Zill O'll TOP

来訪者

月のない夜は憂鬱だ。
すべてをなかった事にして眠りたくても、身体に流れる血はそれを許しはしない。
押し隠している本能が目覚め、激しい飢餓が身を襲う。やり過ごす方法は、飢餓のままに人の生気を吸い尽くすか、ただひたすら耐えるか。嫌な二択であるが、彼は大抵……ここ最近は刺客のような者もこなくなった事であるし……後者を選択していた。選べば待っているのは一晩の地獄なのだが。

今日もまた、月がない。彼はまた一晩の地獄を選択し、歯を食いしばり、その飢餓感……吸血衝動に必死で耐えているところだった。

がた、ことん。窓の外に何かの気配がした。飢えた体は本能的にそれが何かを察知しようとする。
がた、たん、とん。軽快なリズムを刻む足音らしきものは、猫にしては音が重い。久しぶりの獲物かと、本能が色めきたつ。だが、心はそれを嫌悪し、理性はそれを抑えようと必死だ。
そんなこちらの都合は知らず、気配は、部屋のテラスに到着した。
「レムオン、開けて。」
どんどん、と窓が叩かれる。忘れようはずのない声が聞こえてくる。
「シェナ?!」
驚いた。久々に聞いた、聞きたかった声だった。すぐに窓に近寄りそれを開ける。
テラスには、案の定、数ヶ月前どこぞに旅立ち……そして行方をくらましたはずのシェナが立っていた。
「こんばんは。久しぶ」
すべて言う前に抱きしめる。シェナの言葉がとまる。
「もう帰ってこないかと思っていた。
 …………久しぶりだな。無事で何よりだ。」
「……ん、元気そうで安心したよ。」
こてん、と頭を預けられる。その感覚がまた懐かしい。いつまででもこうしていられそうな気がする。

……ドクン

鼓動が、内側から響いた。思わず声が漏れる。
抱きしめたその首筋に目が行った。やわらかそうに見える。生気溢れるシェナの姿はそれだけで魅力的だ。……食べ物として。
自分の思考にぎょっとした。慌てて突き放す。
「うわっ!?ちょ、どうしたんだい!?」
たたらを踏んで、シェナは驚いたように声を上げる。
しかし、一度食べ物として認識してしまうと、なかなかその認識は消えてくれない。
「……すまない。…………だが、何しにきた。よりによってこんな日に。」
獲物獲物、と色めきたつ本能を押さえつけ、問う。
「久々に寄ったから様子見に来たんだよ。今夜は月がないからさ。」
口調は軽い。声は重い。どうやらわかっていて来たらしい。
「……わかっているならさっさと立ち去れ。今の俺に近づくな……頼む。」
「また今更な事を言うね。」
シェナは手に持った荷物を放り出して肩をすくめた。
そのまま、ひょいと距離を詰められる。レムオンは一歩下がる。また距離が縮まる。彼はまた一歩下がる。
「往生際悪いよ。」
三歩目。距離を詰められると同時に、手を取られた。
「今夜は付き合う気で来たんだから、逃げないで欲しいんだけど。」
ぎゅ、と腕を掴んでそう言う。
「…………お前、今何をしているのか解っているのか。」
餓えた獣の前に獲物が釣り下がっている状況となんら変わらない。しかし、それに手を出すことは断じてできなかった。
力をなんとか加減して手を振り解こうとする。解けない。
「一応はね。」
今日は新月だ。本気を出せば多分解けるだろう。しかし、そうなるとおそらくシェナは吹っ飛んでしまう。……これでは拷問と変わりない。
「血だったら吸ってくれて構わない。私は標準より頑丈だし、無限のソウルとか持ってるらしいし。並みの人より保つと思うよ。」
それは、餓えた身には甘美な誘いだった。しかし、何がどうあっても受けるわけには行かない。生気を吸う……飢餓に身を任せ吸いきってしまったら、どうなるのか。とても想像したい光景ではない。
逡巡している間にも、餓えた本能はシェナを虎視眈々と狙っている。
「……危険だ。寄るな。」
「残念ながら、竜殺しの勇者シェナさんは、危険には慣れっこなんだよ。」
おどけた口調でそう言って、シェナはもう片方の腕をレムオンの背にまわした。
「きつい時は一人で耐えるより、誰かいたほうがいい。そうだろ?」
まっすぐ見つめられ、抱きしめられ、動けなくなる。……ただ、理性と本能のせめぎ合いの中、不思議な安堵はあった。こわばった体から、力が抜けていく。

