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Pirrow


 『こちらフリスク。今日のお仕事16時前には帰れそうなんだけど遊びに行っていい?』
 『ナイスタイミングだフリスク!俺様今日は昼過ぎには帰ってるぞ!』
 『やったあ!ありがとう!お仕事終わったら電話するね!』

 フリスクは意気揚々とパピルスたちの家へ急いでいた。
 パピルスたちの家と自分の家はご近所だ。だからこんな小さな時間でも連絡さえ取れれば気軽に遊びに行けた。今日だって、仕事で使っていた服やら資料やらは持ちっぱなしだ。家に帰る時間も惜しいと判断した結果だった。
 「パピルスっ!こんにちはー!」
 呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアが開いた。
 「待ってたぞフリスク!」
 背の高いスケルトンが出迎える。さあ、入るといいぞ、とすぐに中に入れてくれるが、もちろん勝手知ったる他人の家だ。家具の配置も台所の場所もしっかりわかっていた。
 「今日は何をしよう?」
 先に行きながらパピルスが尋ねる。
 「こないだのレースゲーム!」
 即答すると、パピルスはぱあっと笑顔になった。
 「やはりな!OKだ!飲み物持ってくるから準備してくれ!」
 「アイサー!」
 ぱたぱたといつものソファに荷物を放り投げる。テレビの電源とゲームの電源を入れて、ソフトを確認してコントローラーを引っ張り出して。
 ソファの前のテーブルにどんどん、とコントローラを取れるようにしたところで、荷物がソファから転がり落ちていることに気が付いた。ろくに見ていなかったソファを見ると、先客が居たらしい。先客ことサンズは、ソファ全体にだらりと寝そべって平和に寝息を立てていた。
 「サーンズ。ちょっとどいてー」
 もにもにと揺さぶるが、起きる気はないらしい。むぅ、とむくれて足先の方に回る。そして両足をえいや、とひっぱった。ずるっとサンズがソファの端の方に移動し、なんとか二人分のスペースが確保できる。荷物は……まあサンズの脇にでも置いておけばいいだろうか、どうせ起きない。ぐいっとソファの背の方に押し込むと、フリスクはやれやれ、と荷物を拾い上げた。当初の予定通りサンズの脇に、とソファの方を振り返る。と、サンズはいつの間にやら真ん中の方まで移動して来ていた。
 もう一度足の方に回り、またずるっと移動させる。荷物はその脇に置いて、自分はサンズのすぐそばに陣取ることにした。
 テレビ画面には、ゲームのオープニングが楽し気な曲を流している。
 「準備OKの音がするな!」
 すぐにカップを二つ手に持って、パピルスが入ってきた。
 「うん、準備OK!ありがとパピルス!」
 そのカップを受け取って、代わりにコントローラを渡す。一口飲んで、どん、と二人でソファに陣取ればゲームスタートだ。
 「今日は負けない!」
 「俺様も手加減はしないぞ!……て、フリスク、それ重くないか?」
 パピルスの目線は、フリスクの膝の上に注がれていた。より具体的には、フリスクの膝を当然のような顔で枕にしているサンズにである。
 「……うん。ちょっと。」
 頷くと、パピルスはぐい、とサンズを膝から追い出してくれた。
 「さっきまで起きてたんだけどな。」
 「え、ホント?もしかして寝たふり?」
 「解らないな。サンズは割と気が付いたら居眠りをしている……よし、仕切り直しだ!」
 ゲームスタートの文字が画面に光る。フリスクは青い車、パピルスは赤い車を選んだ。信号のグラフィックが赤・赤・青と変化して、エンジン音が鳴る。
