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困った指輪

「・・・・・・・・・・。」
フィアは、手の中の成果物を見つめて固まっていた。
手の中には、華奢なデザインの指輪。グリーンベリルをあしらったそれは、静かな魔力を秘めてそこにある。会心の傑作、だった。
ただし。
華奢なのはデザインだけ。サイズ自体はかなりある。フィアの手ならば親指でも少し大きいかもしれない。
それが、フィアを固まらせている原因だった。
失敗作、と思って買い取ってもらうべきだろうか。
しかし、使えないわけではない。ならば、サイズを直してみるべきか。でも、それでさらに歪んでゴミになられるのはいやだ。
それに、使ってもらえるアテは別に無いわけではない。約一名、このサイズがジャストな人物がパーティに居る。しかし。

「(・・・これを、渡すのか?)」

華奢なデザインの手造り品を?
どう見てもそいつに合わせたとしか思えないサイズの指輪を?
・・・自問すればするほど、なんだか恥ずかしくなってくる。
しかし、元手がタダというわけではなく、使える物をそのまま捨てるのは忍びない。
「・・・・・。」
この堂堂巡りを、フィアはかれこれ1時間ほど続けていた。

別に、合わせようとして合わせた訳ではない。と、思う。
パーティ内のメンバーに、何が必要だろうか・・・などと考えつつ作っていたのだ。いつもどおり。だから、他の物は普通に出来ている。マイトチェインにピヨノンにワイズリングに。
ただ、最近ブラックベリーとか酒類の消費が大きいな、とか。そういえばシウスが最近やたら消耗激しそうだったな、とか。アイツも結構無茶するからなあ、とか。余計な事を考えていたから、気が散ってこんな風になっていたのだ。
手の中の指輪をもう一度眺める。それはやっぱり、魔力的にも使い勝手としても最高級の物だった。
初めて出来たフェアリィリング。普通のサイズに出来ていたら、迷わずミリーやロニキスあたりに渡しただろう。それを差し置いて、という辺りにまた抵抗があるのだ。

壊すには勿体無い。
渡すには抵抗がある。
でも、壊すには勿体無い。
でも、渡すには抵抗が・・・

「フィアさん、入りますよー?」
「!」
ドアの外から声がして、ミリーが顔をのぞかせた。慌てて手を伏せて指輪を隠す。
「あ、ああ、ミリーか。」
「精が出ますね。うわあ、可愛い。」
机の上のその他の成果物を見て、ミリーが声をあげた。
「そうか?気に入ってもらえると嬉しいんだが。」
「みんな気に入りますよぅ。だって、フィアさんの作ったもの、とっても素敵だし、物凄く性能いいし。」
ぱたぱたと尻尾がゆれる姿がとても可愛らしく、見ていて微笑ましい気分になる。
「ははは、誉めても何も出ないぞ。」
「もう、そういうんじゃないですってば。本当に素敵ですって。」
ミリーが少しむくれてみせる。
「ははは・・・そうか、ありがとう。」
素直に礼を言えば、ミリーはにっこりと笑顔を見せた。
「どーいたしまして♪
 あ、もうそろそろ夕食です、って言いに来たんですよ。」
「あ、すまない。じゃあ、これをまとめたらすぐ行く。」
机の上を目で指すと、ミリーは、わっかりましたぁ♪と言って部屋を出て行った。
ぱたぱたと廊下を行く音が遠ざかる。
「さ、て・・・と。」
成果物をまとめるべく、今まで乗せていた手をあげると、悩みの種のフェアリィリングが顔を出した。
「・・・・・・・・・・・。」
すぐ行くと言った以上、悩む時間は残されていない。
捨てるにしても、渡すにしても・・・とりあえず、指輪を手に取る。

・・・・・・こ、これは、・・・・そうだ、失敗作なんだ。失敗作だからアイツに押し付けるんだ。それに、もったいないから。もったいないから捨てないんだ。勿体無いから渡すんだ。別にやましい事がどこにある?どこにも無いだろう、無いに決まった!

