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Kiss & Prank

 「あ、サンズ。おやすみなさーい」
 元気いっぱいで飛びついて、パジャマ姿のフリスクはサンズの頬にキスをした。
 「ほい。」
 飛びついてくる子供を抱きとめるのも、もう慣れたものだ。
 おやすみなさいのキスはフリスクの習慣のようだった。泊りに来るときも、律儀に二人分キスをして眠りにつく。もっとも、それに返したことはなかった。唇ないから無理、とはパピルスの弁だ。
 『だから代わりにハグでいいか!』
 『もちろん!パピルス冴えてる!』
 とかいう話が随分前にあって、パピルスの方は代わりにハグで返しているらしい。
 いつものように抱きとめた身体を降ろすと、フリスクはいつも通りそのまま腕を振りほどいてパピルスの部屋に走って行こうとした。
 相変わらずせわしないな、と思いながら何となくその身体を押とどめる。
 「ん、なに?」
 フリスクは、もうパピルスのとこ行きたいんだけど、というのを前面に出してこちらを見上げた。
 別に返さなくては、とは思わないし、挨拶なんてのはそんなものだとも思う。思うが。流れ作業の経由点のような扱いも、続けばそれなりに思うところはあった。
 少し屈んで、フリスクの頬に手を触れる。そして、怪訝そうな顔でこちらを見るフリスクの頬に自分の口をあてた。びくっと震えるのが伝わってくる。次いで歯の間から少し舌を伸ばしてチロリと舐める。キスは確かに唇がないから無理だが、代替手段としてはこんな所だろう。なお、フリスクはもう一度震えてそのまま固まった。どうやら驚かせることには成功したらしい。
 「おやすみ、フリスク。」
 耳元で言って解放してやると、フリスクは真っ赤な顔でこちらを見上げた。
 「え、その、あの」
 慌てている。そして混乱している。随分効き目があったらしい。
 「ん?」
 ニヤニヤとなるのは仕方ないことだ。フリスクは真っ赤な顔のまま一歩二歩とあとずさって、くるっと踵を返した。
 「おやすみっ!」
 言いながらパピルスの部屋に走っていく。そういうところは律儀だなあと感心していると、部屋の扉は派手な音を立てて閉まった。
 「おやすみ。まあ今から読み聞かせなんだけどなあ。」
 にやけ笑いが止まらない。あんなに面白い反応が見られるのならもう少し早くやっておけばよかった。……いや、ここまでの平常運転の積み重ねがあの反応を生んだのかと思えば、まあ今でもよかったのかもしれないが。
 「さあて、お待ちかねの読み聞かせタイムだ」
 上機嫌でパピルスの部屋に入ると、フリスクは赤い顔をしてパピルスにしがみついていた。
 「ああ、サンズ、フリスクがおかしいんだ。」
 困惑した表情でパピルスがベッドの中からこちらを見上げる。
 「パピルス、大丈夫。ぼくそんなおかしくない。」
 フリスクはしがみついたままで首を横に振る。
 「そうか?」
 「うん。ほら、お話聞こう。」
 思った以上に効いていたようだった。大丈夫、と言いながらパピルスから離れる気配が一切ない。
 「じゃあ、始めるぞ。」
 昔々、と絵本を開く。フリスクは頭から毛布を被るようにしてパピルスにしがみついていたが、やがて二人そろってそのまま眠ってしまったようだった。



 「サーーーンズ!!朝だよ、早く起きて!」
 翌朝は、部屋のドアを力いっぱい叩かれて目が覚めた。寝ぼけ眼でぐだぐだと身体を起こす間にも、扉の外はにぎやかだ。
 「フリスクー!パン焼けたから食べるぞ!」
 パピルスの声もよく通る。
 「わかった!!今行く!!」
 フリスクが答えると、さらに扉がうるさくなった。
 「サンズ!!ぼくは起こしたからね!!朝ごはんあるからさっさとおいでよ!!」
 「……ほーい……」
 返事が聞こえたかどうかはわからないが、音がやむ。フリスクはどうやらキッチンの方にいったようだった。
 もだもだとベッドから降りて扉を開ける。
 そして部屋を一歩出た瞬間足が滑った。
 景気よくしりもちをついて思わずうめき声をあげる。衝撃がダイレクトに骨に来るのは折り込み済みだが、全く身構えていなかっただけダメージは大きかった。
