Zill O'll TOP

甘党ギャンブラー

「あっははは、これで3連勝!」
シェナが数を合わせたカードを場に放り出す。
「なんだよもうー!姉ちゃんズルしてんじゃないのか?」
そのカードをちらっと睨みつけてから、チャカはその場に持っていた手札を放り出した。
「そんなことしなくても勝てるっての。あんたが弱いだけでしょ。」
引き際判ってないし、顔にすぐ出るし。シェナはカードを軽くまとめながら笑う。
「まあ、おかげで勝てるんだけど。残りいくつ?」
がさり、と音をさせた彼女の袋には飴玉が詰まっている。チャカは、自分のしぼんだ袋を振り回して答えた。
「5つ。・・・姉ちゃんに2つだから、3つになるな。」
「じゃ、この辺で勘弁してやるかな。また買っときな。」
たん、とカードを揃えて、チャカのほうに手を伸ばすと、チャカは頬を膨らませてそれを渡した。小さな紙でリボンのようにくるまれた飴玉が2つ。
「くっそー・・・姉ちゃん、そんな飴玉ばっか食ってたらそのうち太るぞ。」
「いいの、その分私は動いてるからね。」
敗者の言葉はそよ風のささやき。さらりと受け流して、戦利品を自分の袋に入れる。今日の収穫は飴玉20個。
野宿の暇のちょっとしたカードゲーム。今日は調子が良かったようだった。
「さーて、いい感じにおやつも手に入ったし、もういい時間だし。チャカ、先に寝な。」
「俺が先?姉ちゃん先に寝てていいのに。」
野宿時の見張りは基本的に交代制である。この時間に寝れば、次に起きるのは夜明け前。
「いや、目、冴えたし。おやつもあるから私が見てる。」
先ほどの飴玉入りの袋を指すと、チャカも首をすくめて頷いた。
「わかった。んじゃ、おやすみな。」
「ん、おやすみ。」
チャカは、もぞりと荷物置き場兼寝床へ向かう。それを見送って、シェナはひとつ息をついた。
先ほどチャカから巻き上げた飴玉をひとつ、口の中に放り込む。さて、と伸びをしようとしたところで、暗がりから声が掛かった。
「・・・シェナ。」
「!」
伸びきらない体を一瞬こわばらせて、シェナは腕を下ろす。
「なんだ、起きてたのか。」
低い声の方を振り向けば、銀髪の男がこちらを見下ろしている。
「ああ。今の時間からだろう?」
男・・・レムオンは、そう言うと焚き火の傍に腰を下ろす。
「うん、一応。でもまあ、起こさなくてもいいかな、って思ってたとこだよ。」
「過信は己を滅ぼすぞ。」
視線は焚き火を向いたまま。ただ、そのそっけない一言は、棘より気遣いの方が感じられて、少々バツが悪かった。これでは言い返せない。
レムオンは、言葉に詰まるシェナをチラリと見て、焚き火の方に視線を戻した。
「・・・チャカと騒いでいたようだが、何をしていたんだ?」
「え、・・・ああ、もしかしてそれで起きたのかい?」
レムオンのほうに視線を向ければ、またしてもそっけない言葉が返ってきた。
「いや。目が覚めたらお前の高笑いが聞こえてきただけだ。」
言葉の端に小さく意地の悪さを感じる。
「そりゃ悪かったね。」
少しむくれながら、手元に揃えているカードを一枚見せる。
「ほら、これ。」
それは、少しボロが出ているがどこにでもある遊戯用のカードだった。ルールも、カードの数字の合計を比べるだけのシンプルなもので、ノーブルのような田舎でもよく知られている。
「飴とか小さいもの賭けてさ。見張りとか暇な時にやってるんだよ。」
「それで、弟をカモにしていたのか。」
そう言ってレムオンは笑う。それにシェナはまたむくれる。
「カモってわけじゃないよ。ただチャカって、これ好きな割に弱いからね。」
ちょっと物足りないかな。そう、肩をすくめて見せる。
「余裕だな。」
「まーね。こういうの嫌いじゃないし。その気があるなら相手になるよ?」
冗談めかして、ひらりひらりとカードを振る。
「よく言う。・・・まあ、暇つぶしにはなるか。」
相手になってやる。
その言葉は、少々意外と言えば意外だった。相手になる、と言っておいて何なのだが。シェナは眉を寄せて聞き返す。