 「加速はっや!」
 スタートから見事に差をつけられて、フリスクは悲鳴を上げた。
 「パピルス様だからな!」
 赤い車は安定した素晴らしい走りで、あっという間に独走状態に入る。
 「あー、曲がり損ねた!」
 一方青い車はクラッシュ寸前だった。パピルスは画面を見つめながら、ぴしっと言い渡す。
 「急がば回れだぞフリスク!曲がるときは!減速!運転の基本だ!」
 「それは現実の話でしょー!」
 「現実の話だからゲームにも適用できるのだ!」
 そう言えば確かに、つい最近運転免許を取ってから本当に上手になった。気がする。前は勝率も半々くらいだったのに、今やパピルスに勝てるのは数回に一回だ。
 「曲がり角でクラッシュするより減速してでもクラッシュしない方がロスは少ないのだ!」
 最後に華麗にドリフトを決めると、パピルスの赤い車はそのままゴールへ吸い込まれていった。
 WINNER!Player1! と表示が出て、勝負は決する。
 「なるほど!勉強になります師匠!」
 「ニェ!?師匠?!」
 普段とは違う呼び方に、パピルスは面食らったようにこちらを見た。
 「俺様師匠なんかじゃないぞ!だが、教えてやることはできるし、……あれ?」
 首をかしげるパピルスににっこりと笑いかける。
 「いつかぼくが運転免許取る時は教えてくれると嬉しいです、師匠。あと10年は先だけど。」
 「それなら任せるといいぞ!このパピルス様が、慎重かつ丁寧にハイウェイを走れるようにしてやるからな!
 10年後が楽しみだ!」
 わっしゃわっしゃと頭を撫でられると、どうしても笑いが零れた。膝の重みも気にならない。
 しかし、パピルスはそれで気づいたようだった。
 「……フリスク、重くなかったか?」
 膝を枕にしているサンズを眺めるパピルスに、うん、と頷く。
 「……ゲームに集中してたから気づかなかったんだよね。」
 ゲームに集中している間に、サンズはまたしてもフリスクの膝を枕にしてしまっていた。
 「サンズってさ、ぼくの事を枕と勘違いしてる気がするんだ。」
 腹の方に顔を向けて寝息を立てているサンズを眺めながら、はあ、と息をつく。パピルスも、うーん、と天井を仰ぎ、またこちらを見た。
 「フリスクは枕じゃないのにな。見たらわかるのになんで間違うんだろうな……」
 「目が悪いわけじゃないと思うんだけどね。」
 白い頭を撫でてため息をつく。
 「もしママが居たとして。ママにも同じことするのかなあ。絶対ママの方が抱き心地いいと思うんだけど。」
 言うと、パピルスは、うーんと唸った。
 「見たことないからわからないな……。」
 「ママは気にしなさそうだけど。」
 「うーん。」
 膝の上のサンズとこちらを見比べて肩を竦める。わからない、のサインだ。
 「まあ、いっか。もう一戦しよ。」
 コントローラを持ち直して自分の車を選択しなおす。パピルスも、ああ、と頷いた。
 「OKだぞ!……あー、ハンデいるか?」
 膝の上を眺めてパピルスが言う。しかし、それは首を振って断った。
 「だいじょぶ。膝が重くて手元が狂うって事はないし。さあいくよ!」
 画面では、信号のグラフィックが赤・赤・青と変化し始めていた。

 しかし。
 1レース終わると、状況はさらに悪化していた。腰にがっつり回った腕が、がっしりとホールドをかけている。どうやら、枕は枕でも抱き枕と勘違いされているらしい。
 「サンズ!いい加減に起きろ!」
 「……サーンズ!僕は抱き枕じゃないよ!」
 ぺちんぺちんと叩くが、全然剥がれる気配はなかった。はああ、とため息をついてパピルスを見上げる。
