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骨と人間とスノーディンの夜

 きしぃ、と控えめに床が鳴った気がして、意識が浮上する。
  割とぐっすり寝ていたつもりだったのだが、またしても目が覚めてしまった。
  控えめな床音、というか足音は、警戒している風ながら軽快に近寄ってくる。
  3,2,1。
  このタイミングか、とそちらに顔を向けると、丁度暗がりから小さな体がとびかかってくるところだった。
  「あ」
  「げ」
  寝ぼけた身体が俊敏に動くわけもなく、飛び込んできた身体を全身で受け止める羽目になる。盛大にベッドがきしむ音は、すなわち骨が折れるかもしれない音だ。
  「あ、起きた?」
  身体の上からこちらを見たのは、案の定現在滞在中のフリスクだった。
  夜中に叩き起こしておいて悪びれもしないのは、天然か開き直っているだけなのか、未だに判断に迷うところだ。
  「俺を起こすにはまだ早いな。大体よい子は寝てる時間だぜ?」
  「でもぼく、そんなよい子りゃないひららら!ひらい!ひらいっれ!!」
  「違いない。」
  訂正、完全に開き直っている。
  減らず口をたたく口にお仕置きをしていたらあくびも出てきた。こちとらまだ眠いというのに、誰だ、こんなイタズラ小僧に部屋の鍵を渡したバカは。
  きっとそいつは、『そろそろお前さんも真実を知っていい頃合いだろう』とか何とか言って渡したに違いない。そしてその時は多分こうなることは想像していなかったのだ。
  手に取るようにわかる。
  なにせ、そのバカはまぎれもなく自分だったからだ。
 
 
  城の回廊で会って数日が経つ。フリスクはアンダインに呼び出されたと言って、スノーディンに戻ってきていた。
  しかし、用事は今も済んでいない。当のアンダインが、フリスクに手紙の配達を頼むつもりが肝心の手紙がうまく書けないとかで、宿にひきこもってしまっているからだ。
  そんなわけで、フリスクはここに滞在して手紙が出来上がるのを待っている。
  だがそれからというもの、自分にとっての夜は安息の時間ではなくなってしまったのだ。
  三日前は、今日のように直接タックルを掛けてきた。
  二日前は、目を開けたらマジックペン片手に満面の笑みを浮かべていた。
  そして昨日。シーツの中にもぐりこんできたところまでは許したが、その後シーツを全力で引き抜かれたことは許していない。
  「いいから大人しくパピルスかアンダインの所で寝ててくれ。俺はまだ眠いんでな。」
  首根っこをつかんで、ぽいっと部屋の外に放り出す。
  鍵をかけても意味がないのは解っていたからそのままだ。すると、自分がベッドにもぐりこんだくらいでまた扉が開く音がした。
  動くのも面倒で、重力を操作してひょいっと部屋の外に放り投げる。
  ぎし、と近づいてくる足音もまた放り投げる。
  足音を殺している気配も放り投げ、あくなき挑戦で果敢にとびかかってくるのも面倒なので放り投げた。
  そろそろ疲れた。し、眠い。
  放り投げるのも面倒になったところで、フリスクがこちらに近づいてきたのに気づいた。
  「ねえねえ、もっかいやって。」
  新手の遊びと勘違いしている気配がする。
  「今日の営業はとっくに終了してるぜ。ほら、さっさと寝た寝た。」
  言葉だけで追い払う。が、子供がそんなに聞き分けが良いわけがなかった。
  「ねえってば」
  もぞもぞとシーツにもぐりこんでくる。
  「……。」
  もはや声を出すのも面倒で、ぐいっとフリスクの身体を抱え込む。両手両足を動かせないように抱きしめれば、そこそこ丁度いい抱き枕だ。
  「ぐぇぇ」
  潰れたカエルのような声がしなければ、だが。
  「ぎゅぅぅ」
  新手のブーブークッションか何かだと思えばいいだろう。
  無視して目を閉じる。腕の中は少しだけ抵抗していたようだったが、後はわからなくなった。
 
 
  「サンズ!!フリスクが!どこにもいないんだ!!」
  翌朝は、パピルスが切羽詰まった声で怒鳴り込んできて目が覚めた。
  「……あー……それならここだ……。」
  ベッドに転がったまま言うと、柔らかいのがもぞもぞと動き出す。
  「……うぅ。おはよー、パピルス。」
  シーツを全部剥ぎ取りながらフリスクが起き上がった。
  「フリスク!!!なんてところに居るんだ!!俺様はこのエリアには近寄らないほうがいいって言ったのに!無事でよかったぞ……!!」
  「うぅ……うん。」
  フリスクは、目をこすりながら、枕を抱きかかえシーツを引きずってパピルスの方に歩いていく。
  「おーい、どこに持って行く気だ?」
  シーツも何もないマットレスの上、眠たい身体に鞭打って起き上がると、同じく眠そうな顔のフリスクと一瞬目が合った。
  ただし、それはすぐに軽蔑半分の色を滲ませてパピルスの方に向く。
  「パピルス、今日はウォシュアのとこいこう。」
  「お洗濯だなフリスク!俺様も大賛成だぞ!
