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散歩道


  「そうだフリスク。明日ドライブいかないか?」
  パピルスがそんなことを言い出したのは、夕方、白熱したゲームバトルが一息ついた時だった。今日のパピルスの家での勝負はパピルスとサンズとフリスクで二勝・一勝一敗・二敗といったところだ。
  「行く。」
  即答で頷いたフリスクは、ゲームのコントローラー片手に顔を向けた。対戦していたサンズは早々にコントローラーを放り投げ、フリスクの膝を枕にして寝っ転がる。
  「でもいきなりだね。どうしたの?」
  「実は俺様、いい場所を知っていたのだ!だが、フリスクたちを誘わねばと思っているうちに忘れてしまっていてな!」
  今思い出したから、忘れないうちに誘ったのだ!そう言ってパピルスは笑った。
  「そういうことなら喜んで!明日ね!ぼくがこっちに来ればいい?」
  「いや、お日様が昇ったら、フリスクのとこまで迎えに行くぞ!」
  そして俺様の愛車を堪能するといいぞ、とパピルスは自慢げだ。その申し出はありがたかったので、フリスクも素直にうなずいた。
  「わかった。お弁当持ってく?ママに頼んだらパイができるかも。」
  聞くと、パピルスは少し考えて、そうだな、と頷いた。
  「それもいいな!じゃあ、トリエルさんに頼んでくれるか?」
  「了解!じゃあ明日待ってるね!」
  フリスクは、ほい、と小指を差し出す。パピルスはその小指に自分の小指を絡めた。
  「ゆーびきーりげーんまん!」
  「嘘つかないから安心するといいぞ!約束だ!」
  こつんと額をくっつけて、笑って小指を離す。
  「そうだ、サンズも」
  フリスクが小指を差し出すと、サンズはぐだぐだな声を出しながら右の小指を差し出した。
  しかし、絡めようとすると、骨の小指はひょいっと逃げていく。
  「悪いな、小指が逃げちまった」
  「サンズが逃がしてるんでしょ。」
  もう片方の手で捕まえて、小指を絡めようとすると、今度は骨の指はぽろっとはずれて落っこちてしまった。
  「ひえ!?」
  唐突な出来事にフリスクはぎょっとして手を放すが、サンズはおっと、と何もなかったかのように身を起こし、指の骨を拾いにかかる。
  「……大丈夫?」
  「ん?ああ。どうも逃げ癖がついたみたいだなあ。」
  ニヤニヤ笑いながらそんなことを言うが、その笑みには余裕とフリスクをからかってやろうというのが如実に出ていた。
  よく見たら、はめる前だというのにサンズの右の指はちゃんと五本ある。
  「どういうこと?」
  「さあなあ。」
  ニヤニヤニヤニヤ。反応が面白かった時の笑いかただ。
  「ほれ」
  もう一度右の小指を差し出される。ちゃんと五本ついていて、とくに異常は無さそうだが、サンズのニヤニヤした顔からすると後一つくらい何かありそうな気がした。
  骨の右手をぎゅっと掴んで、骨の小指に小指を絡ませる。と、今度は手首ごと転がり落ちた。
  「ひあああ!?だ、だ、大丈夫!?」
  あわてて骨の手首を拾おうとすると、骨の手は唐突にガタガタッと音をさせて動き出した。
  「うわぁぁ!?!?」
  悲鳴を上げて飛び上がった拍子に、ソファから転がり落ちる。
  「フリスク、大丈夫か!?」
  「おいおい、俺の手だぜ?そんなに怖がらなくて良いだろ?」
  「うう」
  半ば腰を抜かしたフリスクの前で、とてもとても楽しそうにニヤニヤしながらサンズが速やかに手首を拾った。右手で。
  どうやらまたイタズラに引っ掛かったらしい、とようやく気付く。
  「ほーら、仕切り直しだ」
  ひろひろと差し出される骨の小指。
  その根本の手首をもう一度ぎゅっと掴み、今度こそ小指をからめにいく……ふりをして、フリスクは思い切り勢いをつけて伸び上がった。
  「!?」
  がつん、と痛い音がして、頭頂部に痛みが走る。だが、頭を打ち付けた相手の方は、あごを押さえてソファにひっくり返っていた。
  頭突きはきれいに決まったらしい。
  「もういい。サンズは来ないで。」
  「おいおい」
  「手も外れちゃったし、安静にしてなよ。」
  ぷいと顔を背けて、ゲームを片付ける。そして、パピルスにだけ挨拶をして、フリスクは家に帰ったのだった。
 
 
  「という訳で、明日パピルスとドライブ行くんだけど、一緒に行かない?」
  帰ってくるなりそんな事を言い出したフリスクを見て、アズリエルとキャラは顔を見合わせた。
  「随分唐突だね」
  ごもっともなキャラの指摘に、そりゃあね、と頷く。
  「パピルスはいつだって唐突だもん」
  そして、二人ともそれで納得したらしい。それもそうか、と二人で肩をすくめる姿はなんだか双子のように揃っていた。
  「ドライブ、楽しそうだね。」
  いいな、と一歩引いた笑顔でアズリエルが言う。
  「どこまでいくの?」
  人が多いところは嫌だよ、とキャラは言う。
  「なんか良いとこ知ってるって言ってたけど、詳しい場所は聞かなかったんだ。でも、パピルスと一緒だしたぶん楽しいよ。」
  二人がそんな反応をする理由もフリスクは知っていた。
  キャラは基本的に人間が嫌いだ。ろくな思い出がないから、全ての人間は悪人が醜く取り繕っているだけに見えると言っていた。だから、人の多いところには行きたくないのだろう。
  アズリエルはサンズが苦手らしく、一歩引いた笑顔で避けているのをフリスクもキャラも知っていた。お花だったときに散々な目に合わせて散々な目に合わされたのが原因だ。自業自得と本人は言うが、罪の意識と反射的に警戒してしまうのとで、一緒に居ると精神的に疲れるらしい。
  フリスク当人はと言うと、人間に関する記憶はキャラと同じくあまり良く無いものの、記憶自体が薄いためそこまで嫌悪感はない。サンズに関しては助けてもらった事もあり、基本的に仲間で友達でこちらも嫌悪感はなかった。