 「……いつもこうなの?」
 聞くと、パピルスはむうと唸った。
 「んー……フリスクほどじゃないが、確かに寝てるときはくっつき虫だな……」
 「え、ぼくの方が酷い?」
 少し恥ずかしい感想に、思わず眉が寄る。だが、それには気づかなかったのだろう、パピルスはこっくりと頷いた。
 「だが、フリスクの方が物わかりがいいぞ。起こせば起きるだろう?」
 「そういえばそうだけど……そうなんだ……。」
 寝ているときに自分がどうこうできるとは思っていないが、少し気を付けよう。そんな決意を胸に抱く。
 「どうしよう。立ち上がったら剥がれるかな。」
 足に力を入れ、重たい腰を持ち上げようとすると、腰に回った腕がぎゅうっと締め付けてくる。
 それと一緒に、くぐもった小さな声がした……ような気がした。

 行くな
 行かないでくれ

 そう聞こえた、気がする。
 「サンズ、なんか言った?」
 問うが、サンズは相変わらずぐーすか寝ているだけだ。
 「?俺様には聞こえなかったぞ?」
 パピルスも首をかしげている。どうも聞こえていたのは自分だけだったらしい。
 立ち上がるのはやめにして、ソファにとん、と戻る。
 「ま、いいか。腕は自由だし。」
 「良いのか?」
 「うん。帰りまで起きなかったらその時考えるよ。」
 よいしょ、とカップに手を伸ばすと、パピルスは、ああ、とカップを寄せてくれた。
 「なんか悪いな、フリスク。
 ……前はこうじゃなかったんだがな。いつからだろうな、こんな面倒になったの。」
 「あー……」
 さっき聞こえたような声、そして態度。なんとなく心当たりがあるようなないような気がして曖昧な声になる。
 「だらだらしだした頃からじゃない?元はもう少しまともだったんでしょ?」
 「……そういえば確かに……そうかもしれない……?」
 考えているパピルスを眺めながらカップの中身を飲み干す。
 「随分前からだからよくわからないが!何となくそんな気がしてきたぞ!
  フリスクはよくわかるんだな!?見てもいないのに。」
 「なんとなくそう思っただけだよ。」
 カップを戻そうとすると、パピルスは空のカップを引き取ってくれた。礼を言ってカップを渡す。そして膝の上に目を落とした。
 行くな、と確かに聞こえた。
 記憶は残っていなくても、何かは残っているのだろうな、と思った。アズリエル曰く全員と友達になったり全員殺してしまったりと様々なパターンで何度も繰り返していたらしいから、誰かを引き留めたい事も巻き戻る前はあったのかもしれない。 ……誰と間違えているかは知らないが。
 でも、もしも辛い夢をみているのなら、少しでも楽になってほしかった。自分も嫌な夢は見るし、起きて眠れなくなることもある。辛い思いをしているのなら、放っておくなんてできなかった。
 コントローラーを持っていた手を、サンズの細い首の付け根に当てる。そして、ぽんぽんとゆるく叩きながら声を掛けた。
 「ぼくはどこにも行かないよ。」
 どこかに行きたいとも思っていないし、こんな風に過ごす平和な時間が大好きだから。
 「ずっと一緒に居たいと思ってる。」
 小さく呟いて膝の上の頭をなでると、腰に回った腕からは少しだけ力が抜けたようだった。


********

 いつだっただろうか、まだ地下にいた頃、フリスクと会うずっと前だ。
 パピルスはソファに座って、お気に入りの番組を見ていた。しかし、画面の中のメタトンに声援を送りながら夢中で見ていたら、ふいに服を引っ張られたのだ。
なんだ、と思ってそちらを見ると、熟睡しているサンズがぎゅうっとしがみついていた。
 「サンズ?」
