お出かけ帰りの荷物を肩にかけたまま、フリスクはドアを叩いて声を掛ける。穏やかな日の差す昼下がり、ドアの向こうでは、もう来たのか!とかなんとかにぎやかだ。
「よく来たな、フリスク!」
そしてすぐにドアが開いた。背の高いスケルトン……パピルスが家の中に招き入れてくれる。
「お邪魔しまーす!」
パピルスについてリビングへ向かう。と言っても勝手知ったる他人の家だ。リビングのソファに荷物を放り投げて、人数分お茶を淹れるところまではもはやセルフである。
「あれ、サンズは?」
ヤカンに水をいれながら聞くと、パピルスは戸棚をがさがさやりながら返事をした。
「買い物があると言ってたな!そのうち戻ってくるぞ!」
「了解!じゃあお茶は二人分だね。」
ポットとカップを引っ張り出していると、そうだ、とパピルスがこちらを向いた。
「フリスク。今日は俺様が淹れてやるぞ!」
「そう?」
「疲れてるような気がするからな!お前はソファでゆっくりするんだ!」
肩を押されるようにソファまで押し戻される。押されるままソファに座ると、パピルスはまたバタバタと台所に戻っていった。
何か新作でもあったのかな、などと思いながらソファにもたれかかる。ふわぁとあくびが出た。今日はいい日だ。ぽかぽかしていて、昼からは予定も入らなくて、こうやって友達の家で過ごせるのだから。
地上に出てそこそこ経っていた。地下のモンスターたちも、地上に根付きつつある。まだ障害はあるが、その辺を何とかするのがフリスクの今の仕事だ。今日も今日とて東にもめ事あれば飛んでいき、西に無理解あれば行って説得し、とバタバタしていたところである。でも、自分が頑張った分は笑顔が増えるので、この仕事は割と気に入っていた。
とはいえ、気に入っているからと言って疲れないわけではない。ぽかぽか陽気に誘われるように眠気の虫が飛んできて、それはあっという間にフリスクを眠りの世界に連れ去って行ったのだった。
「ただいま……ふわぁ」
サンズが声をかけて居間に入ると、居るはずのパピルスはいなかった。代わりにテーブルの上に書置きと冷めたお茶が置いてある。
『フリスク!俺様はちょっと買い物に行ってくるぞ!
今夜は夕飯を食べていくんだ!トリエルさんにも連絡したからな!』
フリスクは来ていたらしい。その割にはうるさくないなと思いながらソファの方を見ると、ひだまりの特等席に毛布と枕がちょうど良く転がっていた。最高に気が利いている。
まあいい、二人が帰るまで一眠り、とソファに横になろうとして気が付いた。これは枕ではなくてフリスクだ。ソファのひだまりの特等席で丸まって、気持ちよさそうにぐっすり熟睡していて、これを退かすのは何となく気が引けた。
隣でさっきまで読んでいた本の続きを読む。自室に引き上げる。昼寝をあきらめない。いくらか行動の候補が浮かぶ。
そして、地上に出るにあたって諦めないことを覚えたサンズは、結局そのままソファに転がったのだった。
ぎゅう、と何かにしめられる感じがして、フリスクは目を覚ました。視界が暗い。うたた寝してしまっていたのだろうか。……しかしそんなに寝ていたのだろうか。ぼんやりした頭で体を動かそうとするが、両手両足共にうまく動かない。
「……?」
辛うじて動く首を伸ばすと、少し視界が明るくなった。どうも毛布が掛けられていたらしい。そして目の前に骨と青のパーカーが見えて、だいたいの現状を理解する。
「サンズ?」
ぐーっと首を伸ばすと、案の定サンズがぐっすり眠っているのが見えた。ただし、フリスクを思い切り抱きしめて、である。
ここまでの状況を考える。
今日は昼から予定がなかったから、パピルスの家に遊びに来ていたのだ。だが、パピルスがお茶を淹れてくれている間に、自分はソファでうっかり眠ってしまったらしい。これは確定だ。パピルスには悪いことをしてしまったと思う。そして、パピルスのことだから疲れてるんだろうと少し気を使ってくれたのかもしれない。毛布を掛けてくれたのもきっと彼だ。そして現在パピルスはいない。いるならもう少し騒がしいはずだし、こんな事にはなっていないからだ。その代わりサンズがいる。そのうち帰ってくる、と言っていたから、寝ている間に帰ってきていたのだろう。多分。そして自分を抱き枕にして熟睡している。
しかし、この状態は自分にとってはあまりよろしくなかった。辛うじて呼吸は出来るが、既に息が詰まりそうだ。
「サーンーズ。おはよう。離して?」
声をかけて、思い切り身体をよじってみる。しかしさっぱり反応がない。ソファから転げ落ちればさすがに起きるか、と思い切り動こうとするが、やはりさっぱりだ。これでは蜘蛛の巣と大差ない。
