがもれた。
「そりゃ窮屈な事だね。」
「死ぬよりはマシだろう。わかったら即刻態度を改めろ。いいな。」
頭から言われても、ため息しかでない。
「・・・わかったよ。」
「俺は即刻態度を改めろと言った筈だ。」
不機嫌な返事には、間髪いれずに指導が飛んできた。
向き直っても無表情のレムオンを、ぎり、と睨みつける。
「わかりましたっ!」
「・・・先が思いやられるな。」
冷たく、淡々とした反応。
「・・・・・・・っ!」
言い返したいが言葉が出てこない。睨みつけ、必死で言葉を探していると、部屋の扉が叩かれた。
「誰だ?」
「僕だよ。入っていい?」
聞こえてきたのはエストの声。嬉しい事に帰ってきていたらしい。力がふっと抜ける。
「エストか。入れ。」
レムオンの返事とともに扉を開けたエストは、こちらを見ると嬉しそうに笑った。
「やあ。シェナもいたんだね。」
ほっとしついでに元気に頷く。ひざの上の斧をソファに預け、席を空ける。
「うん。こんにちは、エスト兄さん。研究は順調かい?」
エストは隣に座ると、楽しそうに頷いた。
「うん、まずまずってところだよ。シェナは、冒険者の仕事はどんな感じ?」
「私はまだ駆け出しだからね。郵便配達とか近場の採集ばっかりやってるよ。
 あ、でも、この間行った飢えた者の迷宮ってとこ、何かの遺跡みたいにしてたっけ。」
「ああ、あれか。僕もよく調査に行くんだけど、なかなか面白い遺跡なんだよ。」
「へえ。エスト兄さんがいたら、あそこについて色々聞けたのかな。」
「お望みとあればいつでもどうぞ。僕はシェナのお兄さんだから。」
おどけた様に一礼するエストに、思わず笑みがこぼれる。
「あはは、嬉しいねえ。じゃあ、期待してるよ、エスト兄さん。」
「うん、任せてよ。」
あははは、と二人で笑いあう。
「ね、兄さん。『兄さん』て呼ばれるのってなんか嬉しいね。」
エストは、ひょいっとレムオンの方を振り返った。
「・・・俺にはお前が居るからな。慣れてしまってどうも思わん。」
淡々とレムオンは首を振る。
「そんなもんかなあ。」
「そんなもんだよ。私も姉さん呼ばわりされても特に何も思わないし。」
シェナもぱたぱたと手を振って否定する。エストは少し首をかしげ、・・・そして、またにこりと笑った。
「でも、僕はやっぱり嬉しい。だから、これからもよろしくね、シェナ。」
「うん、それはもちろんだよ、エスト兄さん。」
素朴に笑われると、こちらもほっと笑える。エストのこれは何かの才能かもしれない、とすら思ってしまう。
が、そんな余韻はあっさり削れた。
「シェナ。」
「何だい?」
名を呼ばれ、レムオンのほうを振り向く。少々険が入ったのは、自分でもどうしようもなかった。
返事をしたのに、レムオンはまた黙っている。
何かあるのか、と口を開きかけたところで、レムオンは苦々しそうに口を開いた。
「・・・言葉遣いがまた崩れている。」
「まだやるのかい?」
舌打ち交じりに聞き返すと、冷淡な答えが返ってくる。
「常にやれ。慣れていないとすぐボロが出る。」
「・・・・・・・・・。」
言い返さない程度には経緯を理解していたつもりだ。
それでも正直、うるさい細かい面倒くさい。そう思った。
大体、自分はなぜここに居てなぜレムオンに頭から怒られなければならないのだろうか。
確かに、命を救ってもらった恩はある。生きるためには、これくらいの事は耐えろとも言われたし、死ぬよりマシだとは思っているし、世話になっているという認識もないわけではない・・・一応。
だが、そもそもこの領主様らしきものがしっかりしていて、ボルボラなんてものが出てこなければ、平和にノーブルで農民生活を送っていられたはずなのだ。おまけに、必死の思いで計画し準備した反乱は、エリス王妃とレムオンの権力争いのダシにされていたという、人の努力を綺麗さっぱり裏切る真実まである。
反乱を起こさせるために圧制を指示したというエリス王妃は許せないが、それを反乱がおきるまで放置していたレムオンにも責任はあると思う。村人や畑を何だと思えばそういう真似ができるのか、正直シェナには理解不能だ。