   いつかはやるべきだと思っていたのだ……ただ俺様はここにはどうしても近寄りたくなかった……わかるだろう?」
  苦悩に満ちたパピルスの表情がソウルを突き刺してくる。
  「パピルス綺麗好きだもんね。わかる。わかるよ。」
  先日からずいぶんしつこく部屋に来る割には、フリスクは深々と頷いていた。
  「ウォシュアいるところからちょっと行ったら船に乗れるし、ホットランドでちょっと干してから戻ってこよう。」
  「完璧なプランだなフリスク!」
  「お洗濯マスターフリスクと呼んで。」
  賑やかな声は、ぱたんと閉まる扉の音と共に小さくなる。
  寝具はマットレスを除いて消えていた。
  「……ソファでいいか。」
  二度寝しよう。一つ伸びをすると、サンズもようやくベッドから降りたのだった。
 
 
  その夜。
  「寝てるかなー。よいこは寝てる時間だよねー。」
  かなりすっきりしたシーツと枕を堪能していたら、またしても声が聞こえてきた。
  「お前さん、俺の睡眠時間を妨害して一体何がやりたいんだ?」
  寝転がったままで言うと、足音がパタパタと駆け寄ってきた。
  「サンズ、遊ぼ。」
  「それは昼でいいよな。」
  ゆさゆさと起こしにかかるので、重力をすこし操作して離れて貰う。
  「お昼はパピルスと遊ぶので忙しいし」
  「夜は寝るので忙しいな」
  もう一度近寄ってくる足音に、雑に骨を投げつける。
  「パピルスが明日の朝、また心配するだろ。」
  「大丈夫だよ、今日は書き置き残してきたの。」
  「なるほど」
  引く気はないらしい。振り向くと、にへらっと笑った顔が見えた。
  もう一度お引き取りいただき、適当に骨でバリケードを作る。
  「お休みだ、お前さん。」
  「えー」
  よじよじと骨を越えようとするのを眺めながら、もう一本骨を追加する。
  「俺には骨休めが必要なんだ。骨だけにな。」
  「昼から骨休めばっかりじゃん。」
  すたすたと近寄ってくるのを青い骨ではね飛ばす。
  「いったぁ」
  「そいつは大人しくしてれば悪さはしないぜ、知ってるだろ。」
  出口方面にだけ道を残して、青い骨のバリケードで侵入者を囲う。
  「おやすみ。ふわぁ……」
  こちらが完全に寝たらこれは消えるが、多分そうなる前に飽きると踏んだ。子供はあきっぽいのだ。多分。知らないが。
 
  はたして翌朝。
  「サンズ、おはようだ……ぞ……!?」
  こちらをみたパピルスは、思い切りぎょっとした顔をした。
  「ああ、おはよ、サンズ。」
  一緒にいたフリスクはしらっとしているが、目をそらしているのは見て取れる。
  なにかやらかしたな、と窓ガラスを見ると、そこに映った自分の顔は随分パンキッシュな何かになっていた。
  「ワオ。」
  趣味には合わないうえ下手くそだが、気合いは感じる作品である。昨日は少し相手したせいで疲れていたのだろう。全く気づかなかった。
  「なあ、お前さん随分お絵描きが上手いんだな。ほねぼねするぜ。」
  「そう?」
  フリスクは、ぱぁっと顔を明るくしてこちらを見る。
  「何、それはお前がやったのか!?」
  「うん。パピルスもやる?」
  首を傾げると、パピルスはいや、と首をふった。
  「俺様がこれ以上カッコ良くなったら、世界が俺様に嫉妬してしまうからな!」
  「そうだよね、パピルスは世界一かっこいいもんね!」
  その物分かりのよさは、なぜ自分には適用されないのだろうか。
  いつだってそうだ。フリスクはパピルスの言うことは聞くし、パピルスの嫌がることは絶対にしない。
  「あのなあお前さん。
