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特別授業

部屋の中には、自分と、他数名。
そして、部屋の真ん中に置かれたテーブルには、埃っぽい本が一冊。
「・・・・・・・・。」
無言でそれを見やり、・・・そして、視線をそむけてベッドに向かう。
「サボるなって。」
ベッドに腰掛けていた先客ことクリフは、そう言ってテーブルの方に彼を追い立てた。
テーブルを避けて部屋を出ようとすると、戸口の前に陣取っていたネルが行く手をさえぎっる。
「ここは通せないよ。」
しぶしぶ部屋の中を向いて、・・・そこから窓の方をみやれば、杖で床をこつんと叩く音がした。
「覚えてしまえば楽になりますよ。そんなに悪いものでもないですし、これはそんなに難しくないですし。」
テーブルの前に居るソフィアにそう言われ、後ろからネルとクリフに押されて、彼・・・アルベルは、結局テーブルにつく。
「観念するんだな。」
「・・・・・・・クソ虫どもが・・・!」

埃っぽい本の中身は、「コモンサポートスペル」だった。

「こんなの覚えて何の意味があるってんだ!」
テーブルにどんっと手をついて抗議する。
「回復だのしてる暇ありゃ、叩っ斬ればいいだろが!」
しかしながら、周りを固める3人は意にも介さない。
「まあ、実際のとこ怪我はするからね。」
「お前戦闘に居る事多いし。」
「アイテムの節約にもなりますしね。」
そして、〆にクリフが首を振った。
「まあ、一応決まった事なんだ、ぼやくな。往生際が悪ぃぞ。」
ネルが、ついっと視線をソフィアに向ける。
「ソフィア、始めようか。」
「・・・いいんですか?」
困惑気味にソフィアはネルを見上げる。
「少なくとも、刀振り回す気はないらしいからね。そこまで嫌がってるわけじゃないと思うよ。」
勝手な事をさらりと言うネルを、ぎろっと睨みつける・・・が、ネルは涼しい顔でさらに言う。
「アイテム使うタイミングとか、いつも悪くないなって思ってるんだけどね。
 だから、回復覚えても使いこなせると思うんだけど。
 ・・・それとも、初歩の施術ですら放り出すのかい?私やクリフですら覚えてるってのに。」
「誰が放り出すかっ!んのクソ女っ!」
挑発的なその言葉に思わず言い返したところで、クリフがニヤリと笑った。
「・・・・やっとその気になったか。」
気がついたところでもう遅い。全ては手遅れだった。ソフィアがくすくすと笑う。
「ネルさん、乗せるのがうまいですね。」
「何、そいつが単純だっただけだよ。」
しれっとネルはそう言って、こちらに向き直った。
「じゃあ、始めるとしようか。」
言いながら、ぺらりと古ぼけた本のページをめくる。
既に、逃げ場はどこにもなくなっていた。
しぶしぶ・・・というか、半ば無理矢理テーブルにつくと、ネルから第一ページ目にあった布切れを渡される。
「それが紋章だよ。腕なり何なりに巻いて。」
妙な文様のついた、妙な材質の布をちらりとみて、テーブルに置く。
「面倒くせぇ。」
ぷいっとそっぽを向けば、クリフが凄絶な笑顔を見せた。
「ネル、やっちまえ。」
そのまま、がしっと体を押さえ込まれる。
「なにすんだこの・・・!」
抵抗する前に、布は首尾よく腕に巻かれてしまった。
「まったく、子どもかいアンタは。」
巻かれた布は、ぴったりと腕にくっついた。正直な話気味が悪い。
「よし、っと。」
そこまで確認されて、体が解放された。
「んのっ・・・!」
ぎりぎりと睨みつけても、全く効き目は無い。
クリフたちに目配せされたソフィアが、半分困ったように説明を始めた。
「ええと。
施術っていうのは、ある一定の文様に精神力を流し込んで、その文様に応じた力を発現させるものです。私たちの世界では紋章術って呼んでましたけど、多分中身は一緒です。で、さっきの文様だと、ヒーリングとアンチドートとサイレンスの呪紋が使えるようになってます。」
その後をネルが引き受ける。
「なんか色々論理とか法則とかあるみたいだけど・・・まあ、やることは、紋章に精神力を集中させ、力が溜まったとこで解放するってとこだろうね。」
ソフィアが頷く。
「で、力の解放は、基本的には声を出してやることが多いです。
 集中力と熟練度次第で回復効率もあがりますので、頑張ってくださいね。
 で、方法なんですけど・・・」
ぺらぺらとしゃべる2人から目をそらす。どうにもこうにもかったるい事この上ない。・・・自分は何故ここに居るのだろうか。
くだらない事を思いつつ意識を飛ばしていると、頭に拳が落ちてきた。
「ってぇ!何すんだ!」
「人の話はちゃんと聞きな。それとも、説明が必要ないくらいに覚えたとでも言うのかい?」
腕組みするネルから顔をそむける。
「テメェらの話聞いてるくらいなら、寝てるほうがまだ覚えられるだろうな。」
言った瞬間、その方向に冷たい殺気を感じた。
「言ったね・・・・。その言葉、自分の体で試してもらおうか。」
振り向けば、いつも投げている大刀を構えている様子が目に入ってきた。あの嫌になるほど見慣れた構えは、・・・黒鷹旋。
「やるか?」
受けてやろうと刀に手を掛けると、ソフィアが慌てて割り込んできた。
「待って、ネルさん!ここでやったら部屋が壊れちゃいますよ!」
それと同時に殺気が霧散する。どうやらやりあう事にはならなかったらしい。舌打ち一つで刀から手を下ろす。
「ああ、すまないね・・・つい。」
「つい、ってなぁ・・・」
クリフが肩をすくめた。
「まあ、自分でやれるってんならやってもらうとするか。」
な、っとクリフはこちらに向き直る。
「・・・・大丈夫なんですか・・・?」
心配そうなソフィアに、ネルが軽く手を振る。
「できるってんならやってもらうさ。そっちが手っ取り早いし。」
そして、こちらに向き直る。
「寝てるほうが覚えるとか言ってたね。それじゃ、明日までに3つ全部覚えてもらおうか?
 ・・・アンタなんかにできるとは思えないけどね。」
殺気混じりのその言葉は、こちらの神経を逆撫でるには十分だった。
「いちいちムカつく言い方しやがって・・・!
 ああわかった、受けてたってやる。ありがたく思えクソ虫っ!」
「爆弾用意して待ってるよ。」
そういうと、ネルは振り返りもせずに部屋から出て行く。クリフがそれを見送ってため息をついた。
「お前なあ・・・・・。まあ、いいが・・・。」
ソフィアも心配そうな目でこちらを見る。
「あの・・・謝った方が良いんじゃないでしょうか・・・?」
もとよりそんな気はかけらもない。ぷいっと顔をそむける。後ろからは追い討ちが来た。
「・・・・明日、死ぬなよ。」
「あの、わからないことあったら聞きますから。・・・その、死なないで下さいね。」
「誰が死ぬか阿呆!」
言い返しても、2人は揃って首を横に振って、部屋を出て行くのだった。