「・・・できるのかい?」
言外には「大貴族の当主が」という言葉が滲む。しかし、返事は簡潔だった。
「一般常識の範囲内だろう。」
「・・・ならいいけど。じゃあ、お相手願おうかな。」
そう言って残りのカードに手を伸ばす。
カードを切りながら細々したルールを確認し、手札と、チップ代わりの飴を分ける。
「お前が先でいい。」
「わかった。んじゃ、いくよ。」
暇人二人の暇つぶしは、こうしてゆるく幕を開けた。

・・・はずだった。
1時間後。
「これで連敗記録更新か。」
レムオンが無造作に放り投げたカードは、見事に規定の数をたたき出していた。
「・・・なんでそんなに強いんだい・・・?」
自分の手札とレムオンの顔を見比べて、シェナはうめく。
「俺が強いわけではない。お前が弱いだけだ。」
手持ちのチップもとい飴玉は、既にない。最初こそ齧りながらゲームができていたのだが、今では完膚なきまでにレムオンに巻き上げられてしまっている。
「もう少し頭を使え。勘だけで勝負できると思うな、馬鹿者。」
「そんな事言ったって、最後にモノいうのは運だろ、こういうのって。」
言い返したものの、それはあっさりと鼻で笑われた。
「ゲームが進めば次に出てくるカードもある程度は予想できるものだ。それすらしないのなら、頭を使っていないといわれても仕方なかろう?」
シェナに黒星が付く毎に、手加減がなくなっていく。今となっては、レムオンの言葉からは容赦というものが完全に欠落していた。
「大体、いいカードを引き当てたところで、お前のように素直に表情に出していれば意味は無いな。」
「あ・・・アンタと比べないでほしいね、鉄面皮。」
「表情を隠すのは、駆け引きの基本だ。違ったか?」
精一杯の嫌味は、意にも介されず受け流される。
「・・・・・・・。」
言い返せない。ゲームでも言葉でも見事に完敗だった。
レムオンの傍の飴玉をにらみ、シェナは唸る。
「まあ、こういうものはただの技術に過ぎん。知識があればなんとかなる程度のものだ。」
向き不向きはあるだろうがな。レムオンはそう言って飴玉を一つシェナに放った。
「・・・・コツとかあるのかい?それって。」
唸るように訊ねると、レムオンはこともなげに頷いた。
「あるといえばある。後は慣れだ。もっとも、お前に教えてやるほど俺は親切ではないがな。」
「なんでさ、ケチ。」
飴玉を開けながらシェナがむくれると、レムオンは笑いながら言う。
「言ってお前に簡単にわかる種類のものではないからな。
 それに、俺としては、お前に確実に勝てるものを何でもいいから持っていたい。」
後の言葉は、本音と自嘲と苦笑いと何かが少し、混ざっていた。しかし、その気持ちはなんとなく理解できる。シェナは飴を口に放り込み、一つ息をついた。
「本当に正直だね。・・・私は、チャカにそれは絶対言えないよ。」
それは、きっと長子ゆえの小さなプライドという奴だ。
「俺も、エストに言おうとは思わんな。」
レムオンも同じように息をつく。少しだけ、あたりが静かになる。
ややあって、シェナが口を開いた。
「でもね、レムオン。アンタって私より勝ってることなんて山みたいにあるよ。」
体格も剣の腕も魔法も。普段は冷静だし頭いいし、そのくせ信じられないほどのお人よしだし。
一つ一つ指折りあげていけば、両手でも結局足りないくらいだ。
「だから、一個くらい分けてくれてもいいと思うんだけど。」
たとえばカードの勝ち方とかさ。
そう言って見上げると、顔を引きつらせればいいのか唖然とすべきなのかわからなかったような・・・なんとも微妙な表情のレムオンとばっちり目が合った。
「どうしたんだい?」
返ってきたのはため息。
「俺をおだててまで勝ち方が知りたいのか?」
教えを乞うにしてももう少し手段を選べ。
呆れ混じりの視線は、如実にそう語っていた。
「おだてて、って・・・」
今度はシェナが当惑する番である。