無言のうちに思考は転がる。だが、どこに転がっても拾ってくるのは苛立ちばかりだ。
「シェナ、頑張って。」
ぽんぽん、と肩を叩かれて、は、と我に返る。気がつけばエストが小さく笑ってこちらを見ていた。
息をつく。意識を切り替える。エストに罪はない。
「ん・・・はい、頑張ります。」
経緯がどうあれ・・・全ては過ぎた事だ。もう賽は目の確認もできないところまで投げられていて、シェナに今できる事は、精精自分と弟の身を守るため必死になる事くらいである。
「その言葉、忘れるなよ。」
背筋にひやりとくる、冷淡な声。何が悲しくてこいつの言う事を聞かなければならないのだろうか、と思う。しかし、命は掛かっているし、自分だけの話でもない。
「アンタの言いなりになるのは癪だけど」
そこまで言いかけて、言い直す。しとやかにしとやかに。きっとそれを望まれているのだろう、多分。
「あなたの言いなりになるのは本意ではありませんが、生きるためには仕方ないと思う事にします。」
丁寧に丁寧に。それで道が開けるのなら、ちょっとくらいは耐えられると思う。
「どうぞ、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。」
しかし、・・・言えば言うほど、何か腹にどす黒いものがたまっていくような気がする。おまけに聞きかじりの慣れない言葉を操っているせいで、舌が今にもつりそうだ。
「・・・シェナ。」
エストから声を掛けられて振り向く。
「頑張ってるのは解るけど、それ、皮肉か嫌味にしか聞こえない。」
そんな苦笑い。何か間違っていたのだろうか。
「・・・特にそういうつもりはなかったんですけど、どこか間違ってましたか?」
「うん、そうだね。ええと、なんというか・・・とりあえず、僕は元の話し方のほうが好きだな。」
エストはやはり常にこちらの味方で居てくれている・・・気がした。少しだけ、肩の力が抜ける。
「私も、そっちが楽です。こう話すのは慣れていないので、今にも舌がつりそうです。でも、続けるもやめるもレムオンの気分次第でしょうね。」
肩をすくめ、盛大にため息を吐きそうになって息を止めた。
思い直して、上品にしとやかに。小さく息をついてみせる。
「・・・・・・それだけ嫌味が言えれば十分か。」
そんな嫌味たっぷりの言葉に、かっと血が上った。
「嫌味じゃなっ・・・!
 ・・・嫌味ではありません。私は私なりに努力してます。」
途中で思い直して、言い直す。エストも一緒に頷く。
「兄さん、シェナは素だよ。わかるでしょ?」
「それだけに性質が悪い。普通に話すだけでいらん敵が増えていきそうだ。王宮に連れて行けば毒舌女と噂されるのもそう遠い話ではないだろうな。」
「っ!」
言葉より何より先に、とりあえず手と足が出ていた。
衝撃。手ごたえあり。
「あんたにだけは言われたくないよっ!」
頬を抑えているレムオンに怒鳴りつける。
「シェナ、落ち着いて。」
エストに引っ張られて、我に返った。
「ああ、・・・大丈夫。ごめん。」
テーブルに載せた片足を下ろし、再びソファに腰掛ける。
「・・・兄さん、大丈夫?」
心配げに聞くエストに、レムオンは軽く頷いた。
「ああ。・・・全く、とんだじゃじゃ馬だな。最初から覚悟はしていたが・・・。」
「半分以上兄さんが悪いと思うけど。」
とりあえず冷やせるものもってくるよ、とエストが席を立つ。
「殴られるような事言うからだろ。大体最初から思ってたけど、アンタ一々失礼にも程があるよ。わざとだって言うなら直して欲しいんだけど。」
思い出される初対面の時。こっちの名前がわからなかったからだろうが、それでも「女」「女」と呼ばれ、少々イラっと来たのは記憶にばっちり残っている。
「残念ながらこれが素だ。あきらめろ。」
いらだつほどに淡々と答えるレムオンに、半眼で言い返す。
「それならこっちだって、これが素だよ。でも、私はそれなりに努力して見せた。
 アンタだって少しくらい努力して見せてもいいんじゃないかい?」