 もごもごとした声にならない声がして、サンズはころんと寝返りを打った。腕が背骨に掛る。
 「サンズ!寝るなら離れて寝てくれ!暑苦しいぞ!」
 絡まりかけた腕をコツコツ叩くが、腕の力は増すばかりだった。離れる気はないらしい。
 「サーンズ!!!お前は!なんで!俺様が!テレビを見るのを!邪魔するんだ!!」
 無理やり立ち上がってでも振り払おう。そう思って足に力を入れる。しかしその時、ぐっすり寝ているサンズの表情が目に入った。苦しそうに、辛そうに、顔をしかめて背骨に縋り付いている。碌でもない夢を見ているのは見ただけでわかった。放り投げるにはあまりに辛そうで、そのままソファに逆戻る。
 「サンズ!」
 縋り付いている身体を思い切り揺さぶると、ガタガタカタカタと骨がぶつかる音が響いた。
 「サンズ!起きろ!!」
 耳元で思い切り怒鳴ってもう一度揺さぶると、うすらぼんやりとサンズの瞼が開く。
 「サンズ!ほら、起きるんだ!!」
 ガタンガタンとスパートをかけると、背骨から腕が外れた。うぅぅ、と、よくわからない声を出しているサンズを今度こそ引きはがして、ソファの反対側に放り出す。
 「あー……寝てたか。」
 ぼんやりした声で言いながら、サンズはもぞもぞと体を起こす。
 「寝てた!俺様に!くっついて!!大っ迷っ惑っだった!!」
 「あーそうかそうか。」
 サンズは、ふわぁ、とあくびをしてこちらを見た。
 「道理で良い夢見れたわけだ……ありがとな。」
 ニタァと、いつものにやけ顔だ。だが、何か無理をしているような気がした。何よりさっきのあの表情でいい夢を見ていた訳がない。
 「サンズ!うそつきは良くないぞ。お前はうなされていた!」
 サンズの表情が一瞬固まった、ような気がした。しかし、瞬きする間にまたぼんやりニヤニヤしたいつものだらしない顔にもどる。
 「そうかあ?……うーん、忘れちまったなあ……
 まあ、うなされてたならいいや、もう一度寝なおすか。」
 よっこいせ、と寝そべろうとするサンズを、パピルスは今度こそ放り投げた。
 「サーーーンズッ!!!だらだらするのも!いい加減にするんだ!!!お前最近いつもそうだぞ!前はもっとちゃんとしてた!!気がする!!」
 「そうか?んーウッドフェアリィじゃないか?」
 「はあ?」
 なんだそれ、と思ったら、サンズは腹立たしい顔でニタアと笑った。
 「きのせい。」
 「サーーンズっ!!」
 心配するのも、何か嘘をつかれたような気がしたのも吹き飛んだ。
 もういい、知らない。サンズに構う時間が勿体ない。メタトンを見ている方がまず間違いなくよっぽど有意義だ。
 視線をテレビに向けると、画面の中のメタトンはエプロン姿でファッションショーを始めようとしていた。


 そう。
 確かそんなことがあった。
 ……なんてことを思い出したのは、新しくできた友達が見事なくっつき虫だったからである。
 新しい友人……フリスクは、眠っている時に傍に居るとくっ付いてくる。それも毎回、夜寝る時も、昼寝をしている時もだ。スケルトンと違って水で出来て肉のある身体はふにっと柔らかくて暖かく、くっ付かれると何となく眠くなる事も覚えてしまった。
 ただ、フリスクがくっついてくるときは、顔をしかめていることも多かった。嫌だ、助けて、と明らかにうなされてくっ付いてこられては、眠気も飛ぶというものだ。
そんな時は気付けば起こしてやるのだが、それでも結局べったりくっ付いて眠ってしまう。本当にくっつき虫だ。
 「……俺様は磁石でも内臓しているのだろうか。」
 呟くと、傍でごろごろしていたサンズは嬉しそうに言った。
 「おいおい兄弟、俺たちに内臓は、ないぞう?ってな。」
