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即席彼氏

コポコポと、試験管の中で青色の液体が泡を立てる。彼女はそれに、赤の液体を一滴・・・二滴たらす。すると、泡は収まり、青い液体は、内部からじわじわと薄い桃色に変化していく。完全に桃色に変化したのを見届けると、彼女は小さく息をついた。
ここは、ファンシティ、宿屋の一室。本日の部屋の主であるところのセリーヌは、いたずらっ気に満ち満ちた瞳で、その桃色の液体を、小さな小瓶に移し変える。
「・・・さて、あとは試してみませんと・・・ふふ、誰で試してみようかしら?」

その液体の名前は・・・・媚薬。


カモを探すならば、カモの居る場所に行かねばならない。剣士の多い旅道中だった。手っ取り早く男メンバーを探すならば、この場合闘技場である。クロードにしろアシュトンにしろ、根が真面目なのかなんなのか、少なくとも酒場よりは居る可能性は高いだろう。
闘技場内に入り客席を見回したところで、とりあえず一人見つけた。・・・ただし、期待とは少々ずれていたのだが。
「・・・・よりによって。」
目線の先には、蒼い長髪の剣士。ディアスだった。出会いの最悪ぶりと、常日頃のディアスの態度その他もろもろによって、セリーヌとしては、仲間とはいえあまり係わり合いになりたくなかったりする。無愛想で無口で無表情で、口にする事は冷たい言葉か刃物のような鋭い言葉、ついでに人を逆上させるのも得意。相手のことを考えているとはとても思えないその態度が印象をさらに悪くしていた。レナが言うには、優しくていいお兄ちゃんだったのが、数年前の事件がきっかけで変わってしまったのだとか、それでも今は前より大分やわらかくなったのだとか・・・聞きはするのだが、一度持ってしまった印象がそうそう簡単には変わるはずもなく、セリーヌとしてはどう転んでも好きな相手ではない。
「他は居ないのかしら?」
辺りを見回しても、見知った顔は見受けられない。
「んー・・・・・・・あの男で試しても・・・」
試しても・・・・・・と考えて、ふと好奇心が首をもたげた。
あの無愛想男が。恋の虜になった場合。果たしてどんな反応をするのか。
・・・そういえば、メンバーでは一番想像がつかない。クロードにせよアシュトンにせよ、日頃の態度を見ていればある程度想像がつくのだが、・・・だが、ディアスだけは、わからない。未知数だ。
「・・・・・・・試してみるのも一興ですわね。」
ニヤ、と笑って。セリーヌは小瓶のふたを開けた。

香水タイプのこの媚薬は、使用者がまとう事により、その香りを吸った者を虜にする・・・はずだった。
「ディアス。」
声を掛け、ディアスがこちらを振り向く前に香水を一滴。
「・・・・何の用だ?」
相変わらずの無愛想ぶりに、本当に効いているのかそもそも効くのかどうかが不安になる。
「いえ、何を見ているのかと思って。」
もう一滴。
「隣よろしいかしら?」
「・・・・・・・好きにしろ。」
効いているのだろうか、これは。
「なら、お言葉に甘えて。」
・・・・もう一滴。ディアスは特に何の反応を見せるでもなく、試合に目を向けている。
「・・・・・おかしいですわね・・・失敗したのかしら?」
もう一滴。
「どうかしたのか?」
頭の上からディアスの声が降ってくる。見上げれば不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「いえ。なんでもありませんわ。」
「そうか?でも何か、調子が悪そうだな。場所を変えようか。」
そう言って、ディアスが手を差し出した。
「え、あ、はい・・・」
その手を取って、我に帰る。
・・・ディアスは、今、何と言った?今、私の手を掴んでいるこの手は、何。
そして、周りを見て、愕然とした。
周り中の視線が自分に向いていた。それは崇拝の視線だったり、恍惚としたものだったりしたのだが、例外なく好意的なもので・・・つまり、媚薬は成功していたらしい。しかし、それでも彼らは近寄ってこない。なぜか。ディアスが周囲を睨むたびに、人が一歩後ずさる。・・・つまりそういうことらしい。
「セリーヌ?」
不安そうな表情で・・・それでも周囲に闘気を撒き散らしながら、ディアスがこちらを振り向く。
「あ、はい、今いきますわ・・・!」
手をつかまれていてはどうしようもない。
それに。セリーヌは、このディアスの変貌ぶりに、罪悪感より危機感より好奇心が勝ってしまっていたのだった。