レムオンは軽く肩をすくめた。
「よく言う。ものの数分も保たなかったというのに何が努力だ。」
「アンタは一秒だって努力してないじゃないか。」
数秒の沈黙。
「なるほど、物は言い様だな。」
そして、レムオンは一度目を閉じ、また目を開けた。
「・・・今までの非礼は詫びよう。」
聞きなれない言葉に、思考が凍りつく。
「お前に早くこの環境に馴染んで欲しくてつい厳しく当たってしまった。許してくれ。」
そう言って、レムオンは丁重に頭を下げる。
・・・この人、本物なんだろうか。それとも実は何か別の?・・・などと思ってしまうほどに現実味が一気になくなっていく。次元の狭間にでも飛ばされたような気分だ。
「お前が嫌がっていることはわかっていた。しかし、それでも俺はお前にここにいて欲しかった。」
そういって、シェナの両手を取る。凍りついた思考にヒビまで入った。
何と言えばいいのかわからなくなり、その間も頭を下げたままのレムオンにさらに混乱し、頭の中はパニックだ。
「あ・・・ええと、・・・その、頭上げてよ。」
やっとの事でそれだけ搾り出す。
「・・・すまなかった。お前はここに馴染めるような女ではなかったのに、俺の我侭で辛い思いをさせたな。何と詫びればいいのか。」
それなのに、頭は一向に上がる気配を見せない。混乱はさらに深くなる。
「・・・いや、その、そんな事気にしないでいいって。わ、私もなるべくその、一応お世話になってる身だし、その、御屋敷とかにも慣れるようにするから。馴染めるようにするから。だからさ、顔上げてってば。」
あわあわと、あせるままに言葉を口にする。
「・・・そうか。慣れるようにする、か。」
その言い方がひっかかった。何か、こう・・・なじみがある言い方。
そして、ゆっくりと顔を上げたレムオンのその表情に、小さな笑いを見た瞬間、シェナは己の失敗を悟ったのだった。
「その気になってくれたなら丁度いい。明日、王宮で会食が行われる。付いて来い。」
偉そうなその話し方は常の態度と同じ。ほっとすると同時に我に返る。今、レムオンはとんでもない事を言っていた。
「嫌だよ。なんでそんなことに付き合わなきゃならないんだ。」
即答。取られた手を振りほどこうと手を動かす。
「こちらに慣れる、といわなかったか?格好の機会だろう。」
しかし、手は離れてはくれない。むしろきつく握り締められる。
「私がそんな場に」
「はい、頑張ります。」
かぶせられた覚えのある言葉に、ひき、と顔が引きつるのがわかった。レムオンはそんなシェナの様子にかまわず先を続ける。
「・・・と、さっきそう言っていたな。お前の事だ、二言はなかろう。」
「・・・・・・・・・・・。」
言い返すポイントを探す。
「ならば精精『頑張って』礼法を覚えて『頑張って』ボロを出さず付き合ってもらうとしよう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、いくら探しても錯綜している頭の中は答えをはじき出してはくれなかった。結局、好き勝手な言葉の続きを黙って聞くことになる。
「ここのところ、お前を一目見たいという申し入れが増えていてな。いい加減あしらうのも面倒になってきたところではあるし、一度公の場に連れて行かねばならんと思っていたところだ。
 その気になってくれたようで俺としても助かる。」
努力というものもしてみるものだな。
そういいながら、レムオンは笑った。
掴まれた両手は動かない。舌打ち一つ。自由な足で蹴りに入る。
「ほう、足癖も悪かったのか。」
片手で止められた。力が緩んだ隙に、レムオンの手から自分の両手を取り返す。そのままストレート。
「二度も喰らうはずがなかろう。」
軽く避けられ、拳はソファにめり込んだ。
「大した役者だね。二枚舌って言うんだっけ、こういうの?」
息をつき、半眼で睨む。レムオンは、いいや、と首を振った。
「人聞きの悪い事を言うな。別に騙したわけではない。言い方を変えただけだ。」
余裕の態度がさらに腹立たしい。
