倒したが、ルシファーが出した命令は消えないらしい。
それはつまり、この世界の消滅。空の星がどんどん消えていく様子が、時計を思わせる空間に映し出される。悲痛なブレアの叫びを他所に、辺りの景色も透けてきていた。じわじわと近くまで侵食してくる、虚無。
フェイトたちの世界にくっついて来て以降、話としては良く判らない事のほうが多かったのだが、これはさすがにわかる。自分たちも、どうやら消えるらしい。
世界の破滅というのは、爆発とか最終戦争とか、そんな派手なものだというイメージがあったのだが、現実は想像よりは静かだった。消えてなるものか、と思っていた気持ちすら、辺りの景色によって消えかけている。そろそろ、覚悟のきめ時なのだろうか。
・・・と。
ぎゅっと手が握られた。
驚いてそちらを向けば、微妙に自分より背の高い男が居る。
「・・・何クソ虫みてぇな顔してやがる。」
そいつは・・・アルベルは呆れたように不機嫌そうにこちらを見下ろした。
「こんなんで消えるわけねぇだろが。阿呆かお前は。」
この期に及んでなんともマイペースな発言に、力が抜ける。
「あんたこそ、今までの話を一体どう聞いてたんだい?」
「どう聞いたところで理解不能だったんでな、適当にしか聞いてねぇよ。」
気持ちはわからないでもないが、やはり力が抜ける。アルベルはさらに続けた。
「でもな、いくら相手が神だろうが創造主だろうが、いくつかスイッチ押したくらいで世界が消えるなんてありえねぇだろが阿呆。」
「じゃあ、この周りのありさまはどう説明するんだい。」
問えば、アルベルはしれっと開き直った。
「説明できるなら、今までの話も理解できてただろうな。」
虚無はもう足元まで迫ってきている。しかし、相手はとてもマイペースだった。
「あきらめんな。たとえここから消えようが、どうせ違うどこかで目を覚ますさ。」
あっけらかん、としたその態度はいつもと同様ふてぶてしく無意味なまでに自信に満ちている。半分呆れ、半分はある意味尊敬しつつ、ネルはもう一度問うた。
「なんでそんな事が言えるんだい?」
「ま、・・・あのデカブツ流に言えば、俺の勘ってヤツだ。」
アルベルは、あっさり言い放つ。
その言い方が妙に件のデカブツことクリフに似ていて、一瞬きょとんとなった。瞬きを一つしてアルベルの方を見上げれば、不機嫌なような機嫌の良いような、不思議な表情と目が合う。
そして一秒。
「アハハハハハハッ!アンタでもそんなこと・・・!」
後半はこみ上げる笑いで言葉にならなかった。
この期に及んでなんて奴。時と場合をわきまえないのもここまでくれば才能だ。半分涙目で笑っていると、少々気分を害したらしい声が降ってきた。
「勝手に笑ってろ阿呆。」
握られていた手が緩みかける。ネルは逃げていくその手を思い切り握り締めた。
「ってぇっ!」
アルベルが顔をしかめる。
「痛いってことは生きてるって事さ。
・・・・ありがとう。なんかもう、消えるなんて思えなくなってきたよ。」
足はもう消えているのに、痛みも何も無い。それなのに、握り締めた手の感触はまだあって、それがなんだか嬉しい。何より、自分の中から沸きあがってくる楽しさは絶対に消えないものだと確信できる。確信の根拠は、・・・・クリフ流に、さきほどのアルベル流にいえば、「俺の勘」だ。
「やっとわかったか阿呆。」
常の態度すら楽しくて仕方ない。
「ああ、アンタのおかげだね。」
笑い混じりのその言葉に、アルベルが軽く鼻を鳴らした。
虚無は、ひざの辺りまで侵食してきている。
「・・・目を覚ますなら、皆同じ所がいいね。」
言えば、そっけない一言が返って来た。
「そこまでは知らん。」
消えかけた手が、ぎゅっと握られる感覚。こちらも負けずに握り返す。
「だが、また顔を合わせそうな気はするな。」
「ああ、そんな気がするよ。」
そう言って目を閉じる。虚無は静かに、確実に、体を飲み込んだ・・・ようだった。
目をあければ、そこは緑の草の中だった。あの世ってやつなのだろうか、と一瞬考えて・・・左手のぬくもりに気付く。確認しようと手のほうを向くと、その手がぎゅっと握られた。
視線を移動させると、同じく転がっていたその手の持ち主と目が合う。珍しいくらいまん丸に見開いた目を・・・多分同じ表情で見つめる事、3秒。
どちらとも無く笑いが洩れた。
「助かったんだね?」
「俺が知るか。」
笑っているのだから、冗談にしか聞こえない。
周りを確かめるべく身を起こそうとして・・・改めて気付く、固く握り締めあった手。
慌ててほどいて、辺りを見回す。
そこは、緑の平原だった。どこかはよくわからない。あたりには、フェイトが・・・クリフやマリア、ソフィアが転がっていた。胸の上下するところを見れば、皆無事らしい。
そこには慣れ親しんだ自然の匂い、大地の香りが満ちていた。息を思い切り吸い込んで、深呼吸。生きている空気が、全身を満たす。
「・・・生きてる。」
誰にとも無く呟いた言葉が風に溶ける。
「・・・そうだな。」
相槌の主も、さすがにいつもよりは感慨深いようだった。
「さて、皆を起こしに行かないとね。」
「ったく、手間の掛かる奴らだ。」
未だ転がっている他のメンバーを見渡して、歩き出す。
一歩一歩の大地の感触が、嬉しかった。
・・・・世界は、ちゃんと、ここにある。
えー・・・・初手からなんでこんな別人なものを持ってくるかね、とちょっと自分にツッコミ入れたいんですが・・・。でも、なんとなくあったイメージそのまま書けたから自分としては割と満足、すっきりしました(笑)
気持ちとしては拍手で使ってた「ぎゅっと」のSO3版かなあ。