人気の無いベンチに二人で腰を下ろす。・・・いや、正確には人気が無いのはそこだけで、周りから遠巻きの視線は痛いほどに感じていたりするのだが。
「はあ・・・・。」
一つため息をつくと、ディアスもホッとしたように息をついた。
「やれやれ。・・・やっぱり、人ごみの中は落ち着かないのか?」
屈託の一切無い態度。はっきり言って違和感しかない。
「そ・・・そうですわね。確かに人ごみはあまり得意ではありませんけど・・・」
それより、今のあなたの態度の方がよっぽど得意ではありませんわ!!・・・と言いたかったのだが、それは飲み込む。
「そうか。僕も人ごみは苦手だ。」
「ぼ・・・!?」
・・・こ・・・か、こここれって、わ、わわわ私が知ってるディアスじゃありませんわーーー!!!
「ずっとアーリアに居たもんな。今は大分慣れたけど。」
「そ、そうですわね。でも、あの村ものどかでいいところでしたわ。」
なんとか言葉をつなぐ。・・・と、ディアスの表情がふわぁっと明るくなった。
「ああ、本当に良い所だ。セリーヌも気に入っていたんだったら、嬉しい。」
その、少年のような明るい笑顔に、思わず見惚れてしまう。よく考えなくても元々ディアスは美形の範疇に入る人間だ。普段の態度が態度だからかすんでしまっているのだが。
それにしたって。
・・・こんな表情も、・・・・できたんですのね・・・・。
「セリーヌ。」
声を掛けられて、はたと我に帰る。目の前にディアスの顔があった。
「は、はい、なんでしょう?」
真剣そうな表情に、うっかり心臓が跳ね上がる。
「その・・・もしよければ・・・この戦いが終わったら、一緒にアーリアに来てくれないか?」
少し顔が赤い・・・が、その表情は真剣そのものだった。
「・・・・へ、あ・・・その・・・!?」
ぼん、と顔が赤くなるのがわかった。
頭がついていかない。何でこういう事態になったのか。今自分は一体何を。そして何が起こっているのか。ぐるぐる回る脳内が、今までの怒涛の展開ですっかり飛んでいた事実をなんとか思い出させる。

・・・・・媚薬!!

薬が、やっぱり効いていたのだ。
効果は、あとどれくらいだろう。規定値より使ってしまった自覚はある。となると、今はなんとかこの場を乗り切るしかない。セリーヌは、ぴしっとディアスを見据えた。
「ディアス。・・・説明しにくいのですけど、今、それには応えられませんわ。」
「なぜ?」
「その・・・今の貴方は、貴方であって貴方ではないの。私も貴方も、今は妙な夢の中にいるようなものなのですわ。」
納得できない様子で、ディアスはセリーヌの手を握り締める。
「けど、セリーヌはここに居るだろ?」
「あともう少ししたら、忘れてしまいますわ。だから手を離してくださる?」
「いやだ!そんなわけがあるか!」
「そう言わないで下さいまし!そんなに言われると私・・・」
ウッカリ本気ニナリソウデ。
言いかけて、ごくりと後を飲み込む。
なぜ。私は何故何を言いかけてたの。薬に操られてるだけでしょう彼は!?
頭を振って、ついで手を振り払う。これ以上ここに居ると、自分までおかしくなるような気がしていた。
だから。
「ごめんなさい、ディアス!」
セリーヌは、あらんかぎりの早口で詠唱を済ますと、一言叫んだ。
「サンダーボルト!!!」
ディアスが気絶したのをさっと確認すると、セリーヌは駆け足でその場を逃げ出したのだった。


どうやら、ディアスが傍に居たおかげで近寄ってこれなかった人間は多かったらしい。走るセリーヌの後ろからは、愛しているだの付き合って欲しいだの異様な熱気の人垣が追いかけてきていた。
「ちょ・・・こんな・・・効くなんて・・・!!」
すれ違った仲間に目をやる暇もない。とりあえず闘技場をぐるりと回って追っ手をまくと、セリーヌは人気のなさそうな控え室に飛び込んでドアを閉めた。
荒い息をついて、ドアの方を見る。ドアの方はどうやら静かにしていた。完全にまけたらしい。
「ふぅ・・・・・・びっくりしましたわ・・・・」
備え付けの椅子に背を預け、ぐったりと息をつく。
「ほとぼりが冷めるまで、じっとしておいたほうがよさそうですわね。」
はー・・・とため息。少し落ち着いたところで、手首が軽く痛みを持っていることに気付いた。目を落とせば、少し赤く大きな手の形が付いている。心当たりなど一つしかない。
「・・・・・・・気になったのは確かにそうですけど」
アレは意外だった。あの少年のように屈託の無い表情、優しい話し方、そして、あの明るい笑顔。
思い出すだけで、・・・困ったことに顔が熱くなる。
「・・・反則ですわ。」
いけ好かないし無愛想だし言う事はキツイし見ていて腹立たしい以外の何者でもないと思っていた。でも、元はああいう性格だったのだろうか。今のあの無愛想ぶりからは想像のつかないあの態度。
ため息が、また出てきた。
媚薬。
それは、対象を使用者の虜にする、魔法の妙薬。薬の効果は、対象の思考を麻痺させ、使用者への好意のみを認識できるようにする、こと。
思考を麻痺させるにしても限度がある。ましてや、違う人格を植え付けるなんてことは、効果の範囲外だ。・・・ということは、あれは、元々彼の中にあったものだということになる。
「・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・。」
深々とため息をついて、行儀悪く足を投げ出す。
そのままぼんやりしていると、ドアを叩く音がした。
「・・・・・・!」
思わず身構える。
「セリーヌさん!」
声をあげて入ってきたのは、レナだった。あわててクチを押さえる。
「ちょっと、そんな大きな声を出さないでくださいまし!気付かれでもしたらどうしてくれますの!」
「あ、すみません・・・ところで、さっきの騒ぎは一体?」
「あ・・・えーっと・・・それは・・・」