「しかし、こんなにあっさり引っかかるとは・・・お前、単純にも程があるぞ。」
「るさいっ!」
もう一度ストレート。パシッと音がして、今度は受け止められる。
「もしくは度を越したお人よしか。」
受け止められた手が動いてくれない。利き手ではないもう片方でフック。やはり止められる。次は・・・
「入るよ。」
がちゃり。唐突に扉が開いた。身体が一瞬固まる。
「兄さん、シェナ・・・何やってるの。」
見てみれば、声の通りエストだった。水に濡らした布を捧げ持つセバスチャンも一緒に入ってくる。
「兄妹の会話というものを試みていたところだ。シェナと話すとなぜか知らんが運動になってな。」
固定されていた両手は、軽く勢いをつけて離された。バランスが崩れ、そのままソファに押し戻される。
「レムオン様、お加減は如何でしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。すまんな。」
レムオンは、布をセバスチャンから受け取ると、それを片頬にあてた。
「セバスチャン。シェナが、明日の会食へ出席するそうだ。
 時間が無くて大変だろうが、なんとか連れて行ける程度にしてやってくれ。」
「・・・は、かしこまりました。
 よろしくお願いいたします、シェナ様。」
セバスチャンは、頷くとこちらに向かって一礼する。
「・・・・・・・・・・・・・・うん。よろしくお願いします。」
レムオンを殺せるほどに睨みつけたところで、もう逃げる事は出来そうに無かった。



結論から言えば、自分は相当には耐えたと思う。
ばかばかしい、と思いながらも、それなりには覚えた、と思う。
代償は、気持ちのいい買物日よりな午後。あっという間に過ぎ去ってしまった。それと宿には戻れないと連絡を入れる羽目になったこと。逃げるのを警戒されてか、とうとう外に出してもらえなかった。さすがに心配されているのではないか、と思う。
そして今、シェナは、暗い部屋の中、ふかふかしすぎて腰を痛めそうなベッドに腰掛けていた。
一度は寝ると決めて寝たのだが、どうにも眠れない。途中ですぐ目が覚めてしまう。
・・・なんで、ここに来てしまったんだろう。
解は自分が知っていた。
今日来た理由は大したことではない。
以前来た時に、なるべく頻繁に顔を見せるように言われたからであり、あまり心配を掛けるのも悪いか、と思ったからだ。前回・・・半年振りに顔を見せたら、その後午後いっぱい怒られた記憶はあまりにも生々しかった。ちなみに今回は、前回から数えれば3週間ぶりだったりする。結局文句をつけられたわけだが。
部屋に置かれた荷物に目が行く。一緒に持ってきていた斧は結局取り上げられてしまった。荷物が揃えば逃げられるとでも思ったのか、それとも斧自体が気に食わないのか。拾い物で元手はタダだったのだが、なんとも悔しい。
ため息一つ。
あの荷物の中には、もう一つ、持ってきていたものがある。しかし、このままならきっと、荷物の中に埋もれるだけだろう。それはそれで別にかまわないのだが、何かこう・・・残念だ。
窓に近寄る。大きな窓にかかった分厚いカーテンを開けると、月の光が差し込んできた。真上より少し西に傾いた、満月。深夜どころか、日付はとうに変わっている。
月は明るいが、今起きているのは自分くらいだろう。太陽と共に生活していた昔が懐かしい。
窓を開けて、冷たい空気に身をさらす。同じ空気を吸っているはずなのに、なぜこうも違うのだろう。
一息ついて辺りを見回してみた。見えるのは広い庭と高い塀、明かりの消えた屋敷の窓ばかり。・・・と思っていたら、一つだけ明かりがついていた。
その部屋にいるその人は、シェナと同じように窓を開けて、同じように月を見ている。こちらには気づいていないらしい。
明かりに照らされて見えるその姿。寝巻きに着替えているわけでもなく、片手に持った書類と思しき紙束からするに、まだやる事があるのだろう。
・・・・・・・・・。
あれで大変なんだ。そう思った。
窓を閉め、カーテンを閉める。
荷物に目をやり、窓に目を向け、少し考える。
