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雪降る町で

灰色の雲が空を覆っていた。
曇り空の雲は深く、今が何時だかはよくわからない。かなり暗いので、おそらく昼下がりを過ぎて夕方だろうか・・・というのも、宿の女将が夕食のいい匂いをさせ始めたからわかる程度なのだが。
ここはシルヴァラント。ヴァン大陸最北端の町である。したがって物凄く寒い。外は雪が降り積もっていて、そこここに雪だるまが見られた。猫の形の雪だるまは、地球から来たイリアにはかなり珍しく映る。ロークならではと言ったところだろうか。もっとも、地球でサルの形の雪だるまというのも見たことがないのだが。
そこそこ慣れたとはいえ、やっぱり異国。そんなことを考えながら、イリアは宿屋の暖炉前のソファに陣取っていた。前にあるテーブルには暖かなお茶が湯気を立てている。雪国に良くあることなのだが、物凄く寒いのは外の世界であって、屋内に入れば下手な南国の冬より暖かい。もちろんここも。
背中にあたる暖炉の火。ぼんやりしているとすぐに眠くなりそうだった。

「イリア、ここいいか?」
「!」
低いロニキスの声で、あちら側に行きかけていた意識が一瞬で戻る。
「あ、・・・はい、どうぞ。」
冷静に冷静に冷静に。自分はうっかり間抜けな顔をさらしていなかっただろうか。そんなことにすぐ考えがまわる。
「ふぅ、ここはあたたかいな。」
しかし、ロニキスの反応からすると、それは全くの杞憂のようだった。
「艦長もお茶いかがですか?」
「ああ、すまないな。いただくよ。」
女将に貸してもらってポットにお湯を注ぎ、新しいカップを温めてから渡すと、ロニキスは、ありがとう、と微笑んだ。いいえ、と笑い返すと妙に心が温かくなる。これが幸せというものなのだろう。
二人でお茶を飲んで、一息つく。
「やれやれ・・・・寒い分だけ余計お茶が美味しいな。」
「天然の雪が降り積もるくらいですからね。」
頷きながら、ロニキスは温まったカップで指先を温める。
「見るだけなら綺麗で済むんだが、こう寒いと綺麗とばかりも言っていられないな。」
「ええ、本当に。ついつい地球の空調設備が恋しくなりますわ。」
「確かに。これはこれで、暖房にはない良さもあるんだがな。」
そう言って暖炉を見やる。イリアもそれにあわせて視線を動かした。
「風情はありますね。それに、なんだか気持ちが落ち着きます。」
暖炉の中で、パチパチと赤い炎が踊っている。すぐ前の特等席の絨毯の上にはネコが数匹丸まっていて、昼寝の最中だ。その光景は、妙に暖かくて、微笑ましい。
「ああ。それに、妙に懐かしさを感じるよ。あまり縁はないはずなのにな。」
ロニキスも苦笑する。
本物の炎が燃える暖炉が実用に使われていたのは何百年も前の話で、地球では今でも現役で使用されているものは滅多に無い。あったとしてもそれはインテリアや博物館の世界の話なのだ。
「自然の力というものでしょうか。効率的とはとても言えないけれど、ヒーリング効果はある。」
「効率的じゃないのがいいんだろうな。なんというか・・・素朴なところが。」
そう言ってロニキスはカップに口をつける。なるほど、と頷いて、イリアもカップのお茶をすする。
と。
「ただいま!!」
バタンと音がして、外の冷たい空気と一緒にラティが駆け込んできた。
「おお、おかえり。」
「おかえりなさい、ラティ。どうしたの、そんなに慌てて?」
声を掛けると、ラティはきょろきょろとあたりを見回した。
「あれ?・・・・すみません、ミリーみませんでしたか?」
「いや、私は見ていないが・・・イリアは見たか?」
ロニキスの問いに首を振る。
「いえ、私も見てませんけど・・・。
 ラティ、ミリーはまだ外にいるんじゃないかしら?」
言うと、ラティは参ったなあとため息をついた。
「仕方ないなあ・・・もう一度探してくるか。・・・あ、ありがとうございました。」
言うだけ言って、ばたばたと出て行く。
「・・・・どうしたんでしょうね。」