「別にそんなつもりは無かったんだけど?」
「・・・どうだかな。」
レムオンは、ふい、と火の方に目をそらす。その素振りには呆れを通り越して軽蔑の色すら感じられた。・・・全然信じられていない。
カチンとくる言動、というのはきっとこういうことを言うのだろう。
「ちょっと。疑り深過ぎるんじゃないかい?人が、折角、褒めてるんだから、気分良くしてなよ!」
言うと同時かその前か。さらりとシェナの手の届く範囲に入り込んだ長い髪をぐいっと引っ張る。不意の力に、レムオンは盛大に頭を仰け反らせた。
怒り任せににらむシェナを半眼で睨み返して、引っ張られた髪を冷静に取り返す。
「・・・お前な。」
「何?」
・・・いきなり手を出す奴があるか。
・・・手を出されるようなことしたのはアンタだろ。
にらみ合い、数秒。
息をついたのは同時だった。
『・・・・・・ったく。』
声も同時で、思わず顔を見合わせる。
お互いに、丸い目をした相手が見えて、・・・もう、あとは笑うだけだった。
「お前・・・なんて表情して・・・」
「・・・レムオンだって、人のこと言えないってば・・・!」
顔にまで血が上ったのが解った。笑いすぎだ。無理やり息をついて、笑いを収める。それでも、まだもれてくるのだが。
「・・・あーもう、何で怒ってたのか忘れそうだよ。あんまり珍しいもん見たからさ。」
目を丸くしてるところ、とか、嫌味じゃなくて笑っているところ、とか。
小さく漏れる笑いと共にそう言えば、レムオンも小さく笑った。
「・・・相変わらず酷い言い様だな。
 まあ、面白いものが見れたのだ。いきなり手を出したことくらいは忘れてやる。」
もう、元通りの天性で偉そうな態度に戻っている。
「よく言うよ。で、さっきの件の反省は?」
気持ちだけ肩をすくめて問うと、レムオンは一つ息をついて言った。
「悪かった。あまりに意外な事を並べるものだから、つい裏を探してしまってな。」
「意外って・・・」
むぅ、と口を尖らせる。とがらせるものの、・・・・確かにそう言えば褒めた記憶が無い。責めたり歯向かったり・・・自分の所業を思い出して、何ともいえなくなる。
それを面白そうに眺めながら、レムオンは続けた。
「素直に喜んでおくのだった。お前に褒められるのは、・・・悪い気はしない。」
そういって穏やかに微笑む。
その、あまりにもあまりにも珍しい表情に、シェナはぴたりと固まった。
三呼吸分ほどの沈黙。
「・・・どうした?」
「え、あ・・・えと」
問われてあわてて言葉を捜す。
まさか見惚れていたとか。断じて言うわけには行かなかった。
「いや、ん、なんでもないよ。」
そうやって、ふいっと火の方に目線をそらす。そして、一呼吸おいて、ふわふわするのを少し落ち着けて・・・先を続けた。
「レムオン。私がアンタを褒めるのは意外だって言ったけど、・・・あのね、私は、・・・エリエナイ公には文句しかないけど、アンタ自体は尊敬してるんだよ。」
また、沈黙。落ち着けたはずのふわふわした感じがまた戻ってくる。
ややあって、ため息が一つ聞こえてきた。
「・・・今夜は、妙な空耳がよく聞こえてくるな。」
「そんなに気のせいにしたいのかい?」
むっとして問えば、しれっとした声が返ってきた。
「裏が無いと言い張るなら、気のせいだろう。お前はそれくらいのことを言っている。」
おかげで、どうも素直に喜べない、と。笑う声は常の態度のままだ。
むくれて、つんと顔を背ける。うっかり口にした言葉にいまさらの照れ隠し半分、どうにも信じてもらえなかったことに対する拗ねが半分。
尊敬している、というのは・・・自分としては素直すぎる部類に入る気持ちだった。
初めて助けに入ってきたあのときから、好意自体はあったのだ。しかし、事情と立場と見栄その他が、そんなものは消し飛ばしていた。
消し飛ばしていて、・・・それは今でも続いている、はずなのだが。なんだか今日は我ながら妙に口が軽い。気をつけたほうがいいかもしれない、と思考の片隅が呟く。呟くのに、なんだかふわふわした思考がそれを飲み込みそうだ。