  だが。
  「なお今回サンズは来ない」
  フリスクがそう言うと、アズリエルは目を見開いた。
  「なんで」
  「来なくていいっていった。さっき頭突きしといたし。」
  先程のことを思い出すとまだちょっと腹立たしい。
  「ゲームはコテンパンにされたしコテンパンにされたし指取れたのびっくりしたしぼくのこと枕と勘違いしてるし一々腹立つしめんどくさいしあんなの知らないもん。」
  むくれているのがわかったのか、アズリエルは深くは聞いて来なかった。
  「………じゃあいこうかな」
  おずおずとアズリエルが言う。
  「なら私もいく」
  キャラも頷いて、明日の予定は決まったのだった。
 
 
  「フリスク!アズリエル、キャラ!パピルス様だぞ!」
  車のエンジン音と声が響く。
  「おや、来たみたいだねえ」
  「うん、いかなくちゃ」
  フリスクは荷物を片手に玄関先に向かった。荷物の中身はママにおねだりしたパイと、ハンカチティッシュに携帯電話だ。
  「もう、家のなかを走らないの」
  「はーい」
  「わかってまーす」
  返事だけいい子で、アズリエルとキャラも各々の荷物を片手にばたばたと走ってくる。
  玄関先には既に赤い車とパピルスがどーんと待機していた。
  「パピルスおはよ!」
  「おじゃましまーす!」
  「おはようだぞ、フリスク!アズリエルにキャラも!さあ、荷物を積み込むのだ!」
  開かれたドアに荷物を詰めて、ついでに自分達も乗り込むと、アズゴアパパとトリエルママが家から出てきた。
  「やあ、おはよう。今日はうちの子供たちを頼んだよ。」
  「パピルスくん、おはよう。今日はうちの子たちをお願いね。……て、あら、サンズはいないの?」
  「王様、トリエルさん、おはようだぞ!サンズだったら今日は約束してないから来てないのだ!」
  元気一杯でパピルスは胸を張る。
  「でも、居たところで特に役に立たないからいいのだ!」
  爽やかな暴言にトリエルとアズゴアは顔を見合わせる。
  「パピルス!はやくいこう!」
  車のなかからキャラが声をかけると、パピルスは、そうだな!と頷いた。
  「ではいってきますだぞ!夕方には帰るから心配しないで!」
  しゅたっと乗り込んでエンジンをかける。
  「わかりました。気を付けてね」
  「いってらっしゃい」
  パパとママの声に見送られて、四人は出発したのだった。
 
  車内は賑やかだった。歌ったり、喋ったり、流れる景色にはしゃいだり、がっつり持ってきたお菓子を食べたりしているうちに、パピルスの車は小さな山の中腹の駐車場に停車する。
  「ついたぞ!ここから少し行ったところなのだ!」
  パピルスはそういって車から飛び降りる。
  「へえ。駐車場ある割に人気ないんだね。」
  辺りを見回してキャラが言うと、パピルスはそうだな、と、頷いた。
  「サンズは、町から中途半端なとこにあるからだろうって言ってたな。」
  「ふーん、そうなの。」
  確かに思い切り田舎の遠方という訳でもなく、中途半端に町が近い、といえばそんな場所だった。
  「あ、荷物出そう。パイはこれで……お菓子まだあるよね?」
  確認すると、アズリエルは任せて、と頷いた。
  「もちろん。いっぱい持って来たからね。」
  「アズ、私のチョコも取って。」
  「了解!」
  わいわい騒ぎながら荷物を引っ張り出す。準備が出来たところで、パピルスは車にしっかり鍵をかけた。
  「ついてくるといい!」
  そういって走り出す。その背中を追って、三人も走り出した。
 
  木立を抜けて、心ばかり整備された道を横切って、山道を行く。どこかで聞こえる鳥の声に顔を上げても、頭の上は木々に遮られていまいちよく見えない。
  だが。
  「ついたぞ!」
  パピルスのいるところまでいくと、唐突に視界が開けた。
  日の光が照らし出すのは平地に近い緩やかな斜面。そして色とりどりの花の絨毯だった。
  「へえ……!」
  「きれい……」
  「すごい。」
  唐突な絶景に声を失う。その様子を見てか、パピルスは誇らしげだ。
  「お花が終わる前につれてきたかったのだ!三人とも連れてこれてよかったぞ!」
  「すっごいや。ありがとう、パピルス!」
  言ってフリスクが飛び付くと、パピルスはおっとと、とバランスを崩しかけながら受け止めてくれた。軽々と抱え上げて肩の上に乗せられると、視点が上がってさらに広く見渡せる。
  「すごいすごい!ずっと先まで花畑なんだね!」
  片手はパピルスをぎゅっとして、もう片方の手はかざす。遠くまで見渡していると、下からブーイングが聞こえてきた。
  「フリスク、僕もみたい。」
  「私も。」
  手を伸ばす二人に、どうしようかなあ、という顔をすると、二人はアイコンタクトで作戦を決めたらしい。
  「おーりーてーよ!」
  「いーやーだー!」
  アズリエルはフリスクを引きずり下ろしにかかり、キャラはよじ登りにきた。
  「ちょ、ちょっと待つのだ!三人一度は……!」
  三人にくっつかれたパピルスは、今度こそバランスを崩し、花畑の中に三人ごとひっくり返る。
  ばふ、と柔らかい音がして、花畑の中に放り出された。痛みはないが、上からは勢い余って花が降ってくる。
  「パピルス、大丈夫!?」
  慌てて身を起こすと、パピルスはアズリエルとキャラの下敷きになってひっくり返っていた。
  「大丈夫だぞ!だが!骨はいたわってくれ!頼むから!」
  パピルスは二人を乗せたままで体を起こす。
  「はーい」
  「ごめんなさーい」
  いい返事の二人は、それでもパピルスの上からどく気配がなかった。
  「ちょっと!アズリエルもキャラも!どいてよ!」
  ぼくの特等席なのに、と抗議しても、二人はつれない。