  こういうのはされる方の許可を取ってからやるもんだぜ。知ってるみたいだが。」
  「でも、サンズ。
  望遠鏡でぼくの顔をパンダみたいにしたの、あれぼく頼んでなかったよね。
  しばらく取れなかったんだけど。」
  随分と根にもつタイプだったらしい。
  「……ほんの冗談さ。」
  「じゃあこれも、ほんの冗談だよ。」
  言い終わるか終わらないか位で扉が勢いよく開いた。
  「おい、ガキんちょ!!ガキんちょはいるかー!!」
  「あ、アンダイン!」
  「て、手紙が書けたんでな、その、言ってた通りアルフィスに渡してきて欲しいんだが……その……」
  そらした目はふらりとこちらを向いて、ストップした。
  「……サンズ。随分とパンチの効いたメイクだな。お前の趣味なのか?」
  「専属のメイクアップアーティストが一晩でやってくれたんだが、」
  アンダインの瞳はとても正直だ。『それはどうなんだ』というのをひしひし感じる。
  「まあ、趣味とはちとずれているかな。」
  「そうか。あー、落とすか?……まあ、そのそいつには悪いが。」
  「いいや、せっかくだから、今日はこのままいくぜ。」
  ちらっとメイクアップアーティストの方を見ると、とても困った顔でこちらを見ていた。目が合うと、ふいっと目をそらされる。思い通りの反応が来なくて気まずいのだろう。
  そんな様子をニヤニヤと見ている自分はずいぶんと人が……いや、骨が悪いと思う。まあメイクの造作はかなり酷いので、これくらいはいいだろう。多分。
  「アンダイン、その手紙をアルフィス博士に渡すんだね。
   大丈夫?間違いとかチェックした?書き直したいところ、もうない?」
  フリスクはアンダインを見上げている。しかし、アンダインは手紙を手に持ったまま、う、と固まった。
  「そのな……うー……」
  しばしののち。
  「よし、か、書き直すからな!首洗って待ってろよ!!」
  言うが早いか、アンダインは勢いよく宿に戻っていった。
  「うん、わかった。頑張ってね。」
  「がんばるんだぞー!!」
  フリスクは、パピルスと一緒にぱたぱたと手を振ってアンダインを見送る。ただ、その顔はなぜだか妙にほっとしているように見えた。
 
 
  その夜。
  「サーンーズ!」
  「お前さん、本当懲りないな。」
  当然のような顔をして鍵を開けて入ってきたフリスクにため息をつく。
  「ペイントだって評判良かったみたいじゃない。」
  フリスクは少し居心地悪そうにそう言う。
  「ほう。」
  件の顔のペイントは取っていた。グリルビーズでのウケは悪くなかったのだが、こういうのは一日だけだからいいのである。
  それに、別に好きでペイントしていたわけではない。
  「なあお前さん。お前さんにはそろそろ俺にいうべき言葉があるんじゃないか?」
  ベッドの上に座り込んで、フリスクをじっと見やる。ぐ、と動揺が走ったところを見ると、どうやらいうべき言葉自体は知っているらしい。
  だがしかし。
  「何かあるっけ?」
  思い切り表情に出たにもかかわらず、フリスクはシラを切って見せた。
  「ふむ。思い出せないか?」
  この意地っ張りのイタズラ小僧には、そろそろ少しくらいお灸を据えてやってもいいかもしれない。
  「なら、思い出させてやろう。大サービスだ。」
  「え。」
  ぽいっと骨を投げてやると、フリスクにきれいにクリーンヒットした。
  「痛っ」
  「お前さんはそこにある言葉を俺に言うだけでいい。」
  骨に文字が浮かび上がる。『ごめんなさい、もうしません』と。
  「……」
  「どうした?」