「黙って拗ねているのも珍しいな。」
ふわふわが高じて、受け答えも面倒になりつつあった。
「・・・・・・・・。」
「普段なら言い返してくるだろう。・・・何か変なものでも食べたか?」
表情は見えない。ただ、声が、からかいの中に少しだけ心配を滲ませる。
「・・・別に。」
本気と見えるそれを聞けば、言葉にも自然棘が生えた。
「どうせ、何言ったって信じちゃくれないんだろ。」
「・・・お前、やはりおかしいぞ。」
がさ、とこちらに近づいてくる音。つんと無視していると、周りの空気が少し動いた。それと同時に、大きな手のひらがシェナの額にかぶさる。
「!?」
ぎょっとした。飛び離れようとしてバランスを崩す。どんっ、とぶつかった先は墓穴もといレムオンの肩。
「・・・熱がある、わけではないか。」
マイペースにそれだけ言って、手は離れていく。力がへろへろと抜けていくのがわかる。思考はふわふわして今ひとつ掴み所が無く、進路を決め損なった体は、くたりと隣に重さを預けた。
動くのがなんだか面倒だ。そのまま身体を預けていると、頭の上から今度こそ本当に心配そうな声が降ってきた。
「おい・・・大丈夫か?」
至近距離の顔に、かぁっとなるのがわかる。シェナはふわふわする頭を振り、あわてて身体を起こした。
「え、あ、平気大丈夫っ!」
息せき切ってやっとそれだけ言う。と、レムオンは眉間にしわを寄せた。
「・・・・・・・もう寝ろ。」
「はあ!?まだ見張り途中じゃないか。なんでそんなこと」
「酒の匂いがする。いつのまに飲んでいた?」
野宿だというのに緊張感の無い、と、その声は言っている。しかし、覚えは無かった。
「飲まないよっ!ったく、随分適当言ってくれるじゃないか。」
「邪魔だからな。見張りが酔っ払っていては見張りの意味が無い。」
「だから飲んでないってば!」
声を荒げる。・・・と、少し離れた方でがさりと音がした。一瞬で緊張が走る。
「・・・・・随分賑やかだねえ。」
声が聞こえた瞬間、その場の緊張は霧散した。
「あ、・・・レルラ・・・ごめん、起こした?」
「うん、まぁね。でも、僕も目冴えちゃったし、そろそろ替わろうか。」
そう言って、レルラ=ロントンは火の傍に腰を下ろす。
「悪いよ、まだ寝て」
「すまないが頼む。こいつは使い物にならん。」
言いかけた言葉はあっさりさえぎられた。
「レムオンっ!」
「見張り中に酒を飲む馬鹿の何を使えというのだ?」
淡々と、その言葉の温度はとてもとても低い。
「え?シェナってお酒飲まないんじゃなかったの?」
レルラが驚いたようにシェナの方を向く。
「飲まないよっ!飲んだことも無いって!」
「なら、その酒のにおいは何だ?」
「私は感じないけど?」
そのやり取りを首をかしげて見ていたレルラが、ひょい、とシェナに近寄る。
「・・・・うん、確かにお酒の匂いだね。ちょっとといえばそうかもしれないけど・・・気づけない?」
その、諭すような言葉に、うっと詰まる。・・・しかし、記憶をどう探っても覚えは無い。
「飲んでない!」
「けど、その匂いならきっと酔ってるね。一体何を・・・・・・ああ。」
レルラは辺りを少し見渡して、・・・一点に目を留めると、納得したようにシェナに向き直った。
「・・・・いい、シェナ。酔っ払いって自分で自分のことがわからなくなるものなんだ。
 そして今、君は間違いなく酔ってる。きっと何かに混ざってたんだよ。
 だから、もしも僕たちや今あっちで寝てるチャカを危険にさらしたくなければ、大人しく寝に行くんだ。」
ベテランの重みだろうか。子供のような外見からは考えられないほどの威厳。今のパーティの最年長の言葉は、妙な説得力があった。
「いいね?」
有無を言わさぬ、・・・これは・・・いいつけ、に近い。
「・・・・う・・・ん。」
こくり、と頷いてしまう。
「じゃ、おやすみ。」
「・・・・おやすみなさい。」