そして、一つ頷いて荷物に手を伸ばした。中からそれを引っ張り出す。
両手に収まるくらいの、心ばかりの装飾のされた包み。・・・手ぶらで行くのもなんだし、と持ってきていたのに、結局言い合いに終始した昼間には渡せなかった、お土産。
・・・真夜中に働いている姿を見た。それだけだ。でも、それだけで少し、レムオンに対する気持ちは軟化した。
今だったら、自分が落ち着いていれば・・・案外喧嘩にはならないかもしれない。そうも思う。
本来なら明日渡す方がいいのだろう。しかし、明日は会食だ。その後だとまた喧嘩になるような気がしていた。
カーテンを少し開け、明かりを確認。まだついている。場所は、突き当たり右、1つ行ったところ。
起きているのなら今のうちに渡してしまえ。シェナはそれを実行すべく、部屋の扉をゆっくりと開けたのだった。

暗い廊下は、思ったよりも寒かった。
「こんばんは、起きてる?」
目的の扉を軽く叩く。
「・・・何の用だ。」
返答は無愛想な聞きなれた声。部屋を間違えはしなかったらしい。
「渡したいものがあったんだけど忘れててさ。入っていいかい?ここ寒いし。」
「・・・ああ。」
扉をあけると、廊下よりは少しだけ暖かかった。
おじゃまします、と中に入る。
机についていたレムオンはこちらを見て一瞬固まり、深々とため息をついた。
「真夜中に夜着姿で男の部屋を訪れるとはな・・・少し常識をわきまえたらどうだ?」
「ああ、そういうものだったんだっけね。ごめんごめん。」
感覚としてそれはキレイに抜けていた。
「どういう暮らしをしていればそこまで無頓着になれる?」
「んー、夜は雑魚寝が基本だからね。自分の部屋なんてなかったし、あんまり考えた事無くてさ。」
レムオンはがくりとうなだれると、額を支えるように指を当てたままこちらを見る。
「で?こんな真夜中にわざわざ俺に渡すものとは何だ?密書でも持たされていたのか?」
シェナはぱたぱたと手を振った。
「いや、そんなんじゃないよ。今日はお土産渡そうと思って来てたんだけど、お昼に渡すの忘れててさ。」
「・・・土産?」
聞き返すレムオンに、ほら、と包みを渡す。
「うん。色々回ってるからせっかくだし、って思って。あ、大したものじゃないけど。」
「・・・そんな真似もできたのか。意外だな。」
意外。それはそうだ。セバスチャンとの約束で屋敷に行かなくてはならなかったが、理由もなしに訪れるのが気が引けて、・・・自分への言い訳のために思いついたのがお土産だったというだけの事。
「まあ、単なる気まぐれだよ。」
そう、お茶を濁す。これだって別に嘘ではない。
中身を確認したレムオンが一つ取り出したものは、珍しく個包装された透明な飴玉だった。
「でも、こんな遅くまで仕事してるなら、丁度よかったかな。
 結構疲れ取れるから、夜食にでも使ってよ。味はよかったよ、甘酸っぱくて冷たくてさ。」
「アキュリュースか。」
レムオンはそう呟いて、小さく笑う。その表情が少し嬉しかった。
「よくわかったね。」
「素材と見た目から大体の見当は付く。」
さらりと言うその言葉は、少し新鮮な驚きを運んでくる。
「へえ、すごいね。
 色々回ったけど、これは当たりだったなって。美味しかったから私も自分用に買ったんだ。」
ポイントは、嵩張らない、日持ちする、安上がり、アキュリュース限定、味のよさ。冒険者仲間には「お前の収入ならこれくらいだろう」と言われたものだが、あれは親切だったのかからかわれていたのか判然としないところ。
「他に、どんなところに行ってきた?」
問われて、記憶をまさぐる。
「どんなところって・・・んー・・・北はアルノートゥン、東はウルカーン。西はアキュリュース。エンシャントにリベルダム、テラネ。大体回ったかなあ。あ、エルズとアミラルはまだ行ってないね。あと、ロセンは鎖国中で入れなかった。入ってない遺跡とか森とかはまだまだたくさんあるし・・・」
指折り数えても、結論はうまく出てこない。
「世界は、広いか?」
不意に問われて、目を見開く。しかし、それに対する答えはあった。