  今日ばかりは逃がさないつもりだった。扉の方に骨でバリケードを築き、退路を塞ぐ。
  「ほれ、お前さんの番だぞ?」
  焦った顔のフリスクが震える唇で言葉を紡ぐ。
  「……もしかして、サンズ、怒ってるの?」
  「そうは書いてなかったはずだぜ。」
  お仕置き第二波の骨の波が向かう。
  「まあ、……全然怒ってない、と言ったら嘘になるな。」
  すんでのところで全部避けたらしい。フリスクはぜえはあと息をつきながらこちらを見た。
  「もしも言わなかったら?」
  「ふむ、それも不正解だな。」
  第三波は青い骨が伸縮しながら向かっていった。
  「あでっ?!」
  間に白いのも混ぜておいたのは言うまでもない。
  「面倒は面倒だが、言うまで続けてもいいぞ。」
  「イタズラしてろくに謝らないのはサンズだって一緒じゃないか。」
  「なるほど。」
  白と青の骨で挟み撃ちにしてみると、フリスクは散らばった靴下に足を取られながらもなんとか避けていく。
  「お前さんは度が過ぎるんだ。
   俺はお前の寝込みを襲ったことはないし、無抵抗な時にやったこともないはずだぜ。」
  「なんだったんだよあのルームランナー。帰れなくなるかって本気で心配したんだぞ。」
  ひょいっと重力を操作して、ルームランナーに乗せる。
  「そいつは悪かったな。だがあれはただのルームランナーさ。そこにあるだろ。」
  「そういうとこが!謝る気なくすんだよ!もう!」
  「謝る気があるかどうかは問題じゃない。」
  雑な骨の波がフリスクに向かう。
  「せめてここ数日の睡眠妨害については謝ってもらうぜ。」
  「力ずくで?」
  答えの代わりに骨を放つ。
  「うあ!?」
  「全く、パピルスにはやたら素直なのに、なんで俺にはこう意地を張るんだか。」
  ぜえはあ言っている上に、自分の非も自覚しているはずなのに、一向に折れない。
  「甘えてるだけか?」
  びく、とフリスクの顔色が変わった。
  「そ、そんなわけ」
  無表情と見せかけて、本当によく顔に出る。
  「そんなわけ、ないんだからな!!」
  じたばたとこちらに向かってくるのは、適当に骨で妨害。しかし、なおも乗り越えてきたため、重力を操って上につりさげた。
  「なるほど。」
  「ちょ、何するんだよ!?」
  周りをぐるりと骨で囲む。
  「お望みならば存分に甘えさせてやるぜ。」
  言いながら、フリスクの目の前に虎の子のブラスターを出現させた。
  「!?」
  「お前さんがやるべきことをやったらな。」
  異形の姿に今度こそフリスクが青ざめる。
  やがて、その異形は口を大きく開けた。恐らく口の奥には青い光が点灯しているところだろう。
  その光はやがて口の奥で膨らんでいく。少しずつ、少しずつだ。距離も詰めていく。じわり、じわりと。
  やがて。
  「ごごごごごめんなさいっ!僕も悪かったよ!」
  泣きそうな声が部屋に響いた。
  「ふむ。」
  異形はそのまま向かっていき、かぷりとフリスクをくわえると、そのままこちらに連れてきて……消滅する。
  「言えるんじゃないか。」
  フリスクはまだ固まっている。死んではいないが、少し刺激が強すぎたらしい。
  「ちょっとやりすぎたか。」
  ガラにもなく真面目に相手をしてしまった。おかげで結構疲れを感じる。
  よいしょ、と身体を横たえる。ついでにフリスクも横たえた。
  「おやすみだ、フリスク。」
  茶色い髪を撫でて目を閉じる。柔らかくて暖かい抱き枕は腕の中で確かに息づいていた。
 
 
  「フリスクっ!!お前は何かの病気なのか!?
