「もしもヒミコがオレ様のヨメになったら、ヒミコの好きなお菓子をやるぞ!」
そういって虎王はふんぞり返った。
「おおー!お菓子大好きなのだ!」
ヒミコの瞳が輝く。
「空一杯に雲の綿菓子とか。でっかい虹のキャンディとか!」
これ以上のものはあるまい、ほどの勢いでえらそうに笑う。
「嬉しいのだ!全部食えるのだ!」
「そしたら、オレ様直々にプロレスやって遊んでやる。光栄に思え!」
「わーーーいっ!!トラちゃん遊ぼう!遊ぶのだーー!!」
屈託無くハイテンションではしゃぐヒミコを眺め、虎王は満足そうに頷く。
「それじゃ、いまから鬼ごっこするのだ!
トラちゃんが鬼!あちしは逃げるのだー!バビューンっ!!」
ヒミコはそう言うと、大量の砂埃を巻き上げて駆けていく。
「待てヒミコっ!鬼はじゃんけんで決めるものだぞ!」
小さくなり行くヒミコの背中に向かってそう叫ぶと、虎王は先ほどのヒミコに負けるとも劣らぬ勢いで走り出した。
しかし。
「あ。」
はた、とヒミコが立ち止まった。
「うわっ!?」
急ブレーキはもちろん効かず、虎王はヒミコに勢いよくぶつかる・・・かと思いきや、ヒミコはぴょん、と飛び上がって見事に避けた。虎王のほうはといえば、勢い余ってつんのめって・・・何とか持ち直す。
しかし、ヒミコがその上に着地すると、虎王は今度こそ前のめりにずっこけた。
「っ・・・ててて・・・い、いきなり止まるなっ・・・」
「ごめんなのだ。トラちゃん、だいじょぶかぁ?」
そういってヒミコはしゃがんで虎王の顔を覗き込む。
「おう、オレ様にとっちゃコレくらいどーってこと無いぞ!」
軽々と起き上がると、ヒミコの手前も無きにしも非ずで胸を張る。
「さすがトラちゃんなのだ!」
「はっはっは、俺様に任せておけっ!」
手を叩くヒミコに向かってひとしきりえばったところで、虎王はハタと本題を思い出した。
「で、ヒミコ。
いきなり立ち止まってオレ様をこかすとは一体どういうことなんだ?」
質問する口調は何気なく、むしろ優しささえ感じられない事も無いのだが、言葉自体はえらそうに問いかける。
「あのね。トラちゃんがお菓子くれるなら、私もなんかしたいのだ。」
「へ?」
唐突な言葉に、間の抜けた声が漏れる。
「トラちゃん、雲の綿菓子と虹のキャンディくれるって言ったのだ。」
「あ、あぁ、その事か。
もちろんやるぞ。オレ様のヨメになったらな。」
「じゃ、アチシもトラちゃんのヨメになったら・・・・
そーだ!」
パァン!ともみじのような手を打つ。
「決まったのか?」
少しわくわくしながら虎王はヒミコの方を見やる。
「もしもアチシがトラちゃんのヨメになったら」
「ヨメになったら?」
「アチシをお空のずーーっとずーっと上のお星様まで連れて行くのだ!」
そういってヒミコは虎王の方に、にぱっと笑いかけた。
「ああ、オレ様に任せておけ!」
虎王も思い切り胸を叩く。
「んとね、それでね、ミルクの川にチョコの船浮かべて」
「ふむふむ。うまそうだな。」
「そしたら、アチシがトラちゃんに子守唄歌ってあげるのだ!」
「ああ。さすがオレ様のヨメだな、いい心がけだ!」
「わーいっ!トラちゃんにほめられたのだーー♪」
ヒミコはぱーっと手を上げて喜ぶ。
虎王は、ヒミコのひまわりよりも明るい笑顔の上、煌く緑の髪をがしがしと撫でた。
「じゃ、約束だね!」
「おう、約束だ!」
小指を絡ませて、ニッと笑う。
『指きりげんまん 嘘ついたら ハリセンボン のーます!』
ゆびきったぁ!
そんな掛け声と一緒に手を離す。
「じゃ、さっそく練習してみるのだー!」
ヒミコは言うや否や、周り中に声とも歌とも怪音波ともつかないものを撒き散らし始めた。辺りにいた鳥達がいっせいに飛び立ち、ネズミ達は土に隠れ、虫達はダッシュで退散する。
「うっ・・・か、かんべんしてくれっーーーー!!!」
約束した手前逃げるわけにも行かず、プライドにかけて耳をふさぐわけにも行かなかった虎王は、顔を引きつらせて制止するしかなかった。しかし、思い切り声らしきものを出して歌っているらしいヒミコにもちろんそんな言葉聞こえるはずもない。
結果。永遠とも思える・・・おそらく一曲終わった頃には、半分死体になりかけた虎王がヒミコのそばに転がっているという結末が待っていたのだった。
「ありゃ、トラちゃん眠っちゃったのか?