また、内側から鼓動が響いた。
「……・っ!」
自分でないものが自分を侵食する感覚。抑える方に集中すると立っていられなかった。思わず手近にあったシェナにしがみつく格好になる。
「っとと。やっぱりきついんだね。」
そんな事を言いながら、シェナは見た目に似合わぬ安定感で彼を抱きとめた。
座ろう。促され、されるがままに腰を下ろす。
「……すまない。」
「気にする事じゃないよ。今日は付き合う気で来たって言っただろ。」
どうする?枕か何かしがみついとく方が楽かい?
真正面に跪き、そう首をかしげる。
「いらん!!……っくぅ……」
思わず怒鳴りつけた次の瞬間、また自分を侵食する何かが中で蠢く。
「はいはい。」
腕が背に回る。落ち着かせるように、その手は背を叩く。
「頑張りな、あと何時間かだし。」
「……お前とい……うぐぁっ……!」
発作はいきなり襲ってくる。
「わっ……ととと。」
言い返すのも跳ね除けるのも忘れて目の前の娘にしがみついた。
落ち着くまで数秒。シェナの手はマイペースに彼の背中を叩いている。
「……離れろ。」
力の入りにくい腕で、その体を押し返そうとする。
「断る。」
押し返すつもりの体はびくともしない。押し問答、実力行使になる前に、また発作が襲ってくる。
そして中断。同じことの繰り返し。
「……お前は残酷だ。」
5回目にしてあきらめ、荒い息のまま、とりあえず無駄に魅惑的に見える首筋から視線をそらした。
目を閉じる。感じるのは自分の中で暴れる本能。そして暗闇……ただ、他人の温かみに包まれているのは、確かに安心感はある。
「残酷で結構。私も好きにさせてもらってるだけだからね。」
意にも介さず、また背中を叩かれる。
「……このまま苦しめと言っている様にしか聞こえんな。」
そう、うめく。
「二人でいれば、苦しみは半分に、喜びは二倍に。そんな言葉もあるよ。」
「絵空事だ……っ!」
目をかたく閉じ、自分の中のなにかを押さえつける。もう何度やったのだろう。永遠に続き、キリがないような気すらしてくる。
「弱気だね。あの強気でプライド高くて人の意見なんて聞きゃしないレムオンはどこにいったんだか。……って、ああ、人の意見は聞いちゃいないか。」
叱るような軽口。ただ、好き放題言っている割に声は落ち着いていた。
苦しみに耐えかねてしがみつく度、はいはい、と背中を叩かれる。どうでもいいような事を、のんびりとした口調で話す。気に掛けられているのは解るが、そこまでだ。しかし、その距離が妙に心地いい。……そう、余韻に浸る前に次の発作が来るのだが。