   なんでそんな場所に行きたがるんだ!俺様は……俺様はとても心配だぞ!!」
  部屋の前で大声が響いて、目が覚めた。
  隣にいたはずのフリスクは居なくなっている。というか、どうやら部屋の外にいるらしい。声が聞こえてくる。
  「大丈夫。大丈夫だよ。ほら、今日もウォシュアのとこにいこう。」
  「そのおぞましい靴下の束を洗いに行くのか!俺様も賛成だ!
   だが!考えてみてくれ!ウォシュアがとても可哀そうだと思うんだ!!」
  少し泣きそうな大声の内容に不意を突かれて、思わず辺りを見回す。
  部屋に散乱していた靴下の山は、きれいさっぱり消えてなくなっていた。
  「それは、そうだけど!相談したら、きっと洗ってくれる気がするんだ!
   だってウォシュアは洗い甲斐のあるものを洗うのが大好きだし、汚いものには我慢ならないだろう?」
  「だが、逃げ出すかもしれないぞ。俺様なら逃げるぞ。」
  「う、それは。」
  ありえるよね、とうなずき合ってるのがここまで聞こえてくる。
  「その時は……適当に水の中にいれて、適当に石鹸とかき混ぜてから適当に干せばいいよ。今よりはマシになる。」
  「それもそうだな!よし、今日もお洗濯デーだ!さっそくリバーパーソンのとこに行くぞ!」
  「おー!」
  ドタバタと騒がしく二人が出て行ったのが分かる。
  起きようか二度寝するか考えていると、また盛大に玄関のドアが開く音がした。
  「ひよっこ!!ひよっこはいるかー!!!」
  ……二度寝は無理そうだ。
  よいしょ、とベッドから降りて部屋のドアを開ける。
  「あー、フリスクならパピルスと洗濯に行ったぞ。」
  声をかけると、アンダインはなんてことだと叫んだ。
  「入れ違いか!!」
  「何か用事があるなら伝えておくぜ。」
  「いや、いい。これは大事な話なんだ。サボられたらたまらん。」
  どうせリセットされるんだと適当に生きているうちに、信用という信用が消えていたらしい。
  「また来る、そん時はあのひよっこを準備しておけ!」
  そう言ってアンダインはまた宿の方に戻っていった。
 
 
 
  その夜。
  「サンズ。」
  性懲りもなく部屋のドアが勝手に開いた。
  「こうやるとずいぶん片付いて見えるね。」
  「……なんでお前さんは夜中に来るんだ?もしかして人間ってのは夜行性だったのか?」
  面倒だ、と思いながら身を起こす。
  ベッドから見える今夜の部屋の一角は、確かにいつもよりきれいになっていた。散乱していた靴下は今はない。きれいに洗われ折りたたまれてタンスの中に入れられている。
  「ううん、パピルスが寝たからさ。」
  言いながら近寄ってくるが、いつものような強引さは今日はあまり感じられなかった。
  「いい事を教えてやろう。
   パピルスが寝てる時間には大体俺も寝てるんだぜ?」
  「わお、それはびっくりだね。」
  フリスクは両手を広げておどけたように笑う。
  「一つもびっくりしてないよな。」
  「うん。
   あのね、今日こそはちょっとお話したいなって思ったから来たの。」
  「ほう。」
  「多分、明日にはアンダインが手紙を書き終わっちゃう。そしたらぼくは、今度こそ行かなきゃいけない。」
  だから、睡眠妨害も今夜が最後だよ、とベッドのふちに腰掛ける。
  「そもそもお前さんはアズゴア王の所に行ったんじゃなかったのか?」
  玉座の手前で確かに会ったはずだった。でなくてはこいつがここの鍵を持っているわけがない。
  「うん」
  「で、何もせずに引き返してきたのか。」
  フリスクの表情が一瞬固まる。そして、いいや、と首を振った。
  「……でも、そういうことにしといて。
   ぼくはね、今はアンダインの手紙を待ってるんだ。知ってるだろ?」