 「サンズっ!お前には聞いて……」
 と、そこまで言いかけて思い直す。
 「いや、聞いてくれ兄弟。」
 試しに相談してみるのも悪くはないかもしれない。何せ大事な友達のことなのだから。
 「フリスクがな、くっついてくるんだ。寝てる時、いっつも。ぎゅうって。」
 「はあ。」
 サンズは間の抜けた顔で首をかしげた。やはり相談しなくてよかったのではないかという考えが頭を過る。
 「で、それが窮屈なのか?」
 「いや、別に。柔らかくて眠くなるからそれは良いんだけど……なんかたまにうなされてるみたいで?嫌だ、とか、助けて、とか言うんだ。」
 苦しそうな顔は、思い出すとこちらも少し苦しくなる。
 「そうか。」
 「そういえばサンズも寝てるときは隙あらばくっ付いてくるからな、俺様は何かくっついてくる磁石みたいなものが入っているのかと思ったのだ……。」
真剣に言うと、サンズは珍しく真面目な顔で頷いた。
 「なるほどな。ところで、俺はともかくアンダインがくっついてきたことあったか?」
 「ないな。」
 考える間もなく即答すると、サンズは楽し気にニヤッと笑った。
 「なら、別に引き寄せてるわけじゃないって事だ。心配するな、兄弟。」
 「そうか!だが、なんでうなされると俺様にくっつくんだろうな。」
 言うと、サンズは肩を竦めて笑った。
 「ただお前が居たら安心できるってことさ。」
 それから、少し置いて、ああ、と声が続く。
 「そうだな、フリスクなら振り払うより抱きかかえてやった方がいいかもしれないな。あいつはまだ子供だし、柔らかいから丁度いい抱き枕だろ。」
 付け加えられた案は、試してみる価値はありそうな案だった。サンズもたまにはまともなことを言う。
 「枕じゃないぞ、フリスクだ。だが今度来たら試してみるぞ!ありがとな、サンズ。」
 間違いは訂正して頷く。サンズは、へいへいと言いながら、またダラダラと姿勢を崩したのだった。


*********

 「…てなわけで、めでたしめでたし。……ん、寝たな。」
 サンズが本を閉じてベッドの方を見ると、パピルスとフリスクは二人そろってぐっすり眠っていた。子どもだからだろうか、途中まではキラキラしながら聞いていたのに、電池が切れるようにぱたっと寝落ちするのだから面白いものだ。
 さあて、と立ち上がろうとしたとき、フリスクの横向きに傾いた顔に髪の毛が落ちているのが見えた。今にも食べそうになっている髪を耳にかけてやる。ついでに頭を撫でようとすると、むずがゆそうに動いたフリスクの手が、こちらの手に重なった。
 寝ているからだろうか、暖かい。フリスクの手はそのままきゅっと骨の手を取る。
 「……なるほど、くっつき虫だ。」
 ゆるゆると自分の手を動かすが、離れる気配はなかった。一度くっつくと離さない、らしい。起こさない程度にゆっくりと腕を上げると、フリスクは腕を絡めてくっついてきた。これは相当だ。諦めが悪いというのか意志が強いというのか、寝ているというのにしっかり性格が出ている、と妙なところで感心する。
 このまま腕を上げると足も絡めてくるのだろうか、なんて思いながらもう少し腕を上げてみると、フリスクはやはりしっかりとくっ付いてきた。そろそろ布団が剥がれそうだが構いもしない。
 「……これは腕一本で釣れそうだな……これが一本釣りってやつか……?」
 重みを感じながら腕を降ろすと、フリスクはもう片方の腕も使ってぎゅっと抱きついてきた。やはり離す気はないらしい。さらに動きにくくなった腕を眺めて肩を竦める。
 「おーいフリスク、そろそろ離してくれないか?」