さすがアチシの子守唄だね!」
「・・・・・・・・・・・・うぅ・・・。」
そんなすったもんだはあったのだが、それでもそれは二人の大切な約束。
そして、それから数年の月日が流れた。
旅人となって、長い時間が経って・・・虎王は、故郷であるはずの、少なくとも思い出のある創界山に戻ってきていた。
跳んだ先は創界山の中腹。ただし、そんなことを認識するより先に、目の前の真っ白な光景に思わず固まる。
雪。
一面の雪の降る世界。
吹雪いているという訳でもなく、ただ、降り積もる雪が、辺りの音を消していた。
「・・・ここは・・・第4界層あたりか・・・?」
うろ覚えの地理知識を動員してみる。が、あまり意味はなさそうだった。
ここからどうするのか。聖龍殿に顔を出すのか。
きっと、・・・とんでもなく驚くだろう。でも、その中身は複雑だ。そんなことをふと思って、そして空を見上げる。
灰色の空は、まだ雪を散らしていた。それは辺りの音を吸い込んでいる・・・はずなのだが。
どこからともなく歌らしきものが聞こえてきた。
「・・・・?」
何となく興味を引かれて、その声に釣られるように歩を進める。
千の夜を越えて 心行けるから
同じ空を見てる あなたを想いながら
歌うララバイ聞いて
聞き覚えのある歌詞、そして・・・・なにか、聞き覚えのある声。
誰かはわからない。だけど、自分は間違いなくこの声の主を知っている。
そんな確信と共にさらに歌声に近づく。
・・・いた。
白い雪のカーテンの向こう、鮮やかな緑の髪が見えて、虎王は思わず声を上げた。
「ヒミコ・・・・」
すらりとした体、落ち着いた声、木下にもたれて歌う女。
最後に別れたときの彼女とは、どう考えても違う。違うが、同じ・・・。本能がそう告げていた。
歌が止まる。
「トラ・・・ちゃん・・・!?」
こちらを見た、女・・・ヒミコである、間違いない・・・は、以前と同じ勢いで飛びついてきた。
「う、わわっ!?」
久しぶりのあの勢いに、思わず雪の中に倒れこみそうになる。が、そこは男の意地と言う奴で持ちこたえた。
「トラちゃん、トラちゃんっ!!」
首が絞まる。
前々から元気な奴ではあったが、全然かわっていない。でも、それは多分嬉しい事だった。が、とりあえず今はそのお陰で命の危険を感じる。
「ヒミコ・・・ぐる・・・じぃ・・・」
「あ、ゴメンなのだ。」
首への力が緩まった。
「でも、トラちゃんやっと見つけたのだ。
でっかい追っかけっこだったね!」
そう言って、昔と変わらない全開の笑顔になる。
「・・・あ、あぁ・・・」
曖昧に返事をすると、ヒミコが怪訝そうにこちらをのぞきこんできた。
「なんだ・・・?」
「トラちゃん、悪いものでもくったのか?」
「はぁ?」
しかし、ヒミコの目は本気である。
「だって、トラちゃんオレ様って言わないのだ。あんまり偉そうじゃないのだ。
もしかして、・・・・偽者さんか?」
真剣そのものの言葉に、虎王はぶっと噴出した。
それと一緒に、以前の自分が、ヒミコと一緒に居た頃の負けず嫌いな自分が出る。
「違うぞ。
だけど、見つかっちまったか。
このオレ様をおびき寄せるとは、さすがオレ様のヨメだ。」
自分で口に出した一言で、世界が変わる。
ヒミコがもう一度抱きついてきた。
「本物だな!
おかえりなのだ、トラちゃん!」
「おう、あたりまえだ!・・・ただいま、ヒミコ!」
思い切り抱きしめ返す。
やっぱり自分は、これが一番だ。
あたまじゃなく、こころで、そう思った。
ヒミコの立っていた木下で、雪を避けて二人で寝転がる。
「ふっかふかだね!」
「ちょっと冷たいけどな。」
ふかふかで冷たい雪に埋もれながら、虎王はふと尋ねた。
「しっかし、なんでまたこんなところに居たんだ?モンジャ村はずっと下だろ?」
「ん?トラちゃん見つからないから宇宙の果てまで探してたのだ!」
一瞬言葉に詰まる。
「お・・・オレ様が、そう簡単には見つかるもんか。」
「でも、見つけたのだ!しかも、トラちゃんのほうから見つかりに来たのだ!