  「フリスク、荷物大丈夫か確認してきたら?」
  それとなく追い払われて、パピルスの方を見ると、パピルスはそうだな!とうなずいた。
  「俺様は大丈夫だから、パイの無事を確かめるといいぞ!」
  「ママのパイ、台無しになってたらフリスクのせいだからね。」
  「なんでだよ、もう!!」
  むきい、となりながらも、仕方ないので飛んで行った荷物を集めに掛る。後ろからは高い高いーと二人のはしゃいだ声が聞こえてきた。
  チョコレートの入ったカバンは割れ物もないし無事だ。中味は割れているかもしれないが知ったことではない。スナック菓子を詰め込んでいる鞄も、中身は割れたかもしれないが問題はないだろう。一番遠くまで飛んでいたパイ入りのカバンの中身は、・・・まあ少し崩れていたが食べるのには問題のない程度で収まっていた。ほっと胸をなでおろす。
  後ろの方はいつの間にか花吹雪を作って遊んでいたらしく、三人の楽し気な声が聞こえていた。振り返れば、パピルスの膝の上を二人で分け合っているらしい。ほうり上げる色とりどりの花がひらひらと三人の上から降ってきている。赤青黄色の花が頭の上に乗ったパピルスは、なんだかとても華やかに見えた。
  足元のお花を眺めて摘んでみる。くるっと茎を結べば指輪の出来上がりだ。 大きいのと小さいの、二つ作ってフリスクは三人の元に向かった。
  「このお花可愛いな。あの小さいお花ちゃんみたいだぞ。」
  目の前に落ちてきた黄色い花をつまんで、懐かし気にパピルスが言う。
  「元気にしているかなあ。」
  黄色だけ集めて花束にしているパピルスは、懐かしそうだ。だが、ここからでは見えないが、多分膝の上は凍り付いているだろう。
  何せ色々やらかした元小さいお花ちゃんは現在膝の上に居るのだ。
  助けに行くか、と荷物を持ち直す。
  「パピルスにはお花の友達がいたの?」
  しかし声を掛けようとしたところで、キャラの声が、とん、と響いた。え、とこちらまで凍り付く。キャラは全て知っているのにわざと聞いている。それはわかるのに声に圧されて動けない。自分でこれならアズリエルはもっとだろう。
  だが、パピルスはそんな空気は全く解さなかった。
  「キャラにも紹介したかったぞ!黄色くて小さなかわいいお花でな、いろんなことをおしゃべりしてくれたのだ!地上に出てからは会わなくなってしまったんだが、きっとどこかで元気にしているはずなのだ!」
  「そのお花、いい子だったの?」
  アズリエルが青ざめたのがこちらからでもわかった。
  「ああ!お花なのに色んなことを知っていて、いっぱいアドバイスとかもらったんだぞ!」
  だが、パピルスは気づいていない。全開の笑顔でそう返す。
  「そっか、いい友達だったんだ。ね、アズ。」
  「え、ああ、うん……」
  アズリエルの表情は硬い。しかし、そんなアズリエルを見ながらパピルスは、そういえば、と話しかける。
  「ちょっとアズリエルにも似たところがあったな!」
  アズリエルは文字通り目を見開いて飛び上がった。
  「ええ!?……あー、ええとどのあたりが?」
  「ちょっと照れ屋なところとかな!」
  パピルスはそう言って笑う。だがパピルスは知らないはずだ。それでも、何かわかってしまうのだろうか。
  「ああ、それはアズっぽいね。私でも友達になれそう。」
  ふふ、とキャラが笑うと、パピルスは少し驚いたようだった。
  「キャラがそんなこと言うなんて珍しいな。だが、多分気が合ったと思うぞ。俺様のカンだがな!」
  となりのアズリエルは驚くを通り越して固まっている。
  「懐かしいな。今頃どうしてるかな。」
  と、アズリエルがおずおずと顔を上げたのが見えた。
  「あー、きっと元気だよ。そして、今でもパピルスの事大好きだと思う。君の友達なんだからさ。」
  泣きそうな顔で微笑んでアズリエルは言う。嬉しさと申し訳なさと辛さ悲しさ、そして感謝。混ざりすぎてどれが主だかわからない顔だった。
  「フリスク、何ぼーっと突っ立ってるの?」
  唐突に声を掛けられて、はっと気づく。
  「いや、お花きれいだなあって」
  豪快にごまかしたが、これで誤魔化されてくれるのはパピルスだけだという自覚もあった。そもそもキャラは確信犯だ。
  「ええと、パイは無事だったよ。こっちチョコ、こっちスナックね。」
  話題を切り替えて、荷物をとんとんと並べていく。
  「あとパピルス、手出して?」
  「なんだ?」
  素直にグローブの手を出すパピルスに、さっき作った大きい指輪をくっつける。そして、小さい方を自分の指にくっつけた。
  「ほら、おそろい。」
  「おお、かわいいな!ありがとうだぞ!」
  喜んでもらえたのが嬉しくて、笑みがこぼれる。
  「パピルスにだけ?」
  横から覗き込んできたキャラからはぷいっと顔を背ける。
  「ぼくより上手でしょ。」
  「そうなのか?」
  パピルスが問うと、キャラは目をぱちくりとさせた。そして、緊張が解けたようにふふ、と笑う。
  「まあ、その指輪よりはいいのが作れるよ。アズだって。ねえ?」
  話を振られたアズリエルは、指輪を見て、キャラを見て、パピルスをみて、困ったような顔で笑った。
  「まあ、そうかも。」
  「そうなのか!」
  「ずーっと前、ママに習ったんだ。ほら、こうやってさ。」
  アズリエルは、さっき散らかしていた花を数本とると、束ねながら巻いていく。フリスク作の一本の花を結んだだけの指輪と違って、随分華があった。花だけに。
  「で、こうやってわっかにすると冠みたいになるよね。」
  手元を見ている間に花冠ができた。丁度王様の冠くらいの小さなサイズだ。
  「そして、こうすると出来上がり。」
  言いながら、アズリエルはぽん、とキャラの頭にそれをかぶせた。キャラには唐突だったのか、目を見開いたまま固まっている。
  「へえ、かわいいな!」