  「ああ、そりゃあな。」
  「それを届けたら、今度こそ地上に戻るんだ。みんなと一緒に。」
  今度こそ、戻るんだ。繰り返す言葉には、決意と少しの恐れが詰まっている。
  「地上に『戻る』って?……流石人間、面白いことを言うな。」
  「面白い?そんなことない。」
  だが、返ってきた言葉はフリスクにしてはキツい言い方だった。
  「……ねえ。サンズは地上を見た記憶、ある?」
  突拍子もない質問に、ぎょっとしてフリスクの方を見る。
  「何言ってんだ。あったらここにはいないと思うぜ?」
  「……そう、なんだ。」
  少し残念そうに息をつき、やがてフリスクはこちらを見た。
  「ぼくはね、地上見たことあるよ。皆と一緒に、地上に出たんだ。
   あの時はサンズも一緒だった。」
  何を言っているのか、と思ったが微妙に残っている前の記憶と苦い経験がそれを押とどめた。
  「それはどういう」
  「リセットされちゃったんだよ。気が付いたらルインズに居たんだ。」
  リセット。
  他の誰もが分かっていなくても、自分だけは何となくわかっている、あの現象だ。
  積み上げてきた何もかもがなかったことになって、元に戻ってしまう。それを感じて、観測できていたのは自分くらいだと思っていたが、フリスクもどうやらわかっていたらしい。
  「そりゃ、お前さんの妄想か?」
  「違う。と思う。違うはずなんだ。地上に出た記憶は、まだ残ってるんだ。
   だけど、どうしても自信が持てないんだ。ぼくだけしか覚えてないんだもの。」
  不安げな顔は、リセットされ慣れていないからだろう。
  しかし、リセット。その言葉を知っているという事実は、とある可能性をも提示する。
  「お前さん。もしかしてリセットってやったことあるのか?」
  「!」
  びく、と身体がはねた。
  やがて、観念したようにフリスクの目がこちらを向いた。感情に震える瞳と自分の目がきっちりとあう。
  「……一回やった。
   もっといいエンディングを見たいならって言われて。それで、地上に出たはずだったんだ。」
  「なっ」
  だが、責める言葉を言う前にその瞳からは涙があふれ出た。
  「でもね、もう無理だよこんなの!ひどすぎるじゃないか、あんまりだ!」
  顔をぐしゃぐしゃにして、嗚咽の間から言葉が零れ出る。
  「ぼくね、怖いの。怖い所は苦手だし、痛いのも辛いのも嫌だ。
   でもそれより、頑張ったすべてが全部なかったことにされてしまうのが怖い。
   地上で幸せにしてたはずなのに、ある日いきなりルインズの花畑に戻されちゃうのが怖いんだ。」
  大粒の涙をこぼして泣いているフリスクに、手を伸ばそうとして、……止めた。
  その力を使える以上、こいつは有害だ。一度やらかしたというのなら、約束を破ってもここで殺す方がいいのではないか。自分を苦しめ続けてきた元凶の一端はこいつなのだ。
  ……だが、その前にフリスクはただの子供だった。
  睡眠は妨害するしイタズラばかりするしパピルスのいう事しか聞かないし、強情で意地っ張りで甘ったれだが、骨の髄までただの子供なのだ。
  この場で縊り殺すか、手を差し伸べるか。
  迷う時間は、永遠とも思えた。
  そして。
  「フリスク。」
  結局、自分は手を差し伸べるほうを選んだ。
  小さい身体を抱き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
  「怖がっているうちは、まだ希望はあるさ。」
  きっとパピルスならためらいなくこうする。フリスクだって今までこうしてきていたのだと、自分は知っていた。
  声を上げて泣くフリスクをなだめるように撫でる。