「・・・・どうしたんだろうな。」
扉が閉まってから二人は顔を見合わせた。
「ラティがミリーを探す用事って・・・いろいろありそうではありますけど。」
「これだという理由が思い当たらないな。」
そう言って首を傾げる。
「例えば、・・・・誰かが怪我をしたとか。」
「ふむ、なるほど。ラティの性格ならありえる話だな。」
ロニキスも頷く。
「お人よしですし。」
当てずっぽうの筈の予想は、そこまで的外れでもないような気がしてくる。
「困っている人間を放って置けない性格なんだろうな。」
「正義感も強い。そういえば、自警団に居たと言ってましたし。」
「ははは、ぴったりじゃないか。」
「でしょう?」
そう言って笑っていると、また扉がバタンと開いた。
「うひゃー、寒っ!あ、ただいまッス!」
今度はティニークである。
「おかえりなさい、どうしたの?!」
「おかえり、どうしたんだ?」
ただし、体は雪まみれの濡れ鼠だった。入り口でぶるぶると震えて雪を落とすと、そのまま暖炉前に直行する。
「たいしたことじゃないッス。修行してたら、屋根から氷柱と雪の塊が落ちてきて埋まってしまっただけッスよ。」
ティニークはあっけらかんと笑った。
「それは、結構たいしたことなんじゃ・・・」
「いえいえ、通りがかったラティさんに助けてもらいましたし、ミリーさんが回復してくれましたから、全然大丈夫ッス。それに私、こう見えても頑丈なんスよ?」
そう言って暖炉の前でガッツポーズをしてみせる。濡れた髪から雫が落ちた。
「にゃぁっ!?」
ティニークの足元に居たネコが悲鳴をあげる。それはそのまま少女の姿になった。
「もぅっ!ティニーク、冷たいよぉっ!髪拭いてっ!」
「うわわわっ、ペリシーさん、すまないッスー。」
慌てて謝るティニークと、むくれるペリシーがちょっと可笑しい。イリアは笑いをかみ殺しながらティニークに声を掛けた。
「災難だったわね。ティニーク、タオル持ってくるからそこで大人しくしてなさい。」
「すまないッスー。」
ティニークが頭を下げると、また飛沫がペリシーに掛かったらしい。ペリシーの抗議の声とティニークのアワアワした声を聞きながら、イリアは荷物を取りに戻る。

「ただいまー!」
「ただいまぁ♪」
戻ってくると、ラティとミリーが帰ってきていた。
「あら、お帰りなさい。」
ティニークにタオルを渡して二人を出迎える。
「ラティ、ミリーに用事は済んだのか?」
ロニキスが聞くと、二人は顔を見合わせて苦笑いをした。
「ええ。俺が探してる間にミリーが現場ついたみたいで。」
「あのティニークを一人にしてたもんだから、びっくりしちゃいました。」
呆れたように言うミリーに、力なく笑うラティ。
「でも、助かったッス。ありがとうッス。」
ティニークは二人に笑いかける。
「いいのよ、ティニークが無事なら。」
「そうそう。気にするなよ。」
のほほんとしている二人を眺めつつ、暖炉前のソファに戻る。と、暖炉前から声が飛んだ。
「ラティ、ミリー、こっちで一緒にぬくぬくしよーよぉ!」
「あ、いくいくー♪」
ミリーが暖炉に駆けて行く。ラティも、近くにあった椅子を2脚抱えて暖炉の方に向った。
「ほら。」
「わ、ありがとう。」
ラティが椅子の端に座ると、ミリーもそこにぺったりと詰めて座った。
「ほら、ティニークも来いよ。」
「ありがとッスー♪」
もう一つ空いた空間に、ティニークが詰めて座る。
「じゃぁ、あたしぃはー・・・」
ペリシーが、ぽんっと仔猫の姿になる。そして、軽やかなステップでラティのひざの上に飛び乗った。
「わっ。」
驚くラティも気にせずに、ペリシーはひざの上で丸くなる。
「もう、ペリシーは仕方ないな。」
ラティが頭を撫でるとペリシーは満足気にゴロゴロと喉を鳴らした。人型ならきっと「だってラティ優しくて大好きなんだもーん」等と言っていそうな懐き方である。
「・・・・・・いいなあ、ペリシー。」
「ん?ミリー、何か言ったか?」
「んーん、別に。」
すぐうしろに居たイリアには聞こえた呟きは、ラティにはよく聞こえなかったらしい。