ふらり、と立ち上がると、うそのように足がもつれた。
・・・そんな馬鹿な。
何の暗示にかかったのやら、足は本当の酔っ払いのようにふらふらと動く。
なんとか寝場所にたどり着き、毛布を抱きかかえると、力も意識もあっという間に抜け落ちた。
よっぽど疲れていたのだろうか、などと思う間もなく、シェナは意識を手放したのだった。


火の傍。
「・・・・・ったく。」
シェナが寝場所に蹲るのを確認すると、レムオンは盛大にため息をついた。
「大冒険者が聞いて呆れる。」
レルラも、ひょいっと肩をすくめる。
「・・・そうだねえ。まあ、シェナは別にうそはついてないんだろうけどね。」
引っかかる言い回しでさらりと言い放つその言葉。
「・・・何か知っているのか?」
「ああ。レムオンはそれのこと知らないんだね。」
それ、とレルラが指差したものは、先ほどシェナから巻上げた飴玉の袋。
「いや、これはさっきカードで・・・。もしかして、これか?」
「ああ、なるほどね。ん、お酒飲めるなら、一個食べてみればいいよ。」
僕にも一つ、とレルラは手を伸ばす。その上に飴玉を放って、レムオンは一つ飴をあけた。
「・・・なるほどな。」
酸味と甘さがうまく合っていて、味は申し分ない。だが、薄く感じる部分に歯を立てると、壁はあっさり破れて、中の甘い酒が口の中に広がる。
酒はどろどろになるまで甘くしてある、が、・・・・・・これは相当強い。一個一個は微量だが、酒に弱いものが立て続けに食べるのは危険だろう。
口元をもごりとさせてレルラは小さく笑った。
「シェナってお酒飲まないから気づけなかったんだよ、この味にさ。」
「・・・・しかし、なぜこんなものを。」
酒入りの飴を好き好んで買うようにはとても見えない。何せシェナは酒を飲まないのだ。おまけにあの酔い方からすれば、酒にかなり弱いというのに。
「それの包み紙、よーく見てごらん。」
言われて、その飴を注意深く見つめてみる。
紙の端、リボンのひだ部分に小さく書かれた商品名。
「・・・恋・・・飴・・・?」
随分・・・若い娘が好みそうな字で書かれた、頭のねじがどこか飛んだ名だった。
「お土産屋とかで結構人気の飴玉さ。なんでも舐めると恋に効くんだとか。」
こともなげにレルラは解説してくれる。
「恋に効く成分が強いお酒だなんて、うまい事言うよね。かなり直接的だけど。」
「・・・・なんで、こんなものを・・・?」
しかし、それだとさらに想像が付かない。『なんでまた』だけではなく、『どの面さげて』という言葉まで頭をよぎる。
「もしかしたら、意中の人がいたのかもしれないねえ。」
シェナもあれで年頃の女の子だもんね。そう言ってニヤリと見上げる視線に、一瞬たじろぐ。
しかし、それは一瞬だった。
「・・・もしも男が居たのだとしたら、その飴をチップ代わりには使わんだろう。」
手元に飴玉が大量にあること。・・・それと、起きた時に聞こえてきた高笑いが、その可能性をキレイさっぱり否定していた。
「うーん、つまんないなあ。英雄の恋なんて、格好の題材なのに。」
ちぇーっと。つまらなさそうに息をつく。レムオンは、飴玉の袋を見やって首を横に振った。
「この調子なら、それはまだ先の話だな。」
第一、全くといって良いほど想像がつかない。
「それはキミの希望じゃないの?」
心の中まで見通すような響き。寒気をこらえて、低く問い返す。
「・・・・・・どういう意味だ。」
「ふふ、そんなに怒らないでよ。深い意味なんて無いんだからさ。」
嘘だ。直感的にそう感じる。
しかし、ここでそれを突付くのは薮蛇になりそうだった。結局無言になり、そのまましばしの時が流れた。
虫の声と共に、火のはぜる音が響いて聞こえるようになったあたりで、レルラが一つ伸びをする。
「こんなに黙っていたら、眠くなりそうだねえ。どう?カードでも。」
そっちにあったよね、さっきまでやってたんでしょ、と、勝手にカードを引っ張り出す。
「・・・よくやるのか?」