結局その後、レナにまであわや襲われそうになったところで薬の効果は劇的に切れた。
レナは、セリーヌを襲いそうになっていた事などさっぱり覚えていなかった。薬が効いていた間の記憶はありがたいことに綺麗に消えてくれているらしい。
気付かないうちに落としてしまっていた薬も、レナのおかげで手元に戻ってきた。
夕食時にそれとなく様子を窺ってみたが、ディアスも元通りの無愛想に戻っていて・・・物足りなさは少し感じるものの、ほっと胸をなでおろす。
「何があっても、あの鉄面皮と無愛想だけは変わりそうにありませんわね。生まれつきなのかしら?」
ぼそりとレナに言うと、レナは首を振った。
「前はもっと明るくて、もっとわかりやすく優しかったんですよ。よく笑ってて、素敵なお兄さんだったんです。」
「・・・・・・レナには申し訳ないですけれど、やっぱりちょっと、想像つきませんわね。」
これは嘘だった。きっと、昔のディアスは、・・・・昼間のあんな感じの好青年だったのだろう。今なら、なんとなくわかる。
「そうですね・・・ちょっと難しいかもしれませんね。」
レナは苦笑いで頷く。その表情と反応は、セリーヌの想像が決して遠くない事を示していた。
変われば変わるもの、ということなのか。昔、辛い事件があったと聞くが、あの変わり方からすれば相当の酷いありさまだったに違いない。きっと、多分、自分の想像は及ばないほどの修羅場を抜けてきたのだ、あの男は。
「・・・・・・・・」
「どうしたんですか?セリーヌさん。」
ぼうっとした思考はレナの声で打ち切られた。慌てて・・・それでも、表面は平静を装って軽く手を振る。
「いえ、なんでもありませんわ。私、もう上がる事にいたしますわね。
 ・・・・それでは、おやすみなさい。」
他のメンバーの挨拶をうけてから、セリーヌは自分の部屋に引き上げた。
ポケットに入れていた小瓶を机の上に放る。きらりと鈍く光る弧を描き、小瓶は机の上に着地した。
脳裏をよぎるのは、昼間のあのありえない光景。あの、少年のような屈託の無い笑顔。さっき見たあの無愛想ぶりからすれば、もうあの表情を見ることは無いだろう。
でも、・・・・何故だろう。・・・もう一度見たかった。好奇心とも怖いもの見たさとも何か違うのだが、もう一度。
視線は机の上の小瓶の上を彷徨う。アレを使えば・・・後先考えないのなら、また見ることは可能だろう。
「・・・・ダメね。薬を使ってやることじゃありませんわ。」
机の上の小瓶に手を伸ばし、それを無造作にくずかごに放る。二度と自分が変な気を起こさないように。その代わり、一つ、決心してみた。

・・・・あの無愛想男を、もういちど、あの笑顔にさせてみせる。今度は、ズルなしで。

誰にも秘密の、一人だけの小さな決意。
この決意をさせた気持ちを何というのか。
それはきっと、薄々わかってはいても認めたくない、そんな気持ちに違いない。
・・・・・・少なくとも、今は。



SO2の話書くのは初めて・・・だったんですが、初がこれかい、と自分で自分にツッコミ入れた産物です。
クロード編のアーリアのPAで、「泣くなよ、泣いたら涙がもったいないだろ。だから僕と一緒に笑おうよ」・・・そして、飴をくれたの(←レナの回想)・・・に、大爆笑した結果がコレ。昔はああいう台詞言えた人だったんだなー、ディアっさん。意外すぎてこっちがぽかーんとなりました。
ちなみに、媚薬の効果はゲームとは変えてあります。話の都合上。確かゲームのは、振り掛けることによって、その人の人間的魅力を数倍にも高める・・・だったはず。
ディアっさんとセリーヌさんの組み合わせは、以前めちゃくちゃ苦労してED見て以来ちょっと思い入れがあったりとかして。ツボは、ええと、初対面の印象が多分パーティ中一番悪い事じゃないかな。そこからくっつくっていうのは、ちょっとロマンかも。・・・本当を言えば、美人さん同士で綺麗だなーとか、剣士最強+術士最強っていいよな、とか、そんな見た目重視だったりするんですけど。
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