 「サンズ!?何どたばたやってるんだ!?」
 キッチンの方からパピルスが顔を出す。
 「あー……ちょっと足を滑らせてな……」
 「大丈夫か!?」
 「ああ。今行く……」
 腰を上げると、少し先にバナナの皮が目に入った。どうやらこれを踏んでしまったらしい。
 「もうちょっと掃除しとくべきだったか……?」
 そう、首をかしげて思い返すが、そういえば最近これを食べた記憶はなかった。いつのだろうか。ため息をついてバナナの皮をつまみあげて、サンズはキッチンへ足を向けた。

 「いただきます!」
 パピルスとフリスクは、朝食をとる時ですら元気いっぱいだ。一気に平らげてすぐに食器をシンクに放り込んでいる。自分にはとても真似できない。
 今日の朝食はトーストにチーズにバターという実にシンプルなものだった。一通り食べてしまえば、あとは何か飲み物が欲しいところだ。冷蔵庫をあけると、都合よくコーラが冷えていた。なかなか良いチョイスだ。ご機嫌で開けると、コーラは勢いよく吹き出した。
 「うわ!?」
 「ちょ、サンズ何やってるんだ!?」
 慌てて蓋を締めに掛るが、なんとかしめた時には中身はほとんど自分に降りかかっていた。目に入りそうな分だけぬぐってボトルをテーブルに置く。
 「すっごかったね。」
 可笑しかったのだろう、フリスクはきらきらと目を輝かせている。
 「あー……今日のコーラは随分活きが良かったみたいだな……振って持って帰ってきたのか?」
 「いや?大体昨日買ってきたからそこまで活きは良くないと思うんだが……?」
 なあ?とパピルスが言って、うん、とフリスクが頷く。
 だがその時に何となくおかしな感じがした。
 「ぼく片づけるの手伝うね。」
 「ああ、そうだな!サンズ、着替えるんだ!」
 具体的にはフリスクがこちらを見ようとしない。
 「あーそうだな……」
 もう一度ボトルに目を向けると、多く見積もっても四分の一しか残っていないボトルの底に、何か糸に通した丸いものが泡を吹いて転がっていた。
 「どこで覚えてきたんだろうな……」
 頭から垂れてきたコーラをぬぐって独り言ちる。
 雑巾雑巾ーっと謎の唄を歌いながら駆けていくフリスクをみやって、 サンズはもう一度ため息をついたのだった。


 シャワーをかかって着替えると随分さっぱりする。ついでに頭もすっきり明瞭だ。
 やれやれ、とスリッパに足を入れる。
 と、するっとスリッパが滑ってすっ転んだ。派手に打ち付けた腰骨が辛い。
 「今日はやたら転ぶな……」
 うぅ、とうめきながら先の方を見ると、何かの切れ端が見えた。
 黄色くて。少し変色していて。少し厚くて。まあ、大体今朝踏みつけたやつである。
 しかし、それは明らかに誰かの手で切ってあった。スリッパの下に仕込んでいても気づかれないレベルのサイズに。
 バナナの皮の切れ端を摘み上げる。
 「……なあ、お前さん今朝も会ったよな。
  ……誰だろうな、運命の再会なんてしゃれた事セッティングしてくれた奴は。」
 朝起こしに来た奴の顔が頭を過る。さっきのコーラの件といい、容疑者としてはまあ妥当な線だろう。
 運命の再会を果たしたバナナの皮をゴミ箱に放り込み、キッチンに足を向ける。キッチンはすっかり片付いていて、先程の惨状を伝えるものは空のボトルだけだった。パピルスたちはどうやら洗濯物を干しているらしい。外の方から、白!気持ちいい!なんて声が聞こえる。
 対してこちらはと言えば、朝からえらい目に遭った、以外にない。
 気分を変えるかとケチャップに手を出す。しかし、舌に振れた瞬間思わず吹き出しかけた。
 とんでもなく辛い。舌触りが何かおかしいと思ったら、中には思い切りチリペッパーが詰め込まれていた。
 ぐっと飲みこんで水で流し込み、ぜえはあと息をついてチリペッパー入りの容器を見る。チリペッパー自体はパピルスが常備していたものだろう。だがそれに対してこういう使い方を思いつく奴は、まあ今の家には一人しかいない。
 朝一発目のバナナの皮にしても……いや、濡れ衣かもしれないからそこは置いておくとしてもだ。
 「終わり!」
 「壮観だったな!」
 ふいい、と息をつきながら、フリスクたちがこちらに戻ってきた。