  よく見ると、アズリエルの花冠を眺めている間に自分でも作っていたのか、作りかけの冠が手の中にあった。頭の上の花冠より繊細な出来のそれを持っているせいか、5割増しでかわいらしく見える。
  「ね、かわいいでしょ。」
  へへ、とアズリエルも照れたように笑う。と、キャラも我に返ったらしい。
  「なんで私なの」
  半分怒ったような顔は照れ隠しだ。わかっているからアズリエルも余裕がある。
  「フリスクの指輪がほしかったのかと思ったんだけど、違った?」
  「そんなの自分で作れるし」
  キャラの手の中にあった作りかけの冠は、すぐに冠の形になってアズリエルの頭に鎮座する。
  「わっぷ」
  多少力いっぱいたたきつけるように載せているのはご愛敬なのだろう。勢いで小さな花が少し零れた。
  「ほら、私のがアズのより綺麗だよね?」
  「まあ、そうかなあ。どっちもきれいだよねえ。」
  自分ではそんな綺麗には作れない。だからどちらも等しく綺麗にみえるのも事実だ。
  「どっちも上手だぞ。」
  パピルスも、うんうん、と頷いている。それを見ながら、そうだ、とひらめいた。
  「あーそうだ、こっち向いて」
  「何。」
  こちらを向いた二人に向けて携帯を構えてカメラのボタンを押す。画面の中でストップした二人はお揃いの花冠を載せて、こちらを向いていた。
  「写真?」
  怪訝そうな顔でキャラが携帯を覗き込む。
  「そ。これを、こうしてこうやってー、……ママとパパに送信。」
  メールにして送ると、アズリエルがくすくすと笑った。
  「フリスクってばマメだねえ。」
  「家に帰ったら、壁にこの写真が飾ってあったりしてね。」
  「はっはっは、まっさかあ。」
  笑っていると、今度はパピルスが、そうだ!と声を上げた。
  「どうせなら四人で撮ろう!俺様にくっついて笑ってくれ!」
  キャラは驚いたようだったが、アズリエルはOK、と言って笑う。それを見ながら、フリスクもすぐ傍に収まった。
  四人の中では比較的……圧倒的に長い手を伸ばして、パピルスはインカメラを向ける。
  「パピルス、せっかくだから指輪見せよう?」
  指輪のついた手をつっつくと、パピルスはすぐにカメラを持ち替えた。
  「ああ、そうだな!」
  画面の中に、花冠の二人と指輪の二人がぎゅうっと収まる。
  「取るぞー!」
  「いいよー!」
  ぴろりん、と気の抜けたシャッター音がして、画面の中の4人は笑ったままで時間を止めた。
 
 
 
  四人以外には気配のない広い花畑には、心ばかりの小道があった。なんとなく四人で歩いているのは、この道はどこまで続いてるのかな、なんてフリスクが言いだしたからだ。誰に似たんだ、と、キャラとしては少し思う。見た目こそ違うが、ソウルの組成はキャラもフリスクもアズリエルも大差なく、キャラとアズリエルのソウルがまじりあっている、はずなのだ。
  死んで取り込まれたときにソウルが混じったせいだろうか、いつからか、意識はアズリエルと共にあった。お花になって何十回何百回と世界をあらゆるパターンで繰り返すアズリエルをずっと見ていた。ソウルレスのお花になっても、自分にもう一度会いたいと何度も望むアズリエルを見ていられなくなったのはいつだっただろうか。気が付いたら視点が自分と同じ年恰好の子供になっていた。というか、変質はしているがあれは自分の身体だったのだと思う。そして、自分の意思を持っているのか持っていないのかわからない、ゾンビのように勝手に動く身体から世界を見ていた。やがてゾンビを選択肢で誘導する方法を覚え、アズリエルにも会って、一度はハッピーエンドにたどり着いた。
  その後ゾンビにフリスクとしての自我が芽生えてしまうとか、アズリエルがまたお花に戻るとか、おかげでまたリセットする羽目になったとか、それなのにフリスクの自我が消えなかっただとか、原因不明の予想外が大量に重なった結果、今がある。
  思えば長かった。
  ふうっと息をついて先を見ると、ずっと続くような花畑の道で、フリスクとパピルスは元気いっぱいで先に進んでいる。能天気なものだ。
  「キャラ、疲れた?」
  隣に居たアズリエルに聞かれて、いいや、と首を振る。
  「これくらいで疲れたりしないよ。」
  ふわっと暖かい春の風が通り過ぎていく。人間は今でも嫌いだが、自分を苦しめる者はもういない。代わりに、自分が間違えた道を行きそうになったら止めると誓ってくれた友だちがいる。ソウルをなくしても、ずっと自分を求め続けてくれたアズリエルがいる。 自分の命には人間を滅ぼす以上に価値がある、と分からせてくれる。
  こんな日が来るなんて、地下に落ちた時には全く想像していなかった。
  「キャラ」
  目の前に白いふもふもの手が差し出される。
  「何」
  「良かったらお手をどうぞ。」
  まるで王子様のように恰好を付けて見せるアズリエルは、……そういえば本物の王子様だった。手と顔を視線が往復するごとに、アズリエルの格好つけがやがて困ったようなへなへなした表情に変わっていく。
  「ええと……」
  もごもごと気まずそうな表情を見ていたら、笑えて来た。お花生活で随分たくましくなったかと思ったが、やっぱりアズリエルはアズリエルのままだ。
  もう少し放ってもいいかと思ったが、頑張って格好をつけて見せたその根性に免じて、ふもふもの手を取った。
  ただし思いっきり強く。
  「あだだだだ!キャラ!強い!強いってば!」
  ぎゅうううっと握り締めると、アズリエルから悲鳴があがる。やはりアズリエルはこれでこそだ。
  「格好つけるからだよ。」
  力を緩めて、もう一度手を握りなおす。ふかっとした感触は相変わらず柔らかくて心地よい。
  「ねえ、アズ。」
  目を伏せたまま呼ぶ。
  「ん?」
  「アズは、お花だったことを無かったことにしたいの?」