 囁くように言っても効き目はなかった。それどころか、骨の手に頬を寄せ、べったりとくっ付いてくる。
 そろっと腕を上げると、身体も一緒に持ち上がりだした。
 「……お前さん、そんなに俺が好きか?」
 返事はない。起きていれば多分この時点で腕が離れると思ったが、これは完全に熟睡しているらしい。どうしたものかと思いながら腕をゆるりと降ろすと、フリスクは離すものかとばかりに全身でしがみついてきた。
 「へっへっへ、参ったなぁ、モテモテだ。」
 冗談は暗い部屋の中に消える。そろそろ真面目に脱出を考えないとマズい気がするのだが、穏当に脱出する方法が思い当たらない。一緒に寝るというのも考えたが、パピルスのベッドは地下に居た時より少し大きくしたものの、二人ならともかく三人は無理だ。それに、パピルスを起こすのは本意ではない。となると、諦めてフリスクを起こしてひっぺがすか、さもなくば腕を置いていくくらいだろうか。腕が外れない以上、置いていけはしないのだが。
 参ったなと思いながらしがみつくフリスクを眺める。骨の腕に頬を寄せ、全身でしがみついて、どんな夢を見ているのだろう。天井を仰いで、はあ、と息をつくと、ぎゅうっと腕に力が入った。見れば、フリスクはくしゃっとした泣きそうな顔で腕にしがみついている。
 どうやら良い夢ではなさそうだ。せめて頭を撫でてやろうと、もう片方の手を伸ばす。
 「嫌だ」
 小さな拒絶の声に、手が止まった。
 「なんだ、起きてるのか?」
 「助けて」
 起きているわけではないらしい。
 ぎゅうぎゅうとしがみついて、泣きそうな顔で拒絶して、助けを呼んで。夢の中でまで苦しむことはないのに、寝ているときに見る夢は選べない。……自分もそうだ。一度や二度叩き起こされたって、何度でも同じ夢を見る。
 一人ずつ、自分の前からいなくなって一人ぼっちになる、夢でよく見るそんな光景を思い出して、思わず頭を振って振り払った。
 「……お前さんもろくでもない夢見てるのか。」
 頭を撫でて、ぎゅうっとしがみつかれた腕を見る。そして、一つ決断した。
 腕を置いていくわけにもいかなければ、ここで一緒に寝るのも難しい。なら、腕にくっついたフリスクごと部屋に戻ればいいのだ。
 それは悪くない決断に思えた。何より、悪い夢を見続けているフリスクを放っておきたくなかった。
 空いた腕と重力を上手く駆使してフリスクのみを抱え上げる。自動的にしがみついてきたフリスクを抱え直せば、後は三歩で自分の部屋だ。
 フリスクを抱いたまま、起こさない程度に自分のベッドに倒れこむ。そして、今度はこちらからぎゅっと抱きしめた。あたたかな体温が全身に伝わる。胸の奥では規則正しい鼓動も聞こえる。流れるかすかな息の音、血の流れる音も心地よい。なるほど、近くに居ると眠くなるわけだ。
 「フリスク。もう大丈夫だ。」
 小さく耳元で話しかける。
 「お前さんは助かったんだ。もう大丈夫なんだ。わかるだろう。」
 ぎゅっと抱きしめて囁きかけるたび、しがみついていたフリスクから力が抜けていく。
 「心配しなくていい。」
 抱きつく身体から必死さが抜けていく。あとは、甘えるようにきゅっとくっついた手だけが残った。少しは悪い夢から逃れられたのだろうか、そんなことを思う。
 「大丈夫。大丈夫だ。」
 もう一度ぎゅうっと抱きしめる。その時、ぷる、と妙な感覚が顔にきた。ん、とそちらを見ると、小さな耳がある。どうやら耳が引っかかったらしい。余りまじまじ見ることはなかったが、何となくそこに触れてみる。上は少し硬くて、下はぷるっと柔らかかった。その感触が面白くて、ぷるぷると耳を揺らすと、フリスクはくすぐったかったのか肩を竦めて小さくなってしまう。