ため息を一つ。これはダメだ、完全に眠ってしまっている。そして寝ているときのサンズは力加減を時の彼方に放り投げていると、フリスクは骨身にしみて知っていた。前にも何度か一緒に寝ていたことがあったのだが、毎度腕から抜け出すのが大変だったのだ。絶対自分を抱き枕か何かだと勘違いしているに違いない。
動かない腕を何とか曲げて、何もない空間に退避させる。肋骨が邪魔で脱出は厳しいが、これで少しはマシになった。少なくとも腕は動く。届いた背骨をゆっくり撫でると、びくりと動いて腕が緩まった。チャンス、と身体を動かそうとするが、またすぐに抱き留められてしまう。
「起きてたりしない?」
返事はない。しかし、苦しくない程度に腕は緩まっていて、力加減はしてくれているような気がした。
「起きてるよね?」
やはり返事はない。少し考えて今度は別の事を口にした。
「ふとんがふっとんだ。」
反応はない。
「ねこがねころんだ。」
ぎゅうう、と力が強くなった。
「ねこがねこんでるのかもしれない。」
どうもこれは狸寝入りのような気がする。それなら化けの皮を剥がすのが脱出の手がかりだ。
「スケルトンをつついたらなんて音がするかな?そう、コツコツっていうよ。骨だけにね。」
しかしこの手段は自分の誇りとの勝負のような気がしてきた。……正直に言うと、ひだまりの毛布の中に居るのに寒さで凍えそうだ。他の手立てを考える。
「ねえ、サンズ。」
ゆっくり呼び掛けて、手の届くところで背を撫でる。
「棒切れ投げたら取ってきてくれたりしない?」
また反応がなくなった。これは悪手だったらしい。スノーディンの騎士たちは大体これで一発だったのだが、スケルトンはそういう訳ではないようだった。
また他の手段を考える。帽子を奪……そもそも帽子がない。つまらないジョークに全力で笑……いや、寝ているのだからジョークを言う気はないだろう。
「やーい骨ー」
からかってみるにも何をからかったものかわからない。
「……やっぱりさっきのなしで。サンズは素敵だよ。ね。」
また考えて言葉を続ける。
「骨は白くて素敵だし、スタイルも良いよね。それにとっても賢いし。パピルスはかっこいいし。ね、君は最高。だから起きて。きっとサンズは起きることができるはずなんだ、ぼくにはわかるよ!」
起きてなるものか、といった体でまた腕が締まった。全力のお世辞も褒め言葉もダメらしい。あと他に手段はないだろうか。洗うとか、食べてみるとかは難しいが、他に。
「あー、ほらみてこの筋肉最高じゃない?最近ちょっとついてきたんだよ!」
筋肉を自慢してみるが視界の外だ。見事に意味がない。
「あーええと、もしもこれがぼくのためだと思ってるならそれは誤解だからね?どっちかって言うと困るっていうか……ええと落ち込まなくていいんだけど!そう、ちょっとした行き違いだから!」
ダメだった。真に善良なあの子はこれでなんとかなったのだが。
「おーきーてーよー!いや、起きなくて良いから手ぇ離してよー!」
じたばたもがいてもダメだ。ついでに見つめてみたところでダメだ。強行手段の効き目はいまいちらしい。またしばらく考えて、今度は自分から抱きついてみる。
「……眠りなさい 良い子 こわいものは もうないわ ほら 夢の世界も こちらにおいでと うたっているの」
聞き覚えた子守唄をゆっくり歌ってみる。少し腕が緩んだ。これはチャンスと畳み掛ける。
「ほら、眠くなってきたよね。力を抜いて、ゆっくり息を吸って」
囁きかけると少しずつ緩んでいく。これが正解だったらしい。
「そう、自分に素直になるんだ。」
言ったところでぎゅう、と抱き締められて全ては元に戻った。
「……あとちょっとだったのに……!」
あーもう!と全身から力が抜ける。あと他にできそうなことはなかっただろうか。 まだ手はあるはずだ。きっと今度こそ上手くいく。大丈夫、今までだってそうしてきたのだ。
よし、次は説得でいこう。
そう決めると、もう一度やる気が芽生えてきた。
狸寝入りの腕前には自信がある方だったが、現在これは結構な耐久戦になりつつあった。
フリスクは基本的に抱き心地がいい。ふにっと柔らかくて、あったかくて鼓動が聞こえるのがとても落ち着く。寝ているときはさらに暖かいし、くっ付いてくるので実に枕に最適なのだ。そんな最高級抱き枕と陽だまりとソファと毛布に誘われて昼寝としゃれこんだところまではよかったが、起きるタイミングを逃したまま今に至る。実のところ、腕の中で暴れられた時点で意識は浮上していた。その時は寝ぼけながらも離してやろうと思っていたのだが、ジョークを連発されたあたりで少々続きが聞いてみたくなったのだ。悪戯心が顔を出したともいう。
それで、フリスクを抱き枕にしたまま寝たふりをしていたのだが、手を変え品を変え脱出しようとするのが面白すぎてついつい抱きしめたままになっている。次は何をするのだろうと思うとなかなか離す気になれない。