どれくらいそうしていただろう。
衝動的な発作も、かなり頻度が減ってきた。
「もう夜が明けるよ。」
ふと窓の方に目を向けたシェナが、ほっとしたように言う。
「…………そうか。」
外を見れば、確かに空は白み始めていた。
「お疲れ様。」
ぎゅ、と抱きしめられる感触。しかし、すぐにそれは離れる。
立ち上がり、盛大に伸びをすると、シェナは大きく息を吐いた。
「ああ……。ありがとう。」
疲れきったまま、顔だけ上げて返事をすると、シェナはにっこりと笑った。そして、転がしていた荷物を手に、テラスの方に歩き出す。
「んじゃ、またね。」
後ろ向きに手だけ振って。その言葉で目が覚める。
「待て、もう行くのか?」
ふらつく身体を起こし、立ち上がる。
「うん、もう行くよ。」
シェナは、ひょいと振り返り頷く。
「行くな。」
「またまた。立ち去れって言ってたのどこの誰だい。」
軽く肩をすくめて、笑われる。
「状況が違う。大体、ここに何をしに来たんだ。」
「新月だったから様子見に来ただけだって。最初に言ったじゃないか。」
腰に手を当て、何を言ってるんだ、という風に言い返される。どこかがおかしい。
「それだけなのか。」
「それだけだよ。」
話は終わり、と、シェナは踵を返す。その手に、手が届いた。
「わっ?!」
掴み、強引に引き寄せる。
「……俺の用事は済んでいない。お前に話すことも、お前に聞きたい事も山のようにある。」
「それは……」
「手始めに、行方をくらましたお前が数ヶ月ぶりに顔を出すにあたって、なぜわざわざこんな迷惑な時を選んで来たのか聞かせてもらおうか。」
ひき、とシェナの表情がひきつったのが見えた。
「お前が行方をくらましていたとは聞いていたのだがな……もう数ヶ月になるか。チャカもお前がどこに行ったか知らないと言っていた。船着場やギルドでも見かけないと言う。そして、ディンガルの宰相がお前を必死で探していると。」
「そ、そうなんだ。」
シェナの目線が泳ぎ、その足は一歩後ずさる。レムオンは距離を詰める。シェナはまた一歩後ずさる。
「往生際が悪いぞ。」
掴んだ手をぐい、と引き寄せる。たたらを踏み、こちらに倒れこんできた身体を抱きすくめる。
「お前の事だ、大方、俺にあれこれ言われるのが面倒だとでも思ってこんな時を選んだのだろう?」
「……・・っ!」
びし、とシェナの身体がこわばった。間違いなく図星だ。
「やれやれ、まったくもって嫌われたものだ。」
そのこわばった体から、とりあえず荷物を取り上げる。
「あ、ちょっと、それは、」
「用事が済んだら返してやる。今日は付き合う気で来たのだろう?」
ずっしりとしたその荷物の中に、シェナの武器が入っているのは疑いない。
「今夜!もう朝だから無効だよ!」
荷物を取り返そうとあがくシェナを見下ろす。
「俺がお前の言う事を聞くと思ったか?」
「心の底から思ってるから返して!」
「聞けぬ相談だな。」
言い捨て、片手に荷物を、もう片方にシェナの腕をもち、ずるずると引きずるように戻る。途中で観念したのか、シェナは大人しくついてきた。
「あーもう。結局こうなるんだね。」
小さなため息。
「逃げられると思ったか、馬鹿者。」
「……いい加減悟ることにする。ここまで全敗だし。」
ぶすくれた言葉に、小さく笑いが漏れた。
「良い心がけだ。」

外がいつのまにか明るい。朝日もその姿を見せつつある。
夜は、明けた。そして、今日という時間はまだ長く……ゆっくり残っているのだった。


シェナさんのここまでのあらすじ。
未来の扉→チャカEDでノーブルに戻りにくくなる→レムオンとこに「ノーブルに住むのやめて旅出るね」と連絡しに行って以後行方不明。
いや、シャリさんに呼ばれたからすごく頑張って戦ってました@砂虫の腹のなか、とか。
そのあとうっかり道間違ってさ迷い歩くハメになったとか。
なんとかどこか着いた!と思ったら海賊砦だったとか。
そこでしばらく用心棒してたとか。
そしてある新月の夜ふと思う。あ、レム兄だいじょぶかなー。またきっつい思いしてそうだなー。久々に会いに行きたいなー。
それと同時に思い出す。そいえば自分は結構長い事行方不明扱いになってるんじゃなかろうか。
顔あわせたら怒られるなー。怒られないで済む方法ないかなー(発想が子供)
そうだ!弱ってる時なら逃げ切れるかも!よし、狙うは今度の新月の夜!
そして冒頭へ。

レムオンはラスト5〜6行分くらいはシェナさんの行動を読めてたんだとおもいます。

そして、シェナさんはまた次の新月の夜に「こんばんはー。絶不調だねえ。」と遊びに来て、レムオンに「こんな時を選んで来るな!嫌がらせか!」と怒鳴られてるといいと思います。
Zill O'll TOP