部屋の中に、一人。
そして、テーブルの上にコモンサポートスペル。
テーブルの上のスペルブックをちらりと見て、アルベルは今度こそベッドに直行した。
もとよりやる気なんぞ0である。明日あたりきっとメンバーがうるさいに違いない・・・が、知った事ではない。
転がっていると、先ほどのやりとりが頭をよぎる。
『アンタなんかにできるとは思わないけどね。』
・・・・・・・とはいえ、言われっぱなしは、やはり腹が立つ。
アルベルはむくりと体を起こすと、スペルブックを手に取った。
とりあえず、ネルを黙らせたい。
ざらっとページをめくれば、呪紋封じのスペルが目に入った。
サイレンス。呪紋封じだが、確かこれは音声を奪っていたはず。
効き目を思い出しながら、アルベルはその項を注意深く読み始めた。


そして翌日。
町の外の平原に、2人はいた。
残りのメンバーはといえば、「確認だけなら一人で十分」と、揃ってクリエイションに行っている。
「まあ、確かに確認だけなら十分だからね。さっそくやろうか。」
籠一杯の爆弾を予告どおり携えて、ネルが言った。
「これはキラーポイズン。ちょっと毒になるから、まずは自分で回復してみせな。」
そう言ってネルは、無造作にそれを放り投げる。飛んで来るそれに、反射で体が動いた。
「・・・避けるんじゃないよ、爆弾がもったいないじゃないか。」
「テメェは・・・!」
言い返す前に、さらに爆弾が飛んで来る。次々に飛んで来る爆弾を右に左に受け流していて、ふと背後に気配を感じた。振り向いた先には、目を射抜くような赤毛。
「訃霞。」
思わず息を呑んだ先に煙幕が張られた。思い切り吸ってしまったおかげで息が苦しい。げほげほとむせて、体の異常に気付く。体力が零れ落ちていくこの感覚は・・・毒。
「・・・・さて、やってもらおうか?」
ネルがそう言って腕を組んだ。
「覚えてないなら正直に言うんだね。一応」
悠然とこちらを見下ろすネルを睨みつけ、昨日・・・・一つだけ覚えた呪紋を組み立てる。
「・・・・・・黙れ!」
「・・・・・・!!!」
声と共に発動したのは、サイレンス。見れば厳しい顔でなにやら吼えているらしいが、さっぱり聞こえてこない。これは、ある意味快適だった。
「ったく、黙ってりゃ好き勝手言いやがって。」
言って、立ち上がる。
ネルがそれに対して何やら怒鳴っている・・・ようだったが、もちろん音はない。
顔を近づけ、思い切り見下ろしてやると、燃えるような眼で睨まれた。・・・悪くない。
「まあ、今はなかなかいいザマだな。気は済んだから俺はもう戻る。後は勝手にしろ。」
機嫌よく踵を返す。
「・・・!」
と、後ろ髪を力いっぱい引っ張られた。
振り向けば、ネルの左手には自分の髪。右手にはクナイ。それは、首元に突きつけられている。顔を見れば、口がゆっくりと動いた。
声が無くてもわかる。