  視線はふもふもの手のまま。それでも、アズリエルが息をのんだのは解った。
  「できるなら。でもできないから。」
  やがて、困ったような、諦めたような声が返ってくる。
  「私は、お花でもアズはアズだったと思うよ。」
  ソウルをなくしていても、色々やらかしたのを見ていても、地下中殺しまわっているのを見ていても、どこかはやっぱりアズリエルだった。泣き虫で、気弱で、ことあるごとにくっついてきていた寂しがりやのアズリエルだった。だから、嫌悪感もなかった。自分に会うためにやっていたのだと知ってからは、さらに。
  多分パピルスもそうだ。そうでなければ、何度もお花ちゃんファンクラブなんて作ろうとしないと思う。
  「そう、なんだよね」
  だが、アズリエルの返事は苦しそうだった。本意通りには伝わらなかったらしい。
  「そういう意味じゃなくて……アズ、お花やって少したくましくなったよね」
  「そう?」
  「うん。」
  悪い事ばかりじゃなかった。だから全部なかったことにしなくてもいい。
  そう伝えたいのに、うまく言葉が出てこない。
  「頼りがいってやつ、ごくごくごくごくたまーにだけど、ある気がしなくもない。」
  アズリエルは困ったように笑った。
  「ありがとう。でも、それはそれ、これはこれだもの。」
  言い方はそれでもきっぱりしている。頑として譲る気はないらしい。
  「僕がやったことは無かったことになった事も多いけど、僕のなかでは消えないんだ。」
  それは罪を背負うと決めた顔だった。でも、それは……自分のためにやっていた部分もいっぱいあると、今は知っている。
  ソウルを取り込ませたこと、地上の人間を滅ぼす気だったのに黙っていたこと、それは別に後悔していない。正しい事ではなかったとしても、自分はそうしたかったからだ。
  でも、その後、アズリエルが何度も世界を繰り返す羽目になったこと、延々自分を求め続けていたことに関しては、流石に何も思わないわけではなかった。あんなに苦しませることになるなら、やらなければ良かったのかと思った事は一度や二度ではない。
  だから、アズリエルが一人で全てを背負うのをただ見ているだけ、なんて出来なかった。ともだちが 全てを悔やんで生きるのを見るのは、もうたくさんだ。
  「アズがいっぱい試したから今の私がいるんだよ。」
  ぎゅうう、と握った手に力を籠める。
  「あ……」
  握ったふかふかの手は、一瞬逃げかけて、また握り返してきた。
  「そうか、そうだったね。」
  泣きそうなあの顔で微笑んで、アズリエルはこちらを向いた。
  「ありがとう。すこし心が軽くなった気がする。」
  「別に。」
  ぷい、とそっぽを向くと、そっと手を引っ張られる。先に行こう、ということらしい。
  ややあって、アズリエルが口を開いた。
  「……いつかサンズともちゃんと話せたらいいな。」
  常日頃避けに避けている名前だ。少しは前を向けたらしい。アズリエルは本当に強くなったな、と思う。
  「フリスクですら面倒っていってるんだからやめときなよ。」
  「そういうんじゃなくて。」
  もう、わざといってるでしょ、と言われて素直にうなずく。
  少し目があって小さく笑いがこぼれた。
  「いつかね、いつか。まだ、何を言えばいいのか分からないし。」
  「その時は付き合うよ。アズが嫌がってもついてくから。」
  先を見ればパピルスとフリスクは随分先まで行ってしまっていた。おっきい木がある、と聞こえてきて、追うように少し足を速める。
  青空と花畑を通る道は平和そのものだ。
  でも、これはたくさんの不幸と悲しみと失敗と長い時間の果てに勝ち取った時間だった。
 
 
  花畑の道は少し下っていて、その先に大きな木があった。幹は四人で手を伸ばせば回るくらいで、かなり太い。高さは控えめだが、それでもパピルス三、四人分くらいはあるだろう。
  葉の茂った木の下は丁度良く木陰になっていて、パイを食べるのにはうってつけだった。
  「やっぱりちょっと崩れてる。」
  頭の凹んだパイにかぶりつきながらアズリエルが言う。
  「誰かさんがパピルスごと押し倒したから吹っ飛んだんだよね。」
  「パイだけは死守すればよかったのに。」
  キャラもそう言いながらあまり潰れていないパイを頬張った。
  「ちょっと崩れただけじゃん。それに食べれるから良いの。」
  歪に切れたパイをかじりながらフリスクが言い返すと、そうだぞ、とパピルスも頷いた。
  「トリエルさんのパイは何時食べてもおいしいしな!」
  「ね!」
  フリスクはそう言ってぺたんとパピルスにくっつく。
  「フリスク、またパピルス独り占めしようとしてない?」
  アズリエルが半分呆れたような顔で問うが、フリスクは涼しい顔で首を横に振った。
  「そんなことないよ。」
  「そうだぞ!俺様は独り占めされてはいないし!独り占めしてもいない!兄弟とは違うからな!」
  最後の一言に、一気にパピルスに視線が集まる。
  「どういうこと?」
  「サンズが誰かを独り占めしたりするの?」
  怪訝そうな顔でアズリエルが聞くと、パピルスは力いっぱい頷いた。
  「そうだぞ!あいつはよくフリスクを独り占めしていたのだ!二人で話す時は俺様はいつも謎の障壁で追い出されていたからな!」
  フリスクの表情が凍り付く。
  「フリスク、どういう趣味してるの?」
  キャラも心底訳が分からないという顔でフリスクの方を見た。
  「ええ……」
  アズリエルに至ってはドン引き、に近い。
  「だが俺様は出来た兄弟だからな!二人の」
  「パピルス待って、誤解だよ!」
  フリスクは、続きを言わせない勢いで声を上げた。三人の視線が一気に集まる。
  「誤解?でも独り占めされていただろう?」
  「そうじゃなくて!とにかくそうじゃないの!キャラとアズリエルが帰ってくる前の話でしょ、それって!