ジョークから始まって、棒切れを投げようとしたり、からかおうとしたり。ナンパもお世辞も励ましも聞いたし、あげくに筋肉を見せつけようとしてきた。よくもまあネタが続くものだと最初は思ったが、話し方からするに、どうもこれは地下でやってきたことらしい。ところどころ覚えのある言葉が聞こえる。本当に手を変え品を変え、地下の王国を歩いていたのだろう。
起きてよ!の言葉を無視していると、とうとう子守歌まで聞こえ始めた。そういえばまともなフリスクの唄を聞くのは地下以来だ。そこらのモンスターを見事に虜にしただけのことはあって、心地よい。
ほら、眠くなってきたよね、と囁き声がする。力を抜いて、自分に素直になるんだ。催眠術を掛けるようなゆっくりした言葉に誘われて、素直にぎゅうと抱き枕を抱きしめると、ぐえええええとカエルの潰れたような声がして我に返った。
あとちょっとだったのに!!と、えらく悔しそうな声がする。確かにあとちょっとでまた寝るところだった。
「あー……ええと、こんなことは何も生み出さないと思うんだ。だからやめよう。戦いは何の意味もなさない。そうでしょう?」
腕の内側は今度は説得に入ったらしい。台詞を暗唱するように言葉が続く。
「ぼくはあなたに数えきれないくらい何度も殺されたよ。でも、またここに戻ってきてる。何回でも繰り返すよ。きっと別の道があるはずなんだ。だから、戦いをやめよう。」
ぎょっとした。一切のためらいなくとんでもないことを口にしているが、一体どこでのやり取りなのか。
「ほらここにバタースコッチシナモンパイが……ないね……っていうか、ぼく、サンズには殺されてないね。完全に濡れ衣だ、ごめん。」
確かに殺した覚えはない。ついでに言えばロードは感知したものの死んだところを見たことも無い。ただ、察してはいた。おそらく自分の目の前で死んだこともあったに違いない。こんな時にはっきり肯定されるとは思わなかったが、自身の死すらそんな軽い扱いになるほど殺されたという事だろう。
堪らなくなってぎゅうと抱きしめると、またしてもカエルの潰れたような声がした。
「これも外れ?ああもう、サンズ!ちょっと!起きてるんだよね!?いい加減離してよー!!」
じたばたとまた暴れだす。そろそろ離してやろうか、と気づかれない程度に腕を緩めに掛かる。
「これ以上やったら、ぼくスペシャルアタック使うからね!」
緩めかけた腕が止まった。今度は何をする気なのだろうかと、好奇心が頭をもたげる。
「絶対絶対後悔するんだからね。だから今すぐ離して。ほら、なんで腕が動かないの。」
ぐいぐいと脱出しようとするのをそ知らぬふりで抱きしめた。
「ほんとに!やるよ!ぼくはやるっていったらやるんだから!!後悔しても知らないんだからね!」
じたばたしながらそんなことを言っている。
「パピルスが!知ったら!きっと!軽蔑するし!ママだって怒るかも!!」
パピルスとトリエルまで引き合いに出してきた。恐らくフリスク渾身の脅しなのだろう。しかし、脅しとこの状態と好奇心を天秤にかけても好奇心の圧勝だ。
「ほら、離すなら!今のうち!だから!離してくれなかったら、今度こそ、スペシャルアタックやるんだから!」
じたばたと暴れているが、手足を抑え込んだ状態は継続中で、いまいち効果がないのも継続中だった。
ひとしきり暴れると、フリスクは深々と息をつく。そして、もぞもぞとこちらに向かって伸びあがってきた。笑わずにいられるか、狸寝入りのスキルが試される。
「あー、ぼくはサンズの幸せと無事をいつだって祈っているよ。」
唐突に祈られた。笑いを堪え切れるか試しているのだろうか、これは。
「ぼくにとって大事な友だちだから。ううん、もう家族みたいなものなのかな。でも、それも今日でおしまいになるかもね。」
余裕ぶった言葉が続く。ただ、端々に妙な緊張を感じて、笑いの波が引いていく。
「サンズは寝てるつもりだろうけどね、ぼくは覚悟をきめたんだ。」
腕の中がふっとふくらんで、すっとへこんで、そして一秒。
「くらえ、スペシャルアタック。」
口元に柔らかいものが触れて、ちゅ、と音がして、思わず目を開けてしまった。真っ赤になったフリスクと思い切り目が合う。
「……!!!」
「あー、なんだその……」
「……離して。今すぐ。」
ぎりぎりとかみしめるような声に押されて腕と足を解くと、フリスクは速やかに視線の外に出て行ってしまった。ソファの側面に隠れるようにして座り込んでいる。
「あー、フリスク?」
ソファの上から覗き込んで声を掛けるが、声は冷ややかだった。
「思う存分寝てていいから寄ってこないで。」
「そんな怒るなって。」
「途中から起きてたよね?ぼくがあがいてるの面白がってたんじゃないの?」
大体その通りなのだが、なんとかフォローしないと機嫌を損ねたままだ。
「あーそのなんだ……起きてたというか……寝ぼけてたというか……?」
「ふーん?