そうか?と言いながらすぐ暖炉に手をかざす。
「(・・・うらやましいの、判るわ・・・・)」
内心深く深くミリーに同意する。あんなにあっけらかんと好意を行動に移せれば、さぞや幸せだろう、と。しかし、現実的にそれはとてもとても難しいのだ。年齢とか立場とか。
・・・最大の問題は、万一自分がそれを行動に移した時、ロニキスがどう思うか、なのだが。そして、それもある程度は予想がついている。変に誤解されて逆に心配されるとか、そんな感じだろう。もしも・・・万一まともに伝わっても、そのとき、きっと彼は・・・断るのだろう。彼の心の中には、まだ、前の奥さんが生きているから。そしてその後は・・・今までのことが嘘だったように、ぎこちなくなるような気がする。優しいけれど、彼はとても不器用だから。
・・・それは、あまりにもつらい想像だった。
「イリア?」
「!!」
いきなり声を掛けられて、飛び上がる。
「は、はい、なんでしょうか!?」
「いや・・・何か考え事でもしていたのか?」
こういう時だけ妙に勘が鋭い。そういうところが頼り甲斐もあるのだが・・・今は少々気まずかった。
「あ、あはははは・・・えっと、・・・」
疑問顔のロニキスの前で、次の話題を探す。
「そ、そうだ。もうすぐ夕食ですけど、シウスとフィアがまだ戻ってきてませんね。どこ行ったのかしら。」
「?」
慌てて言ったそれに、ロニキスは首を傾げる。が、ややあって落ち着いた口調の答えが返ってきた。
「・・・・・ん、フィアは武器を見に行くと言って出て行ったから、そろそろ帰ってくるだろう。
 シウスなら、今日も遅いんじゃないか?酒場に行くと言っていたし。」
「ああ、なるほど。違いありませんわね。まったく、シウスも仕方ないものです。」
「と、言ってる割に、帰ってきたらこっちの酒の味を教えてもらいたいものだ、と顔に出ているぞ。」
「え、あら、あは、あはははははは・・・」
ロニキスはこちらを見ながらくすくすと笑っている。
「本当に酒に目が無いんだな。」
「え、いえ、そんなことは・・・おほほほほほ。」
ごまかし半分で笑いながら、ぬるくなったお茶をすする。
「ほ、ほら、こっちの文化としてお酒の味も気になりますし。アストラルもヴァンもお酒は美味しくて・・・」
「ふむ。確かに美味しくはあったな。」
「雪国はお酒が美味しいものですし。ここのお酒は強いって聞きましたし、興味あるなあ、と・・・」
言うと、ロニキスは呆れたように笑った。
「・・・まったく、どこからそんな情報を仕入れて来るんだか。」
「いや、それはまあ、いろいろと・・・。」
船員に聞いたり町の人に聞いたり。シウスあたりに聞いても、旅が長いのかかなり詳しい。
と。
「ただいま。」
「帰ったぞ。」
聞き覚えのあるにぎやかな二重唱と共に、冷たい空気が部屋に入り込んできた。
「あら、お帰りなさ・・・・」
「あ、おかえり・・・・」
見れば、シウスとフィアが連れ立って戻ってきたところだった。ただし、普段の二人とは180度ほど雰囲気が違う。シウスはフィアの肩を抱くようにして玄関から入ってきていて、それは・・・普通に恋人同士に見えた。
「わ、お帰りなさい・・・」
「おかえ・・・」
暖炉の前で他愛も無い話をしていた年少組も、その光景に次の言葉を言えずに居る。
「ん?どうしたんだ?」
「あ・・・め」
ロニキスの口から出そうになった言葉を、イリアは無言の視線で押さえつけた。
「いや、なんでもない。夕食はどうするんだ?」
シウスは、ぱたぱたと手を振った。
「ああ、後でもらうぜ。あんまり食べてこなかったしな。」
「はは・・・あんまり酒が美味しかったものだから、少々飲みすぎてな。少し酔いが醒めてからにするよ。」
フィアも苦笑いで頷く。
「じゃあ、後で。」
「ああ、後で。」
二人は女将から水をもらうと、それぞれ寝室に消えていった。
ドアが閉まる音を確認してから、皆で顔を見合わせる。
「珍しいな。」
皆がいっせいに頷く。
「・・・・・・・何があったのかな?」