   相談に乗ってもらってただけだし!魔法使ってるなんて思わなかったし!パピルスが気づいてるなんて思わなかったし!」
  一息にまくしたてて息を吐く。
  「サンズはぼくより物知りみたいだったからさ、ソウルのこととか魔法の事とか、地下で昔なにがあったのかとか聞いてたの。
   キャラもアズリエルも分かるでしょ?わかるよね?」
  キャラの方は思い当たったのか納得の表情を見せた。フリスクがリセットの件などをサンズに相談していた頃は、キャラとフリスクは同じ身体にいたので当然だ。アズリエルの方は、もう少し人選があったんじゃ、という表情が抜けていないのだが、それでも納得はしたらしい。
  「別に独り占めされてたわけでも仲間外れにしたかったわけでもないよ。 ほら、秘密にしたい事ってあるでしょ。サプライズパーティの計画みたいにさ。」
  必死の説明が実を結んだか、パピルスは、きょとんとした顔でフリスクの方を眺めている。
  「それってそんな必死に言うことだったのか?」
  その一言に、アズリエルがたまらず吹き出した。隣でキャラもくすくす笑っている。
  自分がやっていたことに思い当たることがあって、フリスクの顔も赤くなる。これではトリエルママに必死で弁解しているアズゴアパパと変わらない。
  「あー……ええっと!
   ぼくね、誰にも独り占めはされてないつもりだったの。独り占めもしてないよ。だから、パピルスがそんな風に思ってたのにびっくりしたの!それだけ!」
  気まずくなって、手元にあったママのパイにかぶりつく。
  もしゃもしゃと一気に食べていると、けらけら笑っていたキャラがふと黙った。
  「どうしたの?」
  アズリエルが尋ねる声がする。
  「雨の匂いがするね。パイは食べちゃったほうがいいかも。」
  「わかるのか!?」
  「まあ、ちょっとね。」
  言いながらキャラは残っていたパイを口に押し込んで、荷物にふたをした。
  残っているパイを飲み込むと、フリスクも荷物を抱える。
  しかし、見上げた空は相変わらず青く広がっていた。
  「晴れてるのに。」
  どこから雨が降るんだ、と首をかしげていると、キャラは少し眉を寄せた。
  「ふうん、フリスクは解らないんだ。」
  「うん?」
  幸せな奴。ぼそっとキャラがつぶやく。その声の重さに驚いているうちに、ぽつん、と頭の上の葉っぱが音を鳴らしだした。
  「本当に雨が降ってきたぞ!キャラはすごいな!予言者か!?」
  「経験ってやつだね。地上に出たんだから、そのうちわかるようになるよ。」
  「本当か!?それは楽しみだな!」
  やがて、キャラの言った通り雨粒の音が木の葉をゆらし出す。 そのうち、ぽとんぽとんと遮り損ねた雨粒も落ちてきた。
  「結構降るね。こんなに晴れてるのに。」
  アズリエルが上を見上げて言う。
  「でもこれ、すぐ止むよ。」
  「そんなこともわかるの!?」
  「わかるよ。私は外に居る事が多かったから。」
  その言葉で、薄まっている記憶が一つ引っかかった。雨の中、山の中で一人ぼっちで雨宿りしている記憶。寒くて、寂しくて、でもどうしようもなくて。
  間違いなくフリスク、ではなくてキャラの記憶だ。辛い辛い、地下に落ちてくる前の、身体に刻み込まれている記憶。
  「キャラ、雨は嫌い?」
  聞くと、キャラは当たり前だというようにうなずいた。
  「嫌い。わかるよね?」
  「うん、わかる。」
  こっくり頷くと、キャラの目が少しだけ緩んだ。
  「ボクは雨降り嫌いじゃないけどなあ。」
  アズリエルが空を見上げながら言う。
  「それもなんとなくわかる気がする。」
  「うん。納得する。」
  見事に一致した意見に、思わず笑いが漏れた。
  お花だったんだし、とは口には出さないが、キャラとフリスクの一致するところだ。
  やがて、バタバタと降っていた雨は次第に音をひそめ、少し涼しい風が吹き出した。キャラの言う通りだ。
  「本当に雨あがったな!」
  「でしょ。」
  当然、とキャラが頷く。
  「すごいぞキャラ!何でも知ってるんだな!」
  真正面から褒めるパピルスに、キャラは少し面食らったようだった。
  「そういうわけじゃ、ないんだけど」
  「でも、キャラが居なかったら俺様たちはきっとパイを台無しにしてた!だから俺様は礼を言うぞ!ありがとう、キャラ!」
  パピルスが言う事は確かにその通りだ。
  「確かにそうだね。ありがと、キャラ。」
  「ホント、ボクたち花畑にあそびにいってたかもしれないし。ありがとうキャラ。」
  アズリエルと一緒になって礼を言うと、キャラは今度こそ慌てたようだった。
  「いや、そんな大げさだってば。それともなに、からかってるの?」
  「そんなことしないよ。」
  「そうそう。」
  ね、とアズリエルと一緒になって言うと、キャラは何かを言おうとして、結局むくれた顔になる。
  そして、荷物から無言でチョコレートを引っ張り出して口に入れた。
  「チョコレート、随分持ってきたんだな。」
  パピルスが眺めながら言うと、キャラはもぐもぐと頷いた。
  「好きだから。ほらパピルス、チョコあげる。」
  「おお!ありがとうだぞ!」
  パピルスに一本渡すと、またチョコレートに取り掛かる。 そこに白い手が伸びた。
  「ぼくも欲しいな。」
  「あげない。」
  ぷーいとキャラは顔をそらす。
  「スナックあげるから。」
  「……一個だけだよ。ほら、フリスクもどうぞ。」
  「ありがとう。」
  チョコを貰って礼を言う。しかし、顔を上げたその先に何か不思議なものが見えて、動きが止まった。
  「フリスク?」
  怪訝そうなキャラに、フリスクは見ている方を指さした。
  「あっちみて、キャラ。とってもきれい。」
  雨のあとで水の匂いのする花畑。その先の空いっぱいにカラフルな光の柱が伸びている。
  「……虹だ。」
  「にじっていうのか。」
  つられて同じ方を向いたパピルスが声を上げる。
  「なんだ!?空がカラフルになっているぞ!」
  「……凄いね。こういうことあるんだ。」
  アズリエルも驚いたように空を見上げている。キャラは、そうだね、とうなずいた。
  「雨が降った後にたまにできるんだ。」
  地下には多分なかった奴なのだろう。パピルスははしゃいだように天を仰ぐ。
  「雨降りいいな!とってもきれいだ!どこから生えてるんだ!?」
  「根元は誰も知らないよ。それに、すぐ消えちゃうんだ。」
  「なんてことだ!!!」
  愕然、という顔のパピルスの横からそっとカメラを構える。そしてあの虹に向かって写真を撮った。
  しかし、確認した画面には、薄い虹が小さく映るだけだ。遠方でうまく撮れないらしい。
  「また写真?フリスク本当マメだよね。」
  アズリエルが笑いながら言う。
  「でも、写真では遠すぎてちゃんと撮れないみたいだ。」
  言うと、キャラも頷いた。
  「生で見るのが一番だよ。パパとママには後で話そう。」
  「うん。パパとママにも見せてあげたかったなあ。」
  青空に輝く虹は、多分地上ならではのものだろう。それに、もしかしたら二人とも家から見ているのかもしれない。
  「……サンズの奴にも見せてやりたかったな。」
  薄れゆく虹を眺めながら、ぽつんとパピルスがつぶやいた。
  「……きっとまた機会はあるよ。ぼくたち地上に居るんだもん。」
  「……そうだな。今度見る時はサンズも一緒だといいな。」
  「まあ今も一緒なんだけどな。さっきのが虹か?綺麗なもんだな。」
  唐突に生えてきた声に思わず飛びのく。声の方を見れば、確かに声の主ことサンズが立っていた。
  虹に夢中になっていて気づかなかったのは皆同じらしく、幽霊でも見るような視線が注がれる。アズリエルに至っては驚きすぎて毛が逆立っている。
  「サンズ!!!!どっから出てきたんだ!俺様は!お前を!おいてきたはずなのに!!!」
  「その後追いついたのさ、もちろん。場所は知ってたし。」
  「つけてたんじゃなくて?」
  パピルスの後ろに隠れるようにしながらフリスクが聞くと、サンズは軽く肩を竦めた。
  「俺がそんな悪趣味なことするように見えるか?」
  「うん。」
  子ども三人分の即答に、サンズの表情が固まる。
  「おいおい、酷いじゃないか。」
  「サンズだからな、確かにやりかねない……」
  パピルスにまで言われて、サンズは流石に少し傷ついたような顔をする。
  「だが!俺様は確かにあの虹を兄弟に見せたいと思ったから、結果オーライなのだ!
   青い空!雨!カラフルな光の柱!これぞ地上って感じだったよな!」
  ぱああっと笑ったパピルスは間違いなくその場の誰よりも天使だった。サンズは目を見開くと、そのまま照れたようにへへへ、と笑う。
  「ああそうだな、最高に綺麗だったな。」
  その表情は、素直にうれしそうで、少なくとも恐くはなかった。
  「サンズってこうしてれば無害そうなのに」
  ぼそぼそとキャラが呟く。
  「めんどくさいけど基本良い骨だと思う。めんどくさいけど。」
  フリスクも頷く。そして二人の視線は白い毛を逆立てて二人の後ろに隠れるようにして立っているアズリエルに向かった。
  「まだ時間が必要かな」
  ぽそ、とキャラがつぶやく。
  「怖いときは怖いもんね。」
  フリスクも小さくうなずいた。
  「何パピルスの後ろでこそこそ話してるんだお前さんたち。
   キャラとアズリエルは久しぶりだよな。顔見せてくれてもいいんじゃないか?」
  おーい、と呼びかけるサンズは、確かに普段通りと言えば普段通りだ。パピルスも困ったようにこちらを振り向く。
  「二人とも人見知り中だから、近寄ったら泣いちゃうかも。」
  「なんでそうなるの。」
  「泣かないってば。」
  フリスクが代わりに答えると、後ろと隣からそろって抗議の声が上がった。サンズは意に介さず、そうか、と頷く。
  「OK、だがフリスク、お前さんも人見知りか?」
  ん?とニヤニヤ笑うサンズからはまた一歩引いて、フリスクはパピルスの腰に隠れた。
  「ぼくは、昨日、来ないでいいっていったのに、何でサンズがここにいるのかなって考えてる。」
  「フリスク、そんな心の狭い事言っちゃ」
  咎めるパピルスの声を遮るように、ああ、とサンズが口を開く。
  「あー……わかった。昨日はやり過ぎた。
  謝るからこっちに来いよ。一人ボーンっちは寂しいからさ。」
  少しだけ身をかがめて、ほら来いよ、と手招きされる。むぅ、と考えていると、上から困ったようなパピルスの声が降ってきた。
  「フリスク…」
  この表情と声には逆らえなかった。
  「……うん。」
  頷いて結局サンズの方へ向かう。
  「ごめんな」
  ぱちんと目が合う高さで、サンズは小さく頭を下げた。
  「もういいよ。べつに、謝ってもらわなくても良かったんだけど」
  ぶっすりと言うと、まあまあ、とサンズは笑う。
  「ほら、仲直りしようぜ。」
  広げられた両手は、つまりそういう事だ。
  「…………OK」
  たっぷりため息をついてから、結局フリスクはサンズの腕の中に飛び込んだのだった。
 
 
 
  「ねえ、パピルス。あの二人いつもああなの?」
  パピルスの後ろでキャラは眉を顰めた。パピルスは、まあ、そうだな!と頷く。
  「だいたいああだな。毎回サンズが面白がってやり過ぎるんだ。あいつは全く学習しない!」
  「毎回……」
  うへえ、というのが正直なところだった。
  「フリスクもよく許すね。」
  若干引いた顔でアズリエルがつぶやく。
  「だって、フリスクもよくやり過ぎてサンズを怒らせてるからな」
  「ええ」
  さらに引いた顔でアズリエルがうめいた。
  「そして、毎度謝って仲直りしているぞ! ……よく考えたらどっちもどっちかも?」
  「……どっちもどっちだね」
  うん、とキャラが頷くと、やはりな!とパピルスは胸を張る。
  「だがな、気まずくなったらちゃんと仲直りした方がいいのだ!仲直りしなかったらずっと気まずいままだからな!」
  だから、あいつらは特に間違ってないんだぞ!とパピルスは言う。
  流石に聞こえていたのか、サンズにハグされていた…そしてそのまま捕まったフリスクが首だけこちらに向けた。
  「ちょっと、目の前で実況解説しないでよ。そしてサンズはそろそろ手を離して。」
  「手を離したらお前さん逃げるだろ。」
  「当たり前じゃん」
  腕は緩めているようだが、離す気はないらしい。
  「なるほど学習してない。」
  はあ、とキャラが息をつくと、アズリエルもそちらを見た。
  「でも仲直り、できるんだよね。」
  「どっちも意外と心が広いのかもしれないな。」
  呆れたようにパピルスもあちらの二人を見下ろしている。
  「………」
  アズリエルは、そのまま黙りこくってしまった。
  「アズ?」
  キャラが声を掛けるとアズリエルは、すっと顔を上げる。そして、一歩二歩と前に踏み出した。
  「お?」
  気づいてサンズが顔を上げる。
  「サンズ。そろそろフリスクを離してやってよ。」
  アズリエルが手を出すと、サンズはアズリエルとフリスクを交互に眺めて、フリスクを開放した。
  「人見知りは治ったみたいだな?」
  「そもそも人見知りしてたわけじゃないよ。」
  む、とアズリエルが口をとがらせる。
  「だが、 フリスクはよく来るのにお前さんたちは寄り付かないからな。
   俺がそっちにいっても逃げちまうし。」
  「フリスクはパピルスに会いにいってるんだと思ってたけど。」
  キャラがぼそっと言うと、フリスクもアズリエルの後ろでうんうんとうなずいた。
  「まあ、そうだね。でもさすがに、そろそろ逃げるのは良くないかなって。」
  アズリエルの言葉に、サンズは苦く笑う。
  「やれやれ、やっぱり逃げてたのか。で?逃げるのをやめて友達にでもなろうってのかい?」
  ニヤ、と笑ったサンズに、今度はアズリエルが苦く笑う番だった。
  「いいや、僕は……あなたに、話さなきゃなんないことがあるんだ。
   その、友達になれるかどうかはそれから考えて。」
  言いづらいのだろう、ところどころ引っかかりながらアズリエルは言葉を紡ぐ。それでも、うつむきがちな目には、小さな決意に似たものが灯っていた。
  だが、そろそろアズリエルには荷が重そうだ。
  「サンズ。今度私とアズとフリスクと三人で君のうちに行くよ。」
  キャラは、ひょこ、とサンズの前に出た。
  「おや、こっちも人見知りは返上か。」
  「まあ、そんなとこ。はい、これお近づきの印にどうぞ。」
  そう言って黄色くて小さな花を差し出す。
  「あ、さっきのじゃないか!」
  「そう、これ可愛いよね。」
  地下と地上どちらにも生えている、別名、ゴールデンフラワー。パピルスと笑顔を交わしているキャラの横で、アズリエルの表情が少しこわばった。
  その様子を見ながら、サンズはその花を受け取った。
  「そりゃどうも。」
  間近で見る黄色い花は、地上でも地下でも変わらず可愛らしい色で咲いている。
  ただ、この花は、……そう、色々と曰く付きだった。キャラとアズリエルに関しても、他の真実に関しても。
  「まあ、花はかわいいよな。」
  雫を含んで、黄色い花びらは少し光を透かしている。
  「まあ、積もる話もいっぱいあるだろうし、その時は、ぼくはパピルスと心置きなくゲームにいそしむよ。」
  ね、と言いながら、フリスクはまたぺったりとパピルスにくっついた。パピルスは目をぱちくりさせている。
  「どういうことだ?」
  「驚くサンズの顔が見れないのは残念だけどってこと?」
  ニヤニヤと笑うフリスクのこの表情は、碌でもないことを思いついたときによく似ていた。
  「大丈夫、それは写真に撮っとくよ。」
  任せて、とキャラが親指を立てる。
  「もう、僕は真面目に話してるのに」
  「さっぱりわからないぞ!?」
  アズリエルとパピルスの抗議を笑顔で受け流して、二人の人間は楽しそうに笑っている。
  さっぱり寄り付かないキャラはともかく、フリスクが楽しそうにしているのなら、その話は多分悪い事ではないのだろう。
  サンズは、先ほど渡された黄色い花を目の前に掲げた。
  さっきまでの雨で少し濡れたとみえて、花弁にころりと露が転がる。涙が転がって乾くように。
 
  予感がした。
  それは、悪くはなく、良くもない。
  ただ、全てにケリがつくような、そんな予感だった。


アズリエルとキャラにも幸せになってほしくて普通に復活させている話。
多分だけどパピルスとデート!くらいのつもりで書いていたはず。彼がいると何が何でも楽しめるような気がする。でも今読み返したらかなりアズキャ強かった。アズキャは好き。
ついでなので色々わだかまりとかほどけたらいいなって欲を出したのではないだろうか。多分。
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