ねえサンズ?スケルトンってつつくとどんな音がすると思う?」
「?そりゃあもちろんコツコツ音がするさ、骨だけにな……ってさっき」
ジョークのお誘いに息をするように乗って、しまった、と思った時には遅かった。
「最初から起きてたんじゃん!!何それ信じらんない!なんて恥知らずなの!?」
完全に怒らせてしまったらしい。どうしたものか、と思いながら言葉を探す。
「あー……フリスク?」
返事はない。
「そのなんだ、悪ふざけが過ぎたのは謝る。」
さらに返事はない。
「あー、お前さんがあんまりおもしろいもんだからつい魔がさしてだな。」
「ぼく何回も離してって言ったのに。」
ぶすくれた声がつぶやく。
「悪かった。」
「全部無視したんだ。」
言外に、お前はいつもそうだと言われているような気がした。
「……ごめんな。そのなんだ、今後、絶対に無視だけはしないようにする。」
赤くなった顔がこちらを向く。
「……そんな済まなさそうな顔であやまらなくてもいいよ。」
そしてまた、ぷいとそらされた。怒ってる、というより、拗ねている、に移行したような声だ。
「あー、フリスク?」
返事はない。
「そのな、俺がいうのもなんだが、なるべくならさっきみたいな……スペシャルアタックみたいな手段はもう取らないでくれないか。
いざとなればこういう手段に出ちまう、てのは、正直危なっかしくてだな。」
ただ、ピリピリした意識がこちらに向いているのはわかる。
「お前さんが平和主義者なのは知ってるが、そこまでやる前に頭突きくらい試していいはずだろ?」
な、というと、くす、と笑う気配がした。
「本当。最初にそうすればよかったや。」
少し空気が和らぐ。
「お前さんは手段を選ばなさすぎるところがあるからな。
こういうのは、選択肢から外しといてくれ。捨て身とか自爆なんかもな。」
「心配しなくても、誰にでもできるわけじゃないよ。ぼくだって相手は見て……」
ぴた、と言葉が止まって、フリスクはまたぱああっと赤くなった。
その反応は少々意外で、思わず息をのむ。
……つまり、自分ならやっていいと判断したという事なのだろうか、それは。
「その。」
フリスク本人は、照れているのか耳まで真っ赤だ。トマトを思わせるおいしそうな赤さ。これは新鮮だ。トマトだけに。きっと正面から覗き込んだらさぞや可愛いのだろう。
そして、そのきっかけは自分だ。その事実になんだかニヤついてしまう。そういえばさっきキスしてきた時もこんな感じだったのだろうか。今度やる時は目を開けておきたいものだ。
……そこまで考えて、はたと我に返った。自分は今何を考えた。直視しがたい思考を放り投げて、へへ、と笑う。
「じゃ、そんなとこでもう一度抱き枕に」
気付かなかった顔でよいせ、と手を伸ばすと、はっとしたように叩き落された。
「ならないからね。」
そしてすっと距離を取り、テーブルのあたりまで移動する。もはや手は届かないし顔も見えない。ただ、ちらと見えた耳はまだ赤かった。見えない表情の裏を一寸想像すると、ついニヤけてしまう。……まあ、普段が普段だから気づかれはしないだろうが。
ただいま戻ったぞ!と玄関からパピルスの声がしたのは、ちょうどその時だった。
フリスクちっちゃいからあまり考えなくていいとこも好き。