  しがみつかれたシャツには涙が染みていった。ぐしょぐしょになるのも時間の問題だろう。
  また戻されるのかもしれないという恐怖は、多分共通のものだ。だが、同じ思いをする奴がいるのなら、それは少し薄らぐ気がした。
  もう孤独ではないのだ。
  「諦めの悪いお前さんのことは、まあ応援してるぜ。」
  それに、フリスクはまだ諦めていない。事態を動かす希望は、多分そこにある。
 
 
  嗚咽もずいぶん大人しくなった。
  こんなに泣いたフリスクを見たのは初めてだったが、それもどうやら落ち着いたらしい。
  「落ち着いたか。」
  「うん。……ごめんなさい、サンズ。」
  昨日はかなり頑張って引っ張り出した言葉が、びっくりするほどあっさり出てきた。
  素直な反応もできるんじゃないかと思いながら、フリスクごとベッドにひっくり返る。
  「わ。」
  「泣く子をなだめるのは疲れるんでな。もう少し楽させてくれ。」
  頭をなでると、フリスクはもぞもぞとこちらに寄り添ってきた。同じシーツにくるまって、べったりと甘えてくる。
  甘ったれもこれだけ素直なら可愛げもあるのだが、元気になればきっとこいつはまたイタズラ小僧に戻るに違いない。それでこそ、というか、少し残念というかは、自分でもわからなかった。
  「ね。サンズ」
  傍らに転がったフリスクがささやく。
  「ん?」
  「サンズって研究者だったの?」
  唐突な質問にも、思い当たるところはあった。
  ここの鍵を渡したということは、つまりそういう事だからだ。
  「あーそうだな。そうだったかもな。」
  イタズラはしにくるくせに今までおくびにも出さなかったのは、フリスクなりに思うところがあったのかもしれない。
  「あの写真の人たちは誰?ぼく、全然知らない人ばっかりだったんだ。」
  でも、とっても幸せそうだったからさ。
  少々遠慮がちな声からするに、少しは気遣っていたらしい。
  「そうだろうな。」
  息をついて、天井を見上げる。変わらずそこにある天井と、存在と事実ごと消えていった幸せと記録。
  「そうだな……俺だけが覚えてればいいと思ってたが」
  フリスクは今までだって、トップシークレットは自分だけに話していた。
  周回しているということも、ハッピーエンドを知っていることも、リセットをしたことも。
  だから、少しは応えてもいいと思った。
  「……少しくらいはいいか。」
  あそこにあるのは、忘れてはいけないものと、あきらめたくないものだ。そして、もう誰の記憶にも残っていないもの。
  それは多分、前の周回だろうとその前の周回だろうと、誰にも話したことのない事だった。
 
 
  「フリスク!!フリスクは居るか!!!」
  翌朝は、アンダインが豪快に玄関を開ける音で目が覚めた。
  「おーいお前さん、呼んでるぞ……」
  「うええあと五分……」
  もぞもぞと柔らかくて暖かいのが傍らで蠢く。
  「おはようだぞフリスク!!アンダインが来てるぞ!!はやくそのエリアから出てくるんだ!」
  パピルスが豪快に部屋のドアをたたいた。
  「……うぅ。」
  もぞもぞと起き上がって、シーツから抜け出す。
  眠そうに伸びをすると、フリスクはそのままベッドを降りた。
  「フリスク!!兄弟じゃないんだから起きるんだ!」
  「はあい。ちょっとまってて、すぐ行くー。」
  ふわふわとあくびをしながら、フリスクはこちらを振り向いた。
  「開けて良い?」
  「ああ。このままだとドアが壊れる。」
  すぺたんすぺたんとスリッパを鳴らして、フリスクがドアを開ける。
  「おはよー、パピルス。」
  「おはようだぞフリスク!」
  下の方からも声が上がる。
  「お、おはようさんフリスク、出てきたな!