半端な貧乏性が勝利し、結局フィアは指輪をポケットに放り込むと、アクセサリ袋を持って部屋を出たのだった。


夕食後は、予定通り仲間と作成物の交換だった。
一応、フィアは細工担当なのだが、他にも、・・・例えば、ロニキスはどうやら今日一日錬金に励んでいたようだし、ミリーは法術知識を生かして調合作業をしていたらしい。ラティはイリアと一緒になって怪しげな機械いじりをしていたし、シウスはペリシーとティニークをつれて、今日は一日買出しに行っていたらしい。テーブルの上は、本日のそれぞれの成果物でにぎやかだった。そして、成果物はそれぞれに分配されていく。
が。
この指輪は、どのタイミングで渡せばいいのだろうか。
意識はついついポケットの中の指輪に向かう。
この場で渡すのは、・・・・だめだ、この場で公開されたら物がばれてしまう。
それなら、この後?寝る前にでも押し付ければいいだろうか。さ・・・さりげなく。普通に。
既に色々頭から吹っ飛んでいる。ともかく、この指輪をなんとかしてしまいたかった。ポケットの中にあると思うだけで落ち着かないのだ。
「フィア?どうしたの?」
イリアに声を掛けられて、はたと我に帰る。テーブルの上は先ほどよりも片付いて、もう大体分配が終わってしまったようだった。
「あ、いや・・・ええと、なんでもない。ちょっとボーっとしてしまっただけだ。」
いつの間にそこまで時間がたってしまったのだろうか。
「大丈夫?疲れているんじゃない?今日はずっと篭っていたでしょう。」
「あ・・・はは、そうだな。そうかもしれない。」
心配げなイリアに曖昧に頷く。
「さっさと休んだ方が良いんじゃない?」
こうくるのは予想の範囲内だった。しかし、もうそれには抗えない。
「・・・・そうだな。すまないが、先に休ませてもらうよ。」
そう言って席を立つ。
・・・・これでは、渡す渡さないの問題ではなかった。一つ息をつくと、就寝の挨拶だけして部屋に戻る。
ベッドまでたどり着くと、フィアはベッドにひっくり返った。ポケットから指輪を取り出し、天井にかざす。窓からの月明かりのかすかな光を反射して、リングがか細く光った。
「あーあ・・・。参ったな。」
今日の後半はこの指輪のおかげで調子が狂いっぱなしである。
出来は、正直悪くないのに。ただ、サイズが悪い、それだけなのに。
腕をベッドにボスンと落として、またため息。どうにも本日の後半は、無駄に過したような気すらしてくる。
「あーあ・・・・」
ため息と一緒に意識が抜けていく。ぼんやり、としか形容の出来ない時間が流れた。
「おーい、フィア。入るぞー?」
「!!」
反射的に体が起きる。
無神経な声。しかし、今のフィアを慌てさせるには十分な人物の声だった。
深呼吸ひとつ。普通に・・・普通に。
「勝手に入れ。」
勢い余ってつっけんどんに答えると、ドアが開いて、大男が顔を出した。
「なんだ、まだ突っ張る余裕はあるんじゃねぇか。」
「別にそういうわけじゃない。」
慌てているのを悟られるわけには行かない。極力平静を装って入ってきたシウスを出迎える。
「お前に愛想よくする必要を感じないだけだ。」
「はー・・・・ま、その元気があるなら大丈夫か。ほれ。」
シウスは深々とため息をつくと、持ってきていたらしい小さな包みを押し付けた。
「・・・・これは?」
「買出しの時にちょっとな。さっき皆で分けたんで、これはお前の分だ。」
開けてみれば、小さな飴がころころと出てきた。
「疲れてるんだったら丁度良いだろうってな。」
それで、わざわざもってきた、と言うのだろうか。
「あ・・・ありがとう。」
なんて奴だ、と思った。変な所でやたら気がついて、それがいちいち優しく感じてしまう。・・・自分がなんだか情けなくなるほどに。
「べ、べつに・・・たいしたことじゃないさ。持っていけと言われたから持ってきただけだしな。」
そっぽを向くのは、半分以上照れ隠しだろう。・・・・さすがに付き合いが長いだけにわかる。
シウスはそのまま、じゃあな、と踵を返す。このまま放っておけば、さっさと休め、とだけ言って、さっさと出て行くのだろう。
「・・・待て。」
思わず呼び止めてから、はた、と気付いた。
「・・・なんだ?」
振り返られても、困ったことにどうしたものか。
いや、しなくてはならないことはわかっている。きちんとお礼を言う事、それと・・・それと。
フィアは手のひらの下にあるリングをぎゅっと握り締めた。
1,2,3。
覚悟を決めて、立ち上がる。
「受け取って欲しい。その、・・・デザインはなんだが・・・・悪いものじゃない。」
指輪を、シウスの手に押し付ける。
「!?・・・あ、・・・こりゃぁ・・・」
見て、大体の価値はわかってもらえたようだった。
「良いのか?」
聞き返されても、目をあわせられない。
「・・・お前にしか合わない。」
「はは、そうか。・・・ありがとな。」
その言葉と低い声に、本日後半のぐだぐだした気持ちがすぅっと消えていった。
「たいしたものじゃない。
 その・・・飴、ありがとう。戻るなら、皆に心配かけて悪かったと言っておいてくれ。」
最後は、きちっと相手の目を見ることが出来た。
「あいよ。」
シウスは、いつものような飄々とした足取りで踵を返す・・・今度こそ。
「さっさと休めよ。」
「ああ、おやすみ。」
短い挨拶に応えると、扉はそのままぱたんと閉まって、部屋の中はまた一人になった。

ほわほわとベッドに戻って、再度ばたんとひっくりかえる。
「・・・・・・・・!!」
今度はホッとしたのと恥ずかしいのが一気に押し寄せてきた。
どうしようどうしよう、渡してしまった。明日どんな顔して会えば・・・って普通でいいんだ普通で、そう、いつもどおりいつもどおりいつもどおり・・・!!
枕を抱きしめて顔をうずめる。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、果ては羊の数を数えるに至り・・・

イリアたちが、一杯飲んでから戻ってきた時には、フィアはすっかり眠ってしまっていたのだった。


バレンタイン近辺に、やったら可愛い曲聴いてたら唐突に降ってきた話。
ツンデレさんの面白いところは、一個一個の行動に必死こいて言い訳してるとこじゃないでしょうか。
表面超男前、中身も男前。ただしシウスに対してのみ少々乙女、というのが私のフィアさんのイメージだったりします。結構強がって気を張ってるのもあるけど。あと、VSシウスは、意識さえしなければむしろシウスよりカッコいいし男前だと思う。ただ、一度意識してしまうと物凄い乙女になるあたりが複雑です。そこが可愛いんだけどっ!
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