 「おっと、悪かったな。」
 言葉とは裏腹に、その反応が面白いと思った。頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめて、ふにふにする身体を何とはなしに観察する。
 頬が柔らかいのは知っている。フニフニしていて、膨らんでいるのをつつくと面白い。あと、良く伸びる。しかし、起きているときにやるとフリスクの機嫌は悪くなる。
 肩のあたりは比較的固い。そこから下って背中の方は、肩甲骨や背骨のあたりを触るとフリスクはくすぐったいのか大体身をよじって笑いだす。今は静かなものだが、寝巻の上からでも背骨は少しでこぼこしていて面白かった。
 さらに下ると柔らかくなるが、さすがにその辺りはマナー違反だ。でも、もにもにした感触は悪くない。
 腕の方はまだ細こくて固いばかりだが、一部柔らかな部分もある。すべすべふわふわとしていてそこの感触もいいのだが、起きているときにやると大体逃げていくから、触られるほうはあまり気持ちよくないのだろう。まあ、寝ている今は多少ふかふかしたところで問題はないと踏んでふにふにとつまんでみる。なんとなく噛みつきたくなる感触がしたが、そこはやめておいた。
 くすぐったそうにくっついてくるフリスクは総じて柔らかい。そして暖かい。抱きしめなおすと、きゅっとくっついて頬を摺り寄せてきた。起きているときとは偉い違いだ。寝ているときだけは天使だな、などと思いながら目を閉じる。
 暖かくてふにっと柔らかい抱き枕は、あっという間にサンズを眠りの世界に引きずり込んだのだった。


 最初はアルフィスだった。
 「ごめんなさい、私はもう無理なの」
 沈んだ顔をして遠のいていくのを何もできずに見送る。
 それからは知った顔がそれぞれの顔をして遠のいていく。それがいつも見る夢だった。
 最後は決まってパピルスだ。
 「俺様はいくぞ!大丈夫だ!俺様に任せろ!」
 パピルスはいつだって無理をしたような笑顔でいなくなる。そして二度と帰ってこないのだ。
 でも、今日は違った。腕の中にはいつもは居ない人間が残っている。
 フリスクは柔らかな体をきゅっとくっつけて抱き着いてきた。
 「ぼくはここに居たい。」
 抱きしめ返すと、フリスクは照れたように笑った。
 「でも、いかなくちゃ。」
 「結局お前さんもいくのか。」
 「一緒に行こう。」
 こて、と頭が胸骨に落ちる。
 「サンズを一人にはしないよ。それならさみしくないでしょ。」
 それは悪くない誘いに思えた。
 うん、と頷いて抱きしめる。ぐえ、と妙に現実感のある声がした。

 「パピルス!!!パピルス助けて!!!!!!」
 耳元でサイレンが鳴ったような心地がして、意識が浮上する。
 「フリスク!?フリスク、ここにいたのか!!!」
 ノックも何もなく、バーンと大きな音がした。部屋の扉が開いたらしい。
 「なんでここにいるんだ!?」
 「わかんない!!!」
 「今助けてやるからな!!!おい、サンズ!いい加減起きるんだ!!俺様今日は容赦しないからな!!!」
 大きな声の二重奏は、控えめに言ってもうるさい。
 寝ぼけ眼を薄らぼんやりと開けると、視界の端にグローブが見えた。次の瞬間、肩をぐいっと押さえつけられ、腕の中の重みがべりっと音を立ててはがれていく。無理やり伸ばされた腕が痛い。
 「……なんだぁ?」
 さすがに目が覚めた。開いた目の先にはパピルスと、小脇に抱えられたフリスクがどんと仁王立ちしている。
 「なんだじゃ!ない!サンズ!!お前またフリスクを抱き枕と勘違いしていただろう!