 「さて、お店もあいたころだし!買い出しにいくぞ!」
 「おう!」
 「あ、サンズ!俺様たち買い物にいくぞ!留守番頼む!」
 声をかける間もなく、二人はそのまま揃って出ていこうとする。
 「あー、待ってくれ。」
 声を掛けると、パピルスはなんだ、と言って立ち止まった。フリスクは五歩くらい先……手の届かない範囲にいってから振り返る。
 「ケチャップ切らしちまったんでな、ついでに買ってきてくれないか。」
 パピルスの後ろでフリスクがにやっと笑ったのが見えた。やっぱりだ。
 「わかったぞ!」
 「あーでもちょっとまて、俺も一緒に行こうかな。」
 フリスクの表情がそのまま引きつった。
 「ん、サンズ珍しいな!?」
 「へっへっへ、ケチャップにはこだわりがある方なんでな。それにせっかくフリスクもいるし。なあ?」
 素直にうれしそうなパピルスの後ろで、フリスクの表情は明確に慌てている。
 「わかった!じゃあ一緒に行くぞ!」
 「ああ、そうだな。」
 くるりとパピルスが踵を返す。その一瞬でフリスクのソウルをそっと青く染めた。
 「!!」
 大地に縫い留められ、立ったまま動けなくなっているフリスクの手を取ってから元に戻す。
 「なんだ、フリスク。俺を待っててくれたのか?嬉しいね。」
 ぎゅうっと握った手は逃げようと必死だが、当然離す気はなかった。
 「なんだフリスク、今日はサンズと仲良しなんだな!」
 パピルスの方は素直にうれしそうだ。足取り軽く先に歩いていく。
 「えっと、サンズ。手を離してくれない?」
 こそっとフリスクが繋がれた手を引いた。
 「そしたらお前さんまあたパピルスの後ろに隠れるんだろ。よって答えはノーだ。」
 「……」
 返事が出来なくなっているフリスクを引っ張って家を出る。
 家の外は爽やかないい日だった。日差しは明るく温かく、花は咲いているし、鳥の声も聞こえる。どこかからは朝の鐘が聞こえていた。
 「朝から随分やらかしてくれたなあ。やりすぎだぞありゃ。」
 言いながらフリスクの手を握り締める。
 「コーラは無残な最期を遂げた」
 ぎぎ、と手に力が入る。
 「痛っ」
 「ケチャップはやたら刺激的な味になっていた」
 ぎぎぎ、とさらに力が入る。
 「バナナの皮も、あれは俺が片づけてなかったせいかと思ったが……お前さんだな?」
 さらに力を込めて手を握ると、フリスクはもう片方の手も使って手を引き抜こうとしてきた。
 「痛たたたたた待って待って」
 「ん?何かあるのか?」
 手の力はそのままに問うと、フリスクはぷいっと目をそらした。
 「痛い」
 「ふーん、それだけか。」
 握り締めた手を引くと、フリスクは見事にバランスを崩してこちらに倒れこんできた。少し屈んで抱きかかえるように支えると、小さな体はすぐに逃げ出しにかかる。
 だが、逃がす気は毛頭ない。一瞬でソウルを青く染めて、足止めにかかる。そして動けなくなっているフリスクの頬に手をやった。
 「フリスク、お前さんは理由もなしに連続トラップを仕掛けるタイプじゃあなかった、と思ってたんだが。……理由があるならいってみな。」
 震えが伝わってくる。だが、目線はすぐに逃げて行った。
 「ないんだったら……」
 一つ息をついて言葉を続ける。
 「今日のは正直やりすぎだし、バレた時点でお前の負けだ。謝るくらいはできるよな?」
 目線を逃がさぬよう顔を近づけると、今度はぽんっと赤くなった。
 少々意外な反応に動きが止まる。
 「……離して。近い。」
 フリスクは目線を必死でそらして、もだもだと逃げようとする。だが、その動き方も普段より随分キレがなかった。
 「なんだ、この状況で照れてんのか?」
 顎に手を掛けて自分の方を向かせると、さらに顔が赤くなる。
 「べ、別にそんなんじゃないもん。」
 もはやトマトのようだ。
 「いってる事と顔が違うぜ。」
 トマトのような頬をつつくと、細い目がじわっと潤んできた。感情はあるのにうまく言葉にならないのだろう。
 しかし、泣きそうな顔をしているのに、口はきつく結んでいる。理由をしゃべる気も謝る気もないらしい。
 「ダンマリか?それなら俺も離してやれないなあ。」