『まだ、終わってないよ。』

ネルは、確かにそう言っていた。
しかし、そんなもの気にするつもりも、付き合う気もない。後ろ髪を取り返して再度踵を返す。
・・・と、今度は背後で殺気が生まれた。振り向けば、前方から飛んで来る・・・大刀。
「!」
サイドステップで避けると、今度はクナイが足元に飛んできた。飛び離れてこれもかわす。
「・・・・やる気か?」
刀に手を掛け、妙にだるくなってきた体をネルのほうへ向ける。ネルは首を横に振った。
武器を持つ手を下ろし、眉根を寄せてなにか言っている。
・・・が、さっぱりわからない。
解らないものを相手する事もない、と踵を返せば、またクナイが飛んで来た。
「何がしてえんだっ!?」
イライラする。
あちらの方はといえば、腰に手を当て、・・・なにやら怒鳴っているようだった。
もちろん内容はわからない。だからと言って踵を返せばクナイが飛んで来る・・・何度でも。やはり苛つく。
刀から手を下ろし、つかつかと歩み寄れば、苛立ちを隠そうともしない表情で睨まれた。苛立ちの裏側に見え隠れしているのは、焦り。
「・・・・何を焦っている?」
ふらり、と肩を掴む。ネルの表情がさらに厳しくなった。
「・・・・・!!!・・・・・!!」
声にならないのは判っているだろうに、必死で声を出そうとあがく。あきらめの悪い奴は嫌いではなかった。なんとなく・・・肩を掴んだ手を、頬に移動させる。赤みを帯びたそれは、少し熱い。
「・・・・!!!」
ネルの目が、大きく見開かれた。
一瞬後、高い破裂音と共に、頬をひっぱたかれる。
「ってえ・・・何しやがる!!」
ぎっと睨みつけても、ネルは先ほどの様子からは考えられないくらいに怯みもせず、左手でアルベルの首元を掴んだ。右手は、何か不可思議な印を結び、口元は、何かを唱えるように動いている。お得意の施術だろうか。しかし、何も起こらない。声が奪われているのだから当たり前だ。舌打ちしたその顔に、焦りの色はさらに濃い。
「終わりか?」
言って、振り払う。・・・が、力がうまく入らなかった。もう一度、今度は思い切り振り払うと、ネルは勢いよく飛んで、そのまま頭から仰向けに倒れる。
「おいっ!」
今度はこちらが焦る番だった。
力の加減が効かなかった。先ほどから、この体は自分のものではないようで、でも、そういうことは今はどうでもいいことで・・・ネルが、まだ、動かない。
「起きろっ!」
駆け寄って、跪いて、声を掛ける。息はある。
動かないネルを抱き起こすと、頭の方に生暖かさを感じる。血だ。
「こんなので倒れるんじゃねぇ阿呆!」
こんなことだけだというのに、頭がふらふらする。体中から力が抜けていく。
「チッ・・・・!」
舌打ち一つ。
とりあえず、ネルの首に巻きついていたマフラーを頭部に当てる。あと、今すぐできそうな事は・・・
昨日、ぱらぱらとめくっただけ、の、ヒーリング。自分の術でも、血止め位にはなりそうな気がしなくもない。
昨夜の網膜記憶を、記憶の片隅以下の領域から引っ張り出す。
詠唱はどうだったか。印と韻は?アイツはどうやっていた?思い出そうとするそばから力が抜けていく。そんな軟弱な自分の身体に苛立ちながら、うろ覚えの記憶で術を構成する。
「・・・・ヒーリングっ!」
一瞬の淡い光は、すぐに立ち消えた。しかし、手ごたえはある。もう一度。・・・もう一度。
3度目の詠唱。・・・表情がかすかに動いた。もぞりと動いて、ぼんやりと目が開く。
「・・・・起きろ!」
頭を抱くようにして発動させた術が、体全体を包む。
「・・・・・ん・・・あ、・・・」
腕の中で、声がする。目を覚ましたらしい。自分の全身から力が抜けたのが分かった。
「・・・阿呆・・・・あれしきで倒れてるんじゃねぇ・・・・」