   今度こそ!アルフィスに!手紙を渡してもらうぞ!!」
  「おはよう、アンダイン。
   任せて、着替えたらすぐ行くから。」
  ぱたん、とドアが閉まった。
  今日も朝から大人気だ。
  夜中までしゃべっていたのに、寝ぼけてうっかり水に落ちたりしないだろうなと少し心配になる。眠い目をこすりながら大あくびをすると、外に見える景色はしっかり朝だった。
  二度寝を少し考えて、やっぱり起きることにする。
  昨夜。
  繰り返しと言っても全く同じことを繰り返してるわけじゃない、とフリスクは言っていた。
  『こうやってサンズから話を聞いたのは初めてだよ。
   繰り返しの中にだって、まだ知らないことがあるんだ。』
  『それがきっと希望なんだ。』
  さっきまでぐしゃぐしゃになって泣いていたのに、随分と強いことを言うもんだと思った。
  だが、その強さと諦めの悪さは、フリスクが未来を切り開く力を持っている以上、確かに希望だ。
  あのちびっ子は自分の前で泣いて笑って信頼を寄せてくれた。それなら、少しくらいは応えるのが年長者の役割だろう。
  着替えて部屋の外に出ると、フリスクはパピルスたちとまだ居間にいるようだった。
  「おはよーさん。」
  「サーンズ!!遅いぞ!フリスクはもう準備できてるのに!」
  ぎゃあぎゃあ騒ぐパピルスの横で、アンダインは真剣に手紙を渡していた。
  「これが手紙だ。絶対に開けるなよ。開けたら殺す。」
  「了解、大丈夫。心配しないで。ちゃんとアルフィス博士に届けるから。」
  鞄の中に大事そうに手紙をしまうと、こちらにも気づいたらしい。
  「サンズ。」
  「気を付けろよ。」
  声をかけると、任せといて、とフリスクは頷いた。
  いってきまーす!と声を上げて、フリスクは家を出ていく。
  元気いっぱいなその様子からは、昨日の大泣きも思い切り夜更かししたことも、あまり感じられない。ただ、並々ならぬ決意を抱いているのは確かだ。それは、思い詰めている、にも近かった。
  台所にいくそぶりで近道を使って、リバーパーソンの近くに行ってみる。
  すぐに、雪道を行く足音が近づいてきた。
  よいしょ、よいしょ、という声が聞こえそうな歩き方。小さい身体で本当によく頑張っている。
  そんなことを思っていたら、あ、という声と共に振り向かれた。
  「サンズ!見送りに来てくれたの。」
  そこまで隠れていたわけでもないから当然と言えば当然だ。
  「ああ。寝ぼけて川に落ちやないかと心配でな。」
  「もう、そんなことしないってば。」
  でもよかった。少し安心した表情に、見送りにきたのは正解だったと確信する。
  「サンズに言いたいことがあったんだ。」
  「ほう、なんだ?」
  ちょっと耳を貸して、という顔に、はいはい、と耳を貸す。
  「ぼくが手紙を渡したら、未来が動くはずなんだ。」
  ぎょっとしてそちらを見ようとするが、フリスクは、まだだとそれを静止した。
  「今度こそ、地上に出よう。
   ぼくね、絶対にサンズを幸せにする。何があったって、もう何もあきらめないでいいようにする。」
  だからどうか、ぼくの力になって。
  顔を抑えていた手が離れる。フリスクは、ガラじゃなかったかな、と照れたように笑っていた。
  「おま」
  言葉は飛びつくようなハグで止められる。
  「言いたかったのはそれだけだよ。じゃあ、またね。」
  返事も聞かずにぱたぱたと、雪に足を取られかけながらも、フリスクは川の方に行ってしまった。
  「……全く、ちびっ子のくせに言うもんだな。」
  後ろ頭をがりがりとひっかく。
  フリスクにそんなことを言われたら、その心意気には応じないわけにはいかないだろう。
  年長者としても、リセットを覚えている者としても、……なにより友達としても。
  船に乗って旅立つ姿に、昨日言っていた言葉をなんとなく重ねる。
 
  『見ていて。
   ぼくは希望を捨てない。これがぼくの武器だから。』
 
  小さな体を決意に満たした後姿は、世界を救う小さな勇者のように見えた。


タイトル、サンズとフリスクの7日間戦争って書いてあった。
pixivに乗っける時に無理やり改題した記憶があります。直接聞きたかったですよねサンズの部屋と隠し部屋の写真について。
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