 頭からかじるフリで口を近づけると、フリスクは必死で抵抗してきた。だが、片手は握っているし、もう片方の手で顔も抑えている。動ける範囲は少なく、逃げられるようにはしていない。
 やがて、フリスクの口が動いた。
 「……い。」
 「ん?聞こえないな。」
 逃げ惑っていた視線がこちらに戻ってくる。細い目じりは雨模様で、まつ毛が濡れていた。
 そして。
 「サンズ、嫌い。」
 蚊の鳴くような声なのに妙にハッキリ聞こえた。虚を突かれて手から力が抜ける。その隙に、フリスクは腕の中から抜け出して、だっとパピルスの方に駆けだした。
 「……」
 茫然としている間に角を曲がってしまったフリスクの姿はもう見えない。 その代わり、先の方からパピルスの声は聞こえてきた。
 「どうしたんだフリスク!サンズと喧嘩でもしたのか!?」
 声は少しずつ小さくなっていく。
 動けなかった。
 確かに、どちらかと言わなくてもパピルスの方に懐いてはいた。だが、自分の方だってそれなりに頼りにされていた気がしていたのだ。
 しかし……いや、子どものいうことだ。真面目に取るだけバカバカしい。きっと勢いだ。
 だが、勢いでもフリスクがあんな言葉を口にするだろうか。元々何かあったのではないだろうか。頼りにしてきていた、気がしていたのも、必要に迫られていただけの事だったりしないだろうか。
 いや、だけど、でも、しかし、そんな言葉が頭を回る。
 「サーンズ!!置いていくぞ!!」
 先の方から声がして、はっと顔を上げる。目線の先にはパピルスが呆れた顔でこちらを見ていた。その足元にはフリスクがぴったり寄り添っている。
 「いつまでボーッとしてるんだ!」
 「あー悪い悪い。ちょっとボーンッとしててな。すぐ行くよ。」
 頭を振って歩き出す。
 冷静に考えなくたって、その場の勢いだ。フリスクは割とそういうところがある。きがする。
 そこまで結論して息をついた。
 どうも思ったより衝撃を受けていたらしい。そんな自分がさらに衝撃だった。


 朝のスーパーマーケットは、開店間もないにも関わらず買い物客でにぎわっている。
 「サンズ!俺様たちは買い物をする!お前はケチャップをゆっくり吟味するといいぞ!」
 そう言うと、パピルスは籠を抱え、フリスクと一緒に棚の方に走って行ってしまった。返事をする間もなく、その場に一人取り残される。
 「ほーい…」
 遅れた返事は店内のBGMで掻き消えた。やれやれ、と辺りを見回す。寝起きのような奴は朝食を買いに来たのだろう。わいわい楽しそうな親子連れはおやつでも買いに来たのだろうか。籠一杯に品物を積んだのは買い出しだろう。日の当たる場所にモンスターも人間も交じった光景は、数年前は夢にも見なかった景色だった。
 とはいえ感慨にふけるほどのレアな光景ではなく、有り難いことに日常の光景だ。用事はケチャップだけだし、と、のんびりとケチャップ売り場まで足を進める。いつもの奴でもいいのだが、少し気分を変えたい気もしていた。
 「フリスク、一体何でサンズと喧嘩なんかしたんだ?」
 売り場に行くと、唐突に知った声が聞こえてきて、思わず足がとまる。
 棚の裏側から聞こえたのはパピルスの良く通る声だった。パピルスの声は純粋に不思議そうだが、対するフリスクの声はさっぱり聞こえてこない。
 「あのな、家のなかで二人で喧嘩されたら、俺様どうしていいかわからないぞ」
 「……そうだよね。」
 「だからな、さっさと仲直りしたらいいと思うぞ!大体仲良しだっただろう!」
 「……うん、まあ、そう、かも。」
 ぼそぼそぼそと声はどんどん小さくなっていく。
 「かも、じゃないよな?」
 当惑したようなパピルスの声に、フリスクはうぅ、と声をもらす。
 「……うん。
  ……あ、…あのね、パピルス。」
 「なんだ?」
 「その……どうやったら……」
 もごもごと最後のほうはとても聞き取りにくかった。だが、パピルスは途端に明るい声になる。
 「任せろ!あのな、まずはこうやって。」
 「こう?」
 「そうだぞ!そしてこういえばいい!『サンズ、なかなおりしよう!』って。そしたら仲直りできるぞ!」
 「そうなの?」
 「もちろんだ!俺様を信じろ!
  善は急げだ!店を出るまでに仲直りするといいぞ!そしたら帰りは三人で帰れるだろう!」
 「……そう、だね。OK。ぼく、がんばるよ。」
 「その意気だ!じゃあ早く行って来るんだ!俺様は買い出しの続きをしているからな!」
 え、それはちょっと、という声はドタバタとした音と共に遠ざかっていく。後はまた店内の喧騒のみが残った。
 額を抑えて天井を仰ぐ。
 パピルスのリアルスターぶりは今に始まったことではないが、本当にリアルスターだ。悪逆の限りを尽くしたフリスクにもアドバイスをし、仲違いを的確に見抜いて仲直りの方法まで教えるなんて。自分にはとてもできない。まあパピルスは、フリスクのイタズラには気づいていなかった可能性の方が高いのだが。
 長い恍惚のため息の末に目を開くと、二つくらい先のブロックから視線を感じた。振り返ると、フリスクがなにかよく分からないモノを見る目でこちらを見ている。
 しかし目線があうと、フリスクはびくっとしてそのまま後方に戻っていった。
 まあ、さっきの今でためらいなくこちらに来れたら、それはそれで驚く。とりあえずは当初の目的、ケチャップだ。いくつ買おうか。銘柄はバラバラでもいいかもしれない。そんなことを考えながらあまり多くもないケチャップの棚をのんびり物色する。端の方には見慣れない銘柄のものもあった。新商品だろうか。成分と産地を確認しながら味の見当をつけてみる。少し酸味が強そうな気がするが、これはキープだろう。次は……と真面目に視線を巡らせていると、唐突に膝関節に衝撃が来て前につんのめった。
 「!?」
 慌ててバランスを取る。視界の端には想像した通りの誰かの姿が見えた。やっぱりだ。
 なんとか耐えきって息をつく。どうやら棚を崩すのと商品を落とすのは免れたらしい。
 「おい。」
 振り向かずに背後に手を伸ばすと、ちょうどいいところで服に手が届く。慌てて逃げようとする服を捕まえたまま振り向くと、そこには想像通りフリスクが捕まっていた。
 「どういう了見だお前さん。危ないだろう?」
 摘み上げて問うと、視線はするっと横にずれていった。
 「……そこにサンズが居たから。」
 「ほお。お前さんは俺を見るとイタズラを仕掛けずにはいられないのか。」
 「サンズだって他人の事言えないでしょ。」
 離して、と手を外そうとしているが、そう簡単に離してやる気はなかった。
 棚にケチャップを戻してフリスクに向きなおる。
 「今朝から五つめだよな。」
 「……」
 返事はない。
 「何でだ?……目的があるのか?」
 「……別に。」
 ぶうっとむくれた顔がそっぽを向いた。
 「じゃあ、単純に俺が嫌いだからか?」
 そっぽを向いた顔が、ぴしっと固まる。そして、くしゃっと歪んだ。
 「…………なんでそんな言い方するの。」
 泣きそうな顔にはあ、とため息が漏れた。
 とん、と降ろして、フリスクの頬に手を当てこちらを向かせる。途端に赤くなった顔がこちらを向いた。
 「そういうなら、ちゃんと説明できるよな。」
 目と目があったのは一瞬で、その後はただ沈黙が落ちる。やがて、音を上げたのはフリスクのほうだった。
 「……顔近づけないで。どうしたらいいかわかんなくなるの。」
 「……うん?」
 普段からくっ付いてくることもあるのに、今更何を言っているのだろうか。確かにパピルスよりは頻度は少ないが、そういうのには抵抗がないものだと思っていた。よくわからなくて曖昧な顔になる。
 「顔赤くなるし、ドキドキするしよくわかんないし、なんか緊張するし。
  その、昨日おやすみなさいしてから……」
 フリスクの声はどんどん小さくなり、顔はトマトのように赤くなりながら下を向いてしまった。
 昨日の夜、何かやったかと少し記憶を引っ張り出す。普通におやすみなさい、と来たはずだが……そこまで思い返して、あ、と思い当たった。
 ちょっとした仕返しくらいの気持ちでちょっかいをかけたこと。明らかに動揺していたのを一人面白がっていたこと。真っ赤になった顔は確かに今見ても可愛いが、少々効き目がありすぎたというか、やりすぎた、らしい。
 「あの、……その、別に嫌いになったわけじゃないよ。……でも嫌いになっちゃいそう。」
 上目遣いにこちらを見上げて、またふいっと視線は逸れていく。 こちらを見上げた瞳は涙が少し滲んで艶めいていて、思わずソウルが震えた。
 「あー……。そのなんだ。嫌いになるなんて寂しい事言わないでくれよ。俺たちは友だち、だろ?」
 もっとその顔を見たい、という衝動に蓋をして言葉を引っ張り出す。
 「……うん。」
 自分は一応子供ではないし、フリスクは仲間だが……子供でちびっ子なのだ。そう自分に言い聞かせて言葉をつなぐ。
 「じゃあ、どんな理由があっても、友だちに一方的にイタズラ仕掛けるなんてことはあるのか?」
 「……」
 「まあ、あるんだがな。笑って済ませられるとこでやめとこうな。」
 おどけた風で言うと、フリスクは素直にうなずいた。
 「うん。……ごめん。」
 何とか持ちこたえた。ほっとして、頬に置いていた手を頭に持っていく。
 「よし。」
 わしゃっとフリスクの頭を撫でると、すり、と頭が撫でる手の方に傾いて、……止まった。
 「……あ。」
 何か思い出したらしい。
 「ん?」
 フリスクはもごっと口ごもって、小さくこちらを見上げた。
 「……ええと、仲直り、しよ。」
 そう言ってその場に屈んで、両手を前に広げる。よくわからないポーズだ。
 「……なんだそりゃ。」
 「え、パピルスがこうだって……」
 尻すぼみになった声を聴きながら、パピルスで同じポーズをシミュレーションしてみる。
 「……あー……なるほどな。」
 パピルスは背が高い。だから目線を合わせたりハグしようとするならどうやっても屈む必要があるのだ。
 「フリスク、その姿勢のままスタンダップだ。」
 「……?」
 首を傾げ、手を差し伸べたまま立ち上がったフリスクを、今度はよいせと抱き上げた。
 「どえ!?ちょ、降ろしてよ?!」
 一度は反射的に抱きついてきた腕が、慌てて逃げようともがいている。
 「なんでだ、こういう事だろ?」
 ニヤニヤと言うと、フリスクは違うもんと首を振った。
 「パピルスはそんなことしない!気がする!」
 真っ赤になった顔が何とも愉しいのだが、気づかれていないだろうか。
 「そうかもな。でも俺はパピルスじゃないんだ。」
 ぎゅうっと抱きしめて、頬に昨夜と同じキスをする。フリスクはぴしっと固まった。
 「まあいいや、これで仲直りだ。」
 とん、と固まったフリスクを置いてやる。
 「あ……の、その」
 「ん、なんだ。お前さんがいつもやるようにやってみたんだが、嫌だったか?」
 泣きそうな顔はそれを肯定しているようにも見える。まあ、本気で嫌だというならさっきのが最後だ。イタズラ5件分の仕返しとしては妥当なところだろうか、なんて考えるのが少しむなしい。
 だが、答えは律儀かつ少々意外なものだった。
 「……べつに、嫌じゃ、ない、んだけど。」
 うつむいた表情は良く見えない。
 「……どうしたらいいかわかんなくなるって。」
 正直な分だけか細くなっていく答えが、なんだか微笑ましかった。
 「そのうちわかるようになるさ。」
 ぽん、とフリスクの頭に手を載せる。そして、顔をあげようとしたフリスクの頬をむにっとつまんだ。
 「むぅ」
 「もう片方要るか?」
 空いた手を出すと、いらにゃい、と首を振られた。
 「……あ」
 つまんだ手を外そうとしながら、フリスクが声を上げる。
 「ん?」
 「そうだ。ちょっとかがんで?」
 「うん?」
 手を離して少し屈むと、ぺたんと頬にフリスクの手が触れた。ついで、ちゅ、と反対側の頬に唇がくっつく。それと同時に、小さな舌先がチロリと頬を舐めた。
 時が止まる。
 おずおずと触れる舌先からは、こちらを理解しようという努力とか、親愛的な何かとか、恥ずかしさだとか、そんな感情が全て伝わってきた。一瞬ソウルを重ねたような錯覚さえ起こして、すべての行動が取れなくなる。
 「……サンズ?」
 小さく呼ぶ声に我に返って、思わず顔に手を当てた。感情が顔に集まるのが解る。
 「……あー……」
 手の指の間からフリスクの方をちらっと見ると、フリスクも赤い顔でこちらを見上げていた。恥ずかしそうでもあり、そんな顔するくらいならしなくても良かったのに、と思わず息が漏れる。だが、多分それがフリスクなりの誠意と、まあ仕返しなのだろう。それも解る。とんでもなく不器用でストレートだ。思い切り抱きしめてやりたいという衝動にもかられたが、そこはなんとか自制した。
 ほとほとからかい過ぎた自分にため息が出る。やりすぎた。今気づいても遅いが。もう一つ蓋をしなければいけない事もチラリと見えた気がしたが、そこは問答無用で蓋をする。大丈夫、ポーカーフェイスはお手の物だ。
 もう一度息をついて何とか切り替える。
 「OK、わかった。これで仲直りだな。」
 ぽん、とフリスクの頭に手を載せると、フリスクはこっくりと頷いた。
 「うん。」
 そして、少し屈んで目を合わせる。
 「だが、これは他の奴には絶対にやるなよ。
  大体お前さんには必要ないだろう。そんな立派なリップがついてるんだからさ。」
 真剣になりかけた声をなんとか誤魔化すと、フリスクは少し目元を緩めて頷いた。
 「よし。」
 ぽんぽん、と頭を二度撫でて立ち上がり、先程棚に戻したケチャップをひっぱりだす。
 「ほれ、これ持っててくれ。」
 「ん。」
 渡すと、フリスクは素直に受け取って腕で抱えた。自分もあと二種類くらいケチャップを抱えてから、フリスクの空いた方の手を取る。
 フリスクも、今度は逃げて行かなかった。
 「さあて、俺の用件は終了だ。パピルス探すか。」
 「うん、そだね。」
 きゅ、と握り返される手の感触がなんだか嬉しい。
 「帰りは一緒に帰ろうな。」
 「うん。」
 その小さな手をしっかり握って歩き出す。
 パピルスが居ると、またフリスクはそっちに行ってしまうだろう。それはそれでいいのだが、今はもう少しだけパピルスが見つからないでくれるといいな、と何となく思った。
 「あー……」
 思ってしまった事を脳内でかき消す。そういう訳ではないのだ。そのはずなのだが、どうもうまくない。好奇心と欲望がごたまぜになって、とうとう基本事項まで領域侵犯してきたらしい。
 「どしたの?」
 無意識に声を出していたのか、フリスクがこちらを見上げた。すでに平常通りの表情に、少しだけ心が落ち着きを取り戻す。
 「いや、お前さん面白いよなあと思ってさ。」
 「そう?」
 怪訝そうなフリスクに、ああ、と答える。しかし日ごろの行いが悪かったのか、フリスクは、また冗談でしょ、という顔で前を向いてしまった。
 「なあフリスク。」
 「んー?」
 通常モードのフリスクはもはやこちらに顔を向ける事すらしない。
 『お前さん、俺を悪い骨にしないでくれよ。』
 そんな文句が喉をついて、慌てて飲み込んだ。
 「なんでもない。」
 「あっそう。」
 フリスクはこちらをちらっと見ると、肩を竦めてまた前を見た。
 さっきの真っ赤になった照れた顔や殊勝な表情はそこにはもう見当たらない。
 でも自分は知っている。そのことが何だかちょっとうれしかった。


おやすみなさーい!て頬にキスするのはちびっこならではだなあ、と。
Pixivに置いてた時は謎の人物紹介おいてましたけど、フリスクはあれで結構クソガキであってほしい気持ちがあります。というか、シャイレンのライブやらお絵描き教室やらこなしつつTPルート駆け抜ける子はどう考えてもクソガキムーブしてるんですよね。
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