 おまけに!フリスクを勝手に連れて行くなんて!そういうことするなら最初から言え!!心配するだろう!!!」
 「本当だよ。なんでぼくここにいたの。」
 「そりゃ……お前さんがくっついて離れなかったからだろ。」
 あくびをしながら言うと、フリスクは疑わし気な目でこちらを見た。
 「そんな馬鹿な」
 「ホントだって」
 だが、疑わしかろうがなんだろうが事実は事実だ。ふわふわあくびをしながらもう一度転がる。
 「……確かに、あり得ない話ではないか……」
 「ちょっとパピルスなんでそうなるの」
 慌てるフリスクを抱えつつパピルスが頷いた。どうやら信じてくれたらしい。
 「フリスク、お前は自覚がないかもしれない。だが、お前は多分自分で思ってるよりくっつき虫だ。」
 「わかるか兄弟。」
 言うと、パピルスは深々と頷いた。
 「ああ。寝てる時のフリスクは、一度掴んだら絶対に離さないんだ。サンズよりしつこくアンダインより諦めない……」
 「ええええ……」
 パピルスの小脇に抱えられているフリスクは、信じたくないという顔でパピルスを見上げる。
 「だからな、最初から俺様にくっついておけばよかったんだ……。」
 「まあそういう事もあるさ。つまりそういう事だ。」
 うんうん、と適当に頷くと、パピルスは少し冷たい目をこちらに向けた。
 「だがなサンズ、つれて行くならやっぱり教えてほしかったぞ。これじゃ誘拐だ!」
 家庭内で誘拐も何もあるかと思うが、確かに隣に寝てたのが朝居なくなっていれば驚くのは解る。
 「あーそうだな、今度からはメモくらい残しとくよ。できれば。」
 ふわぁとあくびをして寝返りを打とうとすると、首根っこをつかまれて引き起こされた。
 「うむ!そんなわけで起きろ兄弟!朝だぞ!お日様が出てる!」
 「ほーい…」
 曖昧に返事をすると、そのままずりずりと引っ張られた。
 これはベッドから落っこちるかな、なんてぼんやり思ったところでフリスクが声を上げる。
 「パピルス、ぼくもちゃんと歩く。」
 「うん、そうだな!」
 ベッド落ちの危機は回避したらしい。フリスクはとん、と床に立つとこちらに向かって手を伸ばしてきた。
 「ほら、いこ。」
 「ん?随分優しいんだな。」
 手を眺めると、フリスクはきまり悪そうにそっぽを向いた。
 「……別に、もしもパピルスが言う通りなら、ちょっと騒いで悪かったかなって思っただけ。」
 「なるほど。」
 その手を取ってベッドから降りる。
 「でも、潰されそうになったのはそれとは別だからね。死ぬかと思ったんだからね。」
 「そうかそうか。俺も昨日は一生くっつかれたままかと思ったぜ。」
 ささやかなお怒りの言葉をニヤニヤ笑って返すと、フリスクはぷうっとむくれた。
 「ほら、さっさと行くぞ!朝の支度をしなくては!」
 パピルスはそう声を掛けて先に歩いていく。
 「はあい」
 頬をつついて潰したい、そんなことを考えているうちに、ふくれた頬はふしゅうとしぼんでしまった。
 「あのねえ、サンズ。……そりゃ一生くっつきっぱなしなんて無理だしお断りだけどさ。」
 繋いだ手が、ぎゅっと握られる。
 「でもぼく、サンズを一人にはしないよ。」
 さっきも言ったでしょ、と小さな声は聞こえるか否かのラインで音を伝えてきた。
 『一緒に行こう。サンズを一人にはしないよ。』
 夢の中でそんなことを聞いた気がする。あれは、現実との間の話だったのだろうか。……となると、自分はフリスクに一体何を言ってしまったのだろうか。
 思った以上に気を許していた事実が、やってしまったという気持ちとよくわからない安堵感で、不思議な事になんだか少しくすぐったい。
 「なるほど、それなら寂しくないな。」
 一つ息をつく。そして態度に出さないように努めて、きゅ、と手を握り返した。
 引っ張っていくその手は変わらず柔らかく、暖かく、生きている。
 そして、そっぽを向いた顔や態度とは裏腹に、心ごとくっついているようだった。




ごろごろくっついて寝てる話。書きやすいし可愛くて好きなのでつい書いちゃう奴だと思います。
無意識で出てくる本音みたいなのがそそられてしまうのです。
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