「うん、広いよ。それに、良くも悪くもびっくりする事ばかりだね。面白いといえばそうだけど。」
即答で頷くと、レムオンは満足げに笑った。
「そうか、・・・面白い、か。甘い答えだが、悪くない。」
「どういう意味だい?」
聞き返しても、レムオンはくすくすと笑って首を振るだけだった。
「・・・また、お前の見た世界を聞かせてくれ。俺はここを動けないからな。」
「うん、わかったよ。」
笑って頷いて、・・・そして、机の上の書類に目が行った。つい長居してしまったことにハタと気づく。
「・・・用事はそれだけだったんだ。夜中だってのに邪魔したね。」
そういって、一歩下がる。そのまま踵を返そうとして、思い直してまた向き直った。
「・・・もう遅いから、あんまり無理するんじゃないよ。お休み。」
言って、今度こそ踵を返す。扉へ向かうと、後ろから声が追いかけてきた。
「シェナ。」
「何だい?」
ひょい、と振り返ると、小さな飴玉を差し上げたレムオンが目に入った。
「ありがとう。」
「!」
驚きで、ぴし、と身体が固まった。ただ、その後にくるのはじわじわとした喜び。
「どういたしまして。今度はもうちょい高級なもの持ってこれるように頑張るよ。」
自然、笑みがこぼれる。レムオンが一つ頷いた。
「ああ、待っていてやる。・・・お休み。」
声を聞いて、一つ頷いて、扉を閉める。
・・・なんだ、やればできるじゃないか。
任務完了、扉の外で一息。なんだか心が少し軽くなった気がした。
うす寒い廊下を駆けて、部屋に戻る。
・・・よし、寝る!
一つ気合を入れ、シェナは再度ベッドにもぐりこんだのだった。


翌日。
「武器返せっ!」
「あれは武器とは言わん。お前の使い方を見る限り、どう見ても薪割り道具だろうが。」
愛想良く礼儀正しく王宮での会食を片付けた二人は、リューガ邸に戻った途端に喧嘩になり、エストとセバスチャンを盛大に呆れさせたという。
「私は武器にしてるんだ!返せ、仕事できないだろ!?」
「だから、あれ以外を使えと言っている。」
ドレス姿で格闘する娘と、それを軽く受け流しつつ火に油を注ぐ青年の図は、見た目には非常に華やかだった。しかし、被害のほどはセバスチャンのため息の重さに滲み出ていたとは、リューガ邸での語り草になったという。
そのあおりを食ってか、喧嘩の原因の斧は結局シェナの元には戻らなかった。
やむを得ず拾い物のナックルに装備を換えた娘は、後に『豪腕の炎』なる二つ名をつけられ、兄と弟を大いに嘆かせる事になるが、・・・それはまた別の話である。




称号は畑から始めると有無を言わさずノーブル伯なんですが、最初に冒険者登録した時、何てサインしたんだろうな・・・とふと思いました。
本名で登録したら、お尋ね者まっしぐらなはずなんだけど。主人公はなんとなればリューガ姓名乗れるけど、チャカのほうがちょいと謎だ。
それに、あの経緯で堂々とリューガ姓名乗りたくは無いと思うんだよな。チャカも居るから余計。

なんか、関係ないことになったけども。
・・・義兄上と妹さんは、本当にちょっとずつ歩み寄っていたんじゃないかな、とか思ってます。
最初は偶然とかエストとかの手を借りなきゃならないくらいだと思うけど。
あと、序盤は本当義兄には歯が立たなかったんじゃないかと思う。Lv差が(汗)・・・だから、半ば遊ばれていたのかもな、という不思議な妄想。
ともに歩む同志が欲しいとは言われたけど、エリスは確かににくったらしいけど。正直な話そんな簡単に同志になんてなれるもんか、勝手なこといいよってからにアンタだって同罪だ、が私の基本スタンス。ボルボラ派遣して放置してやがった罪は重い。
他スタートならまだしも、畑スタートだとそれが強いような気がします。というか、一番義兄上と険悪なスタートじゃなかろうかと勝手に思ってます。でも、一番対等な態度取れるスタートでもありそうな気がする。そのバランスがちょっと楽しいかなあ、と。
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