くずおれる自分の身体の下で、ネルが何かもごもごと言っている。細い手が自分の体に触れ、そこがじわりと熱をもつ。
「・・・アンチドートっ!」
ネルの声と共に、体が軽くなったのが判った。そうか・・・そういえば、毒を受けていたのだった。
「アンタね!回復できるんなら、私より先に自分を回復しなよっ・・・!」
沈黙状態からも解放されたらしい。ネルは体を起こすと、こちらの体を支えるように抱きついてきた。振り払う気力もない。・・・というより、こちらの方が体勢が安定していて楽といえば楽だ。
「あんなになるまで、何で放っておくんだい!?」
顔は見えない。が、なぜか声が震えているのはわかった。文句の後に、聞き慣れた韻が続く。
「ヒーリングッ!」
光に包まれた体全体が温かい。零れ落ちていった体力が戻ってきた、という手ごたえ。いつも使っている奴はやはり違う、と妙なところで感心する。
体が離れた。座って相対する格好になる。
沈黙が、しばし。
「・・・・・・ありがとう。」
血で汚れたマフラーを手繰って、ネルが言った。
「・・・全くだ。あれくらいで倒れるんじゃねぇ。」
そっけなく言えば、ため息で返される。
「ほんとにね。気が散るにしても限度があるってもんだったよ。・・・・悪かったね。」
もう一度、息をつく。
「ただ、言わせてもらえばね・・・・アンタなんで手遅れ寸前まで毒放ってたんだい?手は氷みたいだったし、いつ倒れるかと気が気じゃなかったんだけど・・・よく考えたら、別に術が唱えられないわけじゃなかったんだろう?」
「覚えてねぇ。」
ぼそり、と言えば、ネルは鳩が豆鉄砲を食らったような表情でこちらを見返した。
「え?」
「覚えてねえ。覚える気もなかったからな。」
「じゃあ、さっきのと、最初のは・・・?」
ネルは怪訝そうにこちらを見る。説明が面倒でふいっと顔をそむけると、顔をつかんで元に戻された。
手が顔から離れない。にらみ合いが10秒。馬鹿馬鹿しくなってきて口を開く。
「・・・サイレンスは一応覚えてる。さっきのは偶然だ。毒消しは全くわからん。」
手が離れた。肩と胸経由で地面に落ちる。地面を向いてうなだれているその肩が、小刻みに震えた。そして、顔が上がる。こちらを睨みつける、燃えるような瞳。
「・・・・アンタねぇ・・・・!!
 覚えてないなら覚えてないで、何で正直に言わないんだいっ!覚えてないなら毒消しくらいいくらでも使ってやったのにっ!真っ先にサイレンス掛けるなんて信じられないよ!自分で退路断ち切ってどうするんだい!?」
アンタはそれでも一軍の長やってたのかい!?
まくし立てる文句はそこで一度途切れる。・・・が、そこまで言われて、黙っていられるわけもなかった。
「そんなことは関係ねぇだろがっ!大体、人の話も聞かずにいきなり爆弾投げてくる時点で間違ってるのはテメェの方だっ!」
言い返せば勢いよく噛み付いてくる。
「何言ってるんだい!私は最初から爆弾持っていくって言ったじゃないか!」
「それをマジで使う奴があるかっ!」
「アンタが子どもみたいなヒネたことばっかり言うから実力行使しただけだろう!?大体アンタのことだ、差し迫らないと術なんて使いやしないと思ったんだよ!」
隠密をやっていたとは思えないほどの感情任せの言葉には、ところどころに見過ごせない棘が混じる。
「んなっ!テメェ俺のことを一体なんだと思ってるんだ!?」
「そりゃ・・・!・・・・・」
言葉に噛み付こうとしたらしいネルが、そこまで言って・・・黙った。
そのまま下向きに視線が逸らされる。
「何だ?謝る気にでもなったか?」
「いや。それはない。」
即答。それはそれで非常にムカつく。
「ほう・・・?」
低くすごんでみせる。ややあって、ネルは軽く首を振った。
「・・・私は、何を言おうとしてたんだっけね。」