半ば警戒しながらも、慣れきった手つきにふと問うと、レルラは首を縦に振った。
「うん、野宿の定番だよね。それに、シェナ達とやると面白いんだ、反応が。」
「・・・ああ。あれは確かに・・・」
あの素直な様子は・・・当人に言ったら確実に機嫌を損ねるだろうが、見ていて面白い域だった。
「賭けにはどう見ても不向きなんだけど。」
レルラは小さく笑って、こちらの手元にカードを放る。
「それは言えているな。」
そのカードを拾って、数を確認する。
「チップはどうする?それでいい?」
それ、とは、件の恋飴。
「ああ。」
適当にレルラの方に分けると、カードの準備は整った。
「飴は酔っ払わない程度に食べちゃってもいいかな。」
「・・・そもそもその為に買ってあったんだろう。」
それにシェナには悪い気がしなくもないが、返す気はさらさらない。
「大体これはもうシェナには渡せん。あんなに酒に弱いのに、また野宿で食べたりしたら今日の二の舞だ。」
「それもそうだね。」
レルラはそういうと、何のためらいもなく端数の飴を口に放り込んだ。
「まあ、あんなに簡単に回っちゃったのは理由もありそうだけど。」
「・・・・酒が回るのに理由があるのか?ただ単に弱いだけだろう。」
カードを揃えながら言えば、レルラもカードを並べ替えながら答えた。
「いくら弱くても飴玉位でああはならないでしょ。
 で、酒を飲む相手によって、お酒の回り方って違うもんじゃない。」
だからさ、シェナは、キミには相当気を許してるんじゃない?
さらりと言うその一言が、動揺を誘った。
・・・まさか、今の今まで歯向かうかこちらを責めるかくらいしかなかった奴がそんな馬鹿な。
今までのお互いの所業を考えても、それはありえないことだ。しかし、それは、胸中望んでいた事でもあった。先ほど珍しく褒められた時も、虚言かと思いつつも正直なところは嬉しかった。今まで見たことの無かった、さっきの妙に甘えるような素振りも、・・・酒のせいだと断じたし、実際その通りだったのだが、・・・もしかしたら、と思ってしまう。
「んじゃ、やろうか。僕が先で良いね。」
混沌に落ちかける思考を断つ、レルラの声。
「・・・ああ。」
内心の動揺を必死で抑えて、平静に応じる。
そして、ゲームは始まった。


翌日。
「レムオン、昨日の飴ちょっと分けてくれないかい。」
旅の朝は慌しい。荷物をチェックしながらシェナはレムオンに声を掛ける。
「いや、俺は」
「ああ、シェナ、飴は僕が持ってるよ。」
言いかけたレムオンをさえぎる様に、別方向から声がかかった。
「え、レルラが?なんで?」
驚いて見下ろせば、レルラはくすくすと笑って言う。
「まあ、色々あったんだよ。でも、残念。シェナにはちょっと渡せない。」
「ええ!?」
レルラからもらうにしては意外な発言に、思わず素っ頓狂な声を上げる。なんで、どうして、という前に、冷淡な声が解をくれた。
「アレに入っていた酒、かなり強かったぞ。」
気づきもしなかった。しかし、レルラとレムオンが二人して言うのなら・・・あまり嬉しくないが事実なのだろう。
「・・・私は全然感じなかったんだけどねえ・・・。店の人も別に」
「感じようが感じまいが、また酔っ払われては迷惑だ。」
不満と未練くすぶる言い訳のような言葉は途中でざっくりと斬って捨てられた。
「せめて街に着くまで待ったほうが良いだろうね。」
レルラもそう言って頷く。ベテランにこういう言われ方をすると、従わざるを得ない。

結局、その飴がシェナの口に入ることは二度となかったのだった。



ジルオール、最愛は誰が何と言おうとレムオン義兄さんです。コレは何、恋?ていうくらい好き。しかし、どう見てもヘタレなのにかっこよく書きたくなってしまったり、主人公が妙にべったりだったりと、好き過ぎるゆえの弊害も結構わかりやすいです。
だから、反省も後悔もしてるけど、直せるかどうかは解らないのでした。
Zill O'll TOP