「お酒が入っただけでああも違うものなんスかね?」
「となると、フィアさんかなり泥酔してたんじゃ?」
「でも、それなりに足取りはしっかりしていたぞ。」
「ろれつも回ってたわ。」
もう一度、寝室の方を見てみる。閉じた扉は静かなもので、全ての想像は及ばない。
「でも、二人の前で「めずらしい」って言わなかったのは正解だったと思いますよ。」
ミリーが小声で言う。
「ミリーもそう思う?」
「ええ。だってきっと、珍しいって言ったらその場で正気に戻っちゃったような気がします。」
「よね。私もそう思うわ。」
そして、照れと反動で喧嘩になっていそうな・・・そんな予感がする。
「それだと、酔いが醒めた時が大変そうだなあ・・・。」
苦笑いするラティにイリアはニヤリと笑って見せた。
「時間がきたら、魔法はあっさり解けてしまう。
 ・・・でもね、それが青春ってものなのよ。」

とはいえ、その青春を満喫しているように見える二人が、正直なところうらやましい。いい雰囲気でお酒を飲んで、街を歩いて。いや、二人だけじゃない。鈍感なラティに一生懸命アタックをかけているミリーだって、素直にラティに甘え切れているペリシーだって、あんな率直さはもう自分にはほとんど無いような気がするから・・・だから、うらやましいと思う。
無いものねだりはかっこ悪いと、わかってはいる。それに、彼らには彼らの苦労なり何なりあるはずなのだが。
「(時間がきたら、魔法は解ける・・・か。)」
他の乗組員の表情も気にせず、ロニキスのことを想っていられる今の状況は、ある意味有限の時間と言えるだろう。では、今のうちに、出来る限りのことをしておくべきではないのか。
「(・・・でも、それは無理ね。)」
ロニキスにはロニキスの都合がある。そんなの、自分が一番わかっていることだった。
苦く息をつく。
「おい、イリア。」
声にふっと顔をあげると、心配そうなロニキスの顔がある。
「イリア?さっきからおかしいぞ?」
「え、あ・・・艦長。いえ、大丈夫ですよ。
 ほら、もうすぐ夕食です。テーブルについてください。」
テーブルの方を指すと、少しずつ料理が運ばれていくところだった。
「ん・・・、あ、ああ。気分が悪いんだったらちゃんと休めよ。」
「ええ、ありがとうございます。大丈夫ですよ。」
笑って見せると、ロニキスは安心したように微笑んだ。
「そうだ、それと。
 ・・・今度、こっちの酒も飲みに行かないか。」
「!」
一瞬の驚きが顔に出たのだろうか、ロニキスが慌てて付け加える。
「いや、あのな、変な意味じゃなくてだな。あー、フィアが飲みすぎるくらい美味い酒だというのが気になったから・・・どうだろう?」
それは、多分本心なのだろう。ロニキスが慌てて付け加える理由が嘘であることは滅多に無い。
だから、お誘いはありがたく受け取る事にした。
「ふふふ、わかりました。」
不思議なもので、少し暗くなりかけていた気持ちが、それだけで和らいだ。
・・・小さな幸せを大事にして、今はゆっくり刻を待とう。
今のところはそれでいい。こういうのには、それぞれのペースがあるのだ。
「楽しみにしてますね。」
「ああ、私も楽しみだ。」

テーブルからは、先に行ったらしい仲間達の声が聞こえてくる。
二人は、その声のする方へゆっくりと歩いていったのだった。


かなり乙女なパーティの日常@シルヴァラント。メンバーはうちの2週目メンバーです。皆可愛くて大好き。
イリアさんはとってもとってもかわいい恋する乙女に見えるんですが、それでも艦長との関係はさほど甘くないんだろうなあと思います。悩み事もきっと人一倍多そう。でも、そう言うところがかわいいと言うかいいなあと言うか。お互いに乗り越えなきゃいけない気持ちがたくさんあるから、応援したくなるんですよね。
余談ですが、私通常PAはシルヴァラントが好きです。酒場みてニヤニヤ、宿屋みてニヤニヤで、楽しい。
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