アチシ偉い!」
雪にうずまりながら、誇らしげにヒミコが笑う。
「そ、そりゃあ・・・こんな雪の中から歌声なんか聞こえたら、気にならないわけないだろう!」
ムキになって言い返す。と、向いた方のヒミコは、きょとん、とした顔になった。
「歌?アチシの歌に釣られたのか?」
「ああ。・・・いい歌だったから、ついな。」
空を見上げて言うと、ヒミコが嬉しそうに笑った。
「母上がよく歌ってたのだ。」
「・・・そうなのか。」
自分の母は・・・?
そんなことをふと思う。
しかし、それを打ち消すように、声に出したのは別の事だった。
「歌、うまくなったな。」
昔々、子守唄を歌われたときは素で命の危険を感じたものだったのに。
「そうか?」
「ああ。いつかとは偉い違いだ。」
そういうと、ヒミコは明るく笑った。
「じゃあ、きっとたくさん歌ったからなのだ。
そうだ。・・・約束、覚えてるか?」
ふと、思い出したように。ヒミコが手を叩く。
「え?」
何のことだか一瞬わからず、虎王は思わず聞き返す。
と、ヒミコが、むくりと起き上がってこちらの方を向いた。犬のように雪を払う事もせず、じっとこちらを見つめる。
「もしもアチシがトラちゃんのヨメになったら」
その一言で、記憶が戻った。虎王もむくりと起き上がる。
「あ、ああ!
空一杯の綿菓子と」
遠い日の、大事な約束。
『虹のキャンディ。』
二言目は、二人で目線と声が揃った。
「覚えててくれたんだな」
ヒミコが嬉しそうに笑う。
「オレ様は約束は絶対に忘れないし、絶対に守るぞ!」
胸を張ると、ヒミコはまた笑って、期待に満ちた目で虎王を見上げた。
「遊んでくれるって、お星様まで連れて行ってくれるっても言ってたよねえ」
それも約束した事だ。
「もちろん遊んでやる!連れて行ってやるぞ!天の川だろうが星界山だろうが宇宙界だろうが!
オレ様に任せておけ!」
思い切りふんぞり返った虎王の胸に、ヒミコがまた飛びついてきた。
「それでこそトラちゃんなのだ!」
今度はよろけたりしなかった。飛びついてきたヒミコの身体を余裕でを支える。
「雪さんはつめたいけど、トラちゃんはぬくいな。」
ぬくぬく〜・・・と、虎王に抱きついてごきげんなヒミコの頭を撫でて豪快に笑う。
「オレさまはアツイ男だからな!
そうだ。星のかなたなら、・・・今から行くか?」
今まで星のかなたどころか時空のかなたまで旅していたのだ。行こうと思えば行けるはずである。
しかし、即刻『いくのだ!』と、ハイテンションに賛成されるという虎王の予想は外れた。
「でも、行ったらまたトラちゃんいなくなっちゃうのか?」
珍しい、不安そうな、寂しそうな顔。
今にも泣きそうな表情は正直意外だった。・・・でも、その顔をさせているのはほかならぬ自分の今までの行いだということも、わかる。
「いや、ずっとそばに居る。」
だから、きっぱりと言って、今までを振り切るように首を横に振った。
ヒミコの目がまんまるになる。
「本当か?」
きっぱりと頷いた。
「オレ様は嘘はつかないぞ。
それに、オレ様のヨメはオレ様のそばにいつもいるもんだ。」
ぎゅーっと抱きしめると、ヒミコはホッとしたように笑った。
「そーなのか・・・アチシ、トラちゃんのヨメになったんだな」
その笑顔は前と変わらず可愛らしくて、明るくて屈託が無かった。
でも、何をするかわからない、自分を負かす事ができそうな唯一の存在。
「ああ、ずーーっとオレ様のヨメだ!オレ様が決めたんだからな!」
「わかった!アチシはずーっとずーっとずーーーーーっとトラちゃんのヨメなのだ!」
ヒミコは元気一杯に虎王にしがみつく。
「ああ。ずーーっとずーっとずーーーっとずーーーーーーーっとだぞ!」
そのヒミコを中空に掲げて、虎王は大きな声で言った。
それは、ずっと前からの約束で、最初からわかっていた本当のことだった。
虎ヒミという奴です。一度かいてて、数ヶ月放置して、あるとき一気に書いてしまったとか言う。
小さいころ見てたアニメの中でも、大好き度はかなり高いワタル。
アニメ全体のイメージは友情イメージが強かったんですけど、ある時キャラクターソング聞いて「こういうのもいいじゃん」と思ってしまいまして(笑)『もしも・・・Catch Me!!』はなんかもう色々大好きです。
友達とか恋愛とか通り越して愛なところが大好きです。傍から見てると何がなんだか訳わからないのに、大事なところは誰よりも良くわかってる感じして、見てて和む
あの話、「友達だから、また会える」っていう雰囲気が大好きでした。友達でまた会えるのなら、ヨメなら絶対結ばれるに違いないと思ってます。