「知るかっ!」
何をどうしたらこういうボケたことがいえるのか。イライラというより、ここまでくると力が抜ける。
「お前な・・・健忘症の隠密なんて聞いたことねえぞ。」
言えば、憮然とした返事が返って来た。
「別にボケてるわけじゃないよ。」
「数秒前のことも覚えてないようだがな。」
「・・・・・・・・・・・。」
ネルは言い返す言葉を考えているようだった。少しあって、口を開く。
「さっきのは・・・うっかりね、」
「?」
しかし、ネルは言いかけた言葉を引っ込めて首を振った。
「・・・いや、なんでもない。多分お子様とか大馬鹿とか言いたかったんだよ。」
一言余計としか言いようがない。おまけに、つん、とそっぽを向くその態度がさらに腹立たしい。
「言いたいことはそれだけか?」
思う。自分は今、自分ではないほどに我慢している、と。ところが、ネルはそんなこと気付きもせず半眼でこちらを睨んできた。
「いや?アンタね、人の話は真面目に聞こうとしないし、明日までに3つ覚えとけっていったのに結局2つしか覚えてないし、覚えた呪紋は後先考えないで使うし、ひねくれるのもいい加減にしてほしいもんだ。あれじゃ聞き分けない子どもと変わらないよ。それに」
延々続きそうな文句をさえぎる。いいたいことはこちらだって山とあるのだ。
「テメエこそ人が嫌だっつってんのに無理強いするわ、人の話聞く前に爆弾投げつけるわ、伸びてたの起こしたらいきなり怒鳴りつけるわ、事あるごとに武器持って突っかかってくるわ、言動がいちいち大人げねえんだよ。大体」
「それにね」
『人の心配より先に自分の心配し』
「・・・・・。」
「・・・・・。」
・・・・・・・見事に声が合ってしまい、なんとも気まずい沈黙が落ちる。居心地が悪い。とても。
「もういい、俺は行く。」
「待ちな。」
さっさと立ち上がろうとすると、片手を掴まれた。
「・・・またノビてえのか?」
ネルは首を振る。
「それはそれ、これはこれだよ。見届けて来いって言われたからには、今日中にスペル覚えてもらうからね。」
面倒極まりない。というのが顔に出ていたのだろうか。
ネルはこちらを見て小さく笑った。
「大丈夫だよ。やり方だけだからすぐ済みそうだし、私も一緒にやる。」
そう言って、手を引っ張る。
「施術だって、要は気合だよ。ほら、さっさと終わろう?」
微妙に子ども扱いされているような気がしなくもない。
しなくもないが、自分に向けるにしてはかなり珍しい・・・その悪意のない表情に、なんとなく気が変わった。
「・・・・・・。」
腰をおろして、相対する。ネルは半分苦笑いで微笑んだ。
「それじゃ・・・、とりあえず、一度は私の真似をしてみて。行くよ・・・」
聞きなれた声、韻と印。ネルの詠唱が、流れた。


その後。
彼はきっちり術を覚えた。
しかし、戦闘中に彼が術を発動させるたびに、しばらくは生温かい拍手が起こっていたという。
その度に彼の機嫌は急降下するのだが、・・・それはまた別の話である。



初回プレイ時、モーゼル地下水脈で取ったコモンサポートスペルをアルベルに渡したのでした。でもね・・・絶対嫌がりそうだなあって実は思いまして。
それを適当に日記にラクガキしたら、何か止まらなくなって実に2週間ほど数行ずつ連載もどき状態になってたのでした。そしたら、なんか当初の予定とは大分違う話に・・・。性格もなんか崩れてる気がしてならないんですが・・・でも、ネルさんはアルベルの前では他の人に対する時より大人気ないと思うのです。で、アルベルも多分ネルさんの前では他の人に対する時よりお子様なんだと